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王都編34.5話 幕間「とある元貴族令嬢の回想」Ⅱ

 カンナの宝物、それは干からびた小動物の頭部。

 それを自慢げに、得意げに見せつけてくる目の前の少女は、屈託(くったく)のない純粋な笑顔で私の顔を見つめている。

 私にはそれが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がないのだ。


「この子はね、マイシィの家から帰るときに見つけた子でね、瞳がとってもきれいだったからもってかえったの。それからこっちの子はね、先月お庭に迷い込んでいたからもらっちゃったの」


 やめろ。武勇伝のように話すな。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!


「か、体はどうしたのですか。どうして首だけ……」


 体ごと持ち帰って愛玩動物として可愛がるならまだわかる。

 なぜ首だけを持ち帰ろうという発想になったのか。


「だって、いらないんだもん」

「は?」

「私、この子たちの目が欲しかっただけだもん」


 目……? 目だって?

 確かに、動物の頭頂眼にはその美しさから高値が付くものもあるという。

 しかしそれは、魔石として加工済みのものに限る。

 (ナマ)の目を持ち帰ろうという発想がまず異常だ。

 この子は狂っている、そうとしか考えられない。


「こ、これを家族に見せたことは?」

「ないよ。おねーさんがはじめて」


 どうして家族にも見せない宝物を、私には見せたのだろう。

 ここまでくるともう、怖いもの見たさというか、少し好奇心のようなものまで芽生え始めており、つい余計なことまで聞いてしまう。


「なんで、私に……これを見せたの?」


 刹那、カンナはニタリとした笑顔を向けてきた。

 やはり、先ほど垣間見た表情は幻覚などではなかったのだ。

 この少女は、天使などではない。悪魔そのものだ。


「だって、おねーさんは私のお人形でしょ? 今は“しんゆー”の役なんだから、ひみつをおしえるのはふつうだよ」


 身の毛がよだつ、とはこの事か。

 この娘は……こいつは、今まさに()()使()()()()()()()()の真っ最中なのだ。


「……あれぇ? “こいびと”の役の方があってたかな」


 そして理解する。

 こいつにとって身の回りの人間は、皆こいつの脳内で適当な“役”をあてがわれた人形に過ぎないのだ。

 “自分だけの舞台”上に配役された無機物でしかないのだ。


 ──私は、こんな女の義姉になるつもりだったのか。


 いいや、違う。

 頭を切り替えなければ。


 所詮(しょせん)この子は十歳にも満たない子供に過ぎない。

 ならば、今なら矯正(きょうせい)ができるはずだ。

 人としてあるべき道に誘導してやれば、きっとまっとうな人間に……。


「あ、あのねカンナちゃん。流石(さすが)に、生き物の首を宝物にするのはどうかと思うの」

「……」


 物凄く(にら)まれている。

 しかし、ここで折れてはダメだ。

 このお屋敷の掃除が行き届いているからか、それとも木箱に防虫効果があったのか、変に腐敗せずに乾いているから今はマシだが、こんな趣味を続けていたらそのうちとんでもないことになりかねない。


「とにかく、これらは捨てましょう? ね、魔石になった頭頂眼なら私が買ってあげられるから」


 私がそう言うと、カンナはぼそりと呟いた。


「……だ」

「へ?」

「いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ い や だ !」


 瞬間、私はカンナに首を絞められていた。

 子供とは思えないほどの凄まじい力で、殺意を込めて首を鷲掴みにされる。


 苦しい。

 苦しいが、まだ抵抗できる。


「やめ、なさい!!」


 私はカンナを突き飛ばした。

 勢い余って例の木箱をなぎ倒し、その中身を部屋に散乱させた。

 小動物の首が、そこかしこに転がっていく。


「……はぁ、はぁ……何なのよ、もう」


 私は早速心が折れかけていた。

 カンナはどうも、上手くいかないことがあると後先考えずに暴れるような性格であるらしい。

 知らなかった。

 ただの無口な子だと、今日ついさっきまで思っていたのに。


「むり、もうむりぃ……」


 私は涙が(あふ)れて来て、その場にへたり込んでしまった。

 どうしてこんなに怖い目に遭わなければいけないのだろう。

 私はただ、大好きなニコルと遊びたかっただけなのに。


「うう……っ、ぐすっ」

「だいじょうぶ?」


 私が泣いていると、カンナは先ほどまでの怒りようが嘘のように、さも心配そうな調子で私の頭を撫で始めた。

 私にはその心境の変化は全く理解ができない。できないの、だが。


「かみ、きれい」


 カンナの一言でピンときた。

 ……いける、かも。

 これならば少なくとも他人に迷惑をかけるようなことは少なくなるはず。


「ねえ、カンナちゃん」

「なあに」

「動物の目はね、死んだ後に特別な加工をしないといずれ腐ってしまうの。だから、宝物には向いていないわ。だから、そうね……コレクションするなら、髪の毛にしてはどうかしら。ほら、私の髪は綺麗でしょう?」

「うん」


 動物の首集めが興じて人間の首を狩り始める、なんてことがあるかもしれない。

 しかし髪の毛ならば、いくらだって生えてくるから命までは奪わないだろう。


「これ、切って貴女にあげるわ」

「え、いいの?」

「ええ」


 そう言って、私は氷魔法でナイフを作り出し、前髪の方を一束切断してカンナに渡した。


「うわあ! すごい、金色で、つやつやで、宝石みたい!」


 予想以上に喜んでくれたようで助かった。

 これで無反応ならどうしようかと思っていたのだ。


「でもカンナちゃん、人に許可なく髪を切るのもいけないのよ。だからこっそり落ちているのを拾うか、許可を貰ってから切るようにしてね」


 カンナはこくりと頷いた。

 その瞳は純真そのものだ。

 これで何事もなければよいが。


「さあ、これらを片付けて、下に降りて遊びましょう。お人形、他にもあるのでしょう? 紹介してくれるかしら」

「うん、いいよ! とっておきの子を見せてあげる! のぶながっていうんだけどね──」


 そうして、その場は何とかしのぐことが出来た。

 その日は一時間くらいしてニコルが帰ってきたため、それ以上カンナと関わることが無かったのだ。



 数日後。

 私はとある話を聞いてゾッとすることになる。


 “ノイド家の侍女が、林の中で首を吊っていた”という話。

 私が調べたところ、これは事実であった。

 問題はその事実に尾鰭がついたと思われる“噂”の部分だった。


 ──“自殺した侍女は、首を吊る数日前にカンナ・ノイドと口論になっていた”。


 口論が原因で侍女が死んでしまったのではないかとまことしやかに囁かれ、噂となって領内に広がっていたのだ。


 そこで私は、思い切ってカンナ本人に話を聞くことにした。

 何もなければ、私が全力で噂の元を断ってあげようと思ったのだ。

 それくらいの権力は私にだってあるのだから。


「ねえ、カンナちゃん。最近亡くなった侍女の事だけど──」


 私が話を切り出すなり、彼女はこう言った。


「ああ、あのひとね、私の宝物をすてちゃったの。だからあの人の大切なものもこわしてあげたんだけど……えっと、あの人って名前なんだっけ?」


 私は何も聞かなかったことにして、ノイド家を後にした。

 それは()しくも私がカンナの事を人造人間(ホムンクルス)だと(ののし)り、ニコルと別れる前日の事だった。


──


「あの子は、自分の大切なものが奪われるのを何よりも嫌うの。そして、奪われた暁には必ず相手を追い詰めて復讐する。そういう子なのよ」

「しかし、その……侍女の死がカンナの仕業だと確定したわけでもないんだろ?」


 私は頷く。

 その通り、当時も証拠が何もなかったから噂はそのうち自然と消えていったのだ。

 ところが、数年後に私は彼女の本性を思い知ることになる。


「魔法学校に入学してきたあの子を見たとき、私は驚いた。本当にまともな子になっていたのだから。少なくとも、“まとも”を演じられるくらいには成長していた。でも、本質は何も変わっていないのよ。マイシィちゃんが襲われたとき、彼女はその犯人に何をしたと思う? ……拷問の後に殺害しようとしたのよ。それも、相手の心を完全に(くじ)くようなやり方で。イブが止めなかったら、あの子は本当にそれを実行したでしょうね」

「マジかよ……」


 もっとも、私はそれでカンナを信用した部分がある。

 “あの子の世界”さえ害さなければ、いや、“あの子の世界”の一因になってしまえば、彼女は全力で味方をしてくれると勘付いたからだ。

 私は彼女の性質を、自分のために利用したのだ。


「だからこそ、今の彼女は色々と危険だと思うの。ロキという存在を、世界の軸にしてしまっていた、今のあの子にとって、これ以上無いくらいの屈辱を味わったことになるのだから」

「復讐の鬼と化す、か」


 そうだとして、帝国派貴族は相手として強大すぎる存在だ。

 今のカンナの実力がどんなに上がっていようと、個人でどうこうできるものではない。

 だがそれすらも覆してしまいそうな何かが、カンナ・ノイドにはあるような気がしてならない。


「帝国派貴族に何かあったら、私に知らせて。きっとそこに、彼女は絡んでいるはずだから」

「……おう、わかった」


 って、本当はあの子の事なんて構ってられないくらい自分の身が危ないのだけど。

 どうしてか彼女を放っておけない自分がいる。

 いつの間にか私はあの子の姉にでもなった気でいるのかもしれない。

 策謀に(はま)って家を崩壊させてしまった出来の悪い姉だけどね。


「してラムよ」

「なに?」

「……いい知らせの方は聞かないのか?」

「あ」


 すっかり忘れていた。

 昔話に興じて、本題の方を聞きそびれるところであった。


「そ、そうね。聞かせてもらおうかしら!」

「──ったく、お前はよォ」


 アセットは軽く咳払いをして、良い知らせとやらを話し出した。


「やっと隣国へのルートが作れたぜ。予定とは違ってピスケス連邦方面にはなっちまうがな」

「あら、そうなのですね。それは良かった。いつまでもマムマリアにいては、帝国派の網にかかってしまいそうですものね」


 そうか、行き先が決まったんだ。

 これでいよいよもって、旧魔法帝国の領土を離れることになる。

 知らない土地で、知らない言語の中で生活していかなければならなくなる。


 だが、希望は捨てない。

 きっと新天地でも良い出会いがあるはずだし、良い未来を気付くことが出来るはずだ。

 だからこれは良い話で間違いないのだ。


出立(しゅったつ)はいつにする? 一か月以内なら何とかなると思うが」

「……そんなもの」


 私は出窓に寄りかかるのをやめ、自分の二本の脚でしっかりと地面を踏みしめる。

 腰に手を当て、アセットに向かって宣言するのだ。


「今すぐに決まっていますわ!」


 それを聞いたアセットは、にやりと笑って言う。


「──だよな! そう言うと思ったぜ、嬢ちゃんはよ!」


 私達は手を取り合った。

 いつぞやにカンナから教えてもらった異国の風習、シェイクハンズ。

 相手を信頼し、約束を交わし合う時の仕草だ。


「道中よろしく頼みますよ、アセット」

「はっはっは、辛くてもピーピー泣きわめくんじゃねえぞ、ラムの嬢ちゃん」


 こうして私達は宿を出た。

 向かうはピスケス連邦。

 海を渡り、森を抜け、北の大地を目指すのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

総合的な評価は読了後で構いませんので、今のところの感想なんか頂けるとありがたいです!


また、良ければブックマークの方も継続してお願いします!

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