入学編26話 作戦会議
クローラの、いや、私達全員の置かれている状況が理解できた。
「帝政復古、つまり帝国派……ですか」
私が再度確認のためにその名を口にすると、クローラとイブは揃って頷いた。
「あ、あの……なんでこの学校の事件が帝国派に有利になるのですか」
マイシィはまだ状況を理解できていないようだ。
クローラ達の話はこうだ。
今朝方、クローラの父から早馬便が届いた。その内容によると──
ハドロス領の魔法学校でのマイシィ、クローラの揉め事が帝国派貴族を勢いづかせている。
すなわち国王派の中核であるストレプト家と、復権派の代表であるフェニコール家に僅かでも軋轢が生まれた事で、今まで圧倒的少数派だった帝国派に付け入る隙を与えてしまっている。
──と言う事らしい。
しかも、この早馬はおそらくロキの逮捕を受けてのものではない。
ロッカー事件一つでこれだけの事態になったというのだ。
ロキの逮捕が中央に知られれば、それは魔法国の体制を揺るがしかねない。
「こんな、学校の小さな揉め事が……? いくらなんでも」
「大事になりすぎだと思うでしょう? でも、それが中央貴族の世界よカンナちゃん。隙あらばどんな些細な事でも火種にするのよ」
いやいやそれにしても大火事になりすぎだろうとは口には出来なかった。
そのあたりの事情はいち辺境貴族には全くわからないからな。
しかしクローラの話を聞いて、ある仮説を思いついた。
「一連の事件が帝国派に仕組まれているといったことはありませんか? あちらの動きが迅速すぎます」
クローラは深く考え込むような挙動をする。
仮説が正しい可能性はどれくらいなのか、頭の中で検証しているのだろう。
やがて首を横に振ると、クローラは言った。
「……可能性が無いということは無いと思いますが、おそらく帝国派は今回の事件に噛んではいないでしょうね」
「そう思う理由は何でしょうか」
「まず、学校関係者の中に帝国派貴族の縁者がいない事。それから……勘、ですわ」
勘かよ。
「帝国派がやりそうな手段というと、もっとこう、直接的です。毒殺や闇討ち……そういう噂が絶えませんの」
なんとも物騒な連中らしい。
直接的と言うから正々堂々という感じなのかと思いきや、まさかの裏社会的なアレであった。
それを聞いたマイシィが、スカートの裾をギュッと握りしめるのがわかった。
「……こわいです」
大丈夫だよマイシィ。君は私が守ってあげるからね。
「ま、そういう輩がこれ以上つけ上がらないようにしないといけませんわね」
全員がクローラの目を見て首肯した。
──
─
その日、私はカンナ下僕の会とマイシィ親衛隊を使って始めた活動の報告と、これから襲撃事件の被害者の見舞いに行くことを話した。
クローラからは父親を通じて保安隊内部への探りを入れることと、襲撃事件の夜の生徒たちのアリバイを調べると告げられた。
それから、容疑者の中に教師も含めて考えるようにと指導された。
確かにそうだ。例えば親衛隊襲撃事件に限れば生徒よりも教師の方がやりやすいと言えるからな。
それから、おそらく数日のうちに全校集会を開き、マイシィとクローラが実は裏では仲が良く、襲撃事件は冤罪であると発表する流れとなった。
帝国派をけん制するには学校内の不穏な噂を払しょくするのも大切だからである。ただし、それをすると真犯人に警戒されてしまう可能性があるので数日は期間を空けることにしたのだ。
「エメ君、おまたせ!」
校門のところで馬車と共に私達の帰りを待っていたのはエメダスティだ。
クローラとの話が思いのほか盛り上がってしまったので随分と待たせてしまった気がする。ま、いいか。
私達が校門の方へ歩いていくと、校門の柱の陰になる位置に、もう一人の男性が控えているのが分かった。背の低い(と言っても私やマイシィより頭一つ分は高い)、前髪だけが長い黒髪の少年。
「カイン!」
私はカインを見つけると果敢にダッシュを決め、彼の懐に飛び込んだ。
──拳を前に突き出しながら。
そのまま彼の鳩尾にクリーンヒットをかまそうと思ったのだが、その拳はカインの掌で容易に止められてしまうのだった。
「むうう! 手を放せカイン!」
「……お前が攻撃してくるから悪いんだろ」
カインが私の拳を掴んだまま放してくれないので、私はぶんぶんと腕を振り回すのだった。
「カンナちゃん、薬が効いているからって無理しちゃだめだよ」
マイシィが心配してくれている。そうだ、私は今すこぶる体調が悪いんだ。忘れていた。
体質なのかな、薬が効いているときは気分が上がってしまう気がする。
「……お前、体調悪いのか」
「ちょっとお腹がね」
ああ、男の子にはなんて説明すればいいか分からないものだな。説明自体がなんだか恥ずかしいものである気がしてくる。
ただの生理現象だと言われればその通りなのだけど、女の子にとってこれほどセンシティブな話もそうないだろう。
つらい気持ちは男子にもわかってもらいたい。けど、どう説明すればいいかもわからないし、下半身が関わることなのでやはり気まずい。そんな女子のもどかしさ……伝わるかなぁ。
簡単に言えば、“察して!”である。
カインは「ふーん」といった感じであまり興味はないみたいだった。男子の反応としてはこんなものかと思っていたら──。
「ほれ」
「?」
急に、暖かいものが背中を覆った。
「……俺のローブだ。腹、冷えたらまずいだろ」
あらやだ。カインってばイケメン。顔はそれほどでもないけどイケメンオーラがヤバいわ。
私の様子からなんとなく事情を理解してくれたのかな。
単に優しいだけかもしれないが、どちらにせよありがたい。
あ、でもこれから家に帰るんじゃないからすぐに返さなきゃ。
「ありがとう。あ、でも私達これから病院に行くんだ。だから──」
「さっきエメダスティから聞いたから知ってるよ。見舞いに行くんだろ?」
どうやらカインは事情を知っていたらしい。
知っていたうえで、なおここで待ってくれているということは、つまり同行してくれるということだろうか。
「護衛があった方がいいだろう。……あんなことがあった後だしな」
カインが護衛についてくれる。これは頼もしい。
これがもし兄だったら、「あ、別に結構です」と遠慮してしまっていたかもしれない。
正直足手まといにしかならないからな。
でもカインはあのロキが、伸びしろの問題はあるとはいえ、一応は優秀と認めた男だ。
万が一、一連の事件の犯人、あるいは犯行グループから襲撃があったとしても、きっと彼が守ってくれる。そう信じられる。
ふだんなら私が戦うのだけど、生憎今は本調子じゃないから、彼は絶対に必要な戦力だ。
「それじゃあ、よろしくお願いしようかな。あ、違った。──よろしくね、カインおにいちゃん♡」
きゅるるん☆
「……なんだよその気持ち悪いかわい子ぶりは。……ほら、行くぞ」
私はわかっているぞ、カインよ。貴様は照れているときに鼻の下を指でこするのだよ。
今、何回こすったのかね? 言うてみ? ほら、言うてみ?
「あいたッ!?」
「……なんか、ニヤニヤ見てるのがむかついた」
なんか、いきなり頭を引っ叩かれたんですけど。手加減してくれてるのかどうか分からないけど、普通に痛いんですけど。
私達のやり取りを見ていたマイシィが言う。
「あはは、レディはもっと優しく扱わないとだめだよカイン兄」
まったくもってその通りだ。反省しなさい、カイン兄。
そんな他愛もないやり取りをしながら、私達は馬車に乗り込んだ。
学校から病院までは、方角的にはフマル家への道と相違ない。
ただ、もう少し先の位置にあるから、その間、馬車の振動が腰に響くのが心配だ。二十分くらいは耐えねばなるまい。
いつもだったらマイシィの隣の席を陣取る私だが、今日はせっかくだしカインの隣に座ろう。
最後列はマイシィとエメダスティに譲るとして。
……って、そう言えばさっきから後ろの座席で何かが聞こえる。
聞き取れるか取れないかのギリギリの声量で、何かをブツブツと言っている声が聞こえる。
「……カンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃんをぶったカンナちゃん……」
うん!きっと幻聴!




