入学編15話 少女の証言
マイシィのロッカーに物を入れた人物を見つけたと下僕の男は言ったが、本人を捕まえたわけでは無いようで、アロエがおかしな行動を取っているところを目撃した人物がいるということらしい。証言者は中庭にいるという。
念のため移動中にアロエ本人の姿を探したが、既にいないようだ。そういえば朝から姿を見ていないから、学校を休んでいる可能性もあるな。……いや、それは流石にないか。もし休んでいるのだとすれば、タイミングが良すぎる。疑ってくれと言わんばかりではないか。
講堂内は人でごった返しているので、校門の前で張っておき、帰り際を捕まえるのが効率良さそうだ。
「あ、あの子です。あの子が私に打ち明けてくれました」
中庭まで降りてきて、当該人物を確認する。長い黒髪の女の子。何度か顔は見たことがある子だった。念の為校章の色を確認すると、やはり同学年の生徒だった。ただし、私達とは異なるクラスの所属である。
「あ、あのッ! わ、私見たんです……アロエさんが、マイシィさんのロッカーに何かを入れているのを!」
私が近づくのを待たずして少女は叫んだ。表情や仕草から非常に焦っているのがわかる。
「カンナ様、殺気が漏れてます」
「ん、そうか」
どうも私の放っていた殺気というか、怒りの気配にあてられてしまっているようだ。頭頂眼があると、こういう感情の機微を読み取られやすいからある意味考えものだな。
「怖がらせてごめんね。そこ、寒いでしょう? ちょっとそこの角まで移動しよっか」
「う、うん」
私はあえてフランクな話し方を心がけた。相手を緊張させたままでは貴重な情報を聞き漏らす可能性がある。彼女は敵対者ではないのだから、無理に問い詰めるということはしたくない。気持ちよく話してもらえたら、次に有益な情報が入ったときも気持ちよく話してくれると思うからだ。
しかしアロエは駄目だ。もし本当に私に敵対するような行動をしていたとしたら、これは許されることではない。恥辱の限りを尽くしてとことん追い込んでやるまで気が済まない。
「カンナ様。殺気、 殺気」
「あ、ごめんね?」
私はニッコリと笑ってみせた。
私達は雪の積もる中庭を避けて、渡り通路の柱の陰に移動した。理由は先程少女に伝えたように「寒いから」というのもあるが、中庭の中央に近づくほど、非常に目立ってしまうと思ったからだ。
どこで誰が見ているのかわからないから、証言者の身を護る必要もある。彼女が黒幕の誰かさんに逆恨みされて傷つけられるような事態になったら、私の立場が危うくなって困るからな。
「さて」
私は彼女に質問を開始した。
私は少女を柱と壁の合間に立たせると、腕を伸ばして掌を壁に押し当て、彼女に半分被さるような姿勢を取った。外から少女の姿を隠す為でもあり、万が一の時に少女に逃げられないようにする為でもある。
私はお互いの息使いが聞こえるほどの距離まで彼女に顔を近づけて、眼を覗き込むようにして、囁くような美しい声で尋ねた。
「知っていることをすべて話して」
少女の顔がみるみる上気して赤くなるのがわかる。この美しい私にかかれば、たとえ異性でなくとも恋の沼に突き落とすことはいとも容易いのだ。
私はこの必殺の姿勢を、壁に押し当てるように拘束するイメージから、“壁ドン”と名付けてやろう。
「カンナ様、それを後で私にもやっていただけないでしょうか? ハァハァ」
無論、却下である。
閑話休題。
「アロエはマイシィのロッカーで何をしていたの?」
“全て話す”という指示ではどこから話してよいのか分からないかと思い、質問をやや限定的で答えやすいものに変えてみた。少女はやや辿々しい感じではありながらも、その詳細を教えてくれた。
「私が見たのは、何かぬいぐるみか置物のようなものだったと思うんだけど、それをマイシィさんのロッカーに入れてたの」
「どんな形だったかわかる?」
これは、証言者の発言がどのくらい信憑性のあるものかどうかを推し量るための質問だ。ロッカー事件の詳細というのは噂話程度にしか広まっていない。
“マイシィの私物が破壊され、怪我もした。”
“どうやらフェニコール家が関わっているらしい。”
大抵の人間はその程度の情報しか知らないはずだ。
特に騒ぎが大きくなる前、マイシィのロッカーが勝手に開けられ、物が置かれていた事は本人が隠していた事もあり、知る人は少ないのだ。
ぬいぐるみが入れられていたという証言……まずは第一チェックポイント通過、と言ったところか。これで具体的な形まで把握していたら、こいつはアタリだ。
「ごめんなさい、遠くから見ただけだから……形までは」
「そう、なんだね」
うーむ、信用度は八割と言ったところかな。嘘はついてなさそうだが、この子の証言だけでアロエの思惑が判明するという事は無いだろう。
「失礼、私からも質問してよろしいですかな」
「あ、はい。どうぞ、下僕の先輩」
「げぼ……」
“下僕の先輩”。良い呼び方では無いか。よし、この男の事は今後、“下僕の先輩”と呼ぶことにしよう。それすらも忘れる可能性はあるけど。
「そもそも、そこがマイシィ様のロッカーである事を、あなたはご存知だったのですか?」
私も気になっていた。友人であるどころか隣のクラスという薄い関係性の中で、相手のロッカーの位置を把握しているのはどうしてだ。
まさか以前からマイシィに目をつけていて、ロッカーの位置を探っていたという事はあるまい。そんな事をする人間がいるとすれば、そいつは犯人くらいではないか。
すると少女は両手で頭をおさえて、うーんと唸りながら考える仕草をした。なんともわざとらしい動作だが、何というか、様になっているので彼女の癖と捉えよう。小動物的な可愛さがあるし、お姉さんは許すよ。
「なんて言ったらいいのかな」
「焦らなくていいよ。自分の言葉で大丈夫だから」
私は軽くフォローをした。
少女はこくりと頷く。
「私のロッカーってアロエさんのお向かいなの。だから、アロエさんが他の人のロッカーを開けているのを見て、変だなって」
「ああ。マイシィのロッカーではなくて、アロエのロッカーの位置を知っていたんだね」
「そうなの! 誰のロッカーだろうと思って気にしてたら、後でマイシィさんのだってわかったの」
彼女曰く、その時は友達のロッカーにこっそりプレゼントを入れておいたのだと思い、しばらくはそんな出来事があったのも忘れていたそうだ。私が同じ状況を目撃したとしても、やはり同じようなことを考えるだろう。
ロッカーの鍵をどうしたのかという疑問は残るが。
「ちなみにざっくりでいいんだけど、いつの話がわかる?」
「一か月くらい前かな……ごめんなさい、もっと前かもしれないけど、体育の時間だったことは覚えてるよ。ほら、体育と魔法実習だけクラス合同授業でしょ?」
確かに施設を使えるタイミングは限りがあるため、クラスに関係なく一緒に授業を受ける。でもそういうときは大体、私やマイシィ、アロエにリリカ、つまりいつメン四人組は一緒に移動して一緒に着替える。
だから、少女の言っていることには矛盾があるように感じた。アロエがマイシィのロッカーに触れるタイミングがあるようには思えない。
「それって授業の前? あと?」
「……授業中、だよ」
授業中。それならば余計に話がおかしくないか?
「あの……その、私はその時アレの日で、医務室で休もうと思って」
アレの日?
はっ!……ああ、アレの日か。
私はまだ来ていないけれども、月に一回お腹が痛くなると噂のアレの日か!
なんだかたまに話しづらそうにしているとは思ったけど、私だけならともかく後ろに下僕の先輩が控えているから恥ずかしいのかもしれない。
当の下僕の先輩は、おそらくアレの日の意味がわかっていないのか、頭の上に思いっきり大きな疑問符を浮かべていたよ。チッ……これだから童貞は。
「うん、だいたい状況はわかったから大丈夫だよ」
「エェッ!? いまので分かったのですかカンナ様!」
オーケー、お前はちょっと黙っていようか。
要するに、だ。
少女は生理が重くて保健室で休もうと思っていたが、偶然アロエが怪しい動きをしている現場に出くわした。はじめは怪しんだが、後にマイシィのロッカーであることを知り、アロエからマイシィへのプレゼントだと解釈したので気にすることは無くなった。しかしロッカー絡みでトラブルになったのを知り、今になってあの時のアロエの行動が気になった……と言った具合で間違い無いだろう。
思い返してみれば体育の時間中、アロエがお花を詰みに行くことは少なからずあった。本人は苦手な体育をサボるためだと言って笑っていたが、別の目的があったということか。
にしても謎は残る。
まず動機がわからん。プレゼントだとして、何故本人に直接渡さないのか。そして鍵はどうやってこじ開けたのか。何よりカミソリが仕込まれていたことに一番驚いていたのはアロエだった気がする。
……本人に問い詰めるしかないな。軽く拷問すれば吐くでしょ。
「他にはおかしなところとか、気づいたことはある?」
「ごめんなさい、あとはないと思う、私が見たのはその一回だけ」
なるほど。この子の持っていた情報自体はそこまで有益というわけでもなかったか。
しかし情報がゼロなのと一つでもあるのとでは天と地ほどの差になる。これをきっかけにして謎を紐解いていくことは可能だと思う。
「そっか。ありがとう。……あと二つだけいいかな? 今日、話してくれる気になったのは何故?」
そう尋ねると、少女はちょっとだけ瞳をうるうるさせながら目を伏せた。
「今日、あんなことになってたでしょ? ひょっとしたらクローラ様がなにかしたんじゃないかって怖くなって。でも、学校がおかしくなりはじめたのって、やっぱりマイシィさんのロッカー事件からだし、黙っているのもつらくて……」
そこまで言って、感情が溢れて来たのか涙を流す少女。彼女の中でもきっと色々な葛藤があったに違いない。
「ごめんね、つらいことを聞いちゃったよね。」
私は少女の頭を撫でてやった。私に妹がいたなら、こんな感じであやしたりしたのだろうか。まあ、この子は同い年なんだけどさ。ちょっと妹にしたいなーっていう邪な気持ちが芽生えてたり芽生えてなかったり。
そて、最後の質問が残っている。これだけは聞いておかなければ。
「あと一つだけ教えてほしいんだ。ロキ先輩の───」
「あ、ごめんね。それは言えないの」
即答だよ。
即答ですよ。
泣き止んでるし。
てかさっき泣いてたよね?
あれぇ?
「えっと、フルネームは私もわからないんだ。ただ、ロキっていうのは本名の一部で、ニックネームみたいなものだとは聞いたことがあるよ」
初耳だった。
誰に聞いてもロキ、ロキ先輩というから、てっきりロキ・なんとかみたいな感じだと思っていた。だから最悪はこの国の貴族の家系をしらみつぶしに調べていけば何とかなると思っていたのだけど。クローラが自信満々に出してきた宿題なだけある。解かせる気が全く無いのだ。
私は下僕の先輩に目をやった。思いっきり目を逸らされた。
目の前の少女が権力を恐れずに知っている限りの情報をくれたんだぞ。男が逃げてどうする。それでも私の下僕か。
「……ファーストネームは“ロキ”に一音足すだけとは言っておきますね」
なんかヒントくれた。
ありがとう。役に立ってないけど。
──
─
隣のクラスの少女から有力な情報をもらった私は、続いてアロエの姿を探した。
しかし、見つからない。
下僕の先輩が掴んだ情報によると、休校が発表されてから割と早いタイミングで同地区の子たちと馬車に乗りこんでしまったらしい。
私が先生と話をしていた頃合いには帰る準備をしていたということか。今から追いかけるのは困難だろう。魔法を使えば追いつくことは出来そうだが、今から私がやろうとしている事を考えたら、目立つ行動は避けたい。
下僕の先輩は、これ以上は自分も巻き込まれる危険があるからと言って帰っていった。
乗りかかった船だ、最後まで付き合えと言いたくなる気持ちも無くはないが、彼は今回優秀な働きをしてくれた。最優秀賞をあげたっていい。
私は一人、次に打つ手を考える。
やる事は一つ。アロエの尋問だ。
場合によっては彼女を追い込む為に外道な真似をしなければならないかもしれない。
なんとしてでも吐かせる。
その為に有効な手段は……。
「そうだ、撮影機を盗もう」
私は決断した。




