復讐編01話 二人の魔女
整然と混沌の世界。
三つ巴の世界を俯瞰して観測できるただ一つの次元空間。
時の大河は今日もまたゆっくりとした激流であり、静かに騒々しくこの11次元の世界を通り過ぎていく。
もっとも、この空間において“今日”という概念は全くの無意味なのだけどね。
「なんじゃこのメチャクチャな空間は。服も着ておらぬとは、一体誰の波長に合わせておる」
「やあ、久しぶりじゃぁないか、白の魔女♪」
ボクは、目の前に現れた裸の少女に声をかけた。
ネコのような鋭い目つき、紅の瞳。
高い鼻にやわらかそうな薄い唇。
耳は丸く、頭頂眼は存在しない。
瞳以外は真っ白だ。
髪の毛は純白そのものであり、影も生まれぬほどに色素がない。
どことなく幼いころのカンナ・ノイドを彷彿とさせる容姿だけど、彼女よりもかなりの細身で、白く光り輝いて見えるのがこの白の魔女の特徴だ。
「久しいのう、黒の魔女。……とは言うても、妾の感覚じゃと昨日会うたばかりなのじゃがな」
「あはは♡ その妙に年寄りじみた話し方、相変わらずだねぇ☆」
この空間にいると、言語の壁を飛び越えて、考えていることがニュアンスまで読み取れてしまう。
便利なのだけど、気を付けないと相手に思考を読まれてしまうこともある。
ま、心を読まれて困るような存在は、そもそもこの空間に来ることはできないのだけど。
「あっれー、そーいえば今日は“みーくん”連れて来てないんだね★」
「あやつは魔女ではないからの。この空間にはあまり馴染めぬのじゃ」
「──ふぅん、ボクは彼も魔女に近い存在だと思っているのだけど」
魔女とは超越者、11次元にアクセスできる能力を持つ者。
そして、魔女の力を利用すれば、短時間だけ特定の誰かをこの空間に呼び出すことが出来る。
時も場所も無視して密会するには便利なんだよね。
「よせ。そういう男じゃない。……ところで、其方はまだ自分を見つけられないのか? いつまでも時の大河を眺めておると、いくら魔女とはいえただでは済まぬぞ」
ボクは首を横に振った。
「もう、見つけたよ♪ カンナ・ノイドは予想通り、ボクに出会った」
白の魔女は普段はあまり表情を見せないのだけど、この時の彼女はとても驚いたように目を見開いていた。
「そうか、では其方の名前をようやく聞けるという訳じゃな」
ボクは物心ついた時から名前が無かった。
魔女に成った瞬間に、記憶がほとんど吹き飛んでしまったらしい。
ただ一つ覚えていたのは、カンナ・ノイドという人物によって家族を殺害され、結果ボクが生み出されたという事実のみ。
ボクは、どうしてもボクの事を知りたかった。
だから、カンナ・ノイドを捜すのに体感で十五年ほど時間をかけた。
さらに、彼/彼女とこの空間との波長が合わさるのに二年待ち、その後の経過観測に二十年以上の時間を費やした。
この空間にアクセスしている限り、元の次元に置いてきた自分の本体の時間は止まっているも同義だからこそ、こんな無茶ができたんだけどね。
そうして手に入れた自分の名前。
だけど、この名を名乗るのはもう少し先を見てからにしたい。
「まあまあ、今面白いところなんだから、話の続きは結末を見届けてからにしようよ♡ どうせなら、自分が魔女になる瞬間まで見ていたいんだ☆」
「──まあ、好きにするが良い、黒の魔女よ」
そう言うと、白の魔女はボクの隣に腰かけた。
正確に言うと、かける腰などこの空間には無いし、今視えている身体も、魂を知覚した時に見える幻のようなものだけどね。
「ところでおぬし──」
白の魔女が、ボクの方など一瞥もくれないで、言った。
「どうして泣いておるのじゃ」
へ?
ボクは、指で目尻のあたりを拭ってみた。
本当だ、濡れている。
この涙でさえ本物ではなく虚像なのだけど、たしかにボクは泣いていたみたいだ。
「どうしてだろーね★ 自分の家族というものを見て、ちょっとセンチメンタルなのかもしれないよ♪」
「そうか」
白の魔女は、薄く笑う。
ボクは、そんな彼女の背後に回ると覆いかぶさるように抱きしめた。
そのまま何も言わず、二人で時の大河を見つめる。
カンナ・ノイドが、今まさに、ターニングポイントを通過しようとしていた。




