入学編27話 我らマイシィ親衛隊
馬車は意外と振動も少なく、またスムーズに移動できた。
というのも、どうやら昼のうちから道路の補修工事が進んでいたようなのだ。
先日の雪でグズグズになった路面を、平らにならすだけの簡単な工事だが、随分と馬車は快適になった。
途中、工事のおじいさんたちとすれ違ってからは未工事エリアになっていたので、そこからは若干つらかったが。
「ついたね、病院」
マイア地区王立病院。この地区において最大規模の病院である。最大規模とはいっても学校の敷地面積の半分もないのだけど。ちょうど学校の女子寮が近い規模になると思う。旧校舎だね。
ただし建物は女子寮とは異なり、がっしりとしている。もしかすると学校よりも堅牢な作りになっているかもしれない。
学校のような“砦感”とか“要塞感”は無いものの、その代わりに柱一本一本がしっかりしていて、白い外壁も一枚岩のようになっていて継ぎ目がない。
と、いうのも戦時において王立病院は野戦病棟としても活動できるようになっているらしい。
敵国に魔法を撃ち込まれて病人やけが人が巻き込まれたら大変だからね。
なのでどの王立病院も皆こんな感じなんだとか。
「マイシィちゃん、カンナちゃん、カイン先輩! 受付で親衛隊のみんなの病室聞いてきたよ。三階の北側だって」
「うむ、エメ君。つかいっぱしりご苦労である!」
「マイシィちゃん、たまにカンナちゃんに影響受けてるよね」
そんなこんなで病室の方へ行こうと思ったのだけど。
「……俺は病室へ行くのは遠慮しておくよ」
と、カインが急に言い出した。
「どうしてさ」
「……俺、たまにお前とかマイシィのファンクラブの奴らに睨まれるからさ」
確かにそういう場面を見たことがある気がする。
私やマイシィと個人的な付き合いのある点が敵対心を喚起してしまうのかもしれないね。
「そっか。それじゃあ、待合室にいてくれる? 少し時間はかかるかもしれないけど」
「……ん。了解」
と言うことで私とマイシィと丸っこいので見舞いに行くことになった。
私達は病院の中央部にある吹き抜け部分まで足を運ぶ。
するとそこには金属製の四角いかごのような、言い方は悪いかもしれないが檻のようなものが設置されていた。
檻は天井まで伸びる柱に支えられており、中に人が乗り込んで階層を上下に移動できる仕組みになっている。
「エレベーターで行こうか」
「えれべ……? 昇降機のことかな。カンナちゃんたまにわかんない言葉使うよねー」
「あれぇ?」
私達はその昇降機とやらに乗り込むと、係の人に行先階を告げる。
そうすると、係の男性は目を閉じて、魔石に魔法の発動を促すのだ。
「雷魔法、起動、良し」
すると、昇降機は静かに移動を開始し、あっという間に三階までたどり着いた。
「ついたねー」
マイシィは元気にフロアへと降り立った。
「ねえ、昇降機って雷魔法なの?」
「そういえばそうだね」
私はふとした疑問をマイシィにぶつけてみるが、彼女も答えは持ち合わせていないようだ。
するとエメまる君がここぞとばかりに解説を始めた。
「前までは水魔法と炎魔法を使った蒸気式が主流だったんだけど、最近は電気の力で動かせるようになったんだよ。魔石の先に金属線の電気回路があって、その先には磁石の取り付けられた回転装置が繋がってるんだ。で、その磁石には正磁極と不磁極っていうのがあって……そのままだと回転しないから整流子が……そうすると回転の方向が一定に……
……って、聞いてる?」
「「あ、ごめん半分くらいしか聞いてない」」
ショックを受けるエメダスティなのであった。
っていうか彼は何故こんなに電気工学に詳しいのだろうか。
ひょっとすると、エメダスティは雷魔法に適性があるのかもしれない。
知識は想像力に直結し、想像力は創造力に変換されるからな。
ロキを解放したら、彼に魔法を教わりつつエメダスティに工学的な部分を聞いても良いのかもしれない。
全てが片付いたらの話だけど。
「病室はここだね」
マイシィが言うのでネームプレートの所に目をやると、聞き覚えのない名前がずらりと並んでいた。
覚えがないのは忘れているか聞いてないかのどちらかだろう。
ええと。名前は、サ──……まあいいや、どうせすぐに忘れる。
ここは六人部屋で、けが人の人数と合わないから、少なくともあと一つの部屋には訪れなければならないな。
一応ノックしてから引き戸を開けると、その瞬間、異様な光景を目にすることになった。
「「「マイシィ様、カンナ会長、エメダスティ参謀、お疲れ様です!」」」
なんと、六人部屋に十人が集合していて、直立不動で私達を出迎えたのだ。
なんだ元気そうじゃあないか。
マイシィも彼らの顔を見たら安心したみたいで、肩を撫でおろすとともに、ちょっと涙ぐんでいた。マイシィは優しいなぁ。
「ちょうど全員で集まって話をしていたところ、廊下からお声が聞こえたもので」
「そっか! よかった、みんな元気そうで!」
「よかったね、マイシィちゃん」
「うん!」
全員が病院服を着用しており、肌つやは良い。
特に怪我の跡も見られないようだが、着衣の下には痕跡があったりするのだろうか。
まあ、彼らの怪我の具合など興味がないので話を始めることにしよう。
「それでは、我らマイシィ親衛隊一番隊の会合を始める」
「「「はっ! カンナ会長!」」」
思わず“我ら”と言ってしまい、自分のノリノリさにちょっと気恥ずかしさを覚えたところで会議は始まった。あーはずかし。
──
─
「ほんとスよ! おれっち見たんスよ! ロキ先輩がこいつを襲うところを! そのあとおれっちもやられたんスけど……」
「俺は寝てたからあんまり覚えてないんだ。でも、急に体に激痛が走って、一瞬だけ目を覚ましたんだけど、フードを被った背の高い男がいたんだよ」
「そうそう、フード被ってたァ! あと、仮面! たぶん正体分からないようにしてたと思うんだけどォ、金髪がフードのとこから見えてたんだよなァ」
次々と証言が集まる。
大抵の生徒は寝込みを襲われて、気が付いたら病院って感じだったらしいが、何人かの生徒は奴を目撃しているようだ。
そしてその証言はどれも一致している。
「おれっちさん……ナンバー9さんはどうしてロキ先輩だと?」
「とっさに風魔法使って抵抗したんスよ。そしたらフードがめくれてあの妙に明るい金髪が見えたんで、ロキ先輩だと思ったんス。声も男の声だったんで、イブ先輩じゃないと思うんスよ」
おれっちことナンバー9──ってどっちも名前じゃないんだけど──は、鼻息を荒くしながら証言をする。
「魔法で抵抗したのにやられたの?」
「それが、あいつすごい体術をつかうんス。気が付いたらやられてたみたいなんスよ」
全員の意見を統合すると、
一.背が高い(百八十センチは超えているように見えた)
二.男性である(声で判断)
三.明るい金髪である(複数証言あり)
四.すごい体術を使う
──よし、これはロキだね。間違いないね!
「でも顔は誰も見てないんだね……。仮面をしてたということはロキ先輩じゃない可能性もまだ残ってるよね」
エメダスティはそう呟いている。
だが、声が小さすぎてたぶん私以外の誰も聞いていない。
「変装の可能性はあるよね? 誰も顔を見ていないわけだし」
マイシィがさっきのエメダスティとほとんど同じことを言うと、
「おお、さすが姫! 洞察力が違う!」
「マイシィ様は可憐で聡明で、最高だ!!」
と、次々に同調し始めた。
調子いいなお前ら。っていうか変装の可能性なんてたぶん全員一度は考えただろうに。
「身長を誤魔化すには厚底の靴があればいけるか……髪は染めたのかな」
「カツラの可能性もあるよ、カンナちゃん」
確かにそうだ。
でも風魔法でフードだけめくれてカツラは飛ばなかったのだから、やはり地毛に細工したと考えたほうが良い気もする。
たまたま風では飛ばなかった可能性もあるけども。
結論。ロキかもしれないし、ロキじゃないかもしれない。
変装と言う可能性が出てくる以上、ロキとは確定できないというだけで、犯人の容姿につながるヒントは何もなさそうだね。
“目撃証言だけではロキと確定できない”というのが分かっただけでも収穫だろうね。
容姿以外に私が聞きたいのは、犯行の方法だ。
「そいつはどこから寮に侵入して、何魔法を使ったんだろう」
特に何の魔法を使ったかは重要だ。
犯人の個性がうかがい知れるからだ。
「あ、俺、保安隊員から“全部施錠されてた”って聞いた! だから寮生を疑ったんじゃないかな?」
「おいらは魔法じゃなくて、刺されたらしい。ほら、ここに刺し傷あるし」
彼は病院服を少し捲って見せる。確かに、刃物で刺された痕跡があるな。鋭利なもので一突き、と言った具合だ。
よく生きていたものだ。彼にとっぷりと蓄えられた脂肪分が致命傷になるのを防いだのかもしれない。
──さて、それからはどうやってやられたのか、どうやって治療されたのかみたいな話が繰り広げられることになった。
新規の情報も、これ以上出てくる様子はない。既に報告という前提は消え去り、ただの身の上話ばかりになってきている。
私はその間に、犯人の情報を頭の中で整理した。
……魔法は使っていない。
魔法の痕跡を辿られるのが嫌だったのかもしれない。
保安隊の中には魔法の痕跡から個人を割り出す技術があるという話を聞いたことがある。だから魔法を避けたのだ。
おそらく、魔法を行使されていたらここにいる十名は全員死亡していただろうが。
……施錠されていた。
寮の内部の人間の可能性が高まったが、外部からの進入の可能性は本当にゼロだろうか。何か遺留品が残っていればよいのだけど。そんなものを残すような相手ではなさそうだ。
もう、いいや。情報は得た。
私はまだ話足りない様子のマイシィとエメダスティを残して、病室を後にした。




