復讐編07話 開戦準備
私は試合を終えるなり、宿で待つアロエの下へと急いだ。
部屋の扉を開けると、そこには着替え中のアロエが背中を向けていた。
二の腕の向こうに見え隠れする盛り上がりが煽情的であるが、今はそんなものに見とれている場合ではない。
「もう、終わったの?」
「ああ。計画通り、煽り散らして負けてきたよ」
アロエはラバー状のボディースーツに袖を通す。
スーツの正体は、私が個人的に買い集めていた魔闘大会の闘技服である。
通常は支給された服を使うために購入する者はほとんどいないが、私は当初スルガを殺害する計画であったため、闘技服の性質をいろいろと試すべく個人で購入していたのだ。
アロエは窮屈そうに、胸の下までスーツを降ろした。
やはり、体のラインがはっきりわかるので非常にセクシーである。
流石に漫画やアニメみたいに乳袋はできないが、それでも豊かな膨らみはその存在を大いに主張してくる。
今は女の私でさえ、目のやり場に少し困ってしまうほど、アロエの身体は魅力的であった。
って、あかん。
気を引き締めないと。
「さて、アロエ。ここからが正念場だ」
「うん」
アロエはこくりと頷きながらも着替えを止めない。
先ほどの闘技服の上からワンピースドレスを着込むのだ。
若干首元から闘技服が見えてしまうため、付け襟で誤魔化す。
これでカモフラージュは完璧だ。
「確認するぞ。アロエはこれから、誰が尋ねて来ても居留守を使って部屋を出ないこと。万が一敵に襲われたときは、戦わずに、街の中へと逃げ込むんだ」
「わかった」
「水分補給も、水魔法で空気中から集めたもの以外は口にするなよ」
「もう、心配性だなぁ。分かってるって」
正直、ここが一番のウィークポイントなんだけどな。
私個人は襲われてもそれなりに戦えるが、アロエは違う。
闘技服の魔法力場拡散効果で不意打ちによる死亡はある程度防げるだろうが、戦闘になった場合は何とかして逃げ延びてもらわないと。
「カンナはどの辺に行くつもり?」
私は彼女の質問に、不敵に笑って答える。
「そんなもの、ニクスオットの別荘に決まっているじゃないか。大会期間中、彼らはそこで宿泊しているらしいんだ」
アロエはそれを聞くと訝しげに眉根を寄せた。
不服そうに口をとがらせるその表情は、まだまだ少女らしさを感じさせる。
「待って、乗り込むとか聞いてないんだけど?」
「別に乗り込むわけじゃないよ。屋敷の周りを散策するだけさ。そうすれば、奴さん達からアクションを起こしてくるはずだ」
そのためにスルガのプライドを傷つけ、ニクスオットに汚名を着せたのだ。
きっと奴らは躍起になって私を捕らえようとするに違いない。
……奴ら、というかスルガ個人が動く可能性の方が高いと思っているけどな。
私にとってもその方が都合が良いのは間違いない。
「警戒しなきゃいけないのは、その……なんとかっていう人造人間集団のリーダーだな。ロキの直接の仇だ。奴の狙いだけがどうもわからない」
「闘技場にいる貴族の人を狙っているとかは?」
うーん、なんか違う気がするんだよな。
従者の数も限られてくる要人の外遊時に暗殺を目論むのは自然なことのように思えるが、それにしては情報が洩れすぎだ。
エックスの情報網がどの程度の諜報能力を持つのかは未知数だが、いち貴族の耳に入ってしまう程度の隠匿されていない行動、とてもじゃないが要人暗殺のためとは思えないのだ。
「そもそも、エックスをどの程度まで信じるかという話でもある。警戒はやめないけど、一旦考えるのは保留にしよう」
「ん、了解」
アロエにはそう言ったが、やはり各勢力の思惑は考えるべきだろうな。
帝国派の動きが最近やけに激しいのは、やはり帝政復活のために何かしらの効果を狙っての事だろう。
──まさか、警戒の目を向けさせるのが目的とか?
帝国派の動きが古都プレシオスに向いていると見せかけて、実は王都で何かことを起こす気では無いだろうか。
すると、候補に上がるのは。
「王、か」
王を廃して皇帝を名乗る。
私の元いた世界でも、同じような出来事が歴史に刻まれていた気がする。
「何か言った?」
「ん、いや? 気のせいじゃ無い?」
私はそう言いながら、服を脱ぎ捨てた。
下着まで全部脱いで、アロエに用意させた闘技服を着用する。
身体にピタリと張り付いてくる感じが少し不快だが、この格好は確かに動きやすいのだ。
もう少し通気性があるといいが、そうなればもう裸と変わらない。
加えて私の場合四肢に電流を流したりするので、あらかじめ上腕部や大腿部は大胆にカットしてあるから、なおの事肌の露出が多い。
急所のカバーのみを念頭に置いた、大会の時とはもはや異なる仕様となっている。
「ねえカンナ。ごめん、それやっぱエロいわ」
「あはは、だよなぁ。あれ買っといてくれた?」
「もち。はいコレ」
「お、ありがとう」
この格好で外出は流石にできないので、上から胴衣と皮のジャケットを羽織り、ズボンを履くことにした。
なんとなく、イブが着ていたボーイッシュなスタイルに似ている気がする。
ともかく、そこそこ動きやすくて魔法防御能力も高い格好になることができた。
これで戦闘が起きたとしても楽に戦えるというものだ。
「ああ、あとこれも忘れないようにしないと」
私はそう呟くと付け髪の根元をほぐして全部外し、ショートカット姿へと変身した。
これから本格的に戦闘になるかもしれないのだ。
髪が長くて重いよりはバッサリカットしてしまった方が良い。
「こう見ると、背の高さ以外はイブ先輩みたいだね」
「そうか? なんだろう、髪の色も近いから余計にそう見えるのかもな」
別に彼女の後追いをしているわけじゃなくて、利便を求めた結果同じスタイルに行き着いたというだけなのだが。
こういうのをアレか。収斂進化というのか?
「さて、そろそろ行ってくるよ。戸締まりに気をつけるんだぞ」
「うん、行ってらっしゃい。カンナこそ気をつけなよ」
私は窓の縁に足をかけて下界を見下ろした。
宿に帰ってきた時よりも家々の影は東へ長く伸びている。
徐々に赤く色づき始める街。
湖の湖面はオレンジに煌めき、漣に揺られてキラキラと乱反射を繰り返している。
遠くから、人々の熱狂的な声援が聞こえてくる。
それは遠すぎてノイズのように街を覆うだけの、なんの意味も成さないバックグラウンドエフェクト。
だが会場の熱気というのはなんとなく伝わってくる。
きっと、今は決勝戦の最中なのだろう。おそらくニクスオット同士の兄弟対決だ。
という事は、彼らの不在のうちに屋敷に近づく大チャンスである。
「アロエ」
「ん」
私は空中に身を投げ出した。
一昨日と同じように魔法力場を活用しながらの大跳躍だ。
「──愛してる!」
アロエへの愛の言葉を叫びながら、私は茂みの中へと降り立った。
振り返って部屋の窓を仰ぎ見れば、そこには手を振るアロエの姿が。
私も手を振り返して、いよいよ街へ向けて走り出した。
目指すは古都の旧市街、古の王宮跡地に建てられたニクスオットの別邸である。




