入学編11話 カンナの推理
「──で、先ほどの話と被るんだけど、ニコ兄とマイシィとの関係性に嫉妬しての犯行の線はない?」
兄は首を横に振った。クローラが万が一兄の事をまだ好いていたとしても、他人に嫉妬して危害を加えるような器の小さい人ではないと言うのだ。
……あの人、ファンクラブがあることにすっごいヤキモチ妬いてたぞ?
兄曰く、それはそれ、と言うことらしい。そうか、ファンクラブへのヤキモチは、孤独だった自分との対比が根本にあったのかもしれない。恋愛感情のもつれとは微妙に違うものだ。
では、それらの複合的な感情が原因だとしたらどうだろう。
自分はまだニコルの事が好きなのに、あの人は別の女の子にお熱なの。しかもその子はたった十一歳だというのにファンまで付いているの。なんていう羨ま……下劣な子なの。そんな子にあの人が奪われるなんて……許せない。
──てな具合に恨みを抱いた可能性は。
「そうだとしても、絶対にありえない。正直、ペンダントの件だけなら俺も疑ったさ。でもクローラは血を見るのも怖がる女だぞ。カミソリを仕掛けるなんてことは絶対にしない」
待って、それ初耳なんですけど。
でも、そうか……それならば謎が一つ解けたかもしれない。マイシィが怪我をした時、カインが助けるまでクローラは動こうともしなかった。
──動けなかったからだ。滴る血が怖くて、マイシィに近づくことができなかったんだ。まして血塗れの手を取って治癒魔法をかけるなんてできるはずがないんだ。
「だからクローラ一派が今回の事件に絡んでいるのだとしても、疑うべきは本人じゃなくて、護衛の方だと俺は思ってる」
確かに一理ある。兄の視点から物事を考えるならば、そういう結論になるだろう。
そう、視点だ。いろいろな視点から考えるべきだ。
クローラはあの時、なぜロッカールームにいた? マイシィのロッカーからは見えない位置、一つ後ろの列に隠れるように立っていた。ロッカーの仕掛けを知っていたからか? どうなるのかを見届けるために?
……血を見るのも嫌いな人が、そんな痛々しい成り行きを見守るだろうか。
では、マイシィが扉を開けるのを止めようとした? その前に私に見つかったからタイミングが遅れた、と言う可能性……はないか、それならばマイシィのロッカーの前で堂々と待てばよいだけだ。
ここから考えられるのは。
1.やはりクローラは少なくともカミソリを仕掛けられていたことには気が付いていなかった。何か別の目論見のために隠れていた。
2.血への恐怖は克服しているか、もしくは兄の気を引くためにか弱い女を演じていただけ。そもそも血は平気であり、今回の黒幕である。
うーん……1な気がする。兄の話を聞いた後だからそう思うのかもしれない。
次に、護衛の……特に男の方の視点を考えてみようか。
あいつは事件の時何をしていた? マイシィが怪我をするまでは何をしていたかわからない。
ひょっとすると最初からあの広間内にいたのかもしれない、いや十中八九いたのだろうが、私はあの時周りを気にしてはいなかったからな。気が付いたら奴はやじ馬に混じって遠巻きから私たちを眺めていた。やはり、マイシィを助けようとはしなかった。
それから……私がクローラに敵意をあらわにした時、奴は私の背後まで忍び寄っていたな。ゆっくり歩いてきたのか、それとも目にもとまらぬ速さで背後に回ったのか、なんとなく後者な気がする。何故そんなことをしたのかは、考えるまでもない。クローラを守るためだ。
うーん……なんか一貫している気がする。
クローラを守るために広間で見張っていた。クローラを守るために私をけん制した。
これで全部辻褄が合うような……。
でも、クローラを守るためにマイシィを排除しようとした、という説は成り立たないだろうか。あるいはストレプト家を貶めるために。説としてはあり得なくはないが、証拠がないな。
「結局本人に聞くしかないんじゃねーの」
兄は言う。確かにそうなのだが、話をさせてくれるとも思えないのだ。私がクローラを訪ねたとして、きっと門前払いされるのがオチだ。
そうだ、私一人ではなく、兄も一緒に伺うのはどうだろうか。
「ねぇ、お兄様」
「ぜっっったい嫌」
「まだ何も言ってないよぅ」
兄は露骨に嫌そうな顔をした。
「どうせ俺と一緒にクローラに会いに行こうとか言うんだろ? クローラだけなら別にいいけど、絶対あいつら付いてくるじゃん」
「それな」
考えることは同じだった。
クローラ本人となら話が通じそうな雰囲気はある。
けれども、だが、しかし。
あの男だけはダメだ。辺境貴族など平民と同じぃ~むしろ権威が失墜している今なら平民以下ぁ~とかふつーに言われそうなのだ。っていうか、兄に聞いたら本当にそれ言われたらしい。うへぇ。
「あいつはヤベェ」
「あいつはヤベェ」
うむ。
意見は一致した。
クローラに話を聞くのは却下、もしくはワンチャンス狙いで行くだけ行ってみるってところかな。
「それに……」
兄がおもむろに口を開く。
「──やらなきゃいけないことがあるからな」
いつになく真剣な眼差しだったので、私は何も言えなかった。目つきが鋭すぎて恐ろしいことを除けば、惚れ惚れするような表情だった。マイシィが見たらときめきすぎて卒倒してしまうだろう。
今すぐ写真に収めたいが、きっと兄は一分間もその表情を維持してはくれないだろうな。旧式の撮影機は像を版に焼き付けるまで、結構な時間がかかるのだ。
「やらなきゃいけないこと……ですか」
「ああ。だから、カンナ、お前も自分のやるべきことをやれよ」
私のやるべきこと。それは、マイシィを虐めたやつを見つけ出すこと?
「マイシィちゃんのそばにいてやることだろ」
「うん、そうだね」
彼女は今、心が折れかかっている。私が支えてあげなくちゃ。
だって私は、マイシィの親友なのだから。
「それから、カインやエメダスティをもうちょっと頼れ」
「カインとエメ……ダスティ」
私がいつまで経っても名前を覚えられない、つまり私の眼中にも入らないような、太った子。エメダスティ。
「カインはともかく、エメダスティの事はあまり信用してないみたいだからな、お前。俺から見たら、あいつはやる男だぞ」
果たして本当にそうなのだろうか。あの気弱そうな、私の前では言葉も詰まってしまうような少年が、本当に役に立つのだろうか。
「俺の知る中で、クローラに物申せた平民はいない。あいつ、マイシィやお前のために怒ってくれたんだろ?」
「うん」
兄はこぶしを作って、どんと自分の胸をたたいた。
「ここが、強いんだよ。あいつはさ」
そうか。その通りだった。
私はあの時、すぐに怯んでしまったエメダスティを情けないと思った。
でも、そもそも最初の一言が普通の人には言い出せない物なんだ。それを言ってのけただけでも十分に評価に値するものだったのだ。もっと頼ろう、エメダスティを。
いいや、エメダスティだけじゃないよね。
お下げ髪の子も、おかっぱの子も、みんなマイシィの役に立とうと動いてくれた。
本当は怖かっただろう。堅物の貴族を目の前にして、足が竦んでしまってもおかしくない状況だった。大怪我をした友人を見て、怯んでしまっても仕方のない状況だった。
それでも。おかっぱの子はエメダスティを呼んでくれて、お下げ髪の子は最初半泣きだったけど、最終的に先生を連れてきてくれてその場を収めた。
感謝しかないや。早退してしまったけれど、明日もし学校に来てくれたなら、きちんとお礼を言おう。それがいい。
「ニコ兄」
「ん?」
私はベッドから立ち上がると、兄の方へと振り返って笑顔を作った。
「今日は、寝ます。事件のことは、明日以降でゆっくり考えます。アドバイスをくださってありがとうございました」
「な、なんだよかしこまって。気持ち悪い」
兄はぽりぽりと頬を掻いた。照れているときや考え事をしているときの、兄の癖だ。
おー、照れてる照れてる。そんな兄に私は満面の笑みを作って言うのだ。
「気持ち悪さならお兄様にはかないませんよ!」
「……」
一瞬何を言われたのか分からないような顔で兄はきょとんとなって。
数秒後。
「はあああああああ!?」
顔を真っ赤にして怒るのだった。
「ふふっ、おやすみなさーい」
私はご満悦で兄の部屋を後にした。
扉が閉まる。
ふふ
ふふふふふふふ
私のやるべき事は決まった。
私はマイシィのそばになるべくいよう。
そして使えるコマは全て使うのだ。
私は、私の周りの連中を利用できるものは利用して、必ずマイシィを傷つけたやつを見つけ出す。
そして、私の全力をもって叩き潰すのだ。
私のモノをぶち壊すような輩には死よりも苦しい罰を与えてやるのだ。
あはははは




