表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/178

王都編21話 実験報告書

「ふあぁぁ、カンナちゃんおはよー」


 う……ん、まいしぃのこえがする


「カンナちゃん? カンナちゃん!? え、どうしたの!?」


 うる……さいな。もう少し……ねむらせ、て。


「カンナちゃん、大丈夫!? 息はできてる?」


 いき──。


「カンナちゃぁぁん!」


──


 人体実験の翌日、私は盛大に体調を崩した。

 毒魔法の成分を検証したのち、相手の記憶をぶっ飛ばすべく再び精神魔法を使ってみたのだが、そのフィードバックが激烈だったのである。


 記憶をぶっ飛ばすと言っても脳内麻薬を過剰分泌させて酩酊(めいてい)状態にさせただけなのだが、その際に自分にも快感物質が(あふ)れ、同時に強烈な眩暈(めまい)と吐き気にも襲われ、気持ちがいいやら悪いやらで脳内がめちゃくちゃになったのだ。

 相手が意識を失っている隙に慌てて服を着て、ふらつきながらなんとか宿に戻ったのは既に明け方近くだった。


 ああ、それにしても最後は凄かったな。

 ロキやアロエに愛情を感じていなかったら、きっとあのまま見知らぬ男と交わって淫らな夜を過ごしていただろう。

 そんなロクでもない結末が容易に想像できるくらい、当時の私は興奮して頭がフットーしてしまっていた。

 ……あれは良くない。

 精神魔法の人体実験は、ほどほどにしておこうと心に決めた。


 さて、そうして帰ってきた私はよっぽど酷い顔色だったのだろう。

 朝方マイシィに叩き起こされたと思ったら、気が付いた時にはマイシィが必死に治癒魔法をかけてくれていた。


 私はどうも眠りながら吐いていたようで、マイシィに後片付けまでさせてしまったらしい。

 申し訳ないことをした。


「ごめんねマイシィ。ちょっと、風邪をひいたみたい」


 風邪ってレベルじゃないけどな。


「ずっと取り調べを受けてた疲れが出たんだよ、きっと。今日はゆっくり休もうね」


 マイシィは布団に包まる私の頭を、まるで子供をあやすように()でつける。

 本当にごめんねマイシィ。

 私の今の状態は、魔法の反動と、単に睡眠不足なだけなんだよな。


「あの、さ。ずっと付いててもらうのも悪いし、アロエやリリカと出かけてきなよ。まだ歴史街道とか西区の方とか、見てないだろ」

「う~ん……でも、カンナちゃん心配だし」


 ああもう、マイシィは優しいな。


「どうせ私は寝てるだけだから。私のせいでマイシィの楽しみを奪っちゃうほうが私には辛いよ」


 そう言うと彼女はようやく納得してくれたようで、外出の支度(したく)を始めるのだった。


──


 午後になり、眠りから覚醒した私は、昨日の実験結果を忘れないようにメモしておくことにした。

 私にはこういう秘密の取り組みをバレないように書き残す(すべ)があるから、実験結果をまとめるのには困らない。


 ──だって、この世界で日本語表記を操れるのは自分だけ。

 日本語だけじゃない。

 アルファベットという文字もこの世界には存在しない。

 暗号が作りたい放題だ。やったねカンナちゃん!


 さて。


 特に、毒魔法と精神魔法には繋がりがありそうな点があることも明記しておかなければ。

 繋がりと言っても、直接的なものではない。

 人体についてよく勉強し、どのような作用機序をもって効果が出るのかを知る必要があるという点が似ていると思っただけだ。


「私の使えそうな精神魔法は、今のところ二つだけだからなぁ……」


 魔法というのはイメージしやすいものから先に習得して行くものだ。

 魔法自体がイメージを外界に反映させたものだからな。


 私が操れそうな脳内分泌物は、今のところ快楽とか興奮に関わるものだけだ。

 勉強次第では相手を鎮静化させたり、あるいは本格的に洗脳したりも可能になるかもしれない。


「ふふ……便利すぎる。教えてくれてありがとう。愛してるぞ、ロキ」


 ロキには使うなと釘を刺されていたがな。はは。


「ふぅ。こんなものか」


 私は書き終えたメモに再び目を落とした。


 まず、精神魔法における脳内分泌物の操作量をレベル分けし、その効果と反動をまとめた。

 精神魔法の効果が強くなればなるほど反動も大きくなる。

 だが、それは正比例ではない。

 魔法の効果を二倍にしても、反動はせいぜい一・五倍程度だ。

 それはつまり効果を強めれば強めるほど効率がいいということでもあるし、逆にどれだけ弱めても多少の反動を食らうという意味でもある。


 また、精神に影響を及ぼせる範囲は非常に狭い。

 頭頂眼を突き合わせる必要があるのはそのためだ。

 範囲攻撃には向かないな。


 禁則事項も書いておこう。

 実験中、自分にも快楽物質を流すことで魔法の反動を打ち消せるというようなことを発見したように思うが、あれはダメだ。

 頭がハイになってしまい、自己制御できなくなってしまう。

 それで魔法を使いすぎたというのも今の不調の原因の一つだろう。


 次に、シアノの使った毒物についてだ。

 これについては成分はほとんど分からなかった。

 分かったのはどんな効果があるかだ。


 被験者の目にほんの少し浸透させると、被験者の目が一時的に使えなくなった。

 瞳孔が開いて常時ぼやける感じになったらしいのだ。

 舌に触れさせると舌のしびれを訴え、脚に注射すると同じようにしびれを訴えた。


 つまり、あの時彼女が使ったのは麻痺毒だ。

 しかしそれをどうやって生み出したのかは全く分からない。


「この辺りも勉強が必要かな」


 私が今の時点で毒魔法を使うとすれば、あらかじめ毒の材料を携帯しておいて、魔法力場で組成をいじるという方法しかない。

 案外、それが正解なのかもしれないが。


「もう一度、あの子に会えたら何かわかるだろうか」


 そう独り言をつぶやいてみるが、実際に彼女に会ったら命のやり取りをすることになるだろうからできれば避けたいシチュエーションではある。


 ぐぅぅ……


「……ぁ」


 腹の虫が空腹を知らせてくる。

 そういえば、朝から何も食べていない。

 本来、朝食は宿が用意してくれたものを食堂で食べるのだが、この時間に行っても何も無いだろう。


 まだ頭は重いけど、気分転換に外に出て、ついでにパンか何かを買って来よう。

 ミルクも飲みたい。

 パン屋さんで併売していれば良いのだけど。


 私は服を着替えて、姿見の前に立ち、その場でくるくると回ってみた。

 うん。今日も美しいぞ、私。


 あ、過去の自分に感謝だな。

 鏡を見て気が付いたのだが、眠る前の朦朧(もうろう)とする意識の中、化粧だけはちゃんと落としていた。

 傷を隠すようなあのメイクを誰かに見られていたら、ひょっとすると昨日のカナデという人物が私であるとバレる遠因になってしまうかもしれなかった。

 その場合、マイシィにも変な疑いがかかってしまったかもしれない。

 何にせよ、最低限のことはやりきった自分に賛辞を送りたい。


 服装チェックが終わり、私は意気揚々と部屋を出た。

 鍵を受付のおじさんに預けると、(まぶ)しい陽光の下に身を踊り込ませる。


「あっつぅ……眩し……」


 ああ、夏は苦手だ。

 普段ならば水魔法と風魔法を併用したり氷魔法を使ったりと対応できるのだけど、今はできるだけ魔法は使いたくない。

 私は手っ取り早く、宿の近くの喫茶店で涼みつつ、軽食を取ることにした。


 店に入るとすぐにカウンターがあり、メニューボードが掲げられていた。

 事前に注文する形式の店らしい。

 私は適当にアイスミルクと“クリム”を注文した。

 “クリム”とはサンドウィッチやハンバーガーのような食べ物で、四角いパン生地にひき肉や野菜を挟みこみ、オーブンで焼いたものだ。


 注文が終わると開いている席で待つよう言われたので、通りに面したテラス席に腰かけた。

 (ほろ)によって日差しは遮られているうえに、風が通り抜けていくので気持ちがいい。


 待っている間、新聞を借りて読むことにする。


 ジャン・フェニコール夫妻の暗殺事件は既に一面記事ではなくなっているが、それでも特集が組まれる程度には尾を引いているようだった。

新聞に書かれている内容としては、暗殺でなく事故の可能性、自殺の可能性、そして犯人に繋がりそうな手掛かり、と言った具合だ。


 そのどれもが大した情報ではなく、ほとんど記者の妄想や憶測に近いものだったので気が萎える。

 とはいえ一般に公開できる情報はこんな所なんだろうな。


「明日、クローラが復権派貴族との会合を開くのか……」


 私はミルクを口にしながら、誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いたのだった。


「駄目だよォ、“クローラ様”だろう。本人の前じゃなくても敬称をつけなきゃァ……ね」

「別に独り言なんだからいいじゃないか」


 私は再びミルクを口に含み、そこで手を止めた。

 待て。今、私に話しかけたのは誰だ。


 顔をあげて、眼を見開いた。

 頭ではまだ状況が呑み込めていないが、体は素直に反応し、脂汗が額に(にじ)んだ。


 いつの間にか、目の前に男が座っていた。

 青い髪をフードで隠すようにしたその男は、夏だというのに分厚いローブを身にまとっていた。

 見惚(みと)れてしまうほどに美しい顔立ち。完成された中性的な容貌。

 美術館で見た、あの顔だ。


「ブッ!? お、おおおお前は!」


 現状を把握するや否や、あまりの衝撃に、口の中のミルクを吹いてしまった。

 目の前にいたのは、仮想敵スルガ・ニクスオットだったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ