序章5話 調教
海辺の新興住宅地、になるはずだった廃墟群の中に駅がポツンと存在している。
宅地造成のタイミングが悪く、入居募集をかけるギリギリの時期に高度経済成長が終わったのだ。
駅を過ぎたあたりで高架式の線路は半端に途切れている。
延伸予定だったものが計画倒れになった名残だろう。
その駅の改札で俺は《彼女》を待った。
時は夕刻。電車の到着する音。
階段を下りてくる、眼帯をしたスーツ姿の女性。
荒木 美園だ。
あの頃と同じ黒髪は、しかしあの頃よりも少し短くなっていた。
久しぶりの再会だ。
美園は改札の外にいる俺に気が付くと、目も合わせようとはしないまま、しばらくその場で立ち尽くした。
二分ほどが過ぎ、ようやく顔を上げてこちらに歩いてくる。
その眼光は鋭く、力強い。
強くなったな、と思うと同時につまらない女になったと感じる。
出会った頃の彼女は、至極まともな感性の奥底に、とんでもなく複雑に絡まりあった糸くずのような得体のしれないものを感じた。
それを俺の手で少しずつ解きほぐしていくのは興味深かった。
あの頃は楽しかったな。
まあ、こうなっていることは予測していたことの一つではあったので、俺は計画を進めることにした。
「さあ、乗ってよ美園。少しドライブしながら話そうか」
俺は美園をロータリーに停めてあった車へと誘った。
ヤクザが乗るような黒い高級セダン(型落ちだから実はそれほど高くない)。
美園の肩が一瞬ビクッとしたものの、彼女は車に乗り込んだ。
この駅に来た時点で、彼女の腹は決まっているのだ。
きっと彼女は俺との関係に決着をつけたいのだ。
だから行くとこまで行ってやる、そう考えたに違いない。バカだなぁ。
俺は車を走らせた。
夕日の沈みゆく海岸沿いを優雅にドライブ。
美園は終始無言で助手席のシートに身を預けていた。
少し道を逸れて山道に入る。
坂を上ったところで車を止めた。
「こ、ここって───」
海を見渡せる丘の上、風に揺れる白いブランコ。
空の大部分を夕闇が包み込み、数本の街灯がブランコを照らし出していた。
恋人の聖地と呼ばれるその場所は、普段であればこの時間でも人がちらほらと訪れる。
しかし、三か月前に起きた事件以降、気色悪がって客は激減してしまっていた。
だから今は二人きりだ。
「会いたかったよ、美園」
俺は美園にゆっくりと近づき、そしてそっと抱きしめた。
あの頃よりも女性的な柔らかさを纏った彼女の体は、とても抱き心地が良かった。
その腕で抱き返してくれることはなかったけれど、それだけで俺は安心を覚えることができた。
そして彼女の首に首輪を取り付けた。
プレゼントだよ、と言って、鍵がなければ決してとることのできない首輪を。
「なにっなになにこれ!?」
「ふふふ、美園───」
“似合っているよ”と囁いて、鏡で首輪を見せたときの美園の反応は面白かった。
ちょうど首の正面の所に、タイマーらしきものがついているのが見えたはずだ。
そのタイマーのカウントダウンが進んでいるところも。
俺は美園に“時限”爆弾を括り付けたのだ。
本当はタイマーなんてただの飾りで、スイッチで起爆するだけの簡単な構造なんだけど、美園を脅すのには十分な効果を発揮したようだ。
「はじめは三日に設定してある。俺のお願いを一つ聞いてくれたら、十時間延長してあげる」
「なななんでこここんな事を」
その問いに対して俺はにこりと微笑みで返した。
なにも言うべきことはない。
───
──
─
そこからはしばらく、美園と一緒に生活をした。
郊外の一軒家へと連れていき、簡単な家事を《お願い》した。
頼まれごとを一つ片づける度にタイマーのカウントを延長しておいた。
そうそう、タイマーの時間が一年を上回ったら解放してあげるということにしてあげた。
俺、優しいでしょ。
家のことは美園に任せて、俺は外部でいろいろと動く。
ハムスターが爆殖しまくっていて困る、という知人から多くのハムスターを譲り受けた。これ幸いと、家で繁殖させることにした。
カラスがごみを荒らして困るという人がいたから、駆除を名乗り出た。
罠を大量に設置して五羽のカラスを手に入れることに成功した。
想像していたよりもずっと、カラスは頭がいいので苦労した。
もっと余裕で捕まえられると踏んでいたのだが、カラスとの知恵比べはなかなかに骨の折れることだった。
猫も手に入れた。
保健所に言って、引き取りますと伝えたら、職員はものすごく喜んでくれた。
“この子たちを幸せにしてあげてくださいね”と言われたので、“ええ、天国みたいな環境に送ってあげますよ”と返事しておいた。
こんなに簡単に猫が手に入るなら、カラスはそもそもいらなかったかもしれない。
解体して猫の餌にしようと思う。
と、思ったが一羽だけなついたのでコイツは俺のペットにすることに決めた。
クロウとでも名付けておこう。
残りの動物たちには一匹一匹、美園に名前を付けさせた。
彼女は、俺が《お願い》するまでもなく勝手に動物たちの世話を始めた。
最近の彼女はどこかリラックスしているように見える。
自分の店のことをしきりに気にする様子は見せているが、他は特に目立った動きもない。
以前に一度、なぜ自分を軟禁するのかと食い下がってきたことがあるものの、その時に俺が言った
「美園のことが忘れられなくて、一緒に暮らしたかったんだ」
という台詞に一応の納得はしたということだろうか。
全面的に信頼をしたわけではないと思うが、こちらも様子見されているということだと思う。
***
美園を軟禁し始めてから二か月後。俺は《お願い》するのをやめた。
はじめは特段気にする様子もなく、美園は日々を淡々と過ごしていた。
言われなくても家事はやる。
動物たちの世話も、もちろんやる。
しかし徐々に減っていくカウントダウンが美園の心を蝕んでいった。
これでは目標の一年など到底達成できない。
焦り始める美園。
やがて“頼まれていないのだからやらない”と家事のボイコットをし始めたが、俺は別に家事ができないわけじゃないのでスルー。
こちとら伊達にヒモニートやってないよ。
必要ない時はしないだけだ。
そうしてタイマーの数字が四十八時間を下回った時。
ついに美園は泣きながら、縋り付いてきた。
「お、おお願いだから、な、なにっ何か命令して……ください」
計画通りに事は進んでいる。
では、お友達の解体から始めてもらおうか。
まずは
■■検閲により削除■■
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動物での練習が終わり、今日がいよいよ本番である。