王都編04話 バレた!?
「えっと、これはその……気分が悪かったので膝を借りていただけといいますか」
私は必死に、自分の彼氏に弁明を繰り返していた。
我が恋人が一人、ロキことロキト・プロヴェニアは王都を拠点に活動する貴族の一派、“復権派”の代表格であり、今は復権派内の小派閥であるクローラ派の一員として国内を駆け回っている。
数日前に届いた手紙にて、東方から王都に戻る旨を伝え聞いていたが、まさか同じ船に乗り合わせるとは微塵も考えていなかった。
ひょっとして、修学旅行生の予約時間を調べて、わざと日程を合わせたのか。
だとしたら手紙に書き添えてあっても良かったではないか。
「あ」
私は思い出した。
半年ほど前の迎ノ週、つまり魔闘大会の日。
久々に会ったロキとベッドの上でハッスルした私は、ピロートークの場面でこんなことを言ったのだ。
『いやー、たまにはサプライズみたいなのがあってもいいよなー。高級な懐中時計とか、高級なバッグとか──』
「これって、ロキなりのサプライズのつもりだった……?」
ロキの眉間のしわがより深くなり、彼の長い耳はぴくぴくと動き始めた。
うわぁ、怒ってるよ。
「それがこんな不快な逆サプライズを食らうとは思ってもみなかったがな」
「すみませんでした、ロキト・プロヴェニア様」
私はスライディング土下座ならぬスライディング最敬礼でロキに詫びた。
しかし、本当に浮気でも何でもなくて、気分が落ち着くまで膝枕してもらっていただけだ。
悪気があったわけでもないし、ここまでして謝らなくても良かったかもしれない。
「お前の世界ではどうだか知らんが、この国で膝枕は恋人以上……夫婦もしくは婚約者にのみ許されるという暗黙の了解があるんだぞ。──ふん、平民格には知られていない風習だったか?」
いや、そんな風習は微塵も聞きかじったことはないぞ。
リリカなんか中庭で毎回違う野郎を膝枕させていたしな。
しかし次の瞬間、私の横でエメダスティもスライディング最敬礼をかましていた。
「申し訳ありません、しかしカンナちゃんが船酔いで苦しんでいたのでつい……」
私が顔を上げてロキの様子を確認すると、相変わらずの仏頂面ではあるものの、少し考え込むように視線を横へ落としていた。
悪気はなかったことは伝わったのかもしれない。
「船酔いか」
「あ、ああ。さっきまで本当に辛くて、介抱してもらっていたんだ」
信じておくれよ。トラスト・ミー。
ロキは「ふむ」と一言だけ呟いて、私の方へと近づくと、顔を近づけるようにして屈んだ。
そして額と額を合わせて、ごく短い呪文のようなものを唱え始めた。
「満たせ、満たせ、満たせ。神の惠よ、苦痛より解き放て。痲酔寛解」
刹那、気分がすっと和らぐのが分かった。
気分の悪さはどこへやら、逆に力が溢れてくるような全能感で満たされた。
酔い止め薬の比じゃないくらいの効力があるんじゃなかろうか。
こんな治癒魔法なんて学校でも習ったことはない。
「真似が得意なお前には忠告しておくぞ。この魔法は真似るな。許可無き者が使えば最悪死罪になるくらいの代物だ。それから、元気になったように見えるが効果は一時のものにすぎん。動けるうちに酔い止め薬を探して飲んでおけ」
え、かなりヤバめの魔法だった?
確かにこんな魔法が普及してしまったら、薬屋も商売あがったりだろう。
持続時間の面では薬に軍配が上がるようだが、魔法を連続でかけ続ければ同じことではないか?
ただ、それにしても死罪は言いすぎじゃないか。
と、考えていたらロキがベンチに座り込んだ。
頭を押さえていて、顔色も良くない。
これでは、先ほどまでの私じゃないか。
「この魔法は治癒魔法ではなく、精神魔法なんだ。相手の精神を癒す代わりに、自分の精神力の大半を持っていかれる。つまり使い方を誤れば……あとはわかるな?」
効果の割に反動が大きい。それ自体が使用者に多大なリスクをもたらす。
それだけじゃない。治癒でなく精神をいじる魔法ということは、相手の意思も操れる……?
──いや、この世界の魔法は万能ではない。
あくまでも自然科学の一部に介入するものであるから、精神魔法というのも何らかの物質に作用するものと捉えるべきだろう。
「この精神魔法って、脳内の分泌物の量を変えているって解釈で良いのか」
「そう言うことだ。だから、その量を見誤れば相手も自分も死ぬぞ」
「なるほど。だから許可制なんだな」
脳内に一瞬、快楽物質をぶちまけられたような感覚があった。
それは比喩でも錯覚でもなかったということだ。
なるほど、その快楽物質、脳内麻薬と言い換えても良いが、それが切れれば魔法の効果もなくなってしまうわけだな。
「ありがとう、ロキ。エメダスティ、マイシィの所に行こう。薬が見つかっていると良いけど」
エメダスティはコクコクと頷いた。
ベンチのロキは、どうしよう。
先ほどまでの私と似たような状態なら、動きたい気分ではないはずだが。
「行ってこい、カンナ。船の医務室もあるし、薬は何とかなるだろうからしっかり飲むんだぞ」
「わかった」
「それから、落ち着いたら私の部屋に来い。ロイヤルスイートだ」
あらやだ、ロキったら。
こんなところに来てまで彼女をスイートルームへ誘うなんて、今夜はさぞ熱い夜を過ごすおつもりなのね。
……という意思を込めてアイコンタクトをしてみた。
すると彼は瞼を半分だけ下ろして神妙な面持ちで返答をする。
「そういうことはしないつもりだが」
「なぁんだ、残念」
私はわざとらしく舌を出して見せた。
──
─
医務室の前までくると、果たしてマイシィはそこにいた。
ちょうど薬を貰ったところだったのだろう、ぺこりとお辞儀をして部屋から出てくるところであった。
「あ、マイシィ」
「あれ、気分は良くなったの?」
私はエメダスティに介抱してもらったことと、ロキにしてもらった魔法の事を伝えた。
マイシィは少し安心したように肩を撫でおろしていた。
それと同時にちょっと残念そうな顔を一瞬だけ見せた。
きっと自分の厚意が無駄になったと思ったのだろう。
どのみち薬は入用なのだと告げると、マイシィは照れたように微笑んでから薬を渡してくれた。
別に気を使ったわけじゃなくて本当に必要なんだぞ。
私は錠剤を一粒取り出すと、水魔法で作り出した水塊と共に口の中へ放り込んだ。
薬と言っても漢方薬に近く、薬草など自然由来の成分がほとんどだ。
中には効能が眉唾物な薬もあるが、酔い止めくらいならちゃんと聞いてくれるだろう。
偽薬効果ってのもあるしな。
「ふう、これでしばらくは安心かな」
「良かった、これで船内をゆっくり回れるね。リリカちゃんたちと合流しよう」
わかったと言って了承するが、その前にロキの所に挨拶に行った方がいいかもしれない。
平民と一緒だとロキも嫌がるだろうし、マイシィと二人のタイミングがいいだろう。
「じゃあ、僕も友達の所に行こうかな」
エメダスティはそう言うと、船のラウンジの方へ向けて歩き始めた。
途中までは私達も方向が一緒なのでついていき、外デッキへの扉の前で私達は別れた。
手を振りあうマイシィとエメダスティ。
縁戚とはいえ、顔のパーツには共通点があるので端から見たら仲の良い兄妹みたいだ。
特にエメダスティは最近痩せつつあるのでより似ている部分が強調されている感じがする。
以前は肉で隠れていた顎のラインがはっきりしてきたからかもしれない。
「あいつ、格好よくなってない?」
「あれ、カンナちゃんロキ先輩からエメ君に乗り換える気?」
「──はッ。冗談」
それだけは天地がひっくり返ってもあり得ない。
基本スペックに差がありすぎる二人を比べるなんて、それはロキに失礼ってものだろう。
もっとも、性格だけを比較するならエメダスティに軍配を上げないこともないよ。
ロキは貴族的なクズさがあるからな。
「さて、ロキを待たせたら悪いから行こうか」
そう言って外デッキへと出ていったのだが、既にロキの姿はなかった。
きっと自分の部屋に戻ったのだろう。
ロイヤルスイートだっけか。一度でいいからお泊りしてみたいものだ。
ロキとの外泊の時に使用した屋敷とどちらが上等なのか、わからないけどね。
「しょうがない、みんなの所に行こうか」
「そうだね──あッ!」
突然、マイシィが何かを見つけたようで船首の方に向かって走り出した。
客の入れるエリアは限られているが、甲板上の柵のある場所までは行くことができる。
マイシィは左舷側の柵に寄りかかり、遠くの海上を指さしながら、何やら叫んでいた。
「見て、カンナちゃん! “海ドラゴン”の群れ!」
私は船から少し離れたところを泳ぐ、巨大なウーパールーパーの集団を見た。
ああ、ウーパールーパーは商品名だっけ、本当はアホだかバカだかそんな腑抜けた名前だったはずだ。
そのアホ何とかの前腕が翼のようなヒレ状に変化したような見た目の化け物が、何十頭と泳いでいる。
「はわぁ~。美味しそうだなぁ」
「ああ……あれは旨いな」
昔、マイシィが海ドラゴンの肉を持ってきたことがあった。
その時のマイシィはうちの兄と絶賛喧嘩中だったのだけど──バカ兄貴が元カノの名前を口にしすぎたのが原因だった──あの肉を食ったらあまりの旨さに語りが止まらなくなり、一瞬で仲直りしていたっけ。
「よぅし、今度の食レポは海ドラゴン特集リベンジで行こう!」
マイシィが何かを意気込んでいる。
海ドラゴンの肉は高騰しているからな。
ストレプト本家におねだりして買ってもらおうか。
あれの旨さに気付いているのは今のところハドロス領の人たちだけだが、そのうち王都でもレストランのメニューに並ぶのだろうな。
そうしたら、ロキと二人で食事するのもいいかもしれない。ワインと合いそうだ。
「お、カンナ。だいぶ元気になってるじゃん!」
「マイシィちゃんおつかれー」
デッキの右舷側から、ちょうど友人たちがやってきていた。
茶髪で巨乳のアロエに黒髪ちっぱいのリリカだ。
……あかん、最近胸で人を判別している気がする。
「二人ともごめん。心配かけたな」
「カンナが乗り物酔いするとか意外だったわ。普段馬車に乗ってても何ともないっしょ?」
「小刻みに揺れたりたまに衝撃が来たりするのは良いんだよ。ゆっくりと揺られるのがダメっぽいわ」
「へぇー、意外な弱点発見。ウケるわー」
「別に弱点じゃねぇよ。お前だって──」
「マジで──」
「──」
「──」
私とアロエがそんな感じで会話しているのを、何故かマイシィとリリカは黙って見ていた。
私は彼女たちの視線に気が付くと会話を止める。
「え、あ、なに? どうしたの二人とも」
すると、リリカが衝撃的な一言を言った。
「前から思ってたんだけどさ、二人ってどういう関係?」
「「は?」」
「……ハモってるし。仲いいし、夫婦って感じ」
その後、アロエと二人して必死で弁明を繰り返す羽目になった。
マイシィは何かを察したようで、黙って口に手を当ててニヤニヤを隠そうとしていた。
マイシィにだけは気づかれたくなかった。
恥ずかしすぎる。
穴があったら入りたい。




