王都編8.5話 幕間「湯けむりの中で」
「いやぁ、美味かったなぁ王都料理」
「食材は無駄に凝っていたからね。遠慮しちゃって、あまり食べられなかったけれど」
かぽーん
ぴちゃり
「船の立食パーティーではものすごい勢いで平らげていったのに、実家だと駄目なのか」
「お父様、ああ見えて作法とか五月蝿いから」
かっぽーーん
「キナーゼ様のあれは作ったキャラなのか、素なのかどっちなんだ」
「どっちもじゃないかな。わざとらしく大声を出しているけれど、ああしている時のお父様が一番楽しそうだからね」
ぽたり
ちゃぷ
「いやーそれにしても」
ざばぁ
かぽーん
「「いい湯だなぁ」」
私達は今、ストレプト家の大浴場にて湯浴みを楽しんでいる。
ノイド家にも風呂場はあるが、人ひとり入ればいっぱいになってしまうような“日本のユニットバスよりはマシかな”程度のものだ。
フマル家にはそもそも湯船自体ないのではないかな。
庶民は基本的に桶に湯を溜めて、体を流すだけだ。
ちょっと贅沢をすると、炎魔法の術式が刻まれた魔石を使ったシャワーを浴びられる程度。
それに対してこの屋敷ではホテルの大浴場くらいの広さがあり、シャワーもジャグジーも完備。
まさに贅沢の極みである。
あ、ちなみにジャグジーは自分で風魔法を起動する必要があるけどな。
──惜しむらくは。
「ねぇマイシィ」
「なぁに、カンナちゃん」
「乳首なにいろ──ってあぶぶべべっぶぶぇう゛ぁ!?」
ただ色を聞いただけなのに、間髪入れずに水魔法をぶっ放された。
教えてくれたって良いじゃないか。
減るもんじゃないし。酷い。
「エメ君の前でなんて事を聞くの! 今日のカンナちゃんはちょっと変だよ!」
「ちぇー」
「か、カンナちゃん。間接的に僕をからかってるよね」
湯船の向かいにいたエメダスティにも冷静に分析されてしまった。
畜生、私は純粋にマイシィの胸を拝みたいだけなのに!
と、いうわけで惜しむらくは、混浴なことである。
いや、ただの混浴なら良かった。
残念な事に水着着用である。
正しくは湯浴み用の衣装というやつだね。
白い布なんだけど、透けないように裏地に黒い素材が使われているので、どれだけ凝視してもその奥を見通すことはできない。
「気になるんだよ。私の胸、なかなか成長しないからさ、ほかの人とどう違うのかって」
「いや、それなら先端の色は関係ないでしょ」
「細かいことは良いんだよ」
そう言って私は両手で自分の胸を持ち上げてみた。
リリカほどのまな板ではないにしろ、掌にすっぽりと収まってしまうミニサイズ。
形は悪くないと思うんだけどな。
「いや、あの、僕もいるんだから不用意な行動やめて」
エメダスティは両手で顔を覆ってしまっている。
隙間から覗こうとするでもなく、完全に視界の情報をシャットアウトしていやがる。
私の胸はそんなに見たくないのかい?
ロキはこれでも興奮してくれるぞ。
「もぅ、カンナちゃんの性的趣向がどっちに向いているのか分からないから怖いよ」
「男女どっちかってこと?」
「そうそう」
そんなの決まっている。
私が好きになったものはその時点で性別など関係なくなるというだけのことだ。
「マイシィのことは好きだよ。エメダスティのこともそこそこ気に入ってる。だけどそれは恋愛感情ではないから安心してくれ」
「ふ、ふーん? 本当かなぁ」
なんですかマイシィさん、そのジト目は。
可愛いからやめてもらえます?
あー、それからエメダスティ君。
ガチで凹むのやめてもらっていいかな。確かに恋愛感情がないって言ったけども。
「私はさぁ」
「ん?」
私は浴槽の縁に上体を預け、仰向けになると、足を伸ばして水面に浮かべた。
側から見たら変なポーズかもしれないが、気持ちいいんだ、これが。
「好きなものには好きって言いたいだけなんだ。なんで我慢しなきゃいけない。なんでそこで踏みとどまらなきゃいけないんだ。自分の気持ちに素直になれば、こんなに楽しいことはないのに」
あまりの気持ちよさに、つい口からこぼれ落ちた本音。
裸に近いからだろうか、隠し立てをするのが馬鹿らしくなってしまったんだな。
「それは──」
私のぼやきに反応したのはエメダスティだった。
「それはね、カンナちゃん。君が強いからだよ。体当たりで挑んでも、ちゃんと打ち勝つことのできる強い人だから言える台詞だ。強者の台詞だ。だけどさ、僕らは君みたいに強くない。弱い人間が選べる“好き”っていうのは限られてるんだ。だから一度でも失敗する事を恐れるんだ。だから隠すんだよ、この気持ちを……」
「エメ君……」
言いたいことはわかるよエメダスティ。
だがそうであるならば、弱さを克服する方向に思考を変えることはできないのか。
弱い部分一つ一つやっつけて、選べる“好き”を増やしたらいいんだ。
そう言おうとしたが、私の口はぱくぱくと空気を食むだけで、言葉になってはくれなかった。
あまりに真剣なエメダスティの視線にあてられてしまったのだ。
いや、彼は弱くない。
その力強い意志が、瞳に宿っている。
頭頂眼を通じて、その力強さがひしひしと感じられる。
それなのに、なぜ彼は弱いフリをするのだろう。
「僕は君が好きだよカンナちゃん。だけど、今の僕じゃきっと君に届かないから、だからもっと強くなる。君を守れるくらいになってみせるよ」
突然の告白に、マイシィの方が赤面していた。当事者たる私達は、顔色を変えず、真顔のままだ。
なんだ、コイツの中でとうに答えが出ていたのか。それを私は、ただ臆病なやつだと思い込んでいたんだ。やっぱり強いやつじゃないか。心が。心が強いって──いつだったか兄も言っていたな。
「はっ! 言うじゃんエメダスティ。私を守れるくらいに強くなるって。上等だよ、やってみろ」
私は不敵に笑う。
エメダスティも、同じような顔で笑った。
この瞬間、二人の心は通じ合ったのだ。
──なぁんて、私がこんな台詞に絆されるわけがないだろうが!
「それじゃあ〜、今日はそんなカッコいいエメ君にご褒美あげちゃおっかなぁ♡」
私はおもむろに体を起こすと、膝立ちの状態で湯をかき分けてエメダスティのそばに行った。
「え、ちょ、ちょカンナちゃん!?」
「うげ、なんか嫌な予感」
私はエメダスティにピッタリと身体を寄せて、湯浴み服の襟の部分を指で押し広げた。
エメダスティの視点からは、きっと私の胸の膨らみの先端付近まで見えているはずだ。
「ご、ほ、う、び♡」
そうして、そのまま自分の胸部を露出させた。
「ブハァぁああッ!?」
「きゃあああ、エメ君、血、血がぁぁ!?」
「あははは! マイシィ、治癒してあげて、治癒!」
「んもう、カンナちゃんは少しは自重してーーー!」
いや、じつにたのひいおふろタイムであった。ほっへたにマイヒィのてのひらのあとがついたけろ。




