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入学編01話 カンナ・ノイド

 私、カンナ・ノイドは、生まれたときから大変な罪を背負って生きている。


 私の母アクティはハドロス領においてもっとも美しいとされた歌い手だった。

 一方の我が父ランタンはそれほど優れた容姿とは言えない。辺境貴族の出であるが収入や財産が多いわけでもなく、政治的手腕(しゅわん)が優れているわけでもない。父はただただ実直(じっちょく)で、()を重んじ、道理(どうり)の通らない事を許さぬ、真面目(まじめ)な男だ。

 母は、そんな父の誠実なところに()れ込んだらしい。なんと、領内イチの美女は、自分からなんの変哲(へんてつ)もない中年男にプロポーズしたのである。

 これには皆驚いた。真偽は不明であるが、国王までもがハドロス領に出向き、母の気は確かかどうか、小一時間問い詰めたらしい。

 だが母は本気だった。こうして、父と母は結ばれ、結婚してやがて子を設けるに至った。

そうして生まれたのが……兄である。しばらくは親子三人、それから若干(じゃっかん)名の小間使(こまづか)いを含めた小さな家族での(つつ)ましやかで幸せな生活を送っていた。


 そんな幸せを壊したのが私だ。


 私を産む際、母は産褥熱(さんじょくねつ)にかかった。

 産褥熱(さんじょくねつ)の正体が、出産時にできた傷から入り込んだ病原体によるものだということは既によく知られていたから、近年ではきちんと消毒された分娩室(ぶんべんしつ)での出産が当たり前になっている。

 だというのに、母は劣悪(れつあく)な環境での出産に踏み切らざるを得なかった。予定日よりも二か月も早く、私が外に出ようともがいたからだ。

 妊娠中は外出を控えていた母は、その日はたまたま気分転換に散歩をしていたらしい。そんなときに急な陣痛が始まってしまい、公園内で破水(はすい)侍女(じじょ)が慌てて助けを呼びに行くが、その間に母は私を産み落としたようだ。


 その後、母の容態が悪化。

 私も未熟児ゆえに生死の(さかい)彷徨(さまよ)っていた。

 慌てふためく父や医者に、私の命を優先するよう母は告げた。

 そして、看病の甲斐(かい)なく母は息を引き取った。


 ついでに私も息を引き取った。


 ……お前は生きてるだろうって?


 父は母の最期の願いを叶えるために奔走(ほんそう)した。私の命を助けるという母の願いを。

 なけなしの金をはたいて優秀な魔法士を雇い、死んだ私の細胞をベースに母の因子を組み込んで培養(ばいよう)し、私を無理やり蘇生(そせい)させたのだ。むしろ私を作り直したと言ったほうが近いのかもしれない。

 父曰く、私は半分人造人間(ホムンクルス)なのだという。


 そんな罪深い私だが、母の因子を色濃く受け継ぐことになり、容姿に関しては幾分(いくぶん)か恵まれている。

 最愛の母を失った父が、その原因である私にきちんと愛情を注いでくれたのは、もしかすると私が母そっくりだからかも知れない。


 そんな私だったがなんとかすくすくと育っている。優しい父と、ちょっと意地悪(いじわる)だが頼れる兄のおかげだろう。

 私も十歳になった。今日から、魔法学校に通うのだ。


「ふんふーん♪」


 と、鼻歌を歌ってしまうほど気分がいい。

 母譲りの美声だが、母のように歌唱のセンスはないらしく、よく兄から音痴(おんち)だと言ってなじられる。

 それでも、歌ってしまうものは仕方がないよね?


「髪型、よーし」


 鏡の中の自分を見る。

 セミロングの白い髪に尖った耳、前分けから(のぞ)く額には赤く輝く頭頂眼(とうちょうがん)。豊かにまつ毛を(たた)えた二重(ふたえ)まぶたの奥には黄金の瞳。顔の中央を縦にすうっと伸びているのは、細く、なだらかな鼻筋。薄い唇はそれでいてみずみずしく色気(いろけ)を放っている。

 よし、今日も美しいぞ、私。


 (そで)を通したのは臙脂色(えんじいろ)のブレザー。つまるところ魔法学校の制服だ。

 上から黒のローブを着込むのが正装となるが、これはマントでも良い。

 今日は暖かいので薄手のマントにしておこう。

 新品の制服は、体が大きくなることを見越して買ったために少しぶかぶかだ。チェック柄のスカートなんか膝丈(ひざたけ)よりも長くなってしまっている。本当は少し(ひざ)が出るくらいがちょうどいいと思っている。(ちまた)では太ももをチラリと見せるくらいの長さに切ってしまう女子生徒も多いのだという。

 私にはそこまでの勇気はない。はれんちはれんち。


「おおーい、カンナ!! いつまで支度してんだ! 早くしないと迎えが来ちゃうぞ!」


 私を呼んでいる、無駄に素敵な声は兄ニコルのものだ。

 私は部屋の扉を少し開けて、返事をする。


「ニコ(にい)ー、もう少しかかるから、なんとか引き止めてー」

「まだかかるのかよ! 何してんだよ」

「自分に見とれてるのー」


 私は姿見(すがたみ)の前でくるくると回った。


「お前、それは……いいや、早く降りてこいよ」


 ため息混じりに兄は言う。

 はーいと気の抜けた返事をしながら、私は新たな衣装に包む自分に酔いしれる。

 まるで私が「自分大好き人間」のように聞こえるかもしれないが、いや、実際そうではあるのだけれど、根っこにあるのは母の存在だ。

 私の体は母と父の遺伝因子から生まれ、母の細胞から取り出した因子によって復元された、いわば四分の三が母親で、四分の一が父親という状態。父もよく言ってくれる。「お前はアクティにそっくりだ」と。

 鏡の中には、写真ではわからない母の姿があるのだ。

 生前の母はこんな風に笑ったのだろうか、こんなポーズをとっただろうかと鏡の前で繰り返すうちに、自分のことが大好きになっていったのだ。そのことを、兄はきっと知っている。


 さあ、母への制服のお披露目(ひろめ)は済んだ。そろそろ学校へ行かなくては。


「お母様、行って参ります」


 鏡の中の母に深くお辞儀(じぎ)をして、私は階段を駆け降りた。


***


 屋敷──とは言っても質素な家だが──の門前(もんぜん)に、見慣れない物体が停まっていた。

 馬車……? いや、違う。馬がいない。

 黒光する大きな箱型のボディは、先頭のみ前に突出した形になっており、その前方に一つ、後方の箱の部分には四つの車輪が備わっている。ボディには窓と扉があり、家で使われているのよりずっと透明度の高い上質なガラスがはめ込まれている。馬車の客室をうんと大きくし、馬を(はい)したような見た目だ。

 これは……


「バス……でしょうか?」

「ばす? なんだいそりゃあ。あれは魔動車(まどうしゃ)だよ。普通の車よりもずいぶんと大きいけどね」


 兄がそう教えてくれた。

 それにしても、咄嗟(とっさ)に浮かんだ“バス"という単語は何だったか。最近、どこかで聞いた覚えのある言葉だ。


「お兄様、何でこんな物がうちの前に?」

「何でって……ああ、お前は俺の入学の時は遅くまで眠っていたみたいだから、知らないのか」


 そうだ、五年前の事はうっすらと覚えている。魔法学校へ入学する兄のお見送りがしたくて早寝早起きをしようとしていた私は、兄の晴れ姿を見るのが楽しみすぎて遅くまで寝付けず、気がついた時には兄は既に学校へ行ってしまった後で、それで私は大泣きしたのだ。

 侍女(じじょ)(いわ)く、()すっても叩いても、魔法で水を引っかけても起きなかったらしい。


 それで私は知らなかったのだが、魔法学校入学の際には、新入生のみ魔動車(まどうしゃ)で登校するのがマイア地区の慣習なのだとか。特別な日には特別な乗り物で、ということらしい。

 門をくぐり、車に近づくと、窓からは既に何人もの学生たちが乗り合わせているのが(うかが)い知れた。皆、初等学校時代からの見知った顔だ。

 私に気づいた何人かが、こちらに手を振っているのが見える。瞬間、私は駆け出していた。

 慌てて兄が背後から声をかける。


「おいこら、急に走るとつまづくぞ!」


 私は兄の忠告を華麗(かれい)にスルーしながら、魔動車(まどうしゃ)のステップに足をかけた。


「行ってきます、ニコ兄……いいえお兄様! どうかお達者で!」

「おう! ……って、俺もあとから学校行くわ!」


 私はまたも兄の一言を完全に無視して車内へと(おど)り込んだ。すかさず車内を観察する。なんといっても、馬車以外の車に乗るのは初めてなのだ。


 乗車口は前方よりの左右に一か所ずつ。すぐ(わき)は運転室だが、仕切られていて中に入ることはできない。小窓から運転席が観察できるが、計器(けいき)が複雑すぎて何が何やらであった。

 車の後方を見ると、二人掛けの座席と、一人掛けの座席が二列分並んでおり、最後部のみ四人掛けとなっているのが分かった。十人も乗れるらしい。

 乗合馬車にも同じくらいの人が乗ることがあるが、あちらはもっと簡素(かんそ)な作りであり、こちらとは重厚感(じゅうこうかん)がまるで違う。新時代の乗り物、といった感じで私は幾分(いくぶん)か気分が高揚(こうよう)していた。


「カンナちゃん!」


 私の名前を呼ぶ声は車の最後方から。


「マイシィ!」


 そこには我が友人である一人のおなごが座っておったとさ。

 私は彼女の方へと歩を進め、空いていた彼女の隣へと腰かけた。ちょうど通路の突き当りの所だ。(なが)めは良いものの支えがないので少し怖い。


「おっはよー、カンナちゃん。今日から魔法学校で一緒に頑張ろうね!」


 マイシィ・ストレプト。

 均整(きんせい)のとれた顔立ちで、グレーの瞳をした目が大きく目立つ。鼻は若干の丸みを帯びているが(あご)のラインがシュッとしていて人形みたいだ。赤くて長い髪は肩甲骨(けんこうこつ)のあたりまでさらりと伸びていて、一部を()って白い貝殻の髪飾りで()めている。いかにもお嬢様といったナリだが、一方でわんぱくそうに()り上がった(まゆ)は彼女の性格そのものを表していると言って良い。

 彼女は私と同じ貴族の出身だが、私のような辺境貴族とは違い、王都での活躍の実績もあるストレプト家のご令嬢である。

 幼いころは地方での生活を通じて勉強をさせるという家の方針に従い、遠縁(とおえん)であるフマル家にて世話になっている。フマル家の方は私の家と同程度の質素で(つつ)ましやかな暮らしをしている、役人家系だ。ちょうど同い年の子がおり、マイシィの横にちょこんと……いや、どっしりと座っている。


「こ、こんにちは。そ、その……いい天気だね」


 その少年はこちらをチラリと横目で見て、それからぼそぼそと(つぶや)いた。

 十歳にしては体が大きい。

 がっしりとしている、という意味ではない。なんというか、全体的に丸いのだ。

 顔立ちだけは腐ってもストレプト家の縁戚(えんせき)ということで、大きな目と整った顔立ちをしているが、(あご)のラインが肉で隠れてしまって勿体ない。

 名前は……なんだっけ。なんとかフマルなことは間違いがないのだけれど。


「えっと……」

「こら、エメ君! はっきりしゃべらないからカンナちゃん困ってるじゃん」

「ご、ごめん……」


 話し方よりも名前を思い出すことができなくて困っていたのだが、マイシィが勘違いしてくれてよかった。

 ついでにヒントももらえたので助かる。

 エメ……エメダ……そうだ、エメダスティだ。エメダスティ・フマル。妙ちくりんな名前だが、これがフマル家の特徴らしい。確か弟君も似たような響きの名前だったはずだ。


 しかし、私はどうも人の名前の覚えが悪い。仲の良い数人の名前は決して忘れることがないのに、そうでない人は毎日会っていても名前を忘れる。それがあまり印象の良くないことだとはわかっているので、いつもは誰かが名前を呼んでいるのを聞いて、それを確認してから話しかけるように気を付けている。

 父に相談したところ、人造人間(ホムンクルス)化の弊害(へいがい)かもしれないと指摘(してき)されたが、具体的な解決策は提示してくれなかった。


「おいおい、ダスティ! お前何縮こまってんだよ! ぼそぼそしゃべってて何言ってるか聞こえねー!」

「お前カンナと話すときだけそうなるよなー。ニコちんも気づいてるよなー?」

「あ! やっぱタウりんもそう思う!? ぜってーカンナのこと好きだよな!」


 前の座席から頭の悪そうなやじが飛んでくる。

 ああ、こいつらも魔法学校同期生になるのか。

 窓側に座っていて、少し首を伸ばしてこちらの様子をうかがっている頭の悪そうなのがタウりん。

 通路側にいてこちらに身を乗り出してきている頭の悪そうなのがニコちんだ。そう呼ばれていたから、そういう名前なのだろう。


 と、冗談はここまでにして。


 この二人の名前も良く知らない。というよりは覚える気があまりない。

 解っていることは、ニコちんのファーストネームはニコルであり、うちの兄と同じ名前だということだ。なんとも腹立たしいので一生名前を呼んでやる気はない。


「……」


 ひゅーひゅーと(はや)し立てる男子二人に対し、エメダスティはだんまりだ。

 おいお前、何か言い返せよ。そんなに(ほお)を赤らめてさ。まるで本当に私のことを()いているみたいではないか。


「はいはーい。おしゃべりはその辺にして! そろそろ車を動かすよ」


 運転席の小窓越しに、一人の女性が声をかけてきた。白いシャツに(こん)のベストと帽子、同系色のネクタイをしていて、まるで男性のような格好だった。少し距離が開いているからかもしれないが、顔立ちに特徴を見出すことができず、どこにでもある顔だと思ってしまった。

 きっとあのタイプの人の名前は覚えられないだろうなと思う。


「そうそう、カンナさん。後でちゃんとした自己紹介するけど、私あなたたちの担任だから。これからよろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 なんと、担任の先生自ら迎えに来てくれていたのだ。

 私が車に乗り込んでからしばらく発車しないと思っていたが、どうも彼女は父に挨拶をしに行っていたらしい。国の封建制(ほうけんせい)(すた)れ始めているとはいえ、うちは貴族だ。貴族の娘を預かるのだから、最低限の礼節(れいせつ)くらいは欠かせないのだろう。


 ふと窓から外を見ると、兄の横に父が立っていた。

 (ほこ)らしげな表情を浮かべる彼は、娘の晴れの出立(しゅったつ)に際し、なんと号泣していた。胸を張り、笑顔を作り、涙を滝のようにこぼすのだ。なんだかちょっぴり気恥ずかしい。

 ──前の席のバカ二人が私の顔を見ながらひそひそくすくすと(やかま)しい。あとで(しめ)てやろうかしら。


「水魔法、起動良し。炎魔法、起動良し。風魔法、良し」


 先生は運転席にて車を動かす術式の起動を始めた。


 魔動車(まどうしゃ)の仕組みは聞いたことがある。水魔法を使ってタンクに水を()め、炎魔法で加熱して沸騰(ふっとう)させ、蒸気で車輪を回すのだ。それだけではパワー不足が(いな)めないので、風魔法で補助をかける。仕掛けそのものは単純ではあるが、魔石が高価なのと術式のバランス調整が難しいため、一般層へと車を普及させるには少々ハードルが高すぎるのだと父が言っていた気がする。


 ガコンという音ともにロックが解除され、車はゆっくりと進み始めた。馬車よりも加速感は少ない。

 だが時間が経ち、蒸気がシュッシュと小気味良い音を響かせ始めると、途端に車は馬車の比にならない速度を得た。振り落とされないように、と先生が警告した時には(すで)に私のお尻は何度か宙に跳ね上がっていた。

 マイシィにしがみつくことで何とかやり過ごすことができたが、最後部の真ん中の座席には座るものではないな。いざという時の支えがないのは本当に恐ろしいものだ。


 車はのどかな農園の風景を窓に映しながら、数軒(すうけん)の家を巡り、何人かの子供を拾ったのち、ついに目的地に到着した。

 ハドロス領王立魔法学校。

 私の新生活が、今、幕を開ける。

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