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王都編最終話 親指くらいの命

 それは、酷く雨の降る日のことだった。

 夏が過ぎて、秋の頃。ちょうど嵐の増える季節である。


 私は病院の帰り道、傘もささずにずぶ濡れになって道を行く。

 今日は、事後健診の日であった。

 私は手ぶらで、増水した用水路を横目にフラフラと歩いていた。


 道端で、のたうち回っているオタマジャクシを見つけた。

 どこからか流されてきたのだろう、カエルの子供。


「……」

 

 私はしゃがみ込んでそいつを摘み上げる。

 私がこいつを水場まで戻してあげれば、あるいは一つの命を救ったことになるのかもしれない。


放電(スパーク)


 私はオタマジャクシを電熱で焼き殺すと、再び家路を歩いた。

 命なんざ、もうどうだっていいのだ。


「ただいま」


 私は家の扉を開ける。


「おかえり、カンナ。ずぶ濡れだけど、傘は持って行かなかったの」

「途中で壊しちゃったんだ」

「……そっか」


 家で待っていたのはアロエだ。

 彼女は最近、ノイド家の屋敷で一緒に暮らしている。

 彼女なりに私の支えになろうと必死なのだ。

 だからわざわざ地元から離れ、なるべく私の側にいようと努めているのだ


「シャワー浴びる?」

「ああ、もちろん」


 私はアロエから受け取ったタオルで頭を拭きながら、浴室へと向かった。

 体から(したた)り落ちる(しずく)が、古びた絨毯(じゅうたん)に染みを作っていく。

 その染みに続くように、アロエも後をついてきた。


「ねえ、一緒に入らない?」


 アロエが聞いてくる。


 “一緒に風呂に入る”“一緒にシャワーを浴びる”というのは、以前からアロエから行為を迫る時の常套句(じょうとうく)になっている。

 彼女は近頃、自らの身体をもって私を慰めようとよく風呂に誘ってくる。

 その回数が極度に増えた。


 しかし。


「悪い、そういう気分じゃないんだわ。気を遣ってくれるのはありがたいけど、今は一人にしてくれ」


 私がそう言うと、彼女は(うつむ)いたまま私に背を向けた。


「着替え、持ってくるね」

「ありがとう」


 私は足早に去っていく彼女を見送ると、濡れて肌にまとわりつく厄介な衣服を脱いで、(かご)に放り投げた。

 裸になり、私は自分の身体を見下ろした。

 そこには、中に誰もいなくなった貧相な(はら)があるだけだった。


──


「命が宿っていないって、どういうことですか!」


 兄が、病院の先生に食ってかかった。

 先生は若干その圧に(おのの)きながらも、極めて冷静に状況を説明した。


「確かに胎児は育ってきています。育ってはいるのですが……魂が、宿っていないのです。つまり、空っぽなんです」

「そんな」


 兄は項垂(うなだ)れている。

 そんな兄に代わり、今度は父が先生に問うた。


「どうにかならないのか。その、例えば魔法か何かで魂を入れるとか」


 その言葉は、母の死に際し、私を魔法科学の力で復活させた父らしい台詞だった。

 しかし先生は首を横に振る。


「逆ならば可能です。魂が備わっている状態から体を再構成することは不可能ではないと思われます。もっとも、その場合も過去に一つしか例のないことですが」


 その過去の一例とは、おそらく私の事だ。


「今回の場合、体の成長に問題はないのです。しかし、おそらく脳が機能していない。本来ならば、妊娠二か月ほどでおぼろげながらも魂の輪郭がつかめるのですが、それが全くありません」

人造人間(ホムンクルス)のように、他の脳を移植することは」

「……可能ですが、それでは本当にただの人造人間(ホムンクルス)です。無感情な、別人格です」


 今度は父が項垂れる番だった。

 先生の言葉を聞いて、手の打ちようがないことをはっきりと理解してしまったのだ。


 私に与えられた選択肢は二つ。

 このまま子を産んで、しかしそのガワだけを利用して人造人間(ホムンクルス)を作り上げるか、それとも母体に影響の少ないうちに堕胎をするか。

 どちらにせよ、思い描いていたような幸福な未来はもうやって来ない。


 私は冷静だった。

 こんな時でも酷く頭が冴えていた。

 どちらがメリットが大きいだろうかと、冷徹に値踏みする。

 自分にとって都合のいいのは、どちらだろうか。


「先生、確認したいことが」

「はい、何でしょう」


 私は知りたかった。

 それを知らねば、この先の選択は難しいものとなるような気がしていた。


「この子に魂が宿らなかったのは、私の毒殺未遂とは関係がありますか」


 私の身体に子が宿った時。

 それは奇しくも私が意識不明になったタイミングとピタリと重なるのだ。

 もしかすると、そのことが影響して最悪の事態を招いたのではないかと私は考えた。


 医者は、事のあらましを聞いたうえで、深く考え込んだ。

 人の発生初期に母体に異常が起きた場合、子供に影響が残る可能性、それを熟考しているに違いない。


「可能性は、ゼロではない……と思います。しかし、もう一つ説として挙げるとすれば、それはあなたが人造人間(ホムンクルス)であることです。いや、生理機能はしっかりしていますので、それだけならば問題はなかったかもしれませんが、毒との相互作用で生殖システムにトラブルが起きた可能性はあります。そのあたりは専門ではないので、あくまで仮説にすぎませんが」

「そうですか。わかりました」


 私は先生に頭を下げると、椅子から立ち上がり、診察室の扉に手を掛けた。


「一晩だけ考えます。今の私は、冷静じゃないかもしれないので」


 それだけ言い残して診察室を後にした。


 ロビーでは、私の仲間たちが集まっていた。

 彼らの誰しもが、部屋から出てきた私を心配そうな表情で見つめている。


「カンナちゃん」


 マイシィが私に声をかけた。

 私は目を伏せて、無言で首を横に振った。

 その瞬間、すべてを察した仲間たちの瞳には光るものがあった。

 リリカなんかは実際に涙を流して、悲しそうに泣いている。


 その中でも私は奇妙なほどに無感情であり……否、本当はある一つの感情で脳がいっぱいになっており、(はた)から見れば薄情な母親に映ったかもしれない。

 無言のまま、仲間たちをスルーして病院の外へと向かった。


 外へ出る。

 日差しが(まぶ)しい。

 雲の流れが速くて、少しだけ雨の匂いが空気に混じる。

 嵐が迫っているのかもしれない。こんなにいい天気なのに。


 私は病院の敷地外を歩いた。

 マイア地区のメインストリートを抜けて、マイシィの住むフマル家の側を通り過ぎ、学校方面へと足を向けた。

 畑が広がる光景を視界の隅に捉えながら、目指したのは右手側に見えている小高い丘だ。

 木々に覆われた、ちょっとした森の中にできた見晴台だ。


 私は思い出していた。

 いつだったか、エメダスティと二人でこの森に入っていった雪の夜を。

 深々と降り積もった雪と氷の世界で、ロキと魔法で語り合った最初の夜を。


 その場所は、夏の終わりのこの時期においてはただの草むらだった。

 背の高い雑草に視界を塞がれ、先が見通せないほどの荒れ地。


鎌鼬(ワールウィンド)


 私は風の刃でそれらを一気に()ぎ払った。

 薙いで薙いで、薙ぎまくって、そうしている間に視界は開けた。

 木々に囲まれた、広場が完成する。


「ロキ……」


 彼の名を呼ぶ。


「ロキ!!」


 もう一度、腹の底からの大きな声で、彼に呼びかける。

 もちろん返事はない。あるはずがない。

 でも。


 一瞬、風が木々を揺らした気がする。

 スタジアムに集まった群衆の騒めきのような、枝葉の擦れ合う音の重なり。

 これは、彼からの返事だろうか。


 そう思い込むことにして、私は続けた。


「ごめん!! お前の子、産めなかった!!」


 再び風が吹く。

 刈り倒した草たちを介して、私を責め立てる。


「私を許せ! 許してくれ! でも、私は悪くない、悪いのはあいつらなんだ! だから、力を貸してくれ! お前の事を思い出すたびに、子供の事を思い出すたびに、あいつらへの恨みが増していくように私を導いてくれ!」


 風が、()いだ。


 一瞬の静寂の後、頬を撫でるように優しい風が吹いた。


 風が(ささや)く。

 私は(うなず)いた。


「……ああ、無茶はしないよ。私は死んだりしない。安心しろ」


 私は天を見上げた。

 雲の合間から輝く青い空が見える。あの向こうに、ロキがいるんだ。


「この子をお前の所に送ってやるよ。後は頼んだぞ、ロキ」


──


 その翌日。

 私は子供を堕ろした。


 ようやく人間らしい形が出来上がってきたくらいの、本当に小さな体だった。

 親指くらいの、小さな小さな私の赤ちゃん。


「はは、指人形みたい」


 私は胎児の死体にそっと触れてみた。

 生まれてくるはずだった我が子との、最初で最後の触れ合いだ。

 ねっとりと血液に(まみ)れた肉の感触だけが指に残る。

 まあ、こんなものか。


「遺体は、どうされますか。葬儀をあげる方もいらっしゃいますが」


 処置をしてくれた先生が、私に問いかけた。

 私は即答する。


「捨てといてください」

「……は?」


 その場にいた全員が、私を驚いた表情で見てきた。

 理解できないモノに出くわしたかのような、嫌悪にも似た感情が見て取れる。

 私には、その感情の方がよくわからない。


「だって、もう魂はここに無いんだろ? だから、いりません。捨ててください」


 私ははっきりと宣言した。


「わ、わかりました」


 先生はそう言ったが、後日確認したところによると胎児の死体は火葬ののち、父が引き取ったらしい。

 そして従者に遺灰を持たせ、プロヴェニアの屋敷へと送り届けられた。

 プロヴェニアではその知らせをもってはじめて私がロキの子を妊娠していたことを知ったようで、大慌て。

 結局ロキのすぐそばに埋葬されたのだという。


 終わったことなど、どうでもよいが。


──


「さて、と。朝練にでも行きますか」


 堕胎後の事後検査も無事に終え、再び活発に動けるようになった私。

 来るべき日に向けて、魔法の練習を再開した。

 早めに準備するに越したことはないだろうから、新学期が始まって間もない今の時期から鍛錬を積むのだ。


 目標は、魔闘大会。

 今回の大会で、ニクスオットの鼻っ柱をへし折る。

 そして、これをきっかけにニクスオットを追い詰め、滅ぼす。

 私の一世一代のリベンジマッチの始まりだ。



第二章(前編)・王都編 END


 ▶▶▶ To be continued.

お読みいただきありがとうございます。

王都編最終回とありますが、まだ幕間話がありますでもう少しお付き合いくださいませ。


以下、ちょっとしたお願い。


時々「いいね」押してもらえるとそれだけでもモチベあがります!

また、各話の感想なんかもお聞かせいただけると創作の参考にしやすいので是非お願いします!

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