王都編33話 秘密の小瓶
家に帰ると、それはそれはしこたま怒られた。
父や兄、小間使いに至るまで、異口同音に“心配をした”だの“何をしていた”だのとうるさかった。
ちゃんと置き手紙を残しておいたんだけどな。ロキが死んだから傷心旅行に行くと。
どうも言葉足らずだったらしい。反省。
それから妊娠の話題になると、皆が気難しい面持ちで黙り込むのだから面白い。
怒っていいやら喜べばいいやらで気持ちの整理がつかないんだろうな。
マイシィにも死ぬほど怒られた。
彼女の場合、私の妊娠を告げると、今度は泣くほど喜んでいた。
情緒不安定だ。生理かな。
アロエは、案外とあっさりとしていた。
私の顔を見るや否や、
「おかえり。王都、どうだった?」
と、行き先も告げていないはずなのに私の考えなどお見通しという感じであった。
ロキの子供を孕んだと言えば、自分が名付けると言って早速名前を考え始めた。
私は、アロエという人物の器をまだまだ過小評価していたようだ。
一年生の頃、君をモブ扱いしていてゴメンよ。おさげ髪で、地味だったんだもの。
それが今では立派なパートナー。
同性婚の許される国があったならば、三人で移り住むのもありかもな。
あ、三人というのは、生まれてくる我が子も勘定に入れているから三人なのだよ。
こうして、夏休みが終わる。
新学期が始まり、私は八年生になった。
「おい、聞いたか!? カンナ先輩に子供ができたって噂」
「くそおおお、俺、狙ってたのに」
「いやお前じゃ無理だろう」
学校が始まると間もなく、カンナ・ノイド懐妊の話は瞬く間に広がっていた。
特に動揺が激しかったのは、学校OBや教師陣を中心としたカンナ下僕の会の面々である。
下僕の会の中では退会者と狂信者とで分裂し、半ば抗争状態となっているようで、なんとかならないかと教師にも相談された。知らんがな。
「やっぱり大騒ぎになってるね、カンナちゃん」
「別に子供は授かり物なんだから、関係ない奴には放っておいてほしいんだがな」
私はマイシィに愚痴を零した。
彼女はまあまあと言って背中をさすり、私を宥めようとする。
背中をさするのは、私のつわりを気遣ってくれているのも理由の一つ。
ここ数日、以前にも増して吐き気が強くなってきているのだ。
「ウッ──」
私は急に込み上げてくる嘔吐感に、即座に立ち上がってトイレへと走った。
トイレに行く旨を周りに伝える余裕がないくらいには切羽詰まっている。
空いている個室を見つけると大慌てで扉を開け、鍵を閉める間もなく便器に向かって嘔吐した。
胃の中に何も入っていないから、実はあまり出すものはないのだけど、とにかく吐かないとスッキリしない。
「ぉえぇええ……!」
つらい、つらすぎる。
つわりって、もっと妊娠初期だけの症状だと思っていたけど、王都にいた時よりも今の方がよほど嘔吐している。
「大丈夫、カンナちゃん……」
マイシィが追っかけてきて、介抱してくれるのが本当にありがたい。
「あ、ありがどぉお」
「どういたしまして──って、あれ」
その時、アロエがトイレに駆け込んできた。
「大丈夫!? カンナ!」
「あ、ほら旦那さんが来てくれたよカンナちゃん」
旦那さんて。旦那さんてマイシィ……。
どちらかと言うと私の方が男の子なんですがそれは。
「旦那さん……そうだね、ウチが旦那さんだもんね、うん!」
「アロエはそれでいいのかよ、はぁ」
「妊娠してる方が奥さんで良いんじゃん?」
アロエの中でそうなっているなら、まあ良いか。
私達はトイレを出て、教室に戻る。
戻る途中で何度も吐きそうになったけど、アロエとマイシィが側に居てくれたから、なんとか堪えることができた。
私は幸せ者だな。
愛する人の子供が居て、優しい親友がいて、頼れる旦那様♀まで居てくれるのだから。
いつか、私は人を殺すという運命を背負っているわけだが、願わくばその後もこんなに幸せな日々が続かんことを。
──
─
「お、おい。これは一体なんだってんだよ」
私は、目の前に並べられた数多くの物品に困惑していた。
「ええと、哺乳瓶でしょ。布オムツでしょ、前掛けにおくるみに……」
「いや見りゃあわかんだよそんなことは! なんでそれをお前が用意してんだよエメダスティ!」
目の前に置かれているものの半分はベビー用品、もう半分は果物や野菜など栄養価の高そうな食材の数々である。
それを持ってきたのは夏休み中にダイエットに成功して、前よりもイケメン度が増しているエメダスティなのだった。
「懐妊祝いの贈り物だよ。友達に贈るのは変だったかな」
「いや、変じゃないよ。ありがたいんだけど……」
私、そもそもコイツとそこまで親密だったっけ。
彼の持ってきてくれた物の量は、まるで親が孫の誕生を祝って買ってきました、みたいなとんでもない数なのだ。
ベビー用品なんか、まだ産まれてすらいないのにさ。
「こんなにあったら持て余しちゃうだろ。量を考えろ量を」
私がぶっきらぼうに言い放つと、エメダスティは、がっくりと項垂れる。
「そっかぁ、どうしよう、第二弾もあるんだけどなぁ」
「いや、まだあんのかい!?」
ビシィッ!!
私は身重であることを忘れて、エメダスティに激しいツッコミをお見舞いするのだった。
で。
とりあえず大量のベビーグッズをどうにかしないといけない。
子供が生まれるまで少なく見積もってもあと半年以上は時間がある。
その間に物置に放置して埃を被るのは嫌だし、衛生的にも悪いと思うから、とりあえず私の部屋に運び入れることにした。
ほら、子供産まれるまでベビーグッズ眺めてたらわくわくしてくるじゃん?
しばらくは私の観賞用として大切に保存しておくことにしよう。
まめに手入れすれば汚れることはないだろうし。
「じゃあ、エメダスティ。ニコ兄と一緒に私の部屋までコイツら運んでくれよ」
「はぁ!? なんで俺まで。使用人に頼めばいいだろ?」
文句を垂れるのは居間でソファに寄りかかって読書をしていた兄のニコルである。
銀の髪をオールバックにして、その凶悪な目つきを露わにしている我が兄であるが、手にしている本は育児本である。
「休日くらい手伝えよ。それくらい気が利かないとマイシィに振られるぞ」
「う、ぐ」
何も言い返せなくなり、渋々立ち上がる兄。
この調子じゃあ、マイシィと結婚しても尻に敷かれるだろうな。
「じゃあ二人とも、二階の私の部屋まで運べぇい!」
「お前は何するんだよ」
睨みつける兄に対し、私は言う。
「私、妊婦だよ? ああ、つわりがきついなぁ。物を持ちたくないなぁ」
「……」
私は妊娠というカードを、最大限に有効活用するのだった。
私と胎児の二人分の命がかかっているのだから、大切に扱われて当然なのさ。
妊婦をぞんざいに扱う奴は、サイコパスだよ。
──まあ、こんな感じで他人をこき使おうと思った私だけど、多少は体を動かさないと子供に障ると言い張るエメダスティの説得を受け、軽い物だけは自分で運ぶことになるのだった。
ただし階段の往復はしないよ。普通に危ないから。
「じゃあ、そこの棚のところに置いてもらおうかな」
私はエメダスティに指示を出した。
食べ物や食器類を除けば意外と大した量では無かったので、棚の一角を占領する程度で済みそうだった。
「元々置いてあったこのガラス瓶は、どうするの」
「ああ、それは机の引き出しの一番下の段にでも入れておいて」
エメダスティは言われた通りに動こうとするが、どうも瓶の中身が気になるようで、ガラス越しにまじまじと内容物を観察しているのだった。
そんなに気になる物なのかな。
確かにラベルに貼ってある文字は日本語表記になっているから、エメダスティにとっては暗号にしか見えないだろうけど、中身は個人的なコレクションだ。
「ねえ、カンナちゃん。この瓶の中身って、まさか……」
「うん? 髪の毛、だけど」
……。
……え、私変なこと言った?
「じゃ、じゃあこの赤い髪の毛は?」
「ああ、それはマイシィの」
「こっちの茶色いのは?」
「ん、ラベル見せて。これはね、アロエの髪の毛だよ」
彼はいくつかの小瓶を確認すると、とある瓶を見つけた時点で手を止めた。
エメダスティはジト目になって私を見つめてくる。
“訝しげな表情”、“神妙な面持ち”って言い方もできるな。
しばらく私と見つめあったのち、彼は深いため息をついた。
なんか、全てを悟って諦めたような顔だ。
私がエメダスティに近づいてみると、彼が手にしていたのはエメダスティの髪の毛が入った小瓶であった。
なるほど、自分の髪の毛も保管されていると知って驚いていたんだな。
「なんていうかさ。大切だと思っている人達の一部だから、近くに置いておきたいと思ったんだよ」
「へ、へぇ……」
エメダスティはそう言われてもなお浮かない表情だった。
あれ、遠回しに自分も大切な存在だと思われていることを伝えてみたのだけど、気付いていないのかな。
「……まあ、僕も大切な存在にカウントされているのは嬉しいけどね」
「うん」
「これは流石に気持ち悪い、かな」
「えぇッ!?」
私は、激しくショックを受けるのだった。




