入学編23話 逮捕
「ロキト・プロヴェニア。あなたを魔法学校生に対する暴行及び殺人未遂の容疑で逮捕します。また、カンナ・ノイドへの暴行についても話を聞かせてもらうから、そのつもりで」
朝になって、私の目の前でロキが逮捕された。
本人も含む全員が呆気にとられている中、ロキは手錠をかけられた。
***
時は少し前にさかのぼる。
私は結局学校の医務室に一晩泊まることになった。
クローラは懸命に治癒魔法をかけ続けてくれた。彼女が疲れたら隣の空きベッドで仮眠をとり、イブが交代で治癒を続けてくれた。イブが疲れたらまた交代、という具合だ。
おかげで、体は多少動くようになった。
ロキはずっと反省のポーズをさせられていた。
そうしているうちに夜が明けてだんだんと空が白んできた。
最後は皆疲れ果てて、そのまま医務室で眠り始めた。学校の始まる時間までまだ余裕はあるから、少しは休まるはずだ。
学校そのものが休校になるのか、それとも授業が再開されるのかは分からないけども。
私は寝付くことができなかった。理由は単純で、治療中に眠っていたからである。
治癒魔法は体の自己修復機能を高めるものであり、なんでも治せる神の技法ではない。
なので睡眠によって脳は十分休まっているのに、体はずっしりと重たい感じが続いていて非常に不快だ。
だが致し方ない。あちら側の責任とはいえ無償で治療してもらえるのだから。
「ロキ先輩、起きてますか」
私が小声で呼びかけると、すぐに反応があった。
「ああ、起きているよ」
彼は眠らずに、夜通しで平伏し続けているのだ。
「……足とか痛くないんですか」
「痛いさ」
「トイレとか行きたくなりません?」
「それも我慢しなければ謝罪にならないだろう」
うーん、真面目だ。
私はこういうタイプ、敵でなければ割と好きだ。でも敵に回ると嫌だと思う。だって拷問しようが何しようが考えを曲げてくれないだろうから。
「謝罪はもういいので、近くに来ていただけますか」
「しかし───」
「小声で話さないと二人が起きちゃいますから、近くが良いです」
ロキは、渋々と言った感じで立ち上がり、私のベッドの側に腰かけた。
なるほど、納得できる理由を添えた“お願い”なら聞いてくれるわけだ。めもめも。
「先輩は、貴族以外の人と仲良くはできないんですか」
「できない。私は立場的にも貴族の模範としてふるまわなければならないからだ」
考えるまでもなく返事をするロキ。
この考え方は芯までに沁みついてしまっているようだ。
「……魔法を、教えてほしいんです」
「私が、お前に?」
「私だけでなく、マイシィやクラスメイト、あとはカインとか兄にもです。あ、カインっていうのは──」
「知っている。お前が師匠扱いしている鍛冶屋のせがれだろう」
どうやら私の周辺は一通り身辺の調査がされていたようだ。
私がカインの事を師匠と呼んでいることも知られているのだから、よほど聞きまわったのかもしれない。
「彼は、四年生の中では断トツだな。優秀だとは思う」
「では──」
「いや、私が魔法を教えるとしたら、それはお前だけだ」
私が何故と聞く前に、ロキは理由を教えてくれた。
まず第一に、身分が違うということ。
これはロキにとっては譲ることのできない明確な区別らしい。
そしてもう一つは魔法ならば学校で学べばいいということ。
私のような異常な存在はともかく、普通の人間はコツコツと知識を増やし、研鑽に励んだ方がよっぽど効率が良いという考えのようだ。
それから、伸びしろの問題。
カインは同世代の中では頭一つとびぬけているが、せいぜい六年生と同程度なのだという。
それに、徐々に同級生にレベルが追い付かれつつある。
つまり早熟だっただけでポテンシャルはそこまで高くないと予想しているのだ。どこかで頭打ちが来る。
「私が平民格へ魔法を普及させるのに反対する理由のひとつが、伸びしろが少ないことだ。貴族は代々魔法技術を磨いてきた家系であり、平民はそうではない。せいぜい実用レベルの魔法を教えるだけで本来は済むはずなんだ」
「そんな……」
「現に、いまにお前はカイン・コーカスを追い抜くはずだ。それは、一か月後かもしれないし、明日かもしれない。だから私が彼に技術を教えたところで意味はないんだ」
文句を言ってやりたい一方で、なるほどと納得してしまう自分がいる。
確かにカインはここ最近、魔法の持続時間の短さに頭を抱えていた。練習は毎日のようにしていても、タイムが伸びない日々が続いている。
それが遺伝的要因なのだとしたら。ロキが魔法を教えることで、逆に自分の限界値が分かってしまうかもしれない。
「わかりました。では、私にだけ」
ロキはこくりと頷いた。
「───、────」
「──……」
「……」
ロキとの会話はしばらく続いた。
ロキはそのうちだんだんと口数が減って、やがて、腕を組んだまま眠ってしまった。
彼だって戦闘の後にずっときつい姿勢を取らされていたのだ。疲れないわけがない。
会話の相手がいなくなった私は、眠れなくても、せめて目だけでも閉じていることにした。
そしてそのまま、気がつけば寝ていたようだ。
──
─
「いたぞ!! こっちの部屋だ!」
そして、朝。
喧騒の中、私は目を覚ました。
医務室の中では保安隊員とクローラが何やら言い合いをしていた。
イブとロキはクローラのそばに控え、イブの方は必死にクローラをなだめようとしていた。
ロキは……両手を握りしめて、俯いていた。
(一体何が……?)
と、私が状況を飲み込めていない間に、
「六時四十分! 逮捕!」
の声とともにロキは手錠をかけられた。
どうして? 何があった?
「ですから、ロキは私とずっと一緒にいたのです! 殺人なんて、できるわけがないでしょう!?」
殺人──。
それを聞いて、背すじがぞわりとした。いつか見た、私が人を殺す夢を思い出したからだ。
同時にマイシィ親衛隊の誰かが死んだのだと思った。
誰だろう……聞いても名前を覚えていないから誰なのかが分からないのだけど。
もっともそれは杞憂であり、実際はまだ未遂であるらしい。良かった。
「ですから、何故あなたと一緒にいたのです!? 答えていただかないと困ります!」
保安隊員がクローラに激しく詰め寄っていた。貴族の令嬢にここまで激しく突っかかるのはかなり勇気がいると思うが、彼にとってみれば事件を解決する方が自身の保身よりもよっぽど大切なのだろう。
保安隊員の鑑である。
ところが疑われている身としてはそんなことも言ってはいられない。
「い、医務室で遊んでいたのですよ! ここなら夜中でも使えるようになっていますし」
「医務室で何をしていたんですか?」
「そ、それは……」
ベッドの並ぶ部屋で男女が夜通し、となれば想像されるのは一つだ。保安隊員も当然そのように捉えるだろうが、クローラとロキとの関係はあまり知られてはいけないものだ。なので必死にごまかすより他はない。
「私が熱を出してしまいまして、看病していただいたのです。やましいことはありませんわ」
なるほど。
先程の遊んでいたという証言が嘘になってしまうし、そもそも同性のイブに看病してもらえばいいのではないかと言うツッコミどころがありそうだが、とっさの言い訳としてはこんなところだろうね。
「──隊長、管理人に確認しましたが、当日に医務室の鍵を借りた記録はないようです」
「そうですか」
そう、そもそも医務室でお楽しみだったのではなく、女子寮のクローラの部屋に招き入れてお楽しみだったわけで、医務室と言う言葉を思いついたのはきっと今そこにいるからだ。
色々と罪を誤魔化そうとした結果、状況との食い違いが大きくなってしまっている気がする。
だが二転三転するクローラの証言が、保安隊員の推理の内容を変えさせた。
クローラ・フェニコールとロキト・プロヴェニアの間に男女の関係があるわけではなく、ただ仲間を庇いたいがために言い訳を探しているのだと解釈させたようなのだ。
「もういいでしょう、クローラ様。お仲間を守りたいというお気持ちはよくわかります。しかし、被害者数人から彼が犯人であるという証言が出ているのです。諦めてください」
「そんな……」
被害者本人がそう言っているなら、きっとそうなのだろう。
ロキが犯人だ。逮捕されて当然の男だ。
──って、なるわけがない。
彼らと語り合う前の私なら、きっと今日の逮捕劇の後に祝杯をあげたのだろう。
マイシィを追い詰めた奴はいなくなった。これで事件は解決と思っただろう。
でも、今の私は彼らの事を信じられるようになっている。
クローラに至っては私に信用してもらうために、恋人でもない男との情事を打ち明けるという恥部まで晒してしまっているのだ。
誰が疑うものか。
少なくとも今回の事件において、クローラ一派は味方だ。
「とにかくすべては取り調べの後です。場合によってはクローラ様、あなたにも犯人隠避の罪が付くかもしれませんよ。あまり庇いだてはしないほうが良いですよ」
「クッ……」
クローラは下唇を噛んだ。何もできない。それが悔しいのだ。
クローラ以上に、私は役立たずだ。
保安隊員に物申すことも、連れて行かないでと袖を引っ張ることもできない。
私はベッドの上で、事の成り行きを見ているしかない。
(また、奪われるのか)
私の胸にあるのは怒りだ。
せっかく仲間が増えたと思っていた矢先に、奪われる。
ロキは、私の第二の師匠になるかもしれない男なのだぞ。
それをあっさりと、こんな形で失うなんて。
「行くぞ。ロキト・プロヴェニア」
「……はい」
こうしてロキは逮捕され、医務室の中に静寂が戻ってきた。
嘘だ。
医務室の中は、今、クローラの嗚咽だけが響いている。
***
「先生! あの……」
職員室前の廊下。
私は制帽を被った担任の先生を呼び止めた。
「あ……カンナさん。本当に学校に泊まっていたのですね」
先生たちは少し早めに出勤して本日の授業を行うべきかどうかを協議していたらしい。
そんな中に保安隊員がやってきて生徒を逮捕したのだから大慌てだ。
結局学校は休校となり、明日より授業が再開と言うことになった。
が、問題が片付いたわけではない。
これから貴族間同士の抗争に学校は巻き込まれる。その事実が先生を憔悴させていた。
「先生、ロキ先輩の事なのですが」
すると先生は露骨に嫌そうな顔をした。
昨日の態度とはうって変わって冷たい反応だが、仕方がない。
先生の目の下のクマが、彼女の心理状態を如実に表している。
彼女も今、追い詰められているのだ。
「わかってるわ! マイシィちゃんの事でしょ。もう、これからまた会議だからそのあとに───」
「ロキ先輩は、やってません」
先生は、ハッとした表情で私を見た。
「やってません」
私はもう一度、強く、はっきりと告げた。
「どう……して。あなたたち、対立していたんじゃ……」
「そうです、対立しています。ですが、問題が大きくなって得をする者は私たちの中にも、クローラ様一派の中にもおりません。ですので、実は水面下で協力して調査をしておりました。その矢先に襲撃事件が起き、ロキ先輩が逮捕されました。これはどう考えてもおかしい」
私はかなりの嘘を織り交ぜながら、めっちゃ早口でまくし立てた。
「そ、それで。カンナちゃんはどうしたいの?」
私はしばし目を閉じ、すぅっと息を大きく吸い込んだ。
そして、
笑った。
「あっはははははははははははははははははは!!!」
「な、なに───を……」
私は頑張って感情を抑えようとしたが、どうしても口角が吊り上がってしまって無理だった。
何故って、私のやりたいことが見つかったからだ。
犯人を見つけたら、どんなことをしてやるか決めたからだ。
「先生、私さっき新聞部の部室に行ったんですよぉ」
「え? か、鍵もないのにどうやって」
鍵なら持っている。アロエを辱めるために撮影機を拝借したからな。
「それで、面白いものを見つけたんですよー」
そして、私は懐にしまってあったあるモノを取り出した。
それを見止めた瞬間、先生の顔が驚愕に、焦燥に、羞恥に染まる。
「じゃじゃーん! 先生の、行為中の写真でぇぇす! あれれー? おかしいぞー? この写真に写っている男性の手首に、銀の腕輪が巻かれているぞー? 結婚した人じゃないと付けられない決まりなんじゃあ?」
「ちょちょちょ、カンナちゃん! 声が大きい! え? え? なんでそんなものが──」
こいつは偶然にも撮影機を拝借する際に見つけてしまったものだ。
撮影機を持ち運ぶための袋か布を探していた時に、引き出しの中に大量にしまわれていたものの一枚を拝借しておいた。
絶対何かに役立つと思ったからね。
「写真部の顧問て、語学教師のあの人ですよねー。あの人も既婚者だし、この写真の男性と同じで手の甲にホクロがあった気がするなー」
「わかった、わかったから! 私に何を……させたいの?」
どうしよう。ニヤニヤが止まらない。
「先生にさせたいことですか? まずは職員会議をできるだけ長く引き伸ばしてください。そうですね……少なくとも数日、できれば今年いっぱいは結論が出ないようにしていただきたい。それと、クローラ様も含めてどちらか一方に不利益な処遇を与えられそうになったら、全力で防いでください」
「ええ、わかった」
「それから……」
こちらの方が重要だ。
「私はたぶん、これから重篤な罪を犯します。その時は、守ってください。“この子は本当に優しい子なんです、こんなに素晴らしい子なんです”って泣きついて、私を庇ってください」
「カンナさん、あなた……」
私はそれ以上は何も言わず、軽く会釈をしたのち先生に背を向けて歩き出した。
前だけを見据えて、歩いていく。
友人たちを傷つけた奴に、復讐するための道を。




