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入学編33話 マガイモノ

「……カンナ」


 目の前に、敵がいる。私の大切なものを傷つけた、倒すべき相手。

 そいつは前髪だけが長くて、全体的に黒くて、女みたいな顔のくせに(きた)え上げられた体をしている、同世代の平均よりも低い身長の少年だ。


 私がここにたどり着いた時、奴は既に傷を負っていた。

 周囲に氷の破片(はへん)が散らばっていたのを見て、マイシィがやったのだと分かった。

 そして、そのマイシィを包み込むように、体いっぱいを盾にしてエメダスティが守っている。

 私の兄は、少し離れたところで意識を失っている。顔にけがをしているから、きっと敵にやられたのだ。


 馬車は既に(すす)けていて、御者(ぎょしゃ)の男性と馬が死んでいるのがはっきりと見て取れた。

 ああ、あの優しいおじさんは死んでしまったんだな。今度お墓参りをしてあげようと思う。覚えていたらだけど。


「……邪魔するな、カンナァァ!!」

「私が何の邪魔をするって?」


 私の渾身(こんしん)のタックルを受けてなお立ち上がる敵は、この世全てを憎むような眼差しを私に向けている。

 おいおい、私に怒るなんざ筋が違うんじゃないか。

 全部お前が悪いんだろうが。そもそもなんだってマイシィを狙ったんだ。何でお前が敵に回るんだよ。


「カイン」

「……」

「答えろよ、カイン!」


 カインは、怒りの眼差しを私に向けたまま、岩石魔法を使って砂を集め、即席の椅子を作るとそこに腰かけた。

 私にも座るようジェスチャーで(うなが)してくるが、私はそれを無視して立ち続けた。

 やがて私が指示に従う気がないと分かると、カインは肩を(すく)める動作の後、ぽつぽつと話し始めた。


「……俺は、お前ら二人のことが好きだった」

「二人? 私だけじゃなくて?」


 カインは(うなず)く。


「……そりゃあそうだろう。お前らは反則だ。二人して可愛すぎるんだからな」


 言われて私は、確かにそうだと納得した。

 私は母の因子を色濃く次いだ美しく可憐な少女であるし、マイシィだってお人形みたいに整った容姿の美少女だ。

 二人の幼馴染(おさななじみ)であるカインは、二人とも好きになって当然なのだ。


 エメダスティはマイシィとは親族同士なので好意の対象は私に向き、私と兄妹であるニコルはマイシィに気持ちが傾いている。

 考えてみれば私たち二人は常に身近な誰かの好意に(さら)されてきた。カインだけが何もない、ということは逆に不自然かと思えるくらいにだ。


 だからカインの主張に納得した。だがそれは、彼のやった行動を認めるものではない。


「……そんな可愛い二人が、子供のころから俺になついてくれるんだ。男だからな、当然妄想もする。将来のお嫁さんはどちらになるのかとワクワクしていた」

「ごめん、それはちょっと気持ち悪い」


 カインは苦笑した。


「……それくらい魅力的だったと受け取っとけ」

「ん。ありがとう」


 魅力的と言われちゃったが、これは素直に喜ぶべきだろうか。

 カインの語りはまだ終わらない。


「……昔はさ、お前らは本当に俺にべったりだったよな。一緒に寝たことも、一緒に風呂に入ったこともあった。……当然、どちらも俺のことを好いてくれるものだと思ってた」


 でも、そうはならなかった。


「……マイシィが、俺じゃなくてニコルのことが好きなんじゃないかって気づいた時は、胸が張り裂けるかと思った。……なんで俺じゃないんだって、どうしてあいつなんだって。そして、自分の姿を鏡で見て思ったよ。……俺は、醜い。一つ一つのパーツはまだしも、全部が組みあがった時にはどこかアンバランスで、全然お前らに釣り合わない。だからニコルに負けたのかと、悔しくなった」


 確かにカインの言う通り、私もカインのビジュアルをそこまでイケてるとは全く思わない。

 パーツはいいのに取り合わせが残念だとは実際に私が彼に抱いていた印象そのものである。


 私は、カインが原石のまま無理矢理に輝こうとしている宝石のような存在だと思う。故に(いびつ)。歪なままでコンプレックスだけを(つの)らせてしまう。


 でも、もう少し気長に待てばいいのだ。素材はいいのだから、体が成長してくればそれなりの容姿になれたのではないだろうか。

 あとは髪型を何とかすればそれで合格点はもらえるだろうに。

 どうして、待てなかったのだろう。


「……だけど俺が魔法学校に入ってからは、今度はエメダスティとばかり遊ぶようになったよな。俺はニコルだけじゃなく、エメダスティにも負けたんだ」


 自分に対する優先順位がどんどん下がっていく。

 この辺りから、彼はこじらせてしまったのかもしれない。


「……カンナはまだ、俺を慕ってくれていたから良いんだ。マイシィなんか、俺と全然会わなくなって、別の男とばかり。最近はファンクラブなんか作って、いい気になりやがって」


 私達は別にいい気になどなっていない。

 特にマイシィは連中の扱いに困っていたくらいだ。それをどうやったらここまで勘違いできるのだろうか。

 それに、ファンクラブだったら私にもある。早々に下僕(げぼく)扱いをしたから見逃してくれたということ? マイシィは親衛隊ということにしたからカインの恨みを買ったのかもしれない。


「……ほらよ」


 カインは突然、私に何かを投げてよこした。

 私が若干慌てながら飛んできたものを受け止めると、それは見覚えのある形をした金属片であった。


「これ──ロッカーの鍵」

「……そう、マイシィのロッカーのスペアキーだ」


 これを彼が持っている理由は、聞かなくてもなんとなくわかった。

 きっとマイシィのロッカーに合わせて自分で作ったものだ。

 オリジナルのキーから型を取ったのか、それともロッカーが開くまでいろいろな形を試行錯誤したのかは知らないが、どうでも良い話だ。本題はそこじゃない。


「……ある時、本当にたまたまマイシィのロッカーの中が目に()まったんだ。(のぞ)こうと思ったわけじゃない。これは信じてくれ。……ふと見かけたマイシィを、つい目で追ってしまったんだ。そうしたら彼女はロッカーを開けて、その時に中に布でできた小さな袋が入っているのが見えたんだ」


 クローラがアロエに頼み、(すき)を見て入れていたという贈り物だ。


「……それで気になって、誰もいなくなったのを見計(みはか)らって、こっそり開けてみたんだ。思った通り、それはお守りだった。俺はその時、ファンに貰った贈り物を大事にしまってあるのかと思ったんだ」


 そういえば、マイシィのロッカーの中身の話をカインにしたことはあっただろうか。

 あれがクローラからの贈り物だったという事実を、ひょっとしてカインは知らないのか。

 まあ、どのみち当時は誰の贈り物かなんてわかりっこないんだから、勘違いをしたとしても仕方のないことだ。


「……贈り物は日に日に増えていって、それら全部を大事にとっておいてあった。……ファンに囲まれて、ちやほやされるマイシィを、俺は見ていられなくなった。俺以外の男に貰った物を後生(ごしょう)大事にしているあいつを、困らせてみたくなったんだ」

「それで荒らしたの?」

「……ははっ」


 カインは自嘲(じちょう)気味に笑う。


「……それが、だんだんと大事になっていくんだから笑えたよ。それと同時に、俺を頼ってくれないマイシィに怒りを覚えた。……こんな時ですらエメダスティなのかって。あいつより、俺の方が優秀だというのに」


 カインは立ち上がった。その体から、怒気(どき)の様なものがあふれ出しているように見える。

 彼の視線の先には、今もまだマイシィを守らんと必死で体を張っているエメダスティがいる。

 エメダスティにもカインの話は当然聞こえているだろう。自分に対して理不尽な怒りがぶつけられるのを、今は耐え忍んで聞くしかない。


「カイン。はっきり言ってほしい。ペンダントを破壊し、ロッカーにカミソリを取り付けたのもあんたなの?」

「当たり前だろ、何言ってんだお前」


 そうか、それじゃあ全部こいつが黒幕で良さそうだな。

 せめてあの件だけは別人であってほしいというのは一縷(いちる)の望みではあったのだけど、それも(つい)えた。

 こいつは、排除確定だな。


「親衛隊を襲ったのもだし、多分だけど、ロキを通報したのもカインだよね?」


 カインは眉をピクリと動かした。どうやら正解らしい。


 実は、私には一つ引っかかっている点があった。

 私がロキと戦った翌朝、保安隊がやってきてこう言ったんだ。

 “カンナ・ノイドに対する暴行の件でも取り調べる”と。

 なんで、あのタイミングで保安隊が昨夜の戦闘を知っているのだろう。

 それがずっと()に落ちないでいた。


 今ならわかる。簡単だ。私たち以外にあの見晴台に潜んでいる人物がいたのだ。

 そいつはきっと、乗合馬車を降りた私を“自宅、もしくは工房の窓から”目撃し、跡をつけてきたのだ。

 馬車乗り場から近いからな、カインの家は。

 そして私とエメダスティに続いて森の中に入り、見晴台でずっと身を潜めていた。

 だから事の成り行きを知っているし、きっとマイシィを奪おうとしたロキが許せなくなったんだろう。


「んー、でもそうすると時系列的に、男子寮を襲った時にロキの恰好を真似ていた理由と結びつかないか」

「……ふふ、やっぱりすごいなカンナは」


 私の説を一通り聞いたカインは、にこやかな笑顔を作ると、拍手をして私を()めた。

 そして、私の説に補足をしてくれた。


「……ロキ先輩の恰好(かっこう)を真似たのは、一番変装しやすく、そして一番犯人に仕立てやすかったからだよ。見てごらん」


 カインは頭頂眼を光らせると、あたりに散らばっていた金属片に熱を与えて操り始めた。

 その金属片はカインの体に(まと)わりつき、まるで強化装甲のように彼の体を覆ったのだ。

 その際、脚部と腕部の装甲が彼の手足のリーチを延長し、あたかも百八十センチ以上もある大男のように見せかけていた。


「……これが、あの夜の犯人の正体だよ! 後はウィッグと仮面と付けて、フードを被れば完璧だ」

「やっぱりカツラだったんだ」

「……彼の髪の色は目立つからね。万が一目撃者が出たときに、少し髪型を見せることでロキが容疑者になるように計画していたんだ」


 なるほど、用意周到なことで。

 そして、今のこの状況もおそらくは、カインの罠にはまったということなんだろうな。

 奴は今、(こら)えきれなくなった笑いが(あふ)れてくっくと喉を鳴らしている。


「……くく、ありがとうカンナ。お前は賢くてさァ、それでいて詰めが甘いよなぁ? ……おかげで気力を回復して、この姿になることができたよ! これでお前とマイシィの両方を手に入れることができる」

「ハン、べらべらと勝手に自供を始めたのは時間稼ぎってことだね。ちなみに、どうやって私達を手に入れるつもり?」


 カインは大げさに両腕を開いて見せる。

 すると、赤熱した金属が腕部装甲をさらに肥大化させ、先端に刃を形成した。

 その姿はまるで、カマキリムシのようである。


「……簡単なことだ。……手足をもいで頭頂眼を破壊すれば、無抵抗な少女人形の出来上がりだ。そうなれば後は好き放題にさせてもらうさ」


 どうもカインにとっての私とマイシィというのは、その器だけのことをいうのであって、中身のことは数に入っていないようだ。

 要は身体さえ手に入れられれば、心はどうだっていいのだ。

 ───ああ、こいつはつくづく……ハハっ、いや、なんでもないよ。


「……」


 カインは戦闘の構えをとる。

 おそらくこの姿こそが奴の切り札。

 高い魔法出力に反し、少ない魔法の持続時間を補うための秘策。金属魔法。

 高い火力で金属を融点まで熱し、形を形成した後は体術のみで敵を圧倒できる。

 強固な鎧が攻撃を防ぎ、両腕の刃が相手を切り裂くのだ。


 私も構えた。

 なんか、ワクワクする。

 なんたって相手は、きっと私の───。


「……なんか、楽しそうだな。カンナ」

「んー? なんのことかなー?」


 そりゃあ楽しくないはずがない。

 だって、あのカインと本気で殺し合いができるのだから。

 そして、私の所有物を、私の世界を(ことごと)く傷つけたコイツに、想像を絶する最大限の屈辱をもって復讐することができるのだから。

 後悔してもしきれないほどの絶望を与える事ができるのだから。


 さあ、来いよ後天的異常者(マガイモノ)

 この私が、先天的異常者(ホンモノ)を見せてやる。

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