入学編16話 外道に堕ちる
撮影機を盗み出す算段はあっという間に立てられた。というのも、新聞部が最新の撮影機を所有している事は知っていたからだ。
現在校内には一部区画を除いてほとんど人がいない。生徒や教師は全員講堂にいるか、帰宅準備を進めているか、あるいは事件現場周辺で保安隊や救命医療班と何かしらのやり取りをしている。これだけ動きやすい状況もなかなかないのではないか。
職員室には人がいないタイミングがいくらかあった。保安隊員とのやりとりや職員会議の準備など先生達は慌しく動いていたから、職員室への出入りは多くても、常駐している先生は皆無だった。
故に目を盗んで中に潜入さえできれば、鍵を拝借するのは容易だった。今日以外だったら到底無理なミッションだが、運が良かった。
そうして手に入れた鍵を使って写真部室へ侵入、私は難なく高価な最新型の撮影機を入手した。それとは別に、今後役立ちそうなアイテムがあったからいくつかを手に入れる。
私は機材が見つからないように手頃な大きさの布で包んで結び目を作り、手でぶら下げて歩けるようにした。準備は万端だ。
──
─
次に私は校門の前で何人かの生徒に声をかけ、コリト地区へ向かう馬車に便乗させてくれないか頼んだ。コリト地区はマイア地区よりもずっと西にある場所で、大きな汽水の湖のほとりに存在する。アロエやリリカの出身地である。
直接コリトに向かう生徒は殆どが帰ってしまっていたようだが、近くまで便乗させてもらえる馬車が見つかったので遠慮なく乗せてもらうことにした。
たまたま、私にアロエの情報を提供してくれた黒髪ロングの同級生が乗り合わせていた。しかし私と関わりを持ちすぎるのは良くないと思ったのか、話しかけてくる事はなかった。私もそれでいいと思う。
さて、馬車を途中下車させてもらうと、コリト地区までは魔法の力を借りた。すなわち風魔法で追い風を作り出しながらの全力疾走。流石に風を纏って飛行するなんて芸当は私にはできないのでこれが精一杯だ。
しっかし、雪の積もる日にやるものではないね。私の体の前半分が樹氷のように氷漬けになってしまったよ。
途中、路地にて炎魔法を使って暖をとりながらアロエの家へと急いだ。
アロエの家は酒場を経営しているらしく、アロエは何度かお店の宣伝活動みたいなことをやっていた。ただの自慢話が宣伝になっているというだけなのだが、その情報はアロエの家を特定するのに役立つはずだ。
店の名前は覚えていない。覚える必要がないと思っていた情報だからだ。しかし外観などは嫌でも記憶させられるほど話に聞いていたので、“猫の看板の酒場”という情報を頼りに聞き込みを行い、ついに店に辿り着いた。
店はまだ営業前だったが、入り口の鍵は開いていたので入れさせてもらう。
「ごめんください」
「ごめんなさい、まだ仕込み中で──あら?」
店の奥から年若そうなおさげ髪の女性が現れた。髪はブラウンに少し桃色が混じったような感じだし、背もずいぶん高いが、見るからにアロエの親族だとわかった。顔がそっくりである。
「突然すみません。アロエちゃんのクラスメイトのカンナと申します。実は、アロエさんがロッカーの鍵を落としていかれたのでお届けに参りました」
私は満面の笑みで、女性に告げた。
ロッカーの鍵の件は、もちろん嘘だ。念のため職員室で拝借した空きロッカーの鍵を持ってきてあるので、それを見せれば嘘だとバレる事は無いだろう。
「あなたがアロエのよく話してたカンナちゃん! 本当に可愛いね」
「お褒めにあずかりありがとうございます」
「よくここまで来たね、寒かったでしょう?」
「いいえ、途中まで馬車に乗せてもらいましたし、炎魔法は得意なので寒くはありませんでしたよ」
ここでも嘘をついた。嘘というか見栄なんだけど。本当はものすごく寒かった。
女性は私に腰掛けるように言うと、店の奥に行って暖かい薬湯を入れてくれた。
遠慮する私に、せっかくだからと強く勧めてきた。
ここからしばらく身の上話を聞く。
彼女はアロエの姉であり、今は亡き両親の跡を継いで酒場の経営をしている事。仕事が忙しく、アロエに構ってやれないので嫌われてるんじゃないかと心配している事。
私がアロエが学校で酒場の自慢をしている、と教えてあげるとお姉さんはすごく喜んでいた。
「お家はお店とは違う場所にあるんですよね?」
「そうね。自宅はこの通りをずっとそっちに行って、一つ目の角を左に入ったところよ。カンキツの木がある家だから、わかりやすいと思うわ」
「わかりました。行ってみますね」
私は椅子から立ち上がると、お姉さんにお礼を言って店を出た。
はじめ、
「鍵は預かっておくから、お家に帰った方がいいんじゃない?。事件の犯人も捕まっていないんでしょう?」
と言われたものの、アロエに話したいことがあると言って納得してもらった。
今から妹さんに酷いことをするかもしれないと知ったら、お姉さんはどう思うのだろうね。
さて、言われたとおりに歩くとカンキツの木が見えてきた。目的地、アロエの家だ。
ドアノッカーを数回鳴らし、私は彼女が出てくるのを待つ。
一分ほど間が開いたものの、アロエはついに私の前に姿を現した。扉を開けたとき、私に気が付くとアロエは目を真ん丸にして驚いていた。おさげ髪は解いた後のようで、髪に癖がついてウェーブがかかっていた。
「カンナちゃん? どうしたの、こんな時に───」
「緊縛」
私は問答無用で氷魔法を使った。アロエの両手首と両足首を氷で縛ったのだ。
「!? ───ウグッ」
アロエは玄関先で倒れ込む。私は家の中に入ると、扉を閉めて鍵をかけ、念のため氷魔法で封印しておいた。
アロエの表情は恐怖と言うよりは困惑だ。自分がなぜ攻撃されたのか分かっていない様子。
「なに、を」
「アロエ、あんたマイシィに何をしたの」
その瞬間、彼女の表情は一気に青ざめる。唇がわなわなと震え、よく見ると手の指先も小刻みに揺れているのがわかる。
──動揺。
何か事情を知っている者でなければここまでの反応は見られないはずだ。彼女は私の怒っている理由に、ちゃんと心当たりがあるのだ。
良かった。これで心置きなく責め立てられる。
「ち、ちがっ……あ、わたっ……ウチはうがああああああアア!?」
私は氷の圧力を一気に強めた。
四肢の末端が鬱血し、紫色に近づいていく。
アロエの顔は既に涙やらよだれやら鼻水やらでぐちゃぐちゃだった。
「ヒィ──ヒィ──ッ」
アロエは私から逃れようと、両手足が拘束されたまま芋虫のように体をくねらせ始めた。しかし氷が床板に張り付いており、一向に前に進まない。
私は彼女の顔の前にしゃがみこんで、彼女の髪の毛を引っ張り上げた。
「少し、お話しようね、アロエちゃん♪」
私は満面の笑みでそう言った。
***
お外は今も雪がちらついているけれど、お昼ごろになると、雲と雲のあいだからお日さまの明かりが差し込むようになってきました。
おうちの屋根の上みたいに、お日さまの光をたくさん浴びているところの雪は、もういくらか溶けはじめています。
お向かいのおうちなんて、屋根からたくさんの雪解け水が、蛇口をひねった水道のようにキラキラと流れ落ちています。
ここ、フェロックスのおうちの窓は霜がとけて露になり、落書きだってできちゃうの。
街じゅうの色々なところから、ぽたぽたと垂れる水の音がリズムを奏でて、なんだかとても良い気分。
お日さまの光は天使のはしご。
まっしろな地面やまっしろな庭木、まっしろな家々に照り返されていてとても明るいの。
「わあぁ! なんて美しいのでしょう」
なんだか、世界中から祝福されているように感じます。
とっても幻想的で心の中までまっしろにお洗たくされるようです。
「ねえ、見て見てアロエちゃん! お外がね、すっごくキラキラしてまぶしいんだよ!」
「んーーーーッ」
あのまっしろな世界にとびこんでみたい。
「んんーー」
ふわっふわの雪の上に寝ころんで、私もいっしょに溶けちゃって、私もキラキラの一部になるの。
「んーーーーーッ!」
あれれー?
どうしちゃったのかなぁアロエちゃん。
さるぐつわが苦しいの?
ゆるめてあげようか?
ベッドの上で、まっしろな姿のアロエちゃん。
まるで雪のようせいさんみたいでかわいいの。
私はアロエちゃんのしろい肌にそっと指をはわせて、くせになった髪をなでて、さるぐつわを外してあげて、しずかにくちづけをする。
「んッ……」
お口の中からアロエちゃんを全部すい出すみたいに、いっぱいいっぱいにキスをした。
ぱしゃり。
うふふ、きれいにとれたかな?
きれいにとれてるといいな。
「か……カンナ……ちゃんッ───!」
「んー? なぁにー? アロエちゃん」
かわいい天使のアロエちゃんは、そのやわらかなくちびるから、私にむかってささやいた。
「トイレに───トイレにいかせてぇぇ!!」
──
─
「はぁ? ダメに決まってるだろ」
ベッドの上で、アロエが激しくのたうち回っている。
一時間ほど前。
私は真冬だというのに彼女を水着へと着替えさせ、氷魔法で再び両手首と両足首を固定、ベッドに据え付けた。ただ固定するだけでは芸が無いので、妖精の羽をイメージして、放射状に氷を広げてデコレーションしてみた。
これが大正解で、アロエの白い肌に氷の結晶が映え、大変綺麗な写真を撮ることができた。そして──。
「お、お腹が冷えて……もるぅうう」
こういう効果もある。
私は、やれやれとため息をついた。
「だーかーらー、誰の指示でやったんだって聞いてんじゃん」
「うううぅ……い、言えないんだってばぁ!!」
私はアロエに馬乗りになって、右手で彼女の顔を掴み、頬のあたりに力を込めた。たったそれだけでアロエは怯んだ。彼女はガタガタと震え出し、上になっている私の下半身をも揺らした。
「これ、なんだかわかるカナー?」
私は左手に持つ機械を掲げた。大きめの弁当箱よりもさらに少しだけ大きな箱状の装置。中心に開けられたピンホールと、それを覆うように取り付けられた魔石が、拘束されたアロエの姿を妖しく狙う。
「最新型の撮影機だよ。これでアロエの恥ずかしい姿をたくさん撮っちゃうね。っていうかもう何枚も撮っちゃった」
「うそ……」
私の持っている撮影機は、従来の露光に一分以上もかかる撮影機とはわけが違う。光魔法を組み入れた魔石の効果で、ごく短時間で風景を切り取ることができる。おまけに今までは持ち運びなどできなかった大きな箱が、片手で持ち上げられる程度には小型化している。最新鋭機種なのだ。
私は、新聞部の連中がマイシィ親衛隊を撮影していた時にピンときた。コイツは拷問に使える、と。
「早く言わないとさぁ、アロエの恥ずかしい写真みんなに見られちゃうよ? おまけにはしたなく漏らした写真なんて撮れちゃったら……」
「い、いやああああああ!!」
アロエは泣き叫ぶばかりだ。
「だからさ、ほら。楽になりたいんだろ? 簡単だよ。誰の指示でマイシィのロッカーに細工をしたのか言えばいいんだ」
「ううう、でもそうしたら姉貴の店が……」
「お前の写真が皆に見られても同じだろ? こんな恥ずかしい妹がいる奴の店なんてすぐに潰れるさ」
アロエは口をつぐんだ。
限界が近いのか、もじもじすることすらできずに、細かく痙攣している。
下唇を噛んで必死に便意をこらえる彼女の口に、私は自らの舌をねじ込んで無理やりこじ開けさせた。
「んッ──ん……んん!」
「……ぷはっ。……お前から聞いたって誰にも言わないからさ」
「ほ、ほんと……?」
涙目になって私を見上げるアロエ。
「うん、もちろんだよ。約束する」
「わかったぁ~、いう、いうから……」
とうとう白状してくれるようだ。
良かった。本当に良かった。
ここから先は、本当に人格を破壊するくらいの気持ちで攻めるつもりだったから。廃人になるのが確定するくらいまでには心をへし折る気でいた。ここで折れてくれて本当に良かったと思う。
アロエはマイシィの友達でもあるのだ。私がマイシィの友達を壊したとなれば、きっと私はマイシィに嫌われてしまう。そうすると今度はマイシィを私の元に繋ぎ止めるため、私は全力でマイシィを調教しなければならない。そんなのは理想形ではない。
「カンナちゃぁぁん」
「んー、なぁに?」
「トイレまではこんでェ……もう、むりいぃぃ……」
「マジか」
私は大慌てでアロエをトイレまで運んだ。
一人で運ぶのは無理だったので、肩を貸してあげただけなんだけど。
~~~~~~~ お花を摘みに! ~~~~~~~~
間一髪のところで事なきを得たアロエは、今、暖かな部屋着に着替えた状態でベッドに腰かけている。
そして先ほどまでの異様な光景を思い出し、手で顔を覆うようにして泣き始めた。
よほど恥ずかしかったのだろう、かわいそうに。
一体誰がこんな酷いことを。
「おー、よしよしアロエは頑張ったなぁ」
「うう、ウチの、ウチのファーストキスがぁぁ」
「……え、そこ?」
この子はほんと、時々わからない。




