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入学編20話 雷鳴裂光

「どういう意味ですか」

「そのままの意味さ。マイシィのロッカーを荒らし、大切なペンダントを破壊して傷つけたのは私だと、なぜ思わない?」


 ロキは無表情に言う。マイシィに見せた(いつわ)りの優しさも、私やエメダスティに向けた怒りや憎悪(ぞうお)ももはや存在しない。むしろ、黒い感情が()がれ落ちたようなすっきりとした感じだ。黒い感情と共に良いところも全部が()ぎ取られたような、そんな顔だ。嫌な、顔だ。


 このまま何もしなかったら、まずい展開になる。そんな予感がした。

 そこで、私はできるなら伏せたかった情報を出さざるを得ないと判断した。


「マイシィのロッカーに贈り物を入れたのがクローラ様だからですよ」

「え……?」


 そう、アロエから聞いた情報だ。

 マイシィ達には教えるつもりでいたものの、ロキの前では都合(つごう)が悪い。きっとどこから情報が()れたのか見当がついてしまうから。アロエに迷惑が掛かってしまうから。


 でも、目の前のピンチを切り抜けるにはここで明らかにするしかないと思った。

 どんな悪意も、どんな状況もひっくりかえせるだけの戦闘力は、私には無いから。何とか言いくるめるしかないのだ。


「アロエ・フェロックスから聞いたのか。私の名前も」

「なぜそこでアロエの名前が出るのですか?」


 私はとっさに切り返した。さも、アロエからは何も聞いていませんよ、と言う(ふう)にだ。


「ふん、まあいい。後で調べればすぐにわかることだ」


 ロキはそう吐き捨てると、今度はくっくと笑いはじめた。口は笑っているのに目が全くの無感情なところ、クローラにそっくりな気がした。ひょっとすると彼女の動作をトレースしているのか?


「カンナ・ノイド」

「……何ですか」


 態度とは裏腹に、極めて冷静な声色で名前を呼ばれた。嫌な予感がする。


「クローラ様……いや、クローラの贈り物だからこそ、私が破壊したんだよ」

「!? どういう……」


 瞬間、私は飛びのいた。何か背筋(せすじ)に嫌なものを感じて、反射的に体が動いたのだ。

 いや、動いてくれて助かった。

 私の鼻先を触れるか触れないかくらいのギリギリの位置を、剣先がかすめ通ったのだ。


「よく避けたな」

「ハァ……ハァ……!」


 ヤバい。

 コイツは、ヤバい。


 私の脳内がしきりにアラートを鳴らす。

 危険だ、逃げろ、と。


 この男は殺す覚悟のあるやつだ。


 正直、曲がりなりにも貴族であるため、平気で人を殺すことはないと思っていた。

 だからどれだけ挑発しても、せいぜい殴られたり()られたり、ちょっとした魔法でやられたりくらいだとナメていた。


 だが、今の剣筋(けんすじ)は何だ。

 儀礼(ぎれい)用の、刃のない装飾用の剣のはずなのに、空気ごと切り裂くようなプレッシャーを感じた。

 ()けていなかったら下から上に切り上げられて死んでいた。


「カンナちゃん!」

「来ないでマイシィ!!」


 マイシィが駆け寄ろうとするのを、声だけで制止する。

 正直マイシィの方へ眼をやることも難しい。奴の動きを見極めなければ、即死だ。


 だが、このままではいずれ死ぬ。

 少なくとも私とエメダスティは殺されるだろう。マイシィはどうだ? 見逃してくれるだろうか?


 いいや、ダメだ。最悪を考えなければ。


 私がロキだったら、殺す。全員殺して、そして野盗(やとう)にやられたように細工(さいく)する。これが一番問題が起こりづらいからだ。


「やはり儀礼(ぎれい)用では鞘走(さやばし)りが悪いな。イブならもっとうまくやるだろうが」


 ロキは剣を収めた(さや)を腰から外し、足元に放り投げた。白い外套(がいとう)をも脱ぎ捨てて、身軽な格好になる。とても寒そうだ。


「色々とお前の思い違いを訂正していこうか、カンナ・ノイド」

「思い違い……だと?」


 ロキはパキパキと指を鳴らした。


「まずはマイシィの事だが、確かに私は彼女を利用する気でいた。それは認めよう」

「──ッ」


 マイシィが悲しそうな顔になる。別にロキの事が本気で好きになったわけではないだろうが、裏切られたことがつらいのだ。


「しかし……今後彼女を愛し、幸せにするつもりはあった。これだけ美しく、そして(もろ)い娘だ。嫌でも庇護欲(ひごよく)()き立てられる。だから半分は本気だったと言っておこう」


 マイシィが、(もろ)いだと?

 あの子は強い。強いはずなんだ。


「それから、お前は私が復権(ふっけん)派の下っ端だと思っているらしいが、それは違う。確かに姉、イブには(おと)るところは多いが、戦闘面では正当な評価を受けている。私たちが何と呼ばれているか知っているか?」


 知らない。知っていたら、名前ごときであんなに苦労はしない。


復権(ふっけん)派の切り札、だ」


 直後、ノーモーションで突っ込んできたロキの()りを、両腕のクロスで受け止めた。

 私の小さな体は完全に勢い負けしてぶっ飛ばされる。


「い゛ィ───ッ!?」


 腕の骨がミシミシと(きし)み、私は思わず悲鳴を上げた。

 そしてろくな受け身も取れないままに雪の大地に転がった。

 すぐに追撃される予感があったため、痛みを我慢して風魔法で自分自身を吹き飛ばす。

 刹那(せつな)のタイミングでロキが地面に腕を突き立てていた。


「ほぅ」


 私は吹き飛ばされるさなか、自分の出せる最大火力をぶつけるつもりで炎魔法を繰り出した。


焼夷弾(ナパーム)!」


 山小屋程度ならすぐに燃やし尽くしてしまうほどの高出力の炎の柱を、ロキの方へ噴出(ふんしゅつ)させる。

 空中でもんどりうちながら手掌(しゅしょう)で放ったせいでに多少のブレはあるだろうが、しかし確実にロキには当たったはず。

 私は炎の勢いでさらに遠くへ飛ばされる。相手を攻撃しつつ、距離をとる。これは作戦通りだ。


 着地後すぐに側方へと駆けた。

 あの炎ぐらいでロキが倒れるとは思えない。必ずまた攻撃してくる。これは確信だ。


 だとすれば、少しでもマイシィとエメダスティから遠ざけなければ。

 自分が距離をとれば、ロキも自然と彼らから離れるだろう。


 と、思った次の瞬間。


「甘い!」


 (わき)から腕が伸びてきて、私の左腕を掴んだ。

 ロキは私の移動する方向を予測し、水を(まと)った状態で炎の中を突っ切ってきたのだ。

 それが理解できた瞬間、ドン、と体の中を衝撃が駆け抜けた。

 私は全身が硬直した状態で地面に倒れ伏した。


 なにが、起きた。


「さすがにこれくらいでは死なないか、カンナ・ノイド」


 ロキが地面に転がる私を見下ろしている。

 私はロキの指が時折パチパチと光を放っていることに気付いた。

 光魔法ではない。光だけならばあんな音はならない。あれは、その光が帯びた熱量によって空気が膨張(ぼうちょう)し、破裂した音だ。


「雷……魔法……!」


 ロキの指を流れるのは電気だ。

 あの、大雨の時に見られる雷のような存在だ。


 私がカインにいろいろな魔法を教わった時も、雷魔法だけは理屈が分からずに扱うことができなかった。なんとなく電気の存在についてはわかったが、それがどのような物質なのか、どんな性質なのかが理解できない。

 それを、ロキは自在に使えるのか。


「電気を食らうのは初めてだろうな。どうだ、何もできないだろう。人間の筋肉も電気信号によって動く。だから、電撃を食らえば、本来脳から筋肉へ伝わるはずの命令が上書きされて、全身が硬直するんだ。何もできずに死ぬ。だから、雷魔法は最凶(さいきょう)なんだ。わかったら───」


 ドン、と体に衝撃が走った。

 再び体に電撃を食らい、筋肉が硬直したのだ。

 そしては私は、


 ──ロキから距離を取って構えた。


「なっ!?」


 ロキは驚いていた。

 そうだろう。横たわっていたはずの私が急に跳ねて十メートルも後方に飛び下がったのだから。


 ……私は、自分自身に雷魔法を使ったのだ。


 全身が痛い。脚なんかちょっと()げている。

 だが要領はわかったから、次は失敗しない。

 どのくらいの電気をどの部位に流し込めば、筋肉がどう動くかのイメージは、できるようになった。


「まさか──雷魔法を真似(まね)したのか!? すぐに覚えて、応用したのか……いや……」


 ロキは驚愕(きょうがく)のあまり、眼を見開いたまま固まっている。

 私が雷魔法を短時間で修得したのを見たから、だけではない。


「おまえ、私がどうやって動いているのか、見ていたな……!? 筋肉の動かし方までコピーしたな!?」


 正解だ。ロキははじめからおかしな動きをしていた。ノーモーションからの飛び込み、圧倒的なスピード、これらは自身に電撃を放っていたから起きた現象だ。

 筋肉に、通常は流れないくらいの過電流を流し、強制的に限界値以上の動きをさせていたのだ。

 もちろんそんなことをすればすぐに筋繊維(きんせんい)がボロボロになって身動きが取れなくなってしまう。だから、同時進行で治癒(ちゆ)魔法も使い続けているのだ。


 天才だ。ロキは天才だった。

 普通はそんなに魔法を行使したら精神が持たない。すぐに()り切れてしまう。

 それを強烈なイメージ力をもって複数系統の魔法を同時行使しているのだから恐れ入る。


「お前は一体」

「ふふ、昔から魔法は得意だったんだよ」


 私は子供の時から、一度見たものは大体魔法で再現できた。体験したものをすぐに想像する力に長けているから。

 ほとんどは劣化(れっか)コピーになってしまうのが玉にキズだが、小手先の事なら真似(まね)できてしまう。


「──どうやら私はまだお前のことを侮っていたらしい。すまない」


 ロキはそういうと、腰を落として左手指を貫手(ぬきて)の形にそろえた。


 刹那(せつな)


 ロキの周りを(まばゆ)い光が(おお)った。

 バチバチと音を鳴らしながら、無数の光の線が空中を()ぜまわっている。


「全身から雷が……!!」


 エメダスティが思わず叫んでいた。


 そうだ、これはロキの全身を包む雷の集合体。

 自然界ですらこんなに大量の雷は見たことがない。

 このような物理現象を、普通の人間に扱えるものか、いや、扱えない。

 それもいとも容易(たやす)く現出させ、操るロキは一体何者なのだろう。


 ロキの最大火力。私の息の根を止めるために、彼が選択した最良の手段。


「雷雲よ、吸い上げろ、渦を巻いて、その体に電荷を満たせ! 雷鳴裂光!!」


 私はロキから放たれた光に貫かれて、そのまま意識を手放した。

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