表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/178

復讐編08話 仇との遭遇

 郊外の林を抜けて、夕暮れの街を行く。

 魔闘大会の終了間近ということもあり、露店の中には店じまいの片づけを始める者もちらほらと見受けられる。

 依然として人通りは多い。

 時折、大会の様子を伝える号外ビラがまかれ、通りには踏みつけられた紙屑が大量に散乱しているような状態である。


 そんな街の中心部から北に少し離れたところに、ニクスオットの別邸があった。

 少し小高い丘の上に三階建ての大きな建造物があるため、街の中からでも建物の切れ目からであればその姿を目視できる。


 どうやら、かつての王宮はあの場所にあったらしい。

 きっと自分たちは庶民とは一線を画した特別な存在だと自惚(うぬぼ)れ、丘の上から下々の民の暮らしをニヤつきながら眺めていたに違いない。

 その魂の系譜を、たぶんニクスオットは受け継いでいる。


「おい、聞いたか。シアノ・ニクスオットが優勝だってよ」

「あー、やはり妹の方が優秀っていうのは本当だったんだな」


 街中を歩きながら地獄耳に神経をとがらせれば、そこかしこから魔闘大会の情報が漏れ聞こえてくる。

 やはりスルガはシアノには勝てなかったか。

 いや、これこそ予定調和だったのかもしれない。前回覇者が妹を引き立てるための八百長試合だ。

 しかし。


「カンナ・ノイドに勝ちを譲るよう迫ったって話だし、どうせやらせなんじゃねーの」


 自分がそれを望んでいるからなのか、耳に入ってくるのはこういう意見が多い気がする。

 一度の仕掛けが、大会全体に疑義をもたらす結果となっている。

 素晴らしい。予想以上の効果だ。


 それにしても、髪を短くしたせいか、本人を目の前にして噂話をしているという状況に誰一人気付いていないのもまた滑稽(こっけい)

 新聞に写真が載るようになったおかげで、“カンナ・ノイドは長髪”というイメージが定着しているのだ。

 また、“カンナ・ノイドは地方貴族の令嬢”というイメージも、今の私がカンナ本人であることを上手く隠してくれている気がする。

 どう見たって貴族らしからぬ格好、胸の小ささも相まって、男に見紛(みまが)う人すらいそうである。


 って、おい。誰の胸が小さいって?


「ねえ、おねーさん。どこに行くノー?」


 急に、呼び止められた。

 私じゃなくて他の人を呼び止めたのかも、とは思わなかった。

 何故だか、私に話しかけてきたのだと直感した。


「……だれ?」


 私は声のした方向を見やる。

 通りの端、片付けを進めている露店の隅に、異様な存在が座っていた。


 建物の石壁にもたれかかるように座り込んでいたのは子供だ。

 麻の粗末な服を身に着けた、ボロボロの恰好の子供。

 服はぶかぶかで、身体が小さい分、襟元が大きく開いてお腹の方まで見えてしまいそうなくらい。

 全身に怪我を負っているのか、包帯がそこかしこに巻かれており、頭なんか目元口元を除いては全てが覆われていた。


 そんな容姿なものだから性別が全く分からない。

 声変わり前の少年、あるいはボーイッシュな少女、どちらにも取れる。


「おねーさん、そこから先はお店がないヨ」

「そうなんだ。ちょっと散策がてら歩いているだけだから、気にしないで」


 私は子供の存在が気になりつつも、無視して歩こうとした。


「ああッ! だめだヨ、先へ進んじゃあ」


 そいつはよろよろと立ち上がると、足を引き摺りながら私の後を追いかけてきた。

 相当な後遺障害を負っているのか、その歩みは私の歩く速度の半分以下だ。

 私にしてみればこの子を待ってやる義理もないし、そのまま歩き去ってしまえば良いのだが、どうしてだろうか、話を聞かなければならない気がしてきた。


「ねえ、この先に行ってはダメなの?」

「うん、ダメだネ。おねーさん死んじゃうヨ」

「どうして──」


 すると子供はにやりと笑って、こう言うのだ。


「ニクスオットの人造人間(ホムンクルス)が控えているんダ。戦闘用に大幅強化されたヤバいやつだヨ。管轄が違うから、あたしじゃ止められない。そのままだと死んじゃうんだヨ、カンナ・ノイドさん」


 うん。話しかけるタイミング、場所、そして異様な見た目。

 なんとなく、こいつはニクスオットの関係者じゃないかという気はしていた。ビンゴだ。


 しかし、それを隠しだてもせずに私に明かしてきたのはどうしてだろうか。

 油断を誘うため?

 いや、私がこの程度で油断するような存在ではないことは、向こうだって理解しているはずだ。


「あんた、名前は?」


 私が尋ねると、そいつは(うやうや)しく頭を下げ、右手を胸に当てるとともに麻の着衣の裾を摘まみ上げた。

 貴族の、女性の敬礼の仕方である。

 ぶかぶかに見えた衣服は、ワンピースだった。こいつは、女だ。


「はじめましテ、おねーさん。ビアンカ・カリームと申しマス」


 びあんか……どこかで聞いたことがある気がする。

 どこでだったか。

 確か、エックスがその名を口にしていたような。


「ひょっとしてアンタ、人造人間(ホムンクルス)のリーダーやってるやつ?」


 私が尋ねると、ビアンカは目を見開いた。

 一瞬だけ笑顔の仮面が外れかけたが、またすぐにニヤニヤとした表情に戻る。


 だが私は見逃さない。

 彼女の笑顔は、最初の頃よりも強張ってしまっている。

 必死に何かを取り繕おうとしているのだ。


「どうしてそれを……誰から聞いたのですカ?」

「さあね。風の噂みたいなものかも」


 彼女の頬が引き()る。

 よっぽど自分という存在が隠匿されていると思い込んでいたのだろうか。

 どうも自己の情報が漏れることに抵抗のあるタイプみたいだ。


「どこまで知っていル」

「どこまで、とは?」

「いえ、その……」


 明らかに狼狽(うろた)えているビアンカ。

 何をそんなに恐れているのだろうか。


 ──ああ、そうだ。思い出したよ。


 こいつは、ロキを殺した張本人なんだ。

 我が恋人を襲ったことが私に知られているならば、自分も復讐対象になっているに違いないと考えているのだろう。


 しかし女とは聞いていたが、まさかこんな子供だとは。

 それとも、子供に見えるだけで実年齢はずっと上なのだろうか。

 ……どうでもいいか。どうせすぐ、私の世界からは消えてなくなる存在だ。


「で、私に何か用?」


 私は興味なさげな態度でビアンカに応対した。

 彼女がニクスオットの縁者である以上、無視をして屋敷へ行くことはできないだろう。

 面倒なことになった。

 場合によってはこの場で戦闘行動を行わないといけないかもしれない。


 しかし。

 私の心配は、ビアンカの予想外の言葉で吹き飛ばされることになる。


「おねーさん」

「何?」


 彼女は、大きく息を吐いて呼吸を整えると、私の目を見ながらはっきりと宣言した。


「あたしを、おねーさんの仲間にしてくれないカナ」

「……は?」


 私はビアンカ突拍子もない台詞に毒気を抜かれ、呆気(あっけ)にとられてしまった。

 どうした急に。

 “ビアンカは仲間になりたそうにこちらを見ている”ってか?

 ゲームじゃないんだぞ。


 普通に考えたら罠だろう。

 普通に考えたら、な。

 こんな見え透いた地雷を踏みぬくやつが本当にいると思っているのだろうか。


「……とりあえずさ。ビアンカさん、だっけ。ここだとマズいから少しそこで話さない?」


 私は建物に挟まれた狭隘路(きょうあいろ)を示し、人目に付かないところで話し合う姿勢を見せた。

 “お前、表に出ろ”の逆で、“ちょっと裏来いや”といった感じだ。


「いいヨ、路地裏に行こうカ、おねーさん」


 背後から襲われるのも嫌だったので、相手に先に路地に入るように(うなが)して、私は彼女の後に続く形をとった。

 ビアンカにとっては勝手知ったる道なのだろう、ずんずんと奥へ入っていく。

 そろそろ頃合いか。


「じゃあさ、おねーさ──

「死ね」


 私は全力で、遠慮なく雷魔法をビアンカの後頭部にぶち込んだ。

 あまり派手な雷撃を用いると周囲にバレてしまうため、接触放電でな。


 ビアンカは大きく背中を仰け反らせた後、受け身も取れずに地面へと崩れ落ちた。

 彼女はそのままぴくぴくと痙攣をし、挙句小便まで垂れ流してしまっていた。ざまあみろよ。


「──?」


 しかしだ。

 何か、違和感があった。

 するりと抜けていってしまうような、虚脱感に手ごたえの無さ。

 確かに技は使ったはずで、現に相手は倒れ伏しているのに、どうも達成感が無い。

 闘技服に魔法を流したときの、魔法力場の乱される感じが数段階強化されたような……。


「──ッてて」


 ビアンカが、頭を押さえながらもぞもぞと動き、立ち上がろうとしていた。

 やはり生きている。


「チッ、そういうことかよ」


 ビアンカは全身に包帯を巻いている。

 あの包帯が、力場を乱して拡散させてしまうのだ。

 電撃の威力は半減され、致命的なダメージには至っていない。


 ならば、私が取る手段は一つ。

 力場を散らされたとしても効力の続く攻撃、すなわち“固体を操り物理で殴る”である。


 だがそう決め込んだ次の瞬間、ビアンカの身体が視界から消えた。


「……!」


 上に逃れたのだと勘付いた私は、即座に目で彼女を追う。

 見上げれば、果たして彼女はそこにいた。

 異形を背にし、恨めしそうな視線で私を見ていた。


 ──異形。まさしく異様で異常で異質な光景がそこに広がっていた。


 石造りの建物の壁面に、びっしりと覆い茂るツタの葉。

 そのツタの葉に抱きかかえられるようにして、ビアンカが空中に固定されている。

 しかも、植物たちは(つる)をうねらせ、絡みつくようにしてビアンカを包み込む。

 そう──まるで彼女を守るかのように。


「植物、魔法!?」


 ビアンカは私の直上からなおも半目になって睨み続けている。

 よく見れば、ちょっと涙ぐんでいるではないか。


「痛いヨおねーさん。おしっこ漏らしちゃったシ、どーしてくれるのサ」

「うっせー。私の前にのこのこと現れるお前が悪い」


 ビアンカはツタを使ってゆっくりと地面に降り立つと、炎魔法で植物の痕跡を消した。

 アレだけ壁面をびっしり覆っていたはずなのに、割と瞬時に消し炭になってしまう。

 こいつは、一体なんなんだ。


「酷いよネ。あたしはおねーさんを殺す気なんてないのにサ」

「お前にその気がなくても私にはあるんだよ」


 ビアンカは身体についた燃えカスだとか葉の残りを手で払うと、余裕ぶった表情でストレッチのような動きをし始めた。

 寝起きの体を叩き起こす時のように、体を伸ばしては弛緩するのを数度繰り返す。


「くくっ、おねーさんには無理だヨ。あたしを倒すなんてサ。ロキト・プロヴェニアの弟子だと言うからもっと強いのかと警戒していたケド、そこまででもなかったしネ」


 そりゃあ、あんな化け物と一緒にされては困るしネ。マジで死ね。


「カンナ・ノイド。あなたの負けだヨ」

「は?」


 刹那、右腕に鋭い痛みが走った。

 何事かと見てみたら、私の腕からどんでもないものが突き出していた。いや、生えていた。


 木だ。

 私の前腕部に根を下ろす形で木が生育していたのだ。


 木の根は私の腕の筋繊維をどんどんほじくりかえしてズタズタに引き裂いていく。

 しかも、血液なのか水分なのかが吸われている感じがして、意識が朦朧(もうろう)としてくる。

 こいつはまずい。


火炎放射(フレイムスロワ)!」


 腕ごと炎魔法で燃やす。

 死ぬほど熱いが本当に死ぬよりは右腕一本を犠牲にしたほうがマシだ。

 まあ、焼いたところで目の前の敵をどうにかしないとどのみち死ぬのだが。


「ロキト・プロヴェニアといい、おねーさんといい、思い切りが良いのは一緒だネ」

「うるさい、お前がロキを語るな」


 私は植物を焼き切ると、ビアンカの動きを警戒し、身構えた。

 ボロボロになった右腕がだらりと垂れ下がる。

 皮膚の感覚が無い。

 血が滴っているかどうかも、目視しなければわからない。


 知っての通り、私は魔法適性が非常に高く、誰かの用いた技術を割とすぐに真似できてしまう。

 故に少し自惚(うぬぼ)れがあったことは認めよう。

 ──その自惚れさえなければ、あるいはこの状況の打開策が見いだせたかもしれないのに。


 実のところ、私は私と言うリソースを攻撃や策謀に全振りしてしまった結果、弱点の克服を後回しにしてしまっている。

 それで何とかなると思い込んでいたし、無駄な自信があった。


 それが今。

 敵に、あろうことか恋人の仇に追い詰められている。

 たった一つの系統の練習をサボり、弱点克服を目指さなかったばかりに、生命の危機、少なくとも右腕部欠損の大ピンチだ。


「……おねーさんさ」


 ビアンカの小さな口が、気だるそうな色を含みながらゆっくり動いた。


「治癒魔法、苦手でショ」

「ニガテジャナイヨ」


 ドンピシャで当てられてしまった。

 どうしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ