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復讐編02話 さらば親友

『強い強い! 圧倒的な強さです! (いま)だかつて、このようなことがあったでしょうか。全試合を一分以内で全勝です!』


 その場所に、喝采(かっさい)はなかった。

 あるのはただ一つの感情、驚愕である。


 その驚愕の波が会場中に伝播(でんぱ)しきった時、新たに(さざなみ)の如く生まれてくるのは期待と恐怖だ。

 この先の全国闘技会で、こいつは何をしでかすのかという未知なるものへの期待。

 同時に、自分達の支配層にこのような化け物が居座っているという恐怖。


 特に私の考えた施策を“世間知らずの小娘の考えた愚策”だと小馬鹿にしてきた連中は気が気でなかっただろう。

 その小娘は、本気になれば領内を焦土に変えうる力を持った猛獣だと理解したからだ。


「……ふぅ」


 私は試合を終え、闘技場のど真ん中で一息ついた。

 試合開始位置から一歩たりとも動いてはいないが、一瞬でカタをつけるための魔法力場生成にかなりの精神力を使ったので、それなりに疲労は感じる。


 急所攻撃や故意に命を脅かすような攻撃を禁じられていたのもストレス要因だった。

 そんな瑣末(さまつ)ごとを考えなければいけないことは苦痛以外の何物でもない。


「それにしても、最後の試合相手がお前になるとはな」


 私は目の前で黒焦げになり、救護班によって治癒を施されている男を見下ろしていた。

 いつの間にかすっきりとした見た目になり、筋肉もそれなりに付いてきた雰囲気イケメン。

 ──彼の名は。


「おつかれ、エメダスティ。お前じゃ私を止められなかったな」


 試合用の衣服は魔法力場を散らす効果があるし、私も手加減したから死ぬことはないだろう。


 私は倒れ伏す幼馴染に背を向けて、ゲートへと歩いていく。

 ハドロス領での魔闘大会、私にとっての茶番劇は、これにて終了だ。


***


 控室で椅子に腰掛け、薬湯を飲んでいると、アロエとマイシィがやってきた。

 彼女たちは私が優勝したというのにどこか浮かない顔である。


「本当にやるの、カンナちゃん」

「……何をだよ」


 マイシィは泣きそうな顔で、声を震わせる。


「全国闘技会で、ニクスオットの人達を、殺す気なんでしょう!?」

「……」


 私は何も言わず、ただアロエを睨んだ。

 私の計画を話したのは、ただ一人、アロエだけだ。

 マイシィやエメダスティが知る(よし)もないはずなんだ。

 なのに、彼らは私の計画を知っている。

 これは、アロエの裏切り行為だ。


「違う、アロエちゃんは関係ない。最近のカンナちゃんの行動を見てたら、嫌でも気付くよ」

「……ふぅん、何に」


 マイシィの頬に熱い(しずく)


「カンナちゃん、人殺しの練習してるんだもん! わざわざ闘技服を何着も買ってさ、魔法力場の散らされ方とか貫き方とか、そんな練習ばかり!」

「……ぷっ」

「!?」


 あはははははは!

 こいつは傑作だ、なんだ、私の行動は筒抜けだったのか!

 だから先刻の試合の際にエメダスティも“カンナちゃんに人殺しはさせない”って言って向かってきたのか!


「なに、笑ってるんだよ」


 マイシィの言葉から悲しみの色が消えて、怒りの空気が滲み出る。

 頬に残る涙の粒を袖で拭き取って、私と正面から対峙する。


「カンナちゃんの気持ちはわかるよ、婚約者も、子供も奪われて正気でいられる人なんていないもん。でも、命を奪うのはだめだよ……相手と同じ舞台に上がってはだめなんだよ」


 ああ、そういう綺麗事は聞きたくないな。


「なんでさ。向こうは非合法な暗殺で、こっちは合法的な事故を狙うだけだ。全然違うじゃないか」

「違わないよ」

「いいや違うね」

「違わない!」


 私も頑固だが、マイシィも頑として自分の意見を曲げる気はないみたいだ。

 これでは議論にならないから、さっさと会話を終わらせてしまいたいな。

 これ以上喧嘩したって、得るものは何もないじゃないか。ただ、マイシィを失うだけだ。


「……わかったよ。危ないことはもうしない。けど、ニクスオットの鼻をへし折ってやりたいっていう気持ちは理解してくれよ」


 私お得意の、譲歩(嘘)を引き合いに相手に自分の意見の一部を認めさせるという手法。

 当然、私と付き合いの長いマイシィには私の手の内などバレバレだろうがな。


「本当に? 本当にもう危ないことはしない?」

「本当さ。私だって死ぬような思いはしたくないからな」


 “死ぬような思いをする”ことと、“危ないことをする”のはイコールではない。

 つまり、私はマイシィの要求を何一つ吞んでいないのだ。


 私の台詞はマイシィの要求を受け入れて発されたものではなく、自分の考えの一部を切り取って伝えているだけ。

 要は相手の意見を聞き入れるふりをしてはぐらかしているのだ。


 そして、もちろんマイシィは私の心根など看破してしまう。

 伊達(だて)に親友をやっていたわけでは無いということか。


「嘘つき。カンナちゃんは、それでも敵を屠ろうとするんでしょ」

「はッ! やっぱりわかってんじゃん」

「……! なんだよ、私が心配してるっていうのにその態度!」


 マイシィが詰め寄ってくる。彼女は私の胸ぐらを掴み上げて、額を突き合わせてきた。

 おおよそ貴族令嬢には相応しくない振る舞いだが、怒りのあまり礼儀作法などどこかへ飛んでいってしまったらしい。


 駄目だなぁ。貴族たるもの、暴力じゃなく言論で相手を制圧できなければいけないのにさ。

 貴族の用いる暴力は、最後のカードであり核兵器のようなもの。

 そしてやるからには個人的な暴行に止めるのではなく、一族郎党皆殺しにするくらいの気概がなくてはいけない。


「おい、聞いてんのかカンナ・ノ

催淫の女神(アフロディージア)


 マイシィの言葉を最後まで聞かず、私は呪文で覆い隠す。


 瞬間、マイシィは膝から崩れ落ち、床の上を痙攣(けいれん)しながらのたうち回り始めた。

 怒りモードだったところに突然の性的絶頂を食らわされて、脳がブッ飛んでしまったのだろう。

 涙を流しながら、目を閉じて歯を食いしばり、次々襲ってくる快感の波を堪えようとしているようにも見える。


「う゛うぅぅッ!? なに、コレェ──」

「あはは。何って、生娘でもあるまいし、性の快楽を味わった経験くらいあるだろう?」


 すると、マイシィは顔を真っ赤にし、床から見上げるようにして私を睨みつけた。

 顔面から出せる液体は全部出してるんじゃないかってくらいぐちゃぐちゃな顔。


「しら、ないよッ、カンナちゃんとは違って、そんなはしたないことッ」

「い、一度も?」

「んんんッ──ない、ないったら、嫌、またッ……ああっ」


 驚いた。

 我が兄と交際しておきながら、そういった経験は無しか。

 しかもこの様子だと、自分で慰めたこともないのだろうな。

 この子は、つくづく──


「私とは住んでいる世界が違うんだな、マイシィは」


 私は前髪を手で掻き上げ、天井を(あお)いだ。

 親友にカテゴライズしていたはずの存在と、今の私との隔たりの大きさに、軽く絶望すら覚えてしまうようだよ。

 

 ならばいっそ、彼女との関係を断ち切ってしまうか。

 そうすれば、お互いに傷つかなくて済むのではないか。

 そう考えてしまうのは安易すぎるだろうか。


「マイシィはさ、私のこと親友だと思ってる?」

「なに、を」


 私は立ち上がり、マイシィの側まで行くと彼女の目の前でしゃがみ込んだ。

 彼女の顔を覗き込みながら、再び問う。


「いいから答えて。私達は、親友?」

「……」


 マイシィは何も言わない。

 無言を、返答と捉えようか。

 しかし、次の刹那(せつな)には、マイシィが小さな声を絞り出すように答えを言った。


「あたり、まえじゃない。今さら、なんなんだよ」


 言いながら、泣いていた。

 その涙を見て、私の腹は決まった。


「アロエ」

「なに」


 私はずっと無言で見守ってくれていた恋人に、ようやっと声をかけた。

 そしてゆっくりと立ち上がると、控室の扉の方へと歩いた。


「古都プレシオスへ行く準備を頼む。大会は三日後だ。すぐにでも出発しないとな」

「開会式に間に合わなくても、五日後の試合に出られれば良いんじゃなかったっけ」

「いいや。早めに行って、敵の情報も探りたいからな。あと安全面も考慮すると、宿は運営側に用意されているところ以外で適当なところを探したい」

「ん。りょーかい」


 アロエは私がマイシィに精神魔法をかけたときも一切動じず、私にすべてを任せてくれていた。

 今だって、私の意を完璧に汲み取って準備に取り掛かってくれるという。

 名実ともに、私のパートナーはアロエと言える。


 昔は、私の隣にいるのはいつだってマイシィで、ずっと彼女と歩んでいけるものだと思っていたっけ。

 それがどうだろう。彼女と私との価値観のズレは、もう修復不可能なレベルである。

 仕方がないさ。私は前世の記憶を得た時点で、倫理観などぶっ壊れているのだから。


 部屋を出ていこうとする私の背後から、か細い声でマイシィが呼びかける。「カンナちゃん」と。

 私は彼女の事を無視し、アロエと会話を交わしながら廊下へと躍り出た。

 扉が閉まる直前、少しだけ振り返る。

 力が入りきらず、よろよろと起き上がろうとする親友の、いや、元親友の姿がそこにはあった。


 さようなら、マイシィ・ストレプト。

 私を親友だと言ってくれてありがとう。


 お前を巻き込まないために、縁を切るよ。

 私はもう、後に退くことはできないのだから。

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