入学編02話 王立魔法学校
魔動車に揺られる、いや、揺さぶられること約二十分。王立魔法学校の校門の前に、ようやく降り立つことができた。魔動車があまりにも激しく跳ねるものだから、私のお尻はじんじんとした痛みを訴えていた。尾てい骨のあたりに青あざでも出来てしまったかもしれない。
「見てみてカンナちゃん! 近くで見るとやっぱり大きいね!」
我が親友、マイシィ・ストレプトが私の肩を揺すりながら、目の前にある大きな建物を指さしていた。
頂上を見上げようとすれば首が痛くなってしまいそうなほど、大きくて堅牢そうな石の砦。あるいは、いくつものアーチが組み合わされた優麗な美しさを持つ、絵画的な白亜の城。どちらで形容しても足りないくらいの、国の技術を凝縮させたシンボリックな建築だ。
「うちの家からも時計塔が見えてたからね。あの塔は何階建てなんだろう?」
逆にあの時計塔に登れば、望遠鏡でうちの中が覗けてしまうのだろうか。それはちょっと嫌かもしれない。将来的に彼氏を家に連れ込むことができないじゃないか。寮生が時計塔に登って夜な夜な他人の情事を垣間見ている、なんてことは無いと思いたい。
まあ私には? 今のところ? 恋人候補なんていないんだけども!
「カンナちゃんカンナちゃん! すごいよ、透明なガラスがあんなにも!」
「痛い痛い、わーかったから!」
マイシィは大興奮で私の腕を引きちぎらんばかりに力を込めていた。
「ここでかくれんぼしたら、きっと何時間も見つからないね!」
「マイシィは意外と単純だからね、すぐに見つけるよ」
「むー」
わざとらしく頬を膨らませるマイシィ。両手でほっぺたを押してやると、ブッっと空気を噴き出した。「このー」なんて言ってやり返してこようとする彼女とじゃれていると、背後からパンパンと乾いた音が鳴った。
「はーい、みんな初めての魔法学校で浮かれているのはわかるけど、入学式まで時間もないからさっさと行くよ」
どうも、先生が手を鳴らした音だったらしい。
みんな「はーい」という返事をして彼女の後ろをゾロゾロとついていく。母親に付き従う雛鳥になった気分だ。
校舎の正面の入り口から中に入ると、そこはかなり大きな広間になっていた。三階までぶち抜いた吹き抜けになっていて、上の方には手すり付きの連絡通路らしきものが見える。
広間は全体的に半円状の構造になっていて、三段に分かれた段差がホールをぐるりと取り囲んでいた。一段一段は通常の階段よりも幅広になっているようだ。広間の端の部分はロッカースペースとなっているようで、何列かに分かれたそれが配置されている。段を上ると廊下に続いているようで、ホールから右手に通路が伸びている。
「ガラス、でかッ!」
誰だか知らないが男子が叫んだ。
「え。奥の所、全面ガラス張り?すっご……」
マイシィも息をのんでいる。
アーチ状に切り取られたような柱の間は、すべて一枚のガラスで覆われていた。もちろん透明だ。家の窓のようにほんのり色づいていたり、厚みにバラツキがあって風景が歪んで見えたりといったことは全く無い。こんな夢のようなところが実在するんだなあ。
「ねえマイシィちゃん、───と、か、カンナちゃん。あっちに庭が見えるよ」
えー……エメ、ラルド? 君だっけか。私よりも体が一回り大きな丸顔の少年が指を差した先には、陽光に明るく照らされた芝生のスペースがあった。コの字型の建物に囲まれていて、いわゆる中庭という奴だろう。
ちなみに中庭の建物の無い側はさっきみた連絡通路が通っているようだ。一階からはそのまま外に出られるように通用口が設けられている。
「はぁ~、あの中庭のベンチで座ってお弁当とか食べたらおいしそうだねぇ」
「マイシィちゃんは食べるの好きだよね」
「うふふー、エメ君ほどではないよぉ」
マイシィは確かに食べることが大好きだが、太らない。
何故かと聞いておくれよ。私がきちんと運動させているからさ。可愛いお人形のような彼女には、ずっと可愛いままでいてもらいたいじゃないか。
「カンナちゃんも、今度一緒にお弁当食べようね~」
「ね~」
建物の前で圧倒され、入り口の広間で圧倒され、気圧されてばかりの私たちを先生が微笑みを浮かべながら先導していく。先生にしてみれば、やはり雛鳥を見守る親鳥みたいな気持ちなんだろうな。
彼女の後に続くこと数分。南側の本館入口からちょうどコの字型の建物をぐるりと回り込むように半周し、北棟の二階の部屋に案内された。
「はーい、ここがあなたたちの教室よ!」
中に入ると、既に別の地区から来たと思われる子供が何組かに分かれておしゃべりをしていた。
そのうちの何人かが私の方に目線を送ったように感じた。おや、と思ったがなんとなくで察する。ブラウンのおさげの子、黒髪の男の子、赤みがかった茶髪の子……どの子も基本的に髪の色はブラウン系の色の濃淡で表現できるような子ばかりだった。そんな中に白い髪の私や、赤い髪のマイシィが入ってきたのだからそれは目立つだろうな。
(それにしても……)
小さな劇場みたいだな、と思った。というのも、教室の後方から前方にかけてスロープになって下っており、その先にある教壇を取り囲むような配置で座席が並んでいたからだ。劇場と違うのはその規模と、勉強用の長机が備わっている点だ。
「へぇ、魔法学校て長机なんだ」
「初等学校だと個人用のちっちゃい机だったからね」
「すごい、なんか大人って感じ! 大学みたい!」
「カンナちゃん大学行ったことないでしょ」
なんかよくわからないが、私は浮かれていた。たぶん他の人から見たら目の中に星が見えたと思う。
なーんて。……他の子供たち全員がお目目をキラキラさせてんだけどな!
「入学式は北の講堂でやるんだけど、あと十分くらいかな? ここで待っててね」
「はーい」
生徒たちは先生が出ていく姿を見送ると、さっそく教室の中を駆け回り始めた。
特に男子は非常に好奇心旺盛で、教室内にある備品や棚の中を勝手に開けてはワイワイと騒がしくしていた。あのおとなしそうなエメ……エメダスティだ! エメダスティですらもニコちんやタウりんと一緒になって走り回っている。
一方の女子はと言うと、さっそく他地区の子たちと集まって自己紹介なんかをし始めていた。
そのあとは、なんというか私への質問攻めだった。
「ねえ、あなた貴族のうちの子でしょ?」
「髪の色きれーい! 脱色してるの? え、地毛!?」
「頭頂眼と左右の眼の色が違うのもめずらしーね!」
「やっぱ貴族って許婚とかいるの?」
そうだよ、生まれつきこんな色だよ、一応オッドアイの一種らしいよ、うちは貧乏貴族だからいないよ……なんて一つ一つの質問に答えていくだけでかなり疲れた。
あまりに質問が多すぎて、そのうち先ほどの自己紹介の内容がすっかり頭から抜け落ちてしまった。名前を覚えるのが苦手なぶん、初日でしっかり記憶しようと思っていたんだけどな。
あまりに私が集中砲火を浴びるので、ついに私はマイシィを身代わりに立てることに決めた。
「この子、マイシィは私なんかよりもっとすごい家の子なんだよ。なんてったって中央貴族様のご令嬢! 泣く子も黙るマイシィ・ストレプト様だ!」
「ちょ、ちょっとカンナちゃん!」
その一言がスイッチになったようで、今度は彼女が質問のターゲットになった。
あわあわと矢継ぎ早の質問に答えるマイシィ。さっき慌てている私をみてニヤニヤしていただろう。お返しだ。
***
先生が再び現れたのは、十分をとうに過ぎて半刻ほど過ぎた後だった。どうやら魔動車の一台が故障してしまい、急遽馬車にて振り替え輸送された地区の子たちがいたらしい。少し予定時刻を過ぎているため、入学式のプログラムはいくつか短縮されるようだ。
私たちが移動を開始した時点で、教室にいたのは四十人くらいだ。馬車で遅れて到着したグループはその中にはいなかったから、この後さらに増えるということだろうか。と、疑問に思っていると、
「なんかねー、今年は人数が多くて、もうひとクラスあるんだって」
連絡通路を歩いていた時に、黒髪でおかっぱの女の子が教えてくれた。
いけない、本当に名前が分からない。
「いつもは一学年六十人くらいなんだけど、なんか八十人くらいになっちゃったんだって! ヤバくない、ウケるんだけど!」
「ハドロス領に住んでる人、増えてるのかな」
「えー、そうなると魔闘大会勝ちづらくなるぢゃん! ショック!」
私がざっと見た感じ、同じ地区出身の子は同じクラスでまとめられているようだ。でもクラスが二つあるということは、そのうち成績順で振り分けられたりすることがあるかもしれない。
下位のクラスにはなりたくないな。勉強頑張らないと。
──
─
「───なのです。つまり我々は魔法国のさらなる発展に寄与すべく学び続けなければなりません。新入生諸君もその───」
いやはや、入学式の代表者スピーチというのはなんて退屈なんだろうと思う。
最上級生からひとつ上の先輩方に至るまで、各学年の代表生徒が堅苦しくて中身の無い演説を繰り返すのだ。二年生や三年生あたりは先生に用意してもらった台本なんじゃないかな。当たり障りのないつまらない文章だ。
そういえば七年生代表のお嬢様は身長が低すぎたせいで、演台で姿がほとんど隠れてしまっていて、ひと悶着あったな。
「だから、踏み台を使いなさいって」
「必要ありませんわ」
「いや、だからね───」
「必要ありません」
こんな感じで先生と舞台上でやり合っていたのは笑えたな。もちろん心の中だけに留めておいたけど。
結局、踏み台を使ってなんとか演台から顔を見せていた。
……どうも権力者の娘だそうで、実際には誰も笑ってはいなかった。
あっぶない。心のなかで留めておいて本当に良かった。目をつけられたくないからね、権力者様には。
新入生の代表スピーチはマイシィが行った。先程の七年生といい、代表生徒には貴族が選ばれる風習があるのだろう。
テストの成績や実力の高さは、家柄の次に考慮されるものであるらしい。今の時代に家柄重視とは時代遅れも甚だしいが、貴族との余計なトラブルを避ける処置なのだとすれば致し方ない。
(カンナちゃん、ごめんね私なんかが代表スピーチすることになって……)
(ん? どうして謝るの)
(だって魔法とか成績とかはカンナちゃんの方が上なのに)
スピーチを読み終えたあとのマイシィがヒソヒソと話しかけてきた。私は全然気にしていないから問題ないのにね。
むしろ、変に目立ちたくないのでマイシィがいてくれて本当に助かった。
実力面が評価されて目立つのは良い。でも、それ以外が評価されて目立つのは嫌いだ。
例えば自分の容姿は好きだが、それを持ち上げられて“ミス〇〇”ともてはやされるとしたら寒気がする。
(全然気にしなくていいよ。むしろがっちがちに緊張してるマイシィが可愛くて良かった。思い出すだけでパン三つくらいはイケるね)
マイシィに無言でぺちぺちと叩かれた。何故だ。