王都編12話 人造人間(ホムンクルス)
「どうぞ、上座も下座もありませんのでお好きな場所に掛けて結構よ」
私達は宮殿内の広間──どうも客人用の食堂らしい──に集合していた。
きっと本来は十数人規模での会食に利用するための部屋なのだろう。
畳五十枚近くは置けそうなくらいの広さの部屋に、大きな円卓が二つ。
今日はそのうち一つを使用するらしい。
今から食事を摂るわけだが、家長夫妻は不在である。
気を使っていただいたのか、それとも平民格と食事を共にすることはプライドが許さないのか。
夫人は前者、家長殿は後者だろうね。
途中で服を着替えるタイミングがあったので、今はアロエとリリカ、エメダスティはフェニコール家の使用人の恰好、マイシィはあでやかな赤のドレスを身に着けていた。
クローラと細部のデザインが異なるものの、色合いが似ていてお揃いコーデのようだ。
私はというと、割とラフな格好である。
小洒落た平服といった感じの、黒いチュニックブラウスに白のパンツ。
本当はドレスを用意していたのだけど、クローラに却下された。
「似合わないわ」のたった一言で。
結果、日本のファッション誌に出てきそうな格好になった。イブの私物らしい。
少し回想。
──
─
「あら、良いじゃないですの」
私の衣服を見て、クローラはようやく納得したような表情を見せる。
ここに至るまでに色々な服を着ては却下、着ては却下を繰り返させられた。
クローラのセンスだと、私には女の子っぽい服は合っていないようだ。
イブの男装を少し取り入れたほうが“らしい”んだってさ。
「ズボンの裾が気になるので、折って良いですか」
「私のパンツはやはり長かったか」
この世界に生まれてこの方、このようなファッションをしている女性を見たことはない。
日本と違い、女性はスカートが基本だからだ。
在学中のイブは基本的に制服か執事っぽい礼服だったから、パンツスタイルの平服は見るのも初めてだ。
なお、持ち主のイブは現在、ドレスを脱いで男性物の礼服姿である。
私だけが浮いた格好になってしまうのではないかと危惧をしたが、クローラは頑として服を着替えさせたいようだった。
きっと私を着せ替え人形にするのが楽しいのだろう。
「カンナちゃんは、ズボンを履いたことがあるんですの? 身に着ける時の所作が、その、慣れているというか」
「……ロキの脱いだのを遊びで履いてみたりしたんですよ、はは」
そんな事をした経験は無いのだけどな。
本当の事を言えば、前世での感覚を魂が覚えていただけだ。
「ロキの脱いだ、って、まあやらしい」
「──クローラ様だって、ロキとそういう事をするでしょう?」
二人は恋人ではないが、ちょっと大人でアレな関係なのだ。
今だって夜な夜な絡み合っているに違いない。
……と、思っていたのだが。
「していませんわよ、そんなこと。カンナちゃんとお付き合いを始めてからは一切」
「え? 一切? 一度も?」
「当り前じゃない。あの頃は若かったし、お互い相手がいなかったから慰め合っていただけですわ」
私は口を手で押さえて、俯いた。
自分の失態に気が付いたからだ。
私は、ロキとは遠距離恋愛であるが、お互いが身近なところに性欲の捌け口を置いていると思っており、その点は割り切っていると思い込んでいた。
だからこそアロエとの付き合いを継続していたし、悪びれたこともなかった。
しかしそうではなかったのだ。
ロキはちゃんと、誠意ある付き合いをしてくれていたのだ。そのうえで私の我儘を認めていた。
「……。カンナちゃん、もしかして浮気──」
「さあ、そろそろ食事の時間ですよね。みんなを待たせるのも悪いので、早く行きましょう」
扉に向かった私の右肩を小さな掌が、左肩を大きな掌が掴んだ。
歩み始めのモーションを中断され、私は一歩後ろによろけた。
左右の耳元でささやくような声がした。
「「くわしく」」
──
─
こんな感じで同性の恋人の存在を暴露させられ、しばらくお説教を食らったのちに広間へとやってきた。
私以外は既に着替え終わっていたから、私の登場を今か今かと待っている状況だった。
「おおっ、カンナちゃんかっこいいねその服。似合ってるよ!」
「はは、ありがとうマイシィ」
「ん?」
私が気落ちしたように返事をしたのでマイシィが訝しむ。
その後クローラにアロエとロキが連行されたのを見て、彼女も事情を察したようで、溜息を吐くのだった。
目線で訴えかけてくる。言わんこっちゃない、と。
まあ、こんな感じでちょっとした悶着はあったものの、いよいよ食事の時間ということで私達は円卓に着席した。
「あなたたちは、あちらに」
クローラからの指示で、ロキ、私、アロエは横並びで着席することに。
いや気まずいわ! 二股の相手を横に並べるとは鬼畜か。
(すまない……本当にすまないアロエ……)
(怖かった……怖かったよぅカンナぁ)
ひそひそ声でやり取りをするアロエと私。
一方でエメダスティとリリカだけが事情を分かっていないので、二人は終始頭の上にはてなマークを浮かべっぱなしだ。
だが実際、クローラの指示はちゃんと活きた。
私達を起点にして、そこから順に着席すると、誰かが遠慮し合うこともなくごく自然な席割になったのだ。
クローラの右隣にイブとロキ、左隣にマイシィとエメダスティが座り、アロエの横にはちゃんとリリカが座る。
このことからエメダスティ達は「席割のために指示したのか」と勝手に勘違いしてくれたようで、落ち着いた表情に戻っていた。
「さあ、食事を持ってきて頂戴」
「かしこまりました、お嬢様」
クローラが侍女に声をかけると、彼女は無機質な返事と共に部屋を後にした。
部屋の中にはまだ若干名の召使がいる。
なんだか、全員の表情が硬い。
ストレプト家とは根本的に空気が違うような気がする。
こき使われていて疲れているだとか、虐げられて恨んでいるだとか、そう言う気配すら感じない。
何というか、機械のようだった。
「何か気になるのか、カンナ」
ロキが尋ねてきた。
「いや、なんか使用人さんたちの表情が暗いなあって」
すると彼はさも当然かのようにこう言うのだ。
「感情が無いのだから仕方がない」
「感情が無い?」
私がどういうことかと尋ねると、ロキは若干眉間の皺を深くしながら、片眉を上げ、不思議そうな表情を浮かべた。
「だって、あいつらは人造人間だからな」
人造人間。この魔法の世界において、唯一転生前の科学の世界を凌駕する技術、高度に発達した生命工学の結晶だ。
人間の遺伝子情報を基に細胞を培養し、生体パーツとして組み上げて作り出される人工生命。
私も広義では人造人間だ。
その意味では少し親近感も湧きそうなものだが、この屋敷に勤める彼らには感情が無いという。
何故だろう。業務用に調整されて生まれてきたのか。
「ふぅん、感情が無い人造人間もいるんだな」
私の一言に、一瞬場の空気が変わった。
「カンナちゃんまさか……ご存知ないの?」
と、クローラ。
「人造人間に感情が無いっていうのは有名な話だと思うよ」
と、マイシィが言ったと思えば、
「う、ウチもどこかで聞いたことある」
「あ、あたしも」
立場上口数が少なくなっているはずの平民女子の二人も口々に同意した。
え、なんだなんだ。
皆が寄ってたかって私の方を驚きの目で見てくる。
「貴女、自分が特別な存在だって気づいていなかったのね」
「え、と……つまり、普通は人造人間に感情はなくて、私は異常な存在ってことですか」
「そうなるわね」
私が動揺を隠せないでいると、クローラが「あっ!」と大きな声を上げた。
今度はクローラの方へ全員が目を向ける。
「──ああ、今頃になってあの時のケンカの理由が分かりましたわ。そういうことでしたのね」
「く、クローラ様。何の話でしょうか」
私とクローラがケンカしたことなど一度も──いや、嘘だ。
一年生の頃は険悪だった気がするわ。そのことかな。
「私とニコルのケンカですわ。子供の頃の、痴話ゲンカです」
「兄様との……」
「う」
マイシィが気まずそうな顔をする。
クローラの元カレである我が兄は、今はマイシィの彼氏なのだ。
マイシィは兄とそのことで一度大喧嘩に発展している。
兄は、クローラとの思い出をいまだに忘れていないからな。
そして、これは勘であるが、クローラもまたニコルを忘れていない。
男の恋愛は“名前をつけて保存”、女の恋愛は“上書き保存だ”だとよく言うが、クローラの場合は違うようなのだ。
彼女のつけている香水は、兄の好きなカンキツの香り。
学生の頃から、それは変わっていない。
「私が幼い頃、ニコルとはよく遊ぶ仲でした。それで時々ノイド家にお邪魔していたのですが、その時家にいたカンナちゃんに人形扱いされて、それはそれは酷い目に遭いました」
「も、申し訳……ッ」
その話は聞いたことがあった。
子供の頃の私は他者を理解できず、モノとして扱うような素振りが多かったらしい。
今は他者を理解しつつモノとして扱っているのでだいぶ成長したな。
「それで私、ある時言ってしまったんです。『人造人間のくせに、貴女の方がお人形でしょう』と。──そこからのニコルの怒りようは物凄かったですわ。私は何故彼がそこまで怒るのか理解できず、結局しばらく距離を置くことになったのです。ちょうどイブ達も転校してきましたし、ニコルとはそのまま疎遠になったのです」
昔、私のせいで兄と別れたと言っていたのはこれか。
「カンナちゃん、世間一般では人造人間は物として扱われています。感情も人格も無いからです。ですが、貴女はその事実を知らずに育った。……たぶん、それは貴女の家族が貴女を本当に家族として大事に思っているから、あえて教えなかったのですわ。あの時の私はきっと、そんな簡単なことにも気付かなかったのでしょうね」
「物、ですか」
私は部屋の隅で控えている従者たちを見た。
皆、無表情で微動だにせず、じっと次の指示を待っている。
まさしく機械のごとく、だ。
「人造人間はその性質上、常人よりも少し身体スペックを高めに設定するものだ。力が強く、魔法能力も高く、軽い傷ならば自動回復してしまう。反面、記憶力は低いとされているし、無感情なのが欠点と言われているんだ」
と、イブは言う。
すると示し合わせたかのようにロキが続ける。
「お前は“完成された人造人間”として貴族界では有名な存在になりつつある。感情と記憶力を持つ、稀有な存在だからだ。強い身体能力を持って生まれた存在に自由意思があるんだ、誰だって自分の陣営に引き入れたいと思うだろうな」
正確には敵に回って欲しくない、だろうけどな。
「じゃあ、ロキが私と付き合っているのは」
「安心しろ。私はそんなことで人を評価しない。お前が人造人間だと知ったのはごく最近だしな。出生の時のエピソードを知らなければ、お前を人造人間だとはもはやだれも思うまい」
すると、今まで黙っていたアロエも口を開いた。
「う、ウチも……知らなかったよ、カンナがそうだってこと」
アロエの隣でリリカも頷いている。
私は、いい機会だと思って私の出生時のエピソードを二人に聞かせることにした。
生後間もなくして、母親と共に一度死を迎えた事、その死体を、母の遺伝子も併用しながら無理矢理に復活させたのが今の私だということ。
素体は人間だが、その本質は人造人間と変わらないということ。
──もしかして、俺の魂は、空っぽだった私の体の中に紛れ込んだイレギュラーなのではないだろうか。
だから俺としての自我があるし、私は感情を持った状態で成長できた。そう言うことなのだろうか。
「あの、人造人間って見分ける方法はあるのでしょうか。正直私も、この屋敷の使用人さんたちの正体に気づかず、なんとなく不愛想だなって思ってて──あ、その、すいません。上から目線みたいで」
マイシィが質問をした。
私も気になるな。
瞬時に見分けることが出来れば、例えば敵として人造人間が現れたときに対処しやすくなりそうだ。
「そうですね……。しいて言えば、無表情なところでしょうか。どこか絡繰人形のような不自然さを感じるというか。普通はそれで事足りるのですが、カンナちゃんのような存在だと難しいですわね」
それくらいしか無いのか。
だとすれば、今後感情を持って生まれた人造人間が開発された場合、区別のしようが無くなってしまうな。
「ああ、それ以外には目の奥を覗き込む方法がありますわね。人造人間を作るのに、各臓器や筋繊維を培養するのですが、脳の培養だけは難しいみたいで、多くの場合は死んだ人間の脳を移植するのです。すると、目の奥に視神経の接続部分が少し見えるようになります。特に頭頂眼を見るのが分かりやすいですわ」
「へぇ」
皆なるほど、といった感じで頷いていた。
そんな中、すぐ隣にいるアロエは身を乗り出して私の目を覗き込もうとしていた。
いや、アロエさんよ。気持ちは分かるが、皆の前だと気恥ずかしいからやめておくれ。
それにしても、目の奥をのぞき込むね。
この判別方法はよほど親しい仲じゃないと無理だろうな。
お互いをじっと見つめ合うシチュエーションでもないと。
……あ。
私はふと気になったので、左隣のロキにそっと耳打ちをした。
(ねえ、ロキが私の正体に気が付いたのって、ひょっとして、キスの時?)
すると今度はロキが私に耳打ちした。
(いいや。その、なんだ……もっと先だ)
お前、私が人造人間だと気づいたタイミング、他のやつに絶対言うなよ。




