入学編17.5話 幕間「馬車のおじさん」
「鉄道とかどうでしょう?」
「おお、鉄道魔動車ね! 面白い発想だねお嬢ちゃん」
「たしか、マムマリア王国でそういう研究が進んでいるらしいぞ」
「ええー、天才的な発想だと思ったのに、もう研究されてるんですね」
私は今、知らないおじさん達と公共交通機関についての談義に花を咲かせていた。知らないおじさんというのは、私が名前を覚えていないという意味ではなくて、本当に今日この場で初めて出会った人達だ。
ここは、乗合馬車の中だ。私の頭の中には“バス”という単語が思い浮かんでいるのだが、これを他の人に言っても通じないのが不思議である。
さて、なぜその馬車内で初対面の人と会話が弾むかといえば、雪の影響で馬車が立ち往生を繰り返し、予定よりも長い行程になってしまっているからだ。
中途半端に雪が溶けたせいで道路はかなりぬかるんでおり、馬の足が何度もとられていた。路面状況によっては雪を避けたり、氷に砕石を巻いたりと何かしらの対応をしなければならないので、どうしても速度は落ちる。私は予定時刻の二倍はかかるとふんでいたが、やはりそのくらいになりそうだ。
行程が伸びれば、乗客達によるお喋りが加速する。暇だからだ。
議題は、「雪の日でもスムーズに進める交通機関は何か」である。
私は鉱山で使われるような鉄道を、魔動車の仕組みを用いて平地でも動かせるようにし、かつ大型化できないかと提案した。
馬車や魔動車が天候の影響を受けやすいのは路面が悪いからであり、かと言って石畳で舗装するには手間もコストもかかる。鉄道は線路幅の整地だけで済むし、鉄のレールならぬかるむことも無い。
もちろん、ただ二本のレールを敷くだけではなく、バラストや枕木もいるので手間はそれなりにかかるだろうが、それでもメリットの方が多そうだ。
「お嬢ちゃんは本当に魔法学校一年生かい? 大人顔負けの知識と発想だよ」
「結局二番煎じじゃ意味ないですけどね」
「いやいや、マムマリアの研究を知らずに思いつくのはやはり凄いよ」
おじさん達がしきりに褒めてくれる。
ここは素直に喜んでおくか。
「えへへ、ほめられちゃった」
今、全員がキュンってなったろう。
こうやってたまに子供らしいところを見せないと気味悪がられることもあるからな。
「魔動車じゃなくて、馬車を鉄道で走らせたら良いんじゃないか?」
ひとりのおじさんが発言したことで、再びこの議題が展開、白熱した。
「いやいやそれじゃあ意味がないだろう。魔動車のパワーを活かすための鉄道だろうに」
「だよなぁ。コストだけ考えちゃダメか」
うーむ、鉄道馬車か。発想は悪くないと思うんだよな。
私も議論に加わることにしよう。
「でも、天候に左右されにくくなるのはメリットですよね。専用の軌道を用いるので、乗合馬車の道路使用率が減ってタクシ……辻馬車の活躍が増えそうです」
おじさん達がおお、とどよめいた。
「地区間輸送を鉄道馬車に移管して、駅からは辻馬車を活用した地域内の交通網を作るのはどうだ?」
「辻馬車にこだわる必要はないさ。地区内を巡回する乗合馬車もアリじゃあないかな」
「なるほど、交通機関ごとに役割を持たせることで、より移動や輸送の効率が上がるのか……」
おじさん達は大興奮だ。私のアイデアが彼らの暇な時間を有意義な時間に変えられたのだから鼻が高い。
しかし、私の興味はもうすでに別のところへ移っていた。
(早くマイアに着かないかな……)
なんとなく、マイシィの顔が見たくなった。
マイシィに会って、思いっきりキスをしてやりたかった。
(アロエと浮気しちゃったしな……)
無論、これは行き過ぎた友情と、恋愛感情と、自分の性癖を区別できない十一歳女子の独特な感性が織り成した感覚であり、本来の意味での浮気とは違う。
でもこの時の私は、アロエとの関係がマイシィを傷付けるのではないかと無性に怖かったのだ。だから同じことをマイシィにしてあげないといけないと思い込んでいた。
──
─
後日、マイシィのファーストキスを奪い、思いっきりぶん殴られたのはまた別の話である。
また、この時乗り合わせたおじさん達が鉄道馬車網を拡大させ、ハドロス領を発展させる礎を築き、鉄道馬車事業で蓄えた資金により、他国に先んじて魔法国に鉄道魔動車が誕生するのも別の話である。




