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復讐編10話 炭化した夢

 いつだってそうだ。

 “私の世界”に(あだ)()す奴はいつだって私の知らないところで悪事を働くのだ。

 私が動くときには既に後手に回っていて、そのため後れを取り返さんと全力で追いかけることになるのだ。

 おかげさまで、走りまわったり飛び回ったりする術だけは人一倍上手になった。皮肉だがな。


「はぁっ……はぁ!」


 魔法を行使しすぎて頭が割れるように痛む。

 きっと鼻血も出ているし目も充血して真っ赤になっていることだろう。

 ビアンカに受けた植物魔法の影響が残っているのに、さらに無茶をして身体に鞭打ったからだ。


 魔法行使が限度に達したことを感じた私は、早めに高度を下げておくことにした。

 が、高度二メートルくらいの所でついに魔法力場が途切れ、私は勢いのままに地面を転がることになった。


「うグッ!」


 体を(ひね)って受け身の形を取り、衝突のエネルギーを回転に変える。

 身体的な損傷は少なくて済んだが、代わりに擦り傷だらけになってしまった。

 しかし治療している暇はない。

 怪我の一つや二つは完全に無視して走る。

 それよりも優先すべきことがあるんだ。


「アロエ……!!」


 私は走った。

 しばらく魔法は無理そうなので、過電流による筋力ブーストも無しで、ひたすら足だけを前に前にと動かした。


 ふらつきながらも丘を登って、倒れ込むようにして現場にたどり着いた時には、もう炎は建物全体を焼き尽くそうとしているところだった。

 大勢の大人たちが水魔法を使って消火を試みているが、ほとんどの人が野次馬となって見学しているのみだ。

 何もしないのなら邪魔になるからどこかに行けよ。


「アロエ!! アロエ、どこにいる!!」


 私は人垣をかき分けながら恋人の名前を呼んだ。

 大丈夫、きっと生きている。

 火災に気づいて、脱出してくれたはずだ。


【誰が来ても、居留守を使って部屋を出ないこと。】


 出かける前に、アロエに言った言葉が脳裏をチラつく。

 大丈夫だ、流石に火災になった時に逃げるなとは言っていないのだし、そんな判断ができないほどアロエは子供じゃない。


「アロエ!! アロエ!!」


 でも、どうしてだ。

 何度呼びかけてもアロエが返事をしない。

 まさか、怪我をして病院に運ばれたのか。


「なあアンタ! この火事で怪我人とか出なかったか!? 女の子が、出てこなかったか」


 私は野次馬の一人の肩を揺さぶって、声を荒げた。


「し、知らないよ。俺が来たときはもうこんなだったんだ。そこからは誰も出てきていないと、思う」

「チッ──」


 その後も何人かに状況を尋ねたが、皆が口を揃えて言うのだ。


 “誰一人として、宿から脱出した人は見ていない”


「くそッ、くそォォォッ!!」


 そこからの私は、必死だった。


 必死に水をかき集め、必死に消火しようと試みた。

 火災の熱によって相対湿度が下がっているので、なかなかに水分が集まらない。

 仕方がないので現場から少し離れたところで水魔法を発動し、かき集めた水分を火災現場に放り込むというのをバケツリレー式に行うしかなかった。

 その作業を数度繰り返して空気中に水分が増え始めると、そこからようやく消火が加速。

 二時間ほどかかってやっと炎は消し止められた。


 現場は、凄惨としか言いようがなかった。

 石材の部分は焼け残っていたのだが、補強のために入れてあった木材部分、天井や梁などは完全に焼け落ちて、かろうじて残っていた部分も炭化しているためボロボロと崩れていく。

 絨毯(じゅうたん)やシーツなどは言わずもがな。

 中に残されていた犠牲者の遺体も、すべて真っ黒に焼け焦げて原形を(とど)めていなかった。


 私はそれら全てを踏み越えながら先へ先へと進んでいった。

 目指すのは、二階の角部屋。

 私とアロエが借りていた部屋。


 どうか、どうかそこに何もありませんように。


 この際、ニクスオットに拉致されていても構わない。

 生きてさえいてくれれば、それ以外には何も望まない。

 四肢欠損でもいい。目が潰れていてもいい。

 私が一生面倒を見てやる。だから、生きていてくれ。


「あ……」


 瓦礫をかき分け、部屋へと入った。


 そこには、人がいた。

 黒い装束に青い髪を持つ、この世の可憐をかき集めて作ったような少女が、紫色の瞳で物憂げな視線を窓の外へと送っている。

 どうやって入ったのか、全くの無傷でその場に立っていた。

 が、そんなことはどうでもいい。

 彼女の足元、そこに転がる一つの物体に目が行った。


「あああ……」


 人の形をした真っ黒な炭が、ちょうど膝を抱き込むような形で倒れ伏していた。

 服も髪も、顔のパーツも何もかもが燃えてしまい、かろうじて、それがかつて人であった事がわかる程度の物体となっていた。

 性別すらわからない。

 しかし、その背格好は、アロエのものとよく似ている気がした。


「ああああああッ!!」


 そこから先は、無我夢中だった。

 私はありったけの魔法力で瓦礫を持ち上げては目の前にいる敵目がけて射出した。


 とはいえ所詮は焼け焦げた炭素の塊だ。敵に当たったとしてもすぐに砕かれてしまう。

 ましてや相手は魔闘大会優勝者。

 チンケな瓦礫など魔法力場で簡単に弾かれてしまうのだった。

 それでも、私は止まらない。


 敵の魔法力場に阻まれて粉々に砕け散った瓦礫の山は、ガラスの消失した窓から外へと放り出され、野次馬たちの頭上から噴石のように降り注いだ。

 ギャーギャーと騒ぎ出す声が聞こえるが、知らん。

 私はがむしゃらに攻撃を続けるだけだ。


「シアノぉぉぉおおおッ!!」


 私は敵の名を叫びながら、建物の残骸を発射し続けた。

 砂嵐の如く絶え間なく打ち出される(つぶて)に敵の視界が遮られる。

 そう、このラッシュは目眩(めくらま)しにすぎない。


 私は自分の背中側に、巨大な氷の棘を生成していた。

 ちょうどシアノから死角になるような場所に作り出したそれに、ありったけのエネルギーを加えた。


 私が右へステップしたのと同時に、シアノに向かって射出。

 敵を射抜かんと蓄えられた膨大な魔法エネルギーは、その全てを運動エネルギーに変えてシアノに迫る。


「!?」


 シアノは突如として目の前に現れた氷塊に表情を強張らせていた。

 奴は魔法力場生成が歴代最速らしいが、ならば、相手が反応するよりも先に魔法を生成しておけば良いだけのこと──!


「せぇあああああッ!!」


 氷塊がシアノに激突する。

 彼女の体はボロ雑巾のように宙に舞い上がり、窓から外へと投げ出された。


 見た目のインパクトとは裏腹に、手ごたえが無い。

 むしろ、してやられたという感じだ。


 シアノは室外へ追放されるも、空中で体勢を立て直し、そのまま建物の直上へと飛び去っていく。

 きっと魔法を喰らう瞬間に力場を形成して緩衝材とし、それと同時に後方へ飛び下がり、威力を減衰した上で逃走経路を確保したのだ。

 なるほど、最速の魔法使いの名は伊達じゃないという訳だ。


「逃すかッ!!」


 私も窓から空中へと身を躍らせた。

 その際に何やら炭化した死体を踏みつけた気がするが、どうでもいいか。

 今は敵を追うことが第一だ。


 空中で風魔法を展開、魔法力場を操作して風を絞る。

 感覚的には、ホースの先端を摘んで水の勢いを調節するのに似ている。

 私の体はぐんと加速度を増して上昇、シアノに肉薄する。


「あねうえこうほ、しつこい」

「当たり前だ、死ぬまで追い詰めてやる!!」


 私の放った炎に対抗する形で、シアノも炎魔法を放った。

 互いの魔法がぶつかり合うも、私の飛行の勢いは止まらず、炎に突っ込む形で体当たりを強行した。


「ううっ!?」


 そんな捨て身の攻撃が来るとは敵も予想していなかったようで、体当たりをモロに受けて空中で弾き飛ばされる。

 私は好機とばかりに殴打を繰り返した。

 接触時に通電させるというおまけ付きで。


「らぁぁあああああッ!!」


 顎への右掌底、のけぞったところでの鳩尾(みぞおち)への左ボディーブロー、からの風魔法を併用した回し蹴り。そのまま踏みつけて落下させ、地面へと叩きつける。

 

 シアノは空中でもんどり打ちながらもなんとか魔法力場を形成し、まるで空中にトランポリンでも用意したかのように落下寸前で体の進行方向を反転させた。


 体を捻ってきれいに着地したシアノだったが、私がその隙を見逃すはずが無いのである。

 私が直上、シアノが直下。ならば、この技だ。


雷撃(サンダー)!」


 私とシアノの間を一筋の光が走る。

 時間にしてコンマ何秒、一瞬にして駆け抜けた高圧電流がシアノの身体を内部から焼いた。

 ……はず、だった。


 電流が迸る直前、シアノの方へ走り込む一つの影が見えた。

 雷はそいつの方へと軌道を吸われてシアノを避けたように見えた。


 避雷針、というわけか。


 私が地面に降り立つと、案の定そこには青い髪の少年がニヤついた表情で立っていた。

 彼の両腕からはパチパチとスパークが(ほとばし)っているのが見て取れる。

 腕部を覆う電流が雷を引き寄せて、そのまま地面へと受け流したのだと想像ができた。

 どうも彼は雷魔法の対策を入念に行ってきたらしい。


「ちょっとちょっとォ、やめてよねェ。人の妹に手出しするのはさァ」

「スルガ・ニクスオット……!」


 私は奴の名を呼んだ。

 名前を呼ばれた少年は、不気味に口角を上げつつ、血走った目を見開いて私を凝視してくる。

 良いね、その表情。

 私も気が付けば全く同じ表情をしていたよ。


 彼の体に隠れるようにして、シアノが膝をついていた。

 やはり電熱に焦がされた痕跡はなく、その身は健在である。


「あにうえ……あねうえこうほがいじめるの」

「よしよしシアノォ、辛かったなァ」


 一滴だって涙など流していないシアノの頭を、スルガがくしゃくしゃと撫でた。

 スルガは私の方へ向き直り、ニヤリと口角を上げる。


「よくもまァ人の妹を傷つけてくれたもんだよ。……もっともォ? ボクが介入しなくてもシアノは負けなかったと思うけどねェ?」

「ふーん、勝ち負けとかどうでも良いけどさ」


 私は背後にある建物の残骸を親指を立てて指し示す。


 空中戦の最中、野次馬たちが散り散りになって逃げていくのが見えた。

 今は人の気配を感じない。

 出来立てホヤホヤの、ただの廃墟だ。


「あれ、やったのアンタらで間違い無いよね」


 スルガの顔が激しく歪む。

 醜悪な笑みを貼り付けた道化師のような表情へと。


「キミが悪いんじゃ無いかァ! よくもボクをここまでコケにしてくれたものだよねェ! キミがあの火災に巻き込まれなかったのは誤算だけどォ、キミの大切なものは奪うことができたみたいだしィ? 大成功って事でいいよねェ!!」

「あにうえ、あのね、ちがうの……」

「うっさいなー、何が大成功ってんだよ。アホくさ」


 シアノが何か言いかけていたが、私は被せるようにしてスルガに言い返す。

 せっかく獲物が向こうから来てくれたのだ。

 思いっきり神経を逆撫でにして、スルガの自尊心を完膚なきまでに叩き潰すための布石とせねば。


「なんだいそれはァ。負け惜しみかな」

「ま、負け惜しみって、ふふッ、お前さあ──」


 ここだ。

 このタイミングで、一つ仕掛けてみようか。


「あっはははははは! なにアンタ。アロエ一人殺したくらいで良い気になってんの? バッカじゃねーの? あはははは!」


 すまないね、アロエ。

 本当は悔しいし悲しいんだけどさ。

 お前の死を笑い飛ばして、スルガとの舌戦の攻撃手段とさせてもらうよ。

 勝ち誇った相手の顔を真正面から吹き飛ばすほどの、笑いの砲撃だ。

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