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王都編13話 二人の恋人

 夕食は毒物を盛られることもなく、つつがなく進行し、終了した。


 その際、家長殿が“毒見には自分の使用人を使え”といった意味がよく分かった。

 フェニコールの屋敷にはやたらと人造人間(ホムンクルス)が多い。

 これは、万が一の時に使い捨てられるようにとの考えから来ているらしいのだ。

 だから毒見をさせた結果使用人が死亡したとしても心は痛まないというわけだ。

 うん、実に合理的でいいね。


 それにしても、クローラ一派はずいぶんと変わった。

 見た目の変化ではなく、中身だ。


 以前の彼女であれば、平民と共に食事など許すような性格ではなかった。

 六年前の事件でマイシィと打ち解けてから、その変化が表れ始めたように思う。

 個人的には良いことだと思うが家長殿は良い顔をしないだろうな。


 流れで、私達はフェニコールの屋敷にて宿泊することになった。

 食事の後は学校の用意した宿の方へ戻るつもりだったのだが、クローラの希望もあって、急遽予定を変更した形だ。


「夜通しガールズトークをいたしますわ!」


 などとクローラは張り切っていたが、あろうことか一番早くに眠りに落ちたのも彼女であった。

 一番の権力者が眠ったとあって、その場は静かに撤収し、用意された寝所へと戻る。

 明日も早いうちから移動しないといけないからな。

 早々に眠った方が良いだろう。


 ……なんて、私の性格上ありえない話だ。

 何故ならば、すぐ近くに恋人がいるのに何もしないほうが失礼だと思うからだ。

 夜はまだまだ長いぜぃ! へっへっへ。


 私は手洗いを借りると言って部屋を出た。暗い廊下を一人で歩く。

 事前にロキの部屋は教えてもらっていたし、使用人さんに聞けば機械的に教えてくれる(ように設定してくれていたらしい)ので、ほとんど迷うことなく辿り着けた。


「ろきーーーー!」

「……そろそろ来るとは思っていたがな。思っていたより元気だ」

「ふっふっふ、そりゃあ元気ですよ。朝まで寝かさないつもりだからな♡」


 すると、ロキは不敵に笑う。


「それはこちらの台詞だ。覚悟しろ、カンナーーー♡」

「きゃーーー♡」


 ……はい。二人きりだとバカップルなんです。

 許してくれ。

 だって、遠距離って寂しいんだもん。


 ここぞとばかりに乳繰りあう私達だったのだが。


 ──コッコッ。


 水を差すように、部屋の扉がノックされる。

 脱ぎかけのローブを慌てて整えて、ロキは扉の方へ返答をした。


「……何用だ」


 ゆっくりと扉が開く。そこに立っていたのは、


「──アロエ?」


 私のもう一人の恋人、アロエ・フェロックスだった。


 今の彼女は風呂上がりのため、化粧も落とし、かつてのおさげ髪の少女の面影を見せている。

 それでも美しく成長した姿は、きっと男性を一撃で惚れさせてしまうほどの色気があった。

 寝巻のローブから覗くアロエの首筋にすぐにでもむしゃぶりつきたくなる衝動に駆られるが、我慢しないと。


 彼女は深刻な面持ちで廊下に立っている。

 きっと、これから重たい話をするつもりなのだろう。

 なんとなく内容が想像できるがな。


 二股や かけた挙句が 修羅場かな。


「あの……ウチみたいな平民が、こんな真夜中にごめんなさい。少しお話がしたくて」

「──入れ」

「ありがとうございます」


 アロエは静かに入室した。

 慎重に扉を閉めて、ベッドに腰かけている私達と相対した。


 ロキは椅子を用意するでもなく、声をかけるでもなく、ベッドの上でじっとアロエを見つめるだけだ。

 気を使えないのではなく、これが彼にとっての平民とのギリギリの距離感なのだ。

 アロエもアロエで、入室したはいいものの一歩も動けずに扉の前で立ち尽くしていた。

 なんと声をかけてよいのか分からない様子で、もじもじとしている。


 私から声をかけるのはNGだろうな。

 なんといっても私が原因の修羅場であり、本人が動くと双方の感情を逆撫でしてしまうやもしれないからだ。


 そのまま、何分も何時間も経過したような気になる。

 実際は時間にして二分もかかっていないだろうが、気持ち的にはたっぷりと時間をかけたのち、アロエの唇が空気を食むようにして少し動いた。


「夕方の、ことなんですけど」


 アロエがようやっと口を開く。

 その目は、まだ自信なさげだ。


「ロキ様は、カンナちゃんと、結婚するんですよね」

「私はそのつもりだが」


 確かに、ジャンに向かってロキははっきりと宣言していた。

 私を配偶者に迎えたいと。

 その時の私はロキの堂々たる態度に惚れ直していたのだが、そうか、アロエにしてみれば恋人が奪われるようで気が気でなかったのだろう。


 美術館にいたとき、彼女はあれが私達の最後の美術館デートになるとは全く考えていないように、ただはしゃぎまわっていた。

 まもなく離れ離れになってしまうことなど想像もしていなかったに違いない。


 だからこそ、今日のロキの言葉がショックだったんだ。

 私との別れを、初めて意識した瞬間だったはずだ。


「ウチとカンナは、女の子同士ですけど、付き合っています」

「承知している」


 この辺りの内容は、クローラに尋問された際にも確認済みだろう。


「ウチは、ロキ様よりも前から、カンナの恋人です」


 お? なんだなんだ、ロキに張り合うつもりなのか。


 確かに私達の付き合いは三年生の頃から正式なものになった。

 あれから四年もの歳月を恋人として過ごしてきた。

 ロキなど、たかだか二、三年だ。

 その点はアロエが優勢だと思うのだけど、おそらくロキは気に留めることはない。

 彼は言う。


「でも貴様は、女だろう」

「そうです……けど」


 ロキは平民蔑視はするが、女性蔑視は無い。

 今のは単に私と同性であることを指摘しただけだと補足しておこう。


「女同士では子を成すことはできないだろう? 貴族にとって、血を繋ぐことは何よりも大切なことなんだ」

「でも、愛情は別じゃないですか。女の子同士でも、愛し合うことはできます!」

「ああそうだとも。分かっているさ。少し前に、貴族の間で男色が流行ったことがあるらしい。男同士の恋愛だ、子を成すことはできない。お前の言うように、愛情だけのつながりだ」

「それを分かっているとおっしゃるのであれば、ウチらも──」


 アロエが言い返そうとするのにさらに被せて、ロキは言い放つ。


「わからないか。それでも貴族は血を繋いだと言っているのだ」

「ぅ……」


 愛情だけでは子孫は残せない。

 人間の抱える、生物としての限界ゆえだ。


「愛する男は他にいる。しかし、血脈を途切れさせないために女も抱くのだ。そうやって紡いできた血を、家を、私の代で潰えさせるわけにはいかない」


 日本でも、そういう時代があったと聞く。

 個人的にはそれは、“愛を語り合うのは男同士であり、女とは血を残すだけの関係”という、ある意味女性を道具として扱うような風潮を生んでしまうのではないかとも思うのだけど。

 まあ、今の私には関係ないか。


「でも、ウチは……ウチだって」


 アロエは何も言えなくなってくる。

 涙が(あふ)れるだけで、想いを言葉に変換することが出来ていない。


 いや、最初からだ。

 アロエは、思いの丈をぶつけようと必死になっているだけで、「ああしたい」「こうしたい」という明確な台詞は一度だって言えていない。


 男と女の違いというやつかな。

 ロキは理性をもって、過去の事例も()げつつ私を連れていくことを認めさせようとしている。

 対してアロエは自分の想いを私達にわかってもらいたいだけ。

 「寂しいよ」「置いていかないでよ」と叫んでいるだけなのだ。


 男も女も両方とも経験している私には、二人の気持ちは理解できる。

 あくまで“理解”というレベルであり、“共感”まで結びつかないのが私の悪いところだな。


「……」


 皆、押し黙ってしまった。


 ──そうだ、あの作戦はどうだろう。


 私には、前々から思ってはいたが口にすべきではないと切り捨てていたアイデアがあった。

 今がそのアイデアを再考すべきタイミングなのではないか。


 ……間違いない、たぶん、これが最良の答え。

 後は二人が承諾してくれれば、それでお終いだ。


 私が二人の恋人を一生手放さないための秘策。

 私は意を決して発言した。


「ねぇ、ロキ。側妻(そばめ)を取る気はない?」

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