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王都編07話 欲情令嬢

 王都レクスに到着したのは、既に日も傾きかけた十六時頃であった。

 予定よりも一時間ほど早い。

 夏は日の出ている時間が長いので、まだ街の様子を見物する時間はありそうだった。


 学校側のスケジュールでは、宿に荷物を運び込んでから夕食の時間までは自由時間である。

 ただし私とマイシィ、ついでにエメダスティは本日の夕食は別の場所で取ることになっているため、目的の場所まで観光を楽しみつつ移動しようということになった。


 王都出身ということもありマイシィが案内役を買って出たが、実際には世話役の老人が馬車にて連れて行ってくれる穴場スポット巡りであった。

 東の湖に通ずる運河、運河沿いの散策スポット・通称“哲学の小径(こみち)”、王都の南区で最も古いと言われる寺院……一つ一つをゆっくり見る時間はなかったが、名所を順に巡っていくだけでも楽しいものである。


「見て見て、遠くに見えるのが王都の時計塔、“帝都の二重螺旋”だよ」

「明日のツアーで登るよね、楽しみ!」


 マイシィとエメダスティは大盛りあがりであった。

 マイシィにとっても十年近く帰っていない故郷であるから、懐かしさだとか、どこそこが変わっただとかで常に目を輝かせていた。


 私はというと、まあこんなもんかといった具合で少し冷めてきていた。

 赤レンガと石造りの、欧州風の街並み。

 道は石畳がベースとなっているが、補修箇所はコンクリートだ。

 馬車以外にも魔動車が多く行き交っているし、ガス灯が至るところに立てられているし、中世と近代のハイブリッドというか、どこか中途半端な印象を受けた。


 建物も、基本的には二階建て。

 これならば港町セラトプシアの方がよっぽど規模が大きく、見応えがあったろうに。


「ふっふっふー、そこのつまらなそうにしているカンナちゃん。王都の真骨頂はこれからですぞ」

「ん、どういうことだ」

「この辺りは下町の商店街なんだ。昔からの商売人だとか老舗のお菓子屋さんとかが集まってるの。この先に一つ門があって、それを過ぎると貴族の街。様子ががらりと変わるんだよ」


 なるほど、都ならではの歴史がそこにあるというわけか。

 かつての貴族社会の名残というか、居住可能エリアが定められていて、区画ごとに門だとか塀だとか堀だとかがあるのだろう。

 戦時に攻め込まれにくいように、城塞都市のようになっているのかもしれない。


 馬車が通りを進んでいくと、案の定お堀があり、その先には勇壮な城門が立ちはだかっているのが見えた。

 ただし門は常時解放されているのか、見張りの兵士はいても、特に取り締まりはしていないようだった。


「私の生まれる前はここの警備も厳しかったってお父様がおっしゃっていたわ」


 すると、御者台(ぎょしゃだい)からご老人が声をかけてくる。


「先王様のご崩御なさったあたりから少し治安が乱れましてな。その時は区画をまたぐ移動は酷く制限されたものです」

「じゃあ、城門が解放されているのは平和の証って訳か」

「左様にございます」


 国が安定しているのは良いことだ。

 一方で裏では貴族同士の派閥争いがあるというのに、この様子はお気楽すぎやしないかとも思う。

 あるいは対外的に、国内が安定していることを知らしめるという効果があるのだろうか。

 市民たちはそれに気付かず、偽りの平和を謳歌(おうか)している可能性すらあるな。


「あはは、カンナちゃん難しく考えすぎだよ」

「マイシィは油断しすぎだと思うけど」


 そう言って、マイシィのほっぺたをつついてやった。

 そうすると彼女は頬を膨らませるので、今度は空気をたっぷり含んだそれをより一層指でつつきまわすのだ。ぷにぷにぷにぷに。


「隙ありッ!」

「ひゃう!?」


 私はマイシィが頬の方に気を取られている隙を突いて、彼女の胸をつついてやった。マイシィはくすぐったそうに身を(よじ)る。

 ふにっという柔らかな感触を期待したのだが、ブラの刺繍(ししゅう)部分に阻まれてしまい、期待していたほどの柔らかさを感じることができなかった。

 そこで私は今度は両の掌で彼女の胸を鷲掴みにして、はたと気がついた。


「うげ、マイシィちょっと育った……?」


 少し前までは私と同じくらいだったのに、この子、大きくなっているわ!

 アロエほどではないにせよ、これはなかなかにけしからん。


「ちょ、ちょっと! も、揉まないでよぉ」

「……僕もいるのに目の前で……あわわ」


 マイシィが身悶(みもだ)え始める。

 エメダスティは目の前で繰り広げられる痴態(ちたい)狼狽(うろた)えまくっていた。

 まあ、童貞には刺激が強いだろうね。私はつい調子に乗って、マイシィを攻め立てるのである。


「ほれほれ~ここがええんか? ここがええのんか~?」

「あッ……あっ、ああッ──!」


 マイシィの(なまめ)かしい声。あ、やばい興奮してきた。

 しかし、次の瞬間。


「あッ──あいしくる・すぱいくぅぅ!!」

「ひぃッ!?」


 突然目の前に展開された氷の針を、私は必死の思いでガードした。

 なおも降り注ぐ氷の雨に、私は半泣きになりながらエメダスティに目線を送ったが、彼は苦笑いしながらそっぽを向くだけで助けてはくれないのだった。


 アイコンタクトで伝えてくる。

 カンナちゃんが悪いよ、と。


「ばーにんぐ・すまぁぁっしゅ!!」

「ぎゃああああ、マイシィごめんッ、ごめんってえええ!」


 そんな感じで楽しい車内なのであった。まる。


「カンナちゃんの、へんたいっ!」


 マイシィからの好感度が五つ下がった。まる。


「カンナ様」

「ひゃ、ひゃい」

「あまりお嬢様に酷い事をなさらないようにお願いしますよ」


 御者台から殺意を感じる。

 泣きっ面に蜂というやつか。とほほ。


──


 馬車はその後、大きな寺院の前に停車した。

 寺院と言っても、キリスト教の教会に近い見た目だ。


 石造りなのかと思ったら、鉄筋コンクリートなのだとか。

 耐震性を上げる為、徐々に石やレンガからコンクリに置き換わっているらしい。

 もしかすると、今まで通り過ぎていた石造りの街並みも、実は最新の建築だった可能性があるのか。

 重機というものはなくとも、魔法で重たいものを持ち上げる術があるのでこういった技術は進むのだな。興味深い。


「ここは四大貴族のうち、シジャク家に(ゆかり)のある寺院でございます。ストレプト家とも歴史上深いつながりがございまして、およそ千年前に初代当主様が建立に関わったと言われております」

「あれ、私ここにきたことあるかも」

「はい。お嬢様も幼少時は毎日のようにこちらで祈りを捧げておられました」


 重厚感のある人工の岩壁は、採光用の窓が小さくなるよう設計されており、中は薄暗い。

 上を見上げればドーム状の天井に鮮やかな絵画が描かれているが、この絵画というのが少し妙で、天頂に近づくほど色鮮やかな花や鳥、笑顔の人々が増えていき、天頂から離れた寺院の壁面部分には人間の苦しむ姿を大袈裟(おおげさ)に描いたような、およそ寺院には似つかわしくない恐ろしい絵が描かれている。


 ドームの湾曲部下方には天窓が設けられている。

 ちょうど礼拝所の中心部分だけが天窓からの光を受けて明るくなっていた。

 屋内の端の部分は暗く陰鬱(いんうつ)な雰囲気を持つのに対し、中心は(おごそ)かで神聖な雰囲気がある。


 つまりこいつを設計した人間はこう言いたいのだろう。

 “信じるものだけが救われる”と。馬鹿馬鹿しい。


「マイアの礼拝所とは全然違うね」


 そりゃああんな木造土壁作りの古びた小屋と比べては駄目だろう、エメダスティ。

 私はあっちの方が、人間の温かみを感じて好きだけどな。

 もっとも私は人間に温かみを感じたことは少ないのだけど。


折角(せっかく)だし、お祈りしていきましょう。カンナちゃんの手癖の悪さが治りますようにって」

「と、棘があるよマイシィ」


 自業自得なんだけどさ。


「ふふ、冗談だよ。半分だけね」

「むう」

「ほら、二人とも早くしないと暗くなっちゃうよ」


 エメダスティに急かされて、従者のご老人を含めた私達四人は、中央に明るく照らされた聖女の像の前に(ひざまず)く。

 目を閉じて手を合わせ、祈った。

 三(すく)みの世界の創造主よ。

 我らに救いのあらん事を、ってな。聖アーケオ教の祝詞(のりと)ってやつだ。


「三(すく)みの世界……か」


 魔女曰く、この世界は三つの世界が重なっているんだったか。

 どういう状態か説明を受けた気もするが、思い出せない。

 思い出そうとすると吐き気がする。


 しかし、彼女の話を信じるならば、聖アーケオの教えもあながち間違ってはいないのかもしれないな。少しは信じてみようか。

 いや、ないか。死後の世界があるわけでもないしな。


「もう少しこの厳かな空気感を味わいたいのだけれど、そろそろ出発しないとね。我がストレプト家本家にご案内だよ!」


 マイシィは楽しそうにステップを踏みながら踊るように寺院を出た。私達もそれに続く。

 心なしかエメダスティの動きが硬いように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


 私たちが今から向かうのは四大貴族には含まれなくても、その範囲を拡張して十大貴族を選べと言われれば間違いなく入ってしまうほどの名家、ストレプトのお屋敷なのだから。


「お前は親戚なんだろ? もう少しリラックスしたらどうだ」


 するとエメダスティはものすごい勢いで首を横に振った。


「むむむ無理だよ! し、親戚って言ったって、家は外戚なんだから。マイシィのお母さんと、うちのばあちゃんが姉妹なんだよ。元は貴族の家系ではないんだ」


 へえ、そうなのか。全く知らなかったな。

 ということは、マイシィの母親がマイシィの父親に見初められて貴族入りしたということで間違いなさそうだ。


 マイシィの祖母がエメダスティの曾祖母に当たるという一見するとよくわからない図式だけど、個々人の寿命が長く、十歳や二十歳差のきょうだいが普通にいる世界だから、そういうこともあるのだろう。


「はっはっは、エメダスティ君、かしこまらなくて良いのです。ご当主様は例え外戚であろうと関係なく身内として信頼をするお方。だからこそフマル家にお嬢様を預けた訳ですからな。褒められることはあれど、叱られることはないでしょうや」

「そ、そうだと良いんですけど」


 老人はそう言った後、私の方を力強い視線で見つめる。

 何事かと思ったら、


「カンナ様は協力貴族の令嬢として扱われますから、それなりの礼節はわきまえていただきたい。先ほどのようにお嬢様に手出しするようなことがあれば……わかりますな?」


 私はコクコクと全力で首を縦に振るしかなかった。

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