入学編24話 つかの間の日常
ロキ先輩の逮捕の翌日、十弐ノ月の十六日。二日間の休校を経て学校は再開された。一連の事件を起こした犯人は捕まったのだから、もう生徒たちが怯える必要もない。
ああこれで安心だ、ふざけるな。
私は朝からずっと苛立っていた。なんだか無性にイライラする。今日からロッカー事件の聞き込みを始めなければならないのに、なんか、よくわからないけど落ち着かない。
「カンナちゃん、体調悪そうだよ? 大丈夫?」
黒髪おかっぱのクラスメイトが心配そうに声をかけてくれる。この子はたしか、リリカだ。アロエのことはもう忘れないと思うから、二択じゃなくなって名前を思い出しやすくなった。
「ありがとう、リリカ。……なんか気分が優れなくてさ」
私は教室に入るなり机に突っ伏してぐったりとしていた。マイシィがずっと背中をさすってくれている。気持ちいいけど、気持ち悪い。なんだコレ。正直行きの馬車の中はきつかった。なんか、振動がお腹の中にズドンとくるのだ。さいあくだ。
「いろいろあったからね、カンナちゃん疲れちゃったのかな」
マイシィはそう言ってずっと介抱してくれる。
そんなマイシィは、クローラ達の立ち位置とか考えを、多分よくわかっていない。昨日は本来ならばクローラ達がフマル家を訪ね、ロキの暴挙を謝罪するとともに、私にしてくれたような説明をマイシィにも伝えるはずだった。
しかし、ロキの逮捕を受けてそれどころではなくなった。
私も昨日はマイシィに会うどころか、学校からの帰宅後は、父が家から出してくれなかったのでほとんど誰にも会っていない。
加えて今日のこの私の体調である。なかなか状況だとか事情の説明ができないでいた。
たぶん、私がクローラ達の治療を受けていたという状況から、なんとなく事情を察してくれているとは思う。
でも、不安を完璧に拭い去れてはいないだろう。
ある意味それで良いとも思う。
だって、真犯人は誰にも気づかれず、まだのうのうと生活しているのだから。
「……」
アロエは、机の前に立って腕を組んで仁王立ちしていた。今日もおさげ髪がキュートだよ、でも今はそんな気分じゃないんだ、ごめんね。
「カンナちゃんさ」
アロエはおもむろに口を開いた。
「もしかして、お腹痛い?」
何を聞いてくるのだろう、この子は。お腹は別に痛くない。痛くはないのだけど。
「なんか、腰のあたりが重いかも」
するとアロエはなにかに気がついたようで、少し小声になって私に聞いた。
「ぶっちゃけ今、“月ノ帯”持ってる?」
「……え? あ、持ってない……けど、そういうこと?」
月ノ帯とはつまるところ生理用品である。とうとう私にも来てしまったらしいのだ、アレが。……今夜はお赤飯だな。オセキハンってなんだ?
しかし、参った。こんなタイミングで始まってしまうとは運がない。
「え、それは大変だよ」
マイシィも慌て始めた。ようやく事態が飲み込めたようである。
一方のリリカは頭の上にみっつくらい疑問符がついている。彼女は……なんというか、あと何年かはこのつらさを知ることはなさそうだ。
「医務室に行こう」
そう言って医務室に担ぎ込まれる私。なんだか今月は医務室に頻繁に訪れるような。はぁ、つらい。
その後、医務室で月ノ帯を借りて、少し重たいので午前の授業はお休みさせていただいた。途中トイレに行ったら、案の定、帯に少しだけ赤いものがついていた。これが毎月来るのかと思うと非常に気が重い。
──
─
さて、医務室についてからの私は調子が少し良くなった。学校医からもらった薬がかなり良い働きをしてくれている。相変わらずイライラはするけど、腰の重さは和らいだ。ずっとベッドに体を預けさせてもらっているのも体調回復の一因だろう。暇なので、クッションを背もたれにして上体を起こし、ずっと本を読んでいた。
休み時間になると、私は活動を開始する。
「学校医の先生。おそらく廊下に何人か男子生徒が来ていると思いますので、すみませんが呼んできてもらえますか」
先生が医務室の扉を開けると、思ったとおり下僕の会のメンバーが数名、心配そうな顔で人垣を作っていた。
彼らは私がどういう理由で医務室にいるのか知っているのだろうか。知っててわざわざ様子見に来ているとしたらそうとう気持ち悪いが、今の私は寛大だから許してやろう。
私がこの苛立ちをぶつけるのは、たぶん一人だけ。マイシィに嫌がらせをし、ロキを陥れた犯人だけだ。
「……十弐ノ月の二日に、授業を抜けた者、ですか」
「そうです下僕の先輩一号。そいつを下僕の会の総力を挙げて探し出してください」
「何故かを……聞いても良いですか」
私はこくりと頷くと、ロキは冤罪の可能性が高いことや、授業中に出歩いていた者が怪しいという話を伝えた。
下僕の先輩は先日のアロエの件を少しかじっているから、簡単な説明をすれば理解してもらえるだろう。
少なくともクローラ一派は今回利害が一致する関係にあるので、圧力をかけられることはない、というのも伝えておく。これで安心して動けるだろう。
「ここ数日のうちに解決しないと、年内には私とマイシィは転校になるかもしれません」
「「なんと……!?」」
「だから急いで!」
「「はっ!!」」
私が転校になることはなさそうだけど、彼らにはこれが一番効くだろう。ちなみに成功報酬は私からの投げキッスだ。直接触れなくても良いからこれが一番いい。
「あ、そうだ皆さん」
「はいっ?」
一斉に医務室から出ようと駆け出していた下僕の会のメンバーが、ピタリと動きを止めて私を見た。私は、彼らに向かって屈託のない笑みを作り、こう呼びかけた。
「がんばってね、おにいちゃんっ♡」
「──ッ!!」
はい落ちたーーーーーーー!!
下僕の会の皆様方は、
「うおおおおおお」
「まっててねええええカンナちゅわーーーーん!!!」
などと、雄叫びのようなものを上げながら校舎内を爆走して行くのだった。
まったく、制御しやすい奴らめ。
──
─
彼らの動きは恐ろしく速かった。マイシィ親衛隊をも巻き込んで、緊急会合を開く。その日のうちに何班かに別れて作業を開始した。
ある班は全生徒のリストを作成するために奔走した。全校生徒の名簿は生徒には出回っていないから、全学年の教室を駆け回って作ったらしい。
そのあたりは先生に頼めばよかったな。弱みを握っている制帽の先生か語学教師なら協力してくれそうだ。
またある班は生徒向けにアンケートを作成。
それと分からないように、
“授業を無断で休んだ生徒を見たことはありますか”
“最近授業中に体調不良などで医務室を利用した生徒を見ましたか”
“授業の出席率を向上させるにはどうすべきだと思いますか”
といった具合に、アンケートの主目的を分からないようにした。
匿名でのアンケートになっているが、実はクラス単位で微妙に書いてある内容が違う上に、性別と誕生月は記入欄があるため、照らし合わせれば誰が答えたのかおおまかに見当がつくようになっていた。凄い、やるじゃん。
そしてある班は十弐ノ月の二日の午前にどのクラスが何の授業をしていたのかを調べ上げた。
これによってロッカールームとの往復がしやすそうな学年が絞り込めた。また、往復にかかる時間も考慮すると前述のアンケートと合わせて質の良いデータを作ることができそうだ。
また、三年生と四年生は合同でフィールドワークに出ていたことがわかった。わかったというか下僕の会のメインメンバーが大体三~四年生なので知ってはいたのだが、どちらの学年が何時ごろにどのあたりを散策していたのかがなんとなく見えてきたといった感じだ。
ちなみにフィールドワークとは、自然と触れ合うことで知識を深めてイメージ力増強を図るという野外授業である。ロッカー事件の時、割とすぐに野次馬が増えたのは、校外から帰ってきた生徒たちが大勢いる時間帯だったからというわけだ。
あとは数日待って、これらの調査結果を統合すれば犯人像はかなり絞り込める……はずだ。地道な聞き込みも併せればなお確実だろう。
ちなみにここまでの作業にかかった時間は、僅か二時間足らずである。アンケートを刷って配布したり、データを集めるのはこれからだが、それにしても早すぎる。
絶対何人かは授業をサボっただろ。授業出席率向上のアンケ―トを作るのに授業を休んだのでは本末転倒もいいところだが、今回はグッジョブと言っておこう。
「皆の者、良い働きっぷりである。褒めて遣わす!」
「「ははーっ!」」
昼休みのカフェテリアで、私は高笑いしながら扇を振っていた。
広い食堂の一画を占拠するような形で、総勢四十名ほどの集団が私に敬礼をしているわけであるから、傍から見れば何の集会だと目を丸くしたことだろう。
そして中央でどっしりと座っている私を見て、「ああ、例の集団か」と若干引いたような顔をして皆私達から距離をとるのだ。
「カンナちゃんすっかり女王様って感じだよ……」
「生理のお薬でハイになっちゃったのかな……そんな劇薬だっけ?」
「ぷッ!! ウケるんですけどーー」
まあ、友人たちの反応はさまざまである。
報告も終わったので、下僕の会&親衛隊連合の会合はいったんお開きにして、昼食を再開することにしよう。
生理のせいか、匂いがきつくて食事も喉を通らないんだけどな。はぁ。
──
─
「──でね、タウりんてば人前で手を繋ぐのもはずかしがるんだよー」
「リリカは平気なん?」
「えー、はずかしいよぉ」
「一緒じゃん! 似た者カップルじゃん!」
「あはは」
恋愛トークに花を咲かせる十代女子。すごく楽しそうにおしゃべりするのは、主にアロエとリリカだ。私とマイシィの貴族令嬢組は今はどこか上の空だ。
何故かって、私はもちろん初めての女の子の日で調子が悪く、お腹が空いているのに体が受け付けないという妙な状態であるからだ。
一方のマイシィは、きっと身の回りの事件の方が気掛かりでたまらないのだろう。アロエ達の会話を聞いて笑ってはいるが、相槌を打っているだけで会話に踏み込んで来ない。きっと頭のどこかにもやもやがあって、本調子ではないのだ。
「……」
そんな折、ふとアロエと目があった気がした。……なんだろう。
「ねぇ、ぶっちゃけていいー? ウチ、カンナちゃんが好きなのって誰なのか気になってしょうがないんだけど」
うお、なんかいきなりぶっ込んできたぞ。
「なーんか今日は弱っちゃってるし、薬でハイになってるし、逆に色々とぶっちゃけてくれそう? みたいな」
「私も気になる! えーと、カンナちゃんの周りの男の人って言うと」
「……なんか私の交友関係を挙げようとしてるんだろうけど、頼むから下僕の会は候補から外してくれよ」
奴らには悪いが私の恋愛関係には、彼らは微塵も入る隙は無いのだ。
「下僕の会? の中にニコちんは含まれる?」
「含まれないけどあいつも候補から除外してくれる?」
「りょうかーい」
あれ? そう考えると私の周りで親族以外の男性って意外と少ないのかな。しかも恋愛となるとさらに絞られる。下僕の会は論外だし、ニコタウコンビに限らず同学年の男子はガキすぎるし。
「カンナちゃん、カイン兄とよく一緒にいるよね」
「──ふぇ?」
何を言っちゃってるのかなマイシィ。
「あ! あの黒髪の先輩でしょ!? へー、カンナちゃんああいうタイプが……ニヤニヤ」
「あたし、気になりますっ!」
なんかキラキラした目で見られてるんだけど!?
はあ、とため息が出た。申し訳ないがカインは違う。私の中のカインは、どちらかというと兄妹関係に近い。意地の悪いニコ兄とは違う、優しい近所のお兄ちゃんってところだろう。
「あのね、私はもっと背が高くて、顔が整ってて、清潔感があって、それなりに収入の安定していて、基本クールでたまに可愛いところがある人がいいんだ!」
「基本クールでたまに可愛いってカイン先輩だよね」
「鍛冶屋さんだから手に職あるし」
「身長は数年待てばクリア?」
ってうおーーーい!勝手に人の恋愛対象を決めるなーーー!
まあ、そんな感じで久々にわいきゃいと盛り上がった、実に日常的な昼下がりだった。
……っていうか誰か忘れている気がする。
身近にいて、私の事を好いている小太りの奴がいたような。ま、いいか。
***
もう少し後の話になるが、その時カフェテリアの隅にいたカインにはバッチリと話を聞かれていたらしい。
んで、
「……俺に気がある? まさか、そんな……」
と言った感じで、悶々とさせてしまったらしい。
やれやれ、それがまさかあんなことになるなんてね。
人生というのは分からないものだよ……(意味深)。




