入学編22話 一晩中?
犯行時刻は絞り込まれた。十弐ノ月の二日、午前の授業中だ。
「つまり、あの日の授業中に、教室を抜けて出歩いていた人物が怪しいということですね」
「その通りです。私たちもその線を考えてすぐに動きたいと思ったのですが……騒動が予想よりも大きくなってしまって、身動きが取れなくなってしまったのです」
フェニコール家とストレプト家の学校内抗争だなんて噂されていたからな。
「加えて貴女ですよ。私たちはそれでも昼食後に一斉に聞き込みに行こうとしていたのに、突然会議室に入ってきて!」
「……申し訳ありませんでした、クローラ・フェニコール様」
私は体が動かせないので、心の中で最敬礼をしておいた。
「結局、カンナちゃんが行動に出ている以上、私たちも動けば変な勘繰りをされるかもしれないと、その日の調査は実施しないことになりました。その後も調べてはいるのですが、やはり三人だけでは人手も足りませんし、時が経つほどに皆さんの記憶も薄れていってしまいますし……」
だったら事情を私たちに打ち明けて、一緒に調査すれば……と思ったが、やはり家柄が邪魔してしまい、言い出せなかったのだろうことは容易に想像できた。
だいたい、クローラの態度が良くないのだ。あんなに横柄な態度で対峙されたら、こちらだって身構えてしまうし、敵だと認識してしまうのは当然だろう。
ずっと、今みたいな態度なら、誰もクローラのことを嫌ったりはしないだろう。
クローラは美人だから、ファンクラブだって自然にできたに違いないのだ。
「そう言えば、初めて会った時……その、学校で初めてお会いしたカフェテリアで脅しみたいなことを言ったのは何故ですか?」
「……? そんなこと、言ったかしら」
あれれぇ? 覚えてないんだこの人。
ロッカー事件の時も、その時の発言を引き合いに出していたような気がするのだけど。
「ああ、あの忠告の事ですか。脅しのつもりは全くなかったのですが、そう受け取られてしまいましたか」
「忠告ですか」
「ええ。貴族ですから、誰に恨みを買うかわかりません。自分自身に原因はなくとも、家の事情から恨まれている場合もあります。ですから注意するようにと言いたかったのです」
言い方は悪かったが、クローラなりの心からの心配だったのだ、あれは。
「……本当に、私たちは勘違いばかりでしたね」
「そうね。もう少し、こうやって話せていたら良かった」
なるほどね。これでクローラから見た視点での事件の整理はできた。
……いや、できてない。
「マイシィ親衛隊の件はどうなっているのですか?」
クローラは首を横に振った。
「それが、全くわかりません。私達には犯人の予測すらできていないのです」
参ったな。予測すらできていないとは。
プレゼント事件とロッカー事件が別個の事象の重なりであったように、ロッカー事件の犯人と、襲撃事件の犯人も別の可能性がある。
私は同一人物だと思っていたけど、いろいろな人から話を聞けば聞くほど、複雑な要素が絡み合っているとわかってきた。
加えてロキが妙な態度をとるから、もう何が何だかって感じになってしまったのもある。
結局、ロキは襲撃事件の方にも関与していないということだろうか。
「ロキ先輩は、どこまでが本音でどこまでが嘘だったのですか」
私はずっと平伏しっぱなしの本人に質問を投げかけた。
ロキは体を起こして私の質問に答えようとしたが、すぐにクローラから「伏せ」を指示されて、顔を下ろした。ちょっとかわいそう。
それから、その平伏姿勢のまま経緯を話し始めた。
「私は襲撃事件には全く関わっていない。今日のアレは、お前の考察がほとんど当たっていたよ。私のつまらない功名心がすべての原因だ。マイシィを利用すれば、私の力も増すと思ったんだ」
それを聞いたクローラがチッと舌を鳴らした。マイシィのファンである彼女からすれば、ロキのした行動は到底許せるものではないはずだ。
私だって同じ気持ちだ。
「だが、私は復権派貴族全体の中でのし上がりたいのではない。クローラ様のお考えを尊重したいだけなんだ。そこは、わかってほしい」
「クローラ様の考え?」
「中央貴族の、全派閥の解体だ」
中央貴族の派閥。
それはクローラと関わりを持つようになった時期に父に尋ねたことがあった。今までは辺境の地でのらりくらりとやっていたので知らなかったが、中央の貴族連中の中には大きく三つの派閥があるらしい。
一つが、穏健派だ。大雑把に言うと、“今まで通りの暮らしを、成り行きに任せてしましょうよ”といった考えの事だ。
この中に国王派も含まれる。国王の考えである、“すべての階級の人が平等に魔法教育を受け、個人個人の力を育てていけば、国は豊かで強くなる”という方針を維持しようというグループだ。
先王の活躍で国の方針はそちらに傾いているから、実質的に現状を維持するという穏健派のいちグループと言える。
そして数は少ないものの、根強いのが復権派だ。
貴族の強い権限を取り戻そうという連中であり、元々貴族階級の特権であった魔法技術について、“平民格に奪われた”という意識を根底に持っている。
一方で“平民は貴族が守るもの”という意識も根強いらしい。
皆で強くなるのではなく、一部の人間が権力を強力に保持し、その代わり権力者は弱者を守り抜く責務を負うという昔の考えだ。
そしてさらに数は少ないものの、最も過激なのが“帝国派”である。
元々ダイノス魔法国は近隣三か国を含む広大な領土を持つ帝国だった。それが、迎ノ週に周辺国を侵略したというルール破りのせいで全世界を敵に回し、滅ぼされた上に3つに解体されるという歴史をたどった。
その帝国をまさに復活させようという連中が帝国派である。
「クローラ様は、復権派では?」
「違う。私やイブ、フェニコール家が復権派なのであり、クローラ様個人は派閥解体を究極の目標にしているんだ」
「基本的な考えは復権派で合っていますわよ。ただ、真に貴族が強い力を持つには、貴族間の争いは足枷にしかならないと思っているだけです」
クローラの考えは理解できた。共感するかと言われれば少し難しいが、理想として掲げる分には良いと思った。
「良かった、ロキ先輩が小児性愛者と言うわけではないのですね」
「……そんな風に思っていたのか」
いや、誰だってそう思うだろう。
十一歳の女の子に対して、十七だか十八だかの男子が“愛している”だとか“好きだ、結婚してくれ”なんて愛を語っていたのだ。
……思い出すとなんかキャー///ってなるのは私がやっぱり女の子だからだろうか。
「貴族の社会では九歳の女の子が嫁に出されて孕まされる、なんてこともあるくらいだからな。あのくらいは普通だ」
「──ま。マイシィちゃんを傷つけたのは許せませんが、やり方としてはよくある駆け引きと言ったところですわね」
そういうものなのか。なんだかいよいよ黒い世界なんだな、貴族って。
……私も貴族だったわ。
「話を元に戻すが、私はストレプト家とクローラ様の橋渡しができればと思っていたんだ。ストレプトの立場を考えても、将来的に復権派と合流しやすくもなるからな」
「私に嘘をついて戦ったのは何故ですか」
ロキは体を起こして、真剣な面持ちで私の目をじっと見た。
今度は、クローラは何も言わなかった。
「お前を試してみたくなったんだ、カンナ。お前はその年齢にしてはありえない知識と頭の回転、魔法のセンスを持っている。きっと飛び級があった時代ならば、私と同級になっていてもおかしくはないと思う。だから、今後のクローラ様のために、お前がどれくらい使えるのかと気になったんだ」
「……ちょっと上から目線なのは気になりますが、わかりました。それで、私は合格ですか?」
ロキは少し考えてから、
「お前は強いが……きっと誰にも従わないと思った。我が強すぎる。協力関係にはなるかもしれないが、仲間にするのは無理だと判断した」
「──そうですか」
我が強い、ねぇ。
確かに私はやりたいことをやって自由に生きていたい人間だ。
誰かに従うのは正直好きではないから、確かに仲間にはなれないだろう。
思想も少し違うしね。
でも、友達にくらいならなれるのではないだろうか。
クローラの優しさも理解した。ロキの魔法もすごかった。
もっといろいろなことを教わりたいし、もっといろいろな話を聞きたい。
派閥とかそんなものは横に置いておいて、学校にいるときくらい仲良くしたいものだ。
──
─
「さて、今後の方針を話し合いましょう」
クローラはぱんと手を打ち鳴らした。
部屋には私と、クローラと、ロキと、それからマイシィたちを送り届けてきたというイブ──ロキの双子の姉である、イブリン・プロヴェニア──が戻ってきていた。
どうも私とロキの戦闘音はかなり響いていたようで、イブとクローラは様子を見に来ていたらしいのだ。そこでロキに敗北した私を発見し、ロキを問い詰めたのちに私を学校に運んで治療したという流れらしい。
「私は下僕の会の連中を使って、十弐ノ月の二日の二限目に授業を抜けた人物がいないかを探らせます。大人数で聞き込みができますから、すぐに結果はわかると思います」
私がそう言うと、イブが続けた。
「では、我々は襲撃犯の捜索ですね」
マイシィ親衛隊襲撃。目下これが大問題である。
学校側は貴族間抗争が原因で起きた事件だと思っているし、事態を解決させるためにマイシィの転校まで話が及んでいる。
学校側に私たちの関係に問題がないことを打ち明けられれば良いのだが、それが容易でない事情もある。
それが、復権派の切り札と呼ばれている長身姉弟の存在である。
「はっきり言って私はどうだっていいのです。子供の頃ノイド家に遊びに行ってたくらいですよ? “実はマイシィちゃんやカンナちゃんとは親しくしてます”なんて言ったって、影響はそこまでないですわ。奔放なお嬢様だ、と思われて終わりです」
ロキが言う。
「私たちが問題なんだ。格は復権派の中では下の方だが、戦闘能力を買われている分、縛りがきつい。万が一国王派に付いたなんて噂が立てば、中央では大論争が巻き起こるだろう」
そう、実は彼らの行動の枷になっていたのはフェニコール家の立場ではなく、姉弟の復権派内の立ち位置に問題があったからなのだ。
だから既に学校内で問題が起きてしまった以上、私たちとクローラ一派は表面上関わりがないようにしながら問題を解決する必要がある。
その糸口が、見つからない。
「ロキ先輩は男子寮ですよね。夜中に物音などはしなかったのですか?」
私はこの質問をして、のちにちょっと後悔することになる。
「……ロキはその時、男子寮にはいませんでしたの」
「どうしてですか」
「……その、私の所に」
へ? どうしてロキがクローラの所に? 女子寮ですよ? 真夜中です……よ?
「一晩中……」
ひ と ば ん じ ゅ う ! ?
いや、待て。オーケー、冷静になろう。
こういう時はアレだ。一晩中陣牌に興じていました、とかそういうオチなのだろう。
ちょっとイケナイ関係を想像してドキドキしてしまったではないか。
まったく、勘違いさせないでくださいよー。
「……みなまで言わせないでください、恥ずかしいっ!」
「く わ し く」




