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王都編30話 赤子

 修学旅行終了より十日後。

 夏休みに入ると、私は家出した。

 目的はもちろん、王都に向かい、復讐の足掛かりとするためである。


 身バレを防ぐため、事前に領内の宿にて髪を茶色に染めた。

 銀髪や金髪の人間がいないわけではないが、やはり目立つのだ。

 できるだけ素性に迫る情報は隠しておきたい。


 顔の傷もなるべく隠しておかなくては。

 “仕事モード”の時以外でも、傷を隠すメイクくらいはしておこう。

 それから前髪で覆うようにして目立たないようにしておけば、よっぽど大丈夫だと思う。


 持ってきた手鏡で顔を見る。


 「うん、今日も美しいぞ、私。これなら、パッと見だと私だってわからないよね」


 私は満足して、部屋を後にした。

 ここから先は、少し疲労を伴う旅になる。気合を入れなくては。


 さて、海路では時間がかかるため、今回は陸路を選択する。

 駅馬車という、都市間を結ぶ高速路線バスのような存在に乗って山を越え、旧都を経由して王都に入る。


 海路では三日かかるところを、陸路では二日で移動できる。

 たった一日、されど一日。

 宿泊費なんかも馬鹿にならないので、早めに到着するに越したことはない。


 欠点は、やはり揺れることだ。

 船のような大きなうねりとはまた違う、路面の悪さからくる下からの突き上げ、左右への揺さぶり。

 これがまた疲れるのだ。

 しかし、これも我慢しなくては。


──


「ねえ、おにーさん。カナデといいことしない?」

「い、い、いくらかなぁ」

「んーとね、生で本番アリだと五百ディオス。これ以上の値引きはしないよ」

「い、い、いいよ。そ、それで。じゃあ、行こうか」


 王都に到着すると、さっそくこんな感じで男をひっかけて宿代を作り出した。


 ああ、安心してくれ。

 私はもう、ロキ以外の男と交わる気はない。

 彼がいなくなった今、私はこの“セカンドバージン”を生涯守り抜くのだ。


 だから、男をひっかけると言っても精神魔法でブッ飛ばして金をせしめるという()()()()な手段を用いている。

 私の第二の純潔は、(けが)されることはない。


「ふっふっふ、金を手に入れるのなんて簡単簡単♡」


 あまりおいたが過ぎると裏組織(マフィア)に目を付けられかねないので、色町を転々として商売を続けた。

 一晩で複数人を相手取ることもあったから、一か月分の生活費は三日足らずで集まった。


「ふう……」


 私は宿に戻ると、暑苦しいドレスを脱ぎ捨てた。


 一人でいるときは、裸が落ち着く。

 この開放感がたまらないのだ。

 夏だし、空調も効かないような宿では下着すら暑くてかなわないから、ちょうど良い。


「それにしても」


 王都にやってきて五日目。

 一つ、問題が発生した。

 その一つというのが大問題なのだが、さて、どうしようか。


「アレの日……やっぱ来てないよな」


 ──私は、ひょっとするとロキの子を身籠っているかもしれないのだった。


 腹はまだ出ていない。

 が、ハドロス領を出たあたりから気分が悪い。

 生理の周期を逆算して考えて見ても、ロキとの最後の交わりが排卵日の二日三日前になってドンピシャっていう感じなのだ。


「これは一回病院に行くべきかな」


 私は虚空に向かって呟いた。

 私の妊娠を知ったら、ロキはどう反応するだろうか。喜んでくれるのかな。


 あれ。そうするとあれか、体を冷やすのは良くないのか。

 私はとりあえずローブに着替えることにした。

 自分が暑いのは構わないが、子供に影響が出るのはまずい。


「はは、は」


 なんか笑えてくるよ。


 前世では、俺はさんざん人を利用して、殺人だって平気だった。

 結局自業自得で死ぬハメにはなったけど、割と自分の死ですら今となってはどうでもよいことに感じる。


 その俺が。

 その俺がだぞ?

 今まさに母親になって子供を産むことになるかもしれない。

 いっちょ前に母性本能なんてものも目覚めてきている。

 これが笑い話でなくて何なのだろうか。


 私はベッドに入った。

 子供に悪い影響が出ないように、ゆっくりと寝そべる。

 いつもだったら飛び込むようにして横たわるのに、子供を意識した瞬間、これである。


「俺は一体、どうしたらいいんだ。もし身重なら、復讐どころじゃないぞ」


 思っていることが、口をついて出てくる。

 俺は誰に話しかけているのか、自分自身でもわからない。


「ロキ……アロエ……」


 私は目を閉じた。

 愛する者たちの顔を思い浮かべながら。

 そうすれば、夢の中で彼らに会えるかもしれない。


 いや、アロエは死んでいないのだけど、結局何も言わずに飛び出してきてしまったからな。

 夢の中で、謝ろう。


 微睡(まどろ)みの中に、堕ちていく。

 深い深い眠りの底へ。


「……みその……」


 その日、最後に口にしたのは、やはり愛する人の名前だった。


──


 翌朝一番に病院へ急ぐ。

 王都の南区、娼婦たちがよく利用するであろう裏路地の人目に付きづらい産科病院へ急いだ。


 娼館や酒場に囲まれたその病院は、訳アリ女性の駆け込み寺みたいな感じなんだろう。

 一見しただけでは病院だと分からないように、酒場の奥の隠し階段的な場所から上がっていかないと入れないようになっている。


 古臭い石造りのらせん階段を上がっていくと、そこにやっと病院を示す看板が掲げられている。

 木製の扉を引くと、なるほど、そこは清潔感のある病院そのものだった。


「こんにちは、あの、妊娠検査がしたいのですが」


 私がそう言うと、受付のお姉さんが優しく応対してくれた。

 こんな妙ちくりんな場所にあるから、てっきりぞんざいな扱いを受けるかとも思ったけど、そうではないらしい。

 この病院なら安心して身を任せられそうだ。


 朝はあまり人が来ないのか、私が病院に着いた頃は待合室には数人の妊婦しかいなかった。

 色町の中にあるわけだから、街の活動時間帯がそもそも夜型なんだろう。


 私は待合室の適当な椅子に腰かけると、暇だったので壁の掲示物を舐めるように見ていた。

 妊娠中に注意すべき事項などがかわいらしい挿絵付きで掲示されている様は、日本の病院とよく似ている気がした。

 ま、前世で産婦人科なんて行ったことないからわからないけど。


「先生、ありがとうございました」


 診察を終えた一人の妊婦が、部屋の奥にいるであろう医師に頭を下げた後、待合室の方へ歩いてきた。

 お腹はあまり大きくなっていないが、ゆったりとした服装を見るに、腹の子を気遣っての事なのだろう。やはり妊婦だ。


「!?」


 私は、その妊婦の顔を見て驚いた。

 向こうも、私の顔を見て驚いていた。


「う……そ、だろ」


 待合室に、緊張が走る。

 知人に見つかって気まずいといったレベルではないぞ。


 だって、目の前にいたのは……。


「イブ、せんぱい」

「……カン、ナ」


 帝国派に拉致されているはずのイブリン・プロヴェニアその人だったのだ。


 私は変装していたが、流石にこの至近距離で明るい時間帯ともなれば、やはりバレてしまうものだ。

 知人友人ならばなおさらである。


「──クッ」


 私の存在に気付いた瞬間、イブは一目散に逃げだそうとした。

 病院の出口へと駆けだしたイブだったが、彼女が扉に手を掛けようとしたとき、ちょうど別の客が外側から扉を開いたがために、その指は空を切ってしまう。


 瞬間、イブは咄嗟(とっさ)に後ろへ退こうとした。

 扉の前で鉢合わせたもう一人の女性とぶつかりそうになったからだ。


 女性のお腹は、既に大きく膨らんでいる。

 二人がぶつかってしまえば、お腹の子の命が危ない。

 だから、イブは飛び退こうとしたのだ。


 しかし。

 ドアノブを掴もうとした手が空を切ったこと、そのまま後ろへ下がろうとしたこと、何よりひどく慌てていたためにイブはバランスを崩して、後ろへ倒れそうになってしまった。


「危ない!!」


 私の判断も一瞬だった。

 無我夢中で、イブを魔法力場で支えたのだ。

 船の中で出会ったあの男性が自分の子供を支えていたように、純粋な力場のみでイブの身体を支えた。


 一瞬の出来事だったが、院内がしんと静まり返る。

 危うく、何人かの子供の命が流れてしまうかもしれないインシデントだった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 受付の女性が走って来る。

 イブは、椅子に手を掛けると、そのままゆっくりとへたり込んだ。

 腰を抜かしてしまったようだ。


「すみません、大丈夫です。お騒がせしました」


 そう言うイブは、自力では立ち上がれないようで、結局私と受付の女性の介助で椅子に座らせることになった。


 数分後。

 椅子に座ったイブに、受付の女性と産科医の二人がお説教を始めた。

 その時の会話で分かってしまったのだが、イブは妊娠三か月目だという。

 つまり、私達が修学旅行でフェニコール家を訪れた際には既に子を孕んでいたのだ。


 しばらくして、私の診察の順番が回ってくる。

 イブはその時ちょうど会計を済ませているところだったが、私は診察室に向かう前に、彼女に声をかけた。


「色々と話したいことがあります。イブ先輩、待っていていただけますか」


 イブは、黙って頷いた。

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