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魔女編35話 蛹化

「カンナ……ちゃん……」


 銀の魔女と呼ばれた最凶の令嬢、カンナ・ノイドは私の腕の中で意識を手放した。

 どれだけ治癒の魔法をかけても手応えが無い。

 きっともう、彼女は二度と目覚めることはないんだ。


 私の悲願は達成されたはずなのに、なぜだかスッキリしない。

 最愛の人をこの手で(あや)めるというのは、こういうことか。


 私は腕で涙を(ぬぐ)うと、再び彼女に問いかけた。


「……キミは最期に、何を伝えようとしたのかな」


 カンナは目を閉じる直前、近くで倒れているアルカ・ノールへと視線を送ったように思う。

 黒の魔女であるアルカに、未来を(たく)したかったのかもしれない。


 生前、カンナは過去の改変の可能性について熱く語っていた。

 私は話半分に聞いていたのだけど、あるいは魔女の力があれば本当に可能なのかもしれない。


 カイン先輩の裏切り、クローラ一派の崩壊、ロキ先輩の死、お腹の子の流産、組織の壊滅。

 数々の挫折(ざせつ)を味わってきたカンナがそんな幻想に縋りたくなる気持ちも、今になって分かる。

 私も今のこの瞬間を、やり直したくて仕方がない。


「ねえ、黒の魔女……キミならこの状況を打開できるの? 過去の私達にメッセージを届けて、最悪の未来を防ぐことが──」


 私はカンナの遺体を地面に横たえると、雨粒の叩きつけるドロドロの地面の上をを四つん()いで移動した。

 すぐ(そば)にアルカがいるんだ。彼女の元に、行かなくちゃ。

 私にはこの先に起きる全てを見届ける義務がある。

 そうすることが私のせいで死んでしまった二人に対し、私が果たすべき責任である。


 彼女の身体もまた、内出血や(あざ)だらけのひどい有様(ありさま)だった。

 異様なのは、その全身が(あわ)く発光していることだ。

 きっとこれが魔女化の証。

 黒の魔女誕生の瞬間は、もう目前だ。


 ところがである。


「あ、あれ……? 発光が」


 魔女化の兆候(ちょうこう)と見られた身体の発光現象がピタリと止んだ。

 まるでカンナの命の消失と呼応しているかのように、光は痕跡をも残さず完全に消失した。


 残されたのは、意識不明のまま微動だにしないアルカ。

 私は慌てて彼女の肩を掴んで揺すり、目を覚まさせようと試みる。


「起きて。起きてよ黒の魔女! カンナちゃんがキミに託した物を、ボクに見せてよ……!」


 だけど、何も起きない。

 カンナとクシリトが命をかけて戦ったのにも関わらず、期待された魔女化は起こらない。


「なんで……なんでだよ……」


 考えたくはないが、魔女化の条件が実は間違っていた──とか。

 黒の魔女が夢の中で語ったという“家族を皆殺しにする”というのが嘘、あるいは魔女の勘違いである可能性。

 あるいは魔女化の“原因”が今回の事件だとしても、実際に“成る”のはもっと未来なのかも。


 待てよ……皆殺しだって?

 ……そうだ、アルカの家族はまだ生きている。

 姉と兄が、まだ死んでいない。

 彼らを殺せば、魔女は魔女として成立するのではないか。


「────ッ! 馬鹿か、ボクは!」


 この発想は良くない。

 この考えを実行してしまえば、それこそカンナの作戦が無駄(むだ)になるではないか。

 私は自分自身をビンタして、(かつ)を入れた。


 冷静になれ。

 こういう時は……そうだ、深呼吸だ。

 奏夜(そうや)もカンナも、困った時は深呼吸する(くせ)みたいなものがあった。

 あれを実践してみよう。

 すーーーはーーー。


「よし、少し落ち着いたかも」


 私は改めてアルカを観察した。

 カンナによって服が破かれ、(あら)わになってしまっている白い肌に、紋様のような痣が縦横無尽に走っている。

 手足の末端部は赤く()れ上がっていて、これは氷に閉ざされていた影響だろうか。

 カンナから垂れ落ちた血液は、雨によってある程度洗い流されている。


 雨……そうか、ただでさえ氷の中に閉じ込められていたのに、更に濡れてしまっては最悪だ。

 彼女の唇は既に青紫色に変色している。

 彼女は低体温によって意識を失っているんだ。


 私はアルカを抱き抱え、家の中に入った。

 窓が壊れていたから、両腕が塞がっていても侵入は楽だった。


 天井に至るまでの全てが血塗(ちまみ)れの、凄惨(せいさん)な現場。

 一応、室内の惨状は家の外から観察していたけども、間近で見ると、なかなかにキツい。

 カンナはエリスの自殺未遂があったと言ったけど、一体どんな手段で自殺を試みれば部屋全体が赤く染まるのだろう。


「ん……うう……」


 床に倒れていたエリス・ノールが(うめ)き声を上げた。

 見れば、苦しそうに胸を押さえて背中を丸めている。


 ベッドに寝かされているセシルも、一見ナイフが突き刺さっているように見えるけど、ちゃんと息をしているのが布団の上下でわかる。

 カンナは丸めた布団にエリスの血の付いたナイフを刺して、セシルの死を偽装したんだ。


 本当に、生きている。

 カンナはちゃんと、彼らを生かすことを考えてくれていたんだ。


 彼女の言葉に偽りは無かった。

 今日のカンナの行動に問題があるとすれば、スラム街での大虐殺。

 あれだけは擁護(ようご)できないけど、“時間を修正できるのであれば関係ない”とカンナは考えていたのかもしれない。

 それに、クシリトさんに追われて必死だったのは間違いないだろう。


 そうだ……昨日の夜だってちゃんと胸の内を打ち明けてくれていたのに、私は(おろ)かにも彼女を殺してしまった。

 私の犯した過去最大級の過ち。

 だから、ここは私が全ての責任を負わなければならない。


「エリスちゃん、セシル君。もう少し待っててね。ボクは全てを片付けて、必ずキミたちを助けるから」


 私はそう言い残し、アルカを連れて空いている部屋を探した。

 二つ隣にベッドのある部屋を見つけると、そこにアルカを寝かせ、タオルを取りに行く手間も惜しく、シーツを使って彼女の体の水分を()き取った。

 炎魔法で身体を外部からの熱に(さら)し、加えて治癒魔法もかける。


「お願い、目を覚まして!」


 治癒魔法は低体温下では効き目が薄い。

 けど加温と並行して行わなければ間に合いそうにない。

 けれどアルカの血の気は引いたまま、肌に赤みが差してこない。


 私は空中にもう一つ炎を作り出した。

 できる限りのことはやろう。

 何としてでも黒の魔女を目覚めさせて、カンナの描いた夢の結末を見届けるのだ。


 部屋はもう暑くて汗を吹き出しそうなくらいにまで温まっているのに、アルカは覚醒しない。

 やっぱり……兄弟が生き残っていては駄目なのか。


 ううッ、考えたくない考えたくない。

 私は皆を救いたいんだ。

 ここでエリスとセシルを殺害すれば、それこそ私は奏夜と変わらない。

 カンナの遺志はそこで途切れてしまう。


「起きろぉぉぉ、黒の魔女おおお!!」


 私はありったけの想いを込めて、魔法を放った。




 ……五分後。


 アルカ・ノールは目を覚ますことなく、心肺機能を停止させた。

 降り止まぬ雨が、忙しなく屋根を叩いている。



 ◇ ◇ ◇



 真っ暗な、どこまでも光の届かない世界。

 新月の夜に目を(つむ)り、星の光も届かぬほどの洞窟の底にいたって、これほどの闇にはならないと思う。


 ここはどこ?

 問いかける対象は無く、自分自身に問いかけても何も見いだせない。

 それどころか、何も思い出せない。

 ■■■は誰なんだろう。



      なんつーかさ、  ────たから、殺しちゃった☆

         ────どうせ死────トドメを刺──── 、 でしょ♪


        それとも  ────のかなぁ♡



 何処かから聞こえてくるこれは■■■が今耳にしている声、それとも記憶の中の誰かの声?

 どちらだって構わない。

 暗闇の中で唯一(ゆいいつ)感じる他者との繋がり。


「……た☆」


 その声を真似してみる。

 なんでって、今の■■■には(すが)るものがこれしかないから。

 発声方法は、これで合っているのかな。


「……いでしょ♪ ……いのかなぁ♡」


 うん、声にはなっているかも。

 これで■■■も、誰かとお喋りできる。


 でも、誰と?

 何も見えない真っ暗な世界で、■■■は誰とお話をすれば良いの?



          キミ 最期  ────のかな



 誰かの声が聞こえる。

 さっきとは違う、悲しげな女の人の声。

 ●●●は一体誰なんだろう。


「き……み……キミ」


 キミ────が■■■の話相手になってくれるの?

 漆黒の闇の世界で、少しだけ見えた希望。


 ねえ、どこにいるの。

 真っ暗で何も見えないんだ。

 キミの声で教えて欲しい、ここは一体どこなの。


 手を伸ばして辺りを探る。

 だけど何も触れない。何も感じない。


 ああ、今気が付いた。

 ■■■の脚は地面に着いてすらいない。

 この体は、完全に宙に浮かんでいるんだ。


 手足を動かして泳いでみた。

 何の抵抗も感じないのに“泳ぐ”というのは変かもしれないけど、とにかく水を()くようにして前へ前へと突き進むイメージを保ち続けた。



     ねぇ、黒  女   キミなら────



 ああ、また聞こえる。

 ■■■を呼ぶ悲しい声。


「■■■は……ここに、いるよ☆」


 覚えたての言葉で呼びかけてみた。

 返事は無い。

 ■■■の声は虚空(こくう)に吸い込まれていくだけで、何かにぶつかって響いてくることも無い。


 まるで、そう、宇宙空間にいるみたい。

 星の一つも見つからない、産まれたての、あるいは星々の命などとうの昔に消えてしまった遥か未来の大宇宙。



      起 ──て、 ────よ黒の魔女!

        カンナ   ──がキミに    ────ボク   せてよ



「ぼ……く……。キミと、ボク」


 再び聞こえてきた声は、ボクに対する返事ではなかった。

 たぶん彼女の声は、ここではない別のどこかから空間を隔てて響いてくる、ノイズみたいなものなんだ。


「……そっか。ここには誰も、いないんだね♪」


 すっと、気持ちが下がっていく。

 誰もいないのでは言葉を発する意味も無かった。

 完全に脱力したボクは、慣性に任せて等速直線運動を続けた。




 不意に、足の指先に液体が触れたような感覚があった。

 ビックリして思わず足を引いてしまったけれど、恐る恐る脚を伸ばしてみると、確かにそこには水面があった。

 すると視界が急に開けたように、目の前に大きな大きな河が現れた。

 轟轟(ごうごう)と大きな音を立てるかのような勢いで──実際には音がしないのだけど──大量の水が彼方(かなた)から此方(こなた)へ、此方から彼方へと流れていく。

 

 ボクは川辺にしゃがみ込んで、水の中を覗き見た。


 ……凄い。

 そこに映るのは無数の人間たちの営みだ。

 数多の生命たちの活動記録とその未来だ。

 折り重なるように存在している三つの世界が、相互に干渉し合うようにして歴史を重ねていく。

 時々別の世界に移動する者がいて、革新をもたらしたり災害に結びついたりする。

 これは面白い。

 いつまでだって、見ていられる。


 そうだ、この中からボクの過去を探せば、色々と思い出せるかも。

 それとも、いっそのことこの澄み渡る水を(すく)って口にすれば……。


 ボクは好奇心に負けて、その川の水を手で掬い、そのまま飲み下し────





「あああああああああァぁあああああああああああああああああああああああああああああっっ★ あッあッあっ───ああああああああああああああああああああああ♡」




 ────ああ、いっちゃった。


 11次元、魂の次元、三(すく)みの世界、魔法、科学、異常進化、異次元転移、転生者、超越者、……黒の魔女。


 数々の情報がボクの中に流れ込んでいく。

 記憶は全く戻らないというのに、知識だけが(あふ)れていく。

 気持ちいい……ああっ、なんて気持ちがいいんだろう。

 知識が一つ入ってくる度に、体の奥から、魂の底から滲み出て心を満たすのは全能感。

 素晴らしい、こんなに素晴らしいことはない!


 そうか、ボクは黒の魔女。

 いずれそのように呼ばれる存在。


「良い気分だ、悪くないよ♪ あははははっ! これが魔女。これが超越者★ 誰だか知らないけど、このボクを導いてくれてありがとう♡」



     ど   して死 ────たんだよ


       カンナち  ──失敗だっ ────家族の命が鍵に  っていた



 おや、さっきの誰かがボクに呼びかけている。

 今なら理解できるよ。

 キミは空間を飛び越えているのではなくて、同じ空間の別の次元から話しかけているんだね。


 しかし、11次元に入り込んだボクにまで想いを届けて来るなんて、彼女は相当に濃い魂の持ち主みたいだ。

 一体誰なのだろう。

 ボクが完全に“成った”ら、彼女に会いに行くことにしよう。


 しかしもう少し待っていてくれないか。

 ボクは(さなぎ)

 これから生まれ変わるために中身をドロドロに溶かして再構成をしている真っ最中の、魔女の蛹なのさ。


「それから……、ボクから離れておいた方が良い。さもないと、キミが“爆心地”になるよ♪」


 ま。向こうの次元のキミには、ボクの声なんて聞こえてはいないのだろうけど。

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