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王都編02話 七年後の彼女達

 ある日の昼下がり。


 いつもならランチタイムの時間なのだが、私はとある人物に呼び出されていた。

 場所は中庭。

 なぜこんな目立つ場所に呼び出したのかと不思議に思うのだが、噂ではこの場所だと成功率が高いらしい。

 何の成功率かといえば、それは──。


「せ、先輩! 好きです、付き合ってください!」

「え、嫌なんだけど」

「えぇっ即答ぉ!?」


 私に振られてショックをうけているのは、一年生の、可愛らしい黒髪の男の子。 

 君と私が同年代だったら遊び相手くらいにはなってあげたかもしれない。


「えっ……ぐ、ううう……っ」


 黒いまなこに涙をいっぱいに溜めて、鼻水なんかも垂らしちゃってまあ。


 あ、いまきゅんときたかも。

 お姉さんの琴線(きんせん)に……触れるッ! 何このかわいい小動物は!


「ぐへへ……き、君さ、《カンナ下僕の会》っていうのに入らないかい?」

「ふぇ……?」


 私は少年の(ほお)から耳、(あご)のラインにかけて指でなぞった。

 そしてぐっと顔を近づけて、


「お姉さんが、色々なこと、教えてアゲルよ?」


 そう(ささや)いた。


 結成から七年目に入ったカンナ下僕の会は、ハドロス領王立魔法学校の在校生、卒業生、果ては教師に至るまでが多数所属する一大組織だ。

 付随(ふずい)組織として《マイシィ親衛隊》、《エメ君に餌付けし隊》があり、要請(ようせい)次第(しだい)で動いてくれたりくれなかったり。


「君には()()でも我が下僕の会の癒やし担当、いや、玩具(おもちゃ)担当として力を発揮していただきたく──

「いたいけな少年を(よこしま)な道に誘うなッ!」

「あいたぁ!?」


 突如現れた女に後頭部を平手で思いっきり引っ叩かれた。

 なんとなく忍び寄って来る影には気が付いていたのだが、ここまで手加減なしでくるとは思わなかったな。

 うずくまる私を他所(よそ)に、女は私の可愛いショタ玩具をしっしと手で追い払ってしまう。

 くっそ、良い物件だと思ったんだけどな。開発しがいがあるというかさ。


 私は女の方に半目で視線を送る。

 彼女は少し癖のあるブラウンのショートヘアーに、同じくブラウンの瞳、勝ち気な目つきに可愛く主張する上の犬歯が特徴の美女だった。

 豊かなバストは制服の上からでもその秘めたるポテンシャルの高さを感じさせるほどの圧を放っている。


 程よい肉付きで、細身なのに抱き心地は良さそうなこの美女は、私の最愛の彼女、アロエである。


「アロエ、昨日のことまだ怒ってるのか」

「別に」


 入学したての頃のトレードマークであったお下げ髪の可憐な少女の面影はすっかり鳴りを(ひそ)め、彼女の本来の性格であるギャルっぽいところの主張が激しくなった。


 見た目の変貌(へんぼう)はやはり姉の結婚が契機だろう。

 元々、お下げ髪というのは姉へのリスペクトを込めた髪型であるらしく、それをバッサリ切ったのは姉からの自立を決意した証なのだという。


 以降は化粧にも力を入れ、見違えるほどの美人となった。

 すっぴんの私と並ぶと、3-5くらいで私が勝利するくらいの美人度合い(?)だ。


「部屋を汚しちゃったのはごめんって。ちゃんと掃除も洗濯もしただろ?」

「そっちじゃなくてさ」


 そっちじゃないとは、どっちなのだ。


 昨日はアロエの部屋で──姉の結婚後は学校の寮で暮らしている──乱れに乱れた後で、私は酷い嘔吐感(おうとかん)に苦しめられた。


 原因は、夢の中で見たあの景色だろう。

 うろ覚えだが、前世でも同じものを見たと思う。


 気分が悪くなったのは、長居しすぎたからか、それとも今の身体があの空間に相容(あいい)れないからなのか。

 理由は分からないが、アロエの部屋を()しゃ物で汚してしまったのは事実である。

 だから、私はアロエがそのことで怒っているのだと考えたのだが、どうも違うらしい。


「アロエ?」

「何よ」


 ちょっと考えたけど本当にわからない。


「さっきの少年をからかったから?」

「……人をおっぱい呼ばわりしたことに怒ってんの」

「やっぱり昨日の事か」


 確かに思わずアロエのことをおっぱいと呼んでしまったっけな。

 私には前世の頃よりお気に入りの存在以外の名前をすぐに忘れてしまうという呪いのようなものがあるが、今回のそれは決して名前を忘却したからではない。

 単純に混乱していたからだ。


「ちょっと色々と混乱というか錯乱していたんだよ。許せ」

「だからってさ、もっと色々と表現の仕方って言うのがあるじゃん。ウチおっぱいだけの存在じゃないし」


 いやー、おっぱいだけの存在だろう。


「そうだね……ごめん。とにかく吐き気がすごい中で、最初に目に入ったのが胸だっただけで、悪気があった訳じゃないんだ。これだけは信じてほしい」


 アロエは唇を尖らせたまま、軽く目を伏せた。

 やはりまだ納得はしていない様子。


「なあ、アロエ」

「なに」


 私は顔を上げたアロエの頬に、いきなりキスをしてやった。

 中庭で、人前で、軽くだけどやってやった。


「ちょ、ちょっと! 人前だしっ、恥ずいよ……」

「私は、アロエの事、ちゃんと好きだよ?」

「あ……」

「アロエの綺麗な瞳も、長い耳も、まっすぐな鼻も、柔らかい唇も、明るくて元気なところも、それでいて焼きもちを焼いたりするところも、友達想いなところも、ちょっと料理が下手なところも、全部好き。アロエさえよければ、私達が付き合ってること、公言したって構わないさ」


 アロエの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

 と、同時に眉根がどんどん吊り上がっていく。


「ち、ちょっと悪口入ってない? ウチの料理の話とか」


 私は微笑(ほほえ)みを返し、首を横に振った。


「そんなところも、好きなんだってわかって欲しくて」

「……あー、もう」


 アロエは怒ったような、それでいてどこか諦めたような表情になってため息をつくと、私の耳元でこう言った。


「今度、ウチが攻める側だからね」


 オーケー、どんと来いや。

 そうやすやすと()とせる私じゃないって所を見せつけてやるわ!


***


 気がつけば私達は七年生の夏を迎えていた。

 世界歴九九九〇年の四ノ月。


 私はなるべく悪目立ちしないように、息を殺すような毎日を過ごしている。

 私が出張ると、面倒ごとが増えるような気がするからだ。


 例えば、二年の時には軽い食糧不足がマイア地区を襲った。

 他地区から食材を仕入れる事はできたものの、我がノイド家の財政は火の車となった。


 そこで私は一計を案じて麦栽培から米作りへの転換を推し進めることにした。

 マイアの暖かくて湿潤な気候は絶対に稲作向きだからだ。

 日本人が言うんだから間違いない。


 ところが実際には領民達の反発を喰らうことになり、失敗した。

 食文化から変えていかなければどうにもならない問題だったのだ。

 これが原因でいらぬ敵を作ってしまうことにもなった。パン職人達である。

 私は父や兄にこっぴどく叱られ、「お前はもう何もするな」と釘まで刺される始末だった。


 私は、自分から行動すると必ず失敗するというジンクスでもあるのだろうか。

 人にやらせる能力には長けていると思うんだけどさ。

 ──こういうところは前世からあまり変わっていないな。


 結局、食糧問題の解決にはマイシィを利用した。

 あの子の持つ奇食への探究心と人当たりの良さは、周囲の人を見事に巻き込んで食文化改革を成功へと導いた。

 私のしたことといえば、マイシィに便宜を図るよう新聞社を脅したり、「これこれは美味い、それそれが流行っている」という噂を下僕の会を通じて流し、世論を誘導したりという程度のことだ。


 人にやらせれば上手く行く。これが私のもう一つのジンクスだ。


 魔法の方でも目立つ事は避けた。

 周りの人間から出場を強く(すす)められたものの、結局私は魔闘大会にも出ていない。

 大会に勝つメリットよりも、中央貴族に目をつけられるデメリットの方が大きいと感じたからだ。


 この点についてはロキと大喧嘩になった。

 その力が十分あるのに誇示しないのは何事かと、それはそれは大層な怒りようであった。

 自分が目をかけた存在を派閥の連中に見せつけてやりたい、という彼の思惑もあったからだろう。


 数か月に渡って文通で殴り合っていたが、最後は直接対決にて私が勝利した。

 ベッドの上で、私は勝鬨(かちどき)を上げたのさ。


 くそぅ、私自身が動いて成功するパターンって下ネタばかりじゃないか。

 こんなところも前世と同じかよ。


 結局、私は過去の自分を受け入れている反面、その業の深さに苦しんでもいる。

 中途半端に引き継がれた人格と知識は、私を縛る鎖のようなものだ。

 カンナと奏夜は同一人物であるというはっきりとした認識はある。

 ところが私の心と体は十七歳という年相応の不安定さを内包していて、それがとてつもなく気持ち悪い。

 女の心に男性の魂が溶けあっているのも気持ち悪さの一因なんだろう。

 それについてはもう諦めたけどさ。


「はぁ……なんかいーことないかな」

「おやおや、カンナちゃんはアンニュイモードかな?」

「マイシィ」


 私は隣に座っている少女を見やった。


 腰にも届きそうなほど長い赤髪は綺麗に結い付けられ、側頭から後頭部にかけての編み込みが目立つ。

 細く艶やかな顎のライン、少し丸くて小さな鼻に、大きな瞳。

 勝ち誇ったように斜めを向く眉。人形のような美しさを持つ、我が親友マイシィ・ストレプトである。

 ちなみに我が兄の恋人でもある。順調にいけば、将来は私の義姉かな。


 今は一限目の歴史の授業が終わったばかり。

 場所は七年生の優等クラスの教室。


 教室内は生徒たちが縦横無尽に動き回っているが、入学したばかりの頃と違って、走り回ったりはしゃいでいるような者はほとんどいない。

 友達のところに集まっておしゃべりを開始する者、隣の下位クラスの方へ遊びに行く者、用を足しに行くのにわざわざ友人を引き連れて行く者。

 いろいろな生徒がいる中で、私とマイシィは“その場から動くことなく駄弁(だべ)り始める者”である。

 マイシィとは普段から隣同士で座るからな。


「なんかさー、こう、胸がときめくようなイベントとかないのかな」

「その手のイベントならさ、来月、ほら。修学旅行で誰と王都を回るのかって皆盛り上がってるよ」

「ああ、そういえばそんな時期か」


 七年生の大きな行事ごとといえば、一つが魔闘大会、もう一つが修学旅行である。

 日本では京都・奈良や東京が定番であるように、やはり国の古都や首都を訪れるというのはどの国でもお決まりのコースなのか、我が校の修学旅行先は王都である。


「とりあえず、自由行動の初日はいつメンでいいだろ?」

「そうだね。リリカちゃんが誰かとデートの予定を入れなければ、だけど」


 リリカはここ数年、色恋にうつつを抜かし過ぎている。

 成績も落ちてしまい、アロエと共に下位クラスに回されてしまった。

 修学旅行でも色々な男と王都デートをする気満々に違いないのだ。


 リリカはたぶん、自分が可憐で男受けが良いのを自覚している。

 多少背が伸びた程度で、見た目は一年の頃からあまり変わっていないから、手を出す奴は小児性愛者かと疑いたくなってしまうがな。


「カンナちゃんはロキ先輩と会うんでしょ? 王都でデートは、するの?」

「うーん、どうだろ」


 ロキとはなんだかんだでよく会うからな。

 あいつは仕事で全国を飛び回っているから、近くに寄った時には必ず会うようにしていた。


 しかし王都デートも良いな。

 行きつけのお店とかあったら連れて行ってほしい。

 そして夜景を眺めながら、二人は幸せなキスをして終了。


 ああ、夜景デートならアロエともしてみたい。

 私が股をかけていることはロキもアロエも承知の上。

 つまり、ここは三人でいちゃいちゃと……。


「カンナちゃん、顔がやらしい」


 うおっ、そうだった。マイシィの前だった。

 彼女の前では清純な私でいなければ。

 とっくに薄汚れている私をベールで隠して清廉潔白(せいれんけっぱく)(よそお)うのだ。


「私とロキの事は気にしなくていいよ。それよりも、()()()に会いたいな」


 私はにっこりと笑ってはぐらかした。

 よし、ばれてない。


「あの人って?」

「もう何年もあってないから、久々に会えるってマイシィも楽しみにしてた、あの人だよ」


 私達はおそらく、同じ人物を思い浮かべる。

 ウェーブのかかったブロンドの髪。青い髪飾り。切長の瞳の貴族令嬢。


「“あの人”って言い方してたけど、二人いない?」

「……ふたり?」

「クローラ様とイブ先輩でしょ?」


 あ。イブの存在を忘れていた。

 双子の弟のロキとは頻繁に会っているから、イブは久しぶりって感じがしないんだよな。


「カンナちゃんさぁ、イブ先輩のこと忘れてたでしょ」

「な、なんのことかなー」


 笑って誤魔化したが、マイシィにはお見通しなんだろうな。

 なんだかんだで、もう十年来の付き合いがあるのだ。

 良くも悪くも以心伝心よ。


 にしても、二十三歳のクローラはどんな感じになっているのだろう。

 太っていたりなんかしたら、印象が変わってしまって嫌だな。


 イブ先輩は相変わらずイケメンなんだろうな。

 あの見る者を凍てつかせるような視線で愛を(ささや)いてほしいですわ。


 二人に会いに行くのは良いにしても、派閥のこともあるし、やはり忍びで会いに行くか。

 どんな格好で会いに行こう。

 お忍びだからおしゃれはできない、かもしれないが、なんとか見栄えするようなものを考えねば。


 私はなんだかとてつもない高揚感を覚え、うきうきした気分でマイシィと修学旅行の計画について議論を始めたのだった。

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