王都編08話 言外の戦い
「お初にお目にかかります、キナーゼ・ストレプト様。ハドロス領マイア地区長、ランタン・ノイドが長女、カンナ・ノイドと申します」
ストレプト本家屋敷、会談の間にて、私はいつもよりも深々と頭を下げた。
何も考えずとも自然に動作できるようになるまで徹底的に叩き込まれた貴族の礼。
それを普段よりも丁寧に、肘や膝の角度、持ち上げるスカートの高さまで完璧になるよう心掛けて行う。
それほどまでに礼節を尽くさねばならぬ相手、それが目の前にいるマイシィの父親、キナーゼ・ストレプトである。
王より賜った階級は天空級従一位。
天空級というのは四大貴族の持つ宙星級に次ぐ位の高さであり、千年以上の歴史を持つ名家の長、の……はずだ。
が。
「がっはっはっは! おぉう、よく来たなカンナ・ノイドよ! 娘の親友らしいじゃあないか、会いたかったぞ!」
目の前にいたのは武人と見紛うくらい筋骨隆々とした野性味溢れる赤髪の青年だった。
小麦色に良く焼けた肌、口元に覗くは真っ白な歯。
腕白そうに吊り上がった眉は、マイシィにそっくりだ。
それにしても若い。話し方は老武人のそれだけども、見ため年齢は前世の世界基準では三十歳に行くか行かないか程度に見える。
この世界の住人は成人を迎える頃から見た目の変化が緩やかになるので実年齢は倍近い可能性もあるが、青年とカテゴライズするのに違和感はないレベル。
思っていたのとは百八十度違う容姿に、私は少々どころかかなり戸惑っていた。
これが貴族の当主?
何の冗談かと思い視線で周りの様子を伺うと、全員が真顔で控えているはないか。
本物、本物だ!
なんということだろう、ストレプト家当主は野生児だったのだ。
「あ、あの……お父様。少し前にマイアに来られた頃とは随分と変わられましたね」
「いやぁ、お前が昆虫だのカエルだのを採集するのが趣味だと聞いてな! 儂もやってみたらこれがまた楽しくて! 近頃じゃ魔法国中を飛び回ってコレクションの日々よぉ!」
当主様が小麦肌になってしまった原因はマイシィにあるらしい。
どれだけ周りに影響を及ぼすんだこの子は。
とはいえ当主様のこの豪胆さはきっと生まれ持っての物だろうな。
彼との関係がもし友人同士ということであれば親しみやすい性格だと感じるだろうが、目下の人間としてはどのように対応すればいいのかまるで分らない厄介な性格ともとれる。
……っていうかマイアに来ただって? いつだ? お忍びか?
正式な訪問であれば父が私を引き合わせない道理はない。
きっと父にも知らせずこっそりとマイシィの様子を探りに来たに違いない。
「ご当主様」
「うむ、わかっておるわ! カンナ・ノイドよ。我がストレプトの一族を紹介してやる。そこにいるのが
我が愛しの妻、カーパスだ」
「よろしくね、カンナさん」
マイシィのお母様は、それはもう美人であった。
私と張りあえるくらいの美しさ。おしとやかで清楚な明るいブラウンの髪の女性だ。
紫色のドレスがとてもよく似合っている。
なるほど、人形のような可愛さの源はこの人の家系にあったのだとよくわかる。
「それから、我が弟のリジンだ。儂に息子が生まれなかったら後継者にするつもりだから今のうちに媚びを売っておくが良い! がっはっは!」
弟と言って紹介されたのは、どう見てもマイシィよりも年下の少年だった。
見た目はご当主様にそっくりで、サイズだけ一回りも二回りもミニチュアに仕立てた感じだ。
生真面目そうな感じが貴族っぽさを醸し出している。
彼が当主と言われてもきっと信じただろう。
「よろしくお願いします、カンナ・ノイドさん。僕の父と母は隠居して久しいので屋敷にはおりませんが、機会があればぜひ会ってやってください」
「はっはっは、隠居中に子を成すのだから親父たちも困ったものだよ!」
当主様は大笑いしているが、なんとも反応に困る話だ。
「屋敷におられないということですが、どこか別の場所に住んでおられるのでしょうか」
「うむ! 世界一周をすると言って出ていったきりよ。突然使用人がリジンを連れて来た時は大層驚いたわ! それで、ちょうど入れ違いになるようにマイシィを送り出したのだったな」
ははーん、話が見えてきたぞ。
当主様と奥方の間に男の子はおらず、一人娘のマイシィだけが血を繋ぐカギだった。
そんな折に弟君が現れたので、彼らは後継者候補として息子のように扱い、育てることにした。
そこでマイシィには田舎に下がってもらい、いざという時のため、血のスペアとして隠しておいたのだ。
もちろん実子として男の子が生まれてくるのが一番良いが、あらゆることを想定せねば貴族として血脈を繋ぐことは難しいのであろう。
もしかするとマイシィの祖父母も、現役を早々に退いて、穏やかな環境で子孫を増やすべく頑張っているのではないだろうか。
現当主様が若すぎるのも、これで説明がつく。
「い、色々と大変なのですね……」
「ははっ。他人事のように言っておるが、貴様も貴族の娘ならばいずれは血との戦いになる。覚悟しておけよ!」
「はっ。ご忠告いただき感謝いたします」
血との戦い。
いかに子孫を残し、かつ家を継承させるか。
非常にデリケートな問題ではあるが、貴族としてはいずれ直視しなければならない事なのは間違いない。
この忠言は、素直に聞き入れることにしよう。
「カンナちゃん、そろそろあれを渡さないと」
「ああ、そうだな」
マイシィは私にそう告げる。
ちょうど切り出すタイミングをうかがっていたところなので助かった。
「キナーゼ様。今回の面会に際し、手土産をお持ちいたしましたのでお受け取りいただけますでしょうか」
私は恭しく跪いたまま、そう告げた。
「うむ。持って参れ! がはは」
「かしこまりました。すみません、サリバリウスさん。よろしくお願いします」
自分の従者を連れて来ていれば、本来ここは自分の従者に持ってこさせるべき場面なのだろうが、今はそういうわけにもいかないので事前にご老人にお願いしておいた。
老人は嫌な顔一つせず、私のお願いを聞いてくれた。
「こちらにございます、ご当主様」
「ふむ、こちらは?」
「薬湯でございます。マイアの空気を、ぜひ感じていただきたい」
私は今やマイア地区の特産品となった、薬草を献上することにしていた。
高級な薬湯は飲み慣れているだろうが、マイアの水や空気、日の光をいっぱいに受けて育った地場産の味を知ってもらいたかったのだ。
お近づきの印にしては安っぽいのかもしれないが、このご当主ならばちゃんと意図を汲み取ってくれるだろう。
「おお、マイシィの手紙に書いてあったな。最近シルクから薬草栽培に転換したそうじゃあないか。シルクはもうやらんのか」
「やめたわけではございませんが、生糸の生産地でそのまま布まで加工できるよう、工場を移転したのです。将来的に鉄道が通る予定ですので、水運に頼らずとも上質なシルクをお届けできるようになると思います」
「なるほどぉ! そいつぁ楽しみだな! しっかしまあ、あの何にも動かなかったランタンのおっさんがねぇ。ここまでの改革に踏み切るとはな!」
そう、父だけならば何も動かなかった。
父は実直すぎるのだ。
今ある制度の中で何かを成そうとする性質がどうしても抜けなかった。
だが、現状としてマイア地区の産業は絶賛改革中である。
私本人が動くと碌なことにならないため、全部人に任せているのだけれど、ほぼすべての事業に入れ知恵をしてきたのは私だ。
私は将来を楽して生きるために今全力を注ごうと思っている。
ノイド家の地位向上は、上位の貴族とのコネクションの強化に繋がるはずだ。現に今、ストレプト家当主の興味を惹いている。
私の目論見は間違っていなかったのだ。
「ランタンは反発を好まぬ男だ。下手な改革に手を付ければ、既得権益を損なわれる一部の層からの反発は避けられねぇ。……案外貴様が手をまわしているのではないか?」
げ。疑問形で聞いてくるのは良いが、あの顔は、あの目は、確信を持っている顔だ。
どういう反応をすればよいか。
素直に褒められたと受け取って喜ぶべきか。それとも謙遜を交え、はぐらかすべきか。
安全牌は、後者だな。
「買いかぶりでございますよ、キナーゼ様。私の周りの人間が、たまたま私の意見を参考に立ち回ってくれただけです。私自身は何もしておりません」
まあ、嘘はついていない。
「ほぅ、貴様は陰で動くのが好きということかな」
「仰せの通りで」
当主様は顎に手を当てて考える素振りをした。
次はどう来る。私をどう試す。
「がはは、そういえば貴様とは一度、腰を据えてじっくり話をしなきゃならないことがあるな!」
「……? はぁ、私と……でございますか」
キナーゼは豪快に笑った。
声の大きさだけで他を圧倒する勢いがある。
この人はこうやって大声を出すことで周りを威圧しているのかも知れないと、ふと思った。
「なぁに、学校での娘の様子だとか、彼氏についてとかな!」
「彼氏……、あっ……」
マイシィの事だから秘密にしていると思ったが、これは娘の恋愛事情などお見通しというやつではないか?
この御仁は娘の彼氏が私の兄だと知っているのではなかろうか。
このカードを切って来るとは。
完全なる身内事であるがゆえに言い訳も立たないぞ。
我が兄は奥手ですので娘さんの純潔は保たれておりますとでもいうべきか。
……そんな発言をしたらこの場が凍り付くわ。
「がはは! 気にせずとも良い良い! 儂はむしろ早々に結婚してはどうかとも考えておるわ。そのほうがノイド家にとっても都合が良かろう?」
これは、腹の探り合いか、それとも純粋に結婚を許可しても良いと言っているのか。
「マイシィが結婚ですか。わたくしは彼女が幸福になれるような結婚であればいつでも良いと考えます。あとは本人達の意思次第でしょう」
「貴様もストレプトの外戚になれるやもしれん。その方が、色々と動きやすかろう」
「そのような未来があるのであれば、光栄なことです」
当主様と私の視線が交差する。
お互いに表情は崩さない。
周囲を威する不敵な笑みと、それを風のごとく受け流す柔和な笑み。
しかし、心の中ではバチバチにやりあっている。
この、無言の時間ですら心理的駆け引きの一つである。
「その気があるのであれば、いつでも儂は歓迎すると伝えておいてはくれぬか」
「畏まりました。ではその旨を伝えてみます。その、彼氏さんに」
私の返答を聞いて、キナーゼはにやりと笑う。
今までも笑顔だったが、今度の笑顔はその性質がまるで違っていた。
その表情を見て完全に理解した。
この男は、やはり私を試した。
彼は娘の恋人が私の兄であるとは一言も言っていないし、私も兄がそうであるとは一言も言っていない。
おそらくお互いにどの程度の情報を握っているかは知れただろうが、明確な言葉にはしていない。
かといえば嘘もついていない。
お互いに本心で語り合っている。
この絶妙な加減を理解できるかどうかでキナーゼの私に対する評価は大きく変わるのだろう。
そしておそらくは合格をいただけたはずだ。
私は勝負に勝ったのだ。
「やはりこやつは面白い! マイシィ、良い友を持ったな。今度、他の友人も連れてくるが良い。盛大にもてなそう」
「お心遣いありがとうございます、お父様」
瞬間、室内全体をほっと胸をなでおろしたような空気感が包む。
この反応。
家来の連中は事前に知っていたな、当主様が私を試すことを。
彼らはきっとある意味で、私達以上に緊張していたに違いない。
「さあ! 皆の者、宴にしようではないか! せっかく遠路はるばる娘が大切な客人を連れて帰ってきたのだ。これを祝わずしてどうする! ぐあっはっは!」
「承知仕りました。間もなくご用意ができますので、当主様はお着替えを」
当主様は椅子から立ち上がると、私の方に大股で歩み寄ってきた。
そして私の肩に手を置いて、耳元でこう囁いた。
「実はな、昔、貴様の母親に求婚して玉砕したことがあるのだ。なるほど貴様は彼女によく似ておる。しかし、その内面は全くの別物だな。貴様は心に猛獣でも買っておるのか」
なるほど。母様の美貌はこの人の人生にも影響を与えていたのか。
私は囁き返す。
「私は私の世界を傷つけるものが許せないだけなのです。私の世界を守るためならば、何だっていたします。そういった意味ではおっしゃる通り、猛獣なのかもしれませんね」
「フン、貴様の方が儂よりもよほど貴族社会に向いているかもな。だが気をつけろ。貴族社会の闇はお前が考えているよりよほど深いぞ」
私は軽く膝を折って会釈をする。
「肝に銘じておきます」
当主様は、再び「がはは」と大きな声で笑いながら、応接間を出ていった。
はあ、やっと終わった。お腹空いたな。




