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魔女編31話 血染めのカンナ

「エリス、しっかりしろエリス!」


 私は彼女の名前を叫びながら、必死に止血をした。

 首を強く押さえつけると脳に血液が回らなくなってしまうだろうから、ここは魔法力場を形成して首の切り傷の表面を応急的に(ふさ)ぎ、血流そのものは(さまた)げないように工夫する。

 現時点で傷を治したわけでは無いため、少しでも気を緩めてしまえば隙間という隙間から血液が(あふ)れ出してしまう状態だ。

 一瞬だって気が抜けないが、私にはすべきことがまだあと二つもあるのだ。


 一つは治癒魔法を掛けること。

 傷口を完全に塞がないことには、どれだけ血を押さえたってやがて溢れ出してくるに決まっている。

 そしてもう一つは失った血液を補ってやることだ。

 傷を治すのに注力しすぎて体液の減少に気を配れなければ意味が無い。

 既に致死量レベルで失血したのだから、これにも対処せねば命は無い。

 しかし血液型が分からないから、本人の血を戻してやるのが一番良いと私は判断した。


 “よし”と気合を入れて、私は水魔法の要領で血溜まりの血液をできる限り集めた。

 流石に床に染み込んでしまった分を取り返すのは難しいが、液体のまま溜まっている分に関しては全てをエリスの輸血へと充てがうつもりだ。

 無論、衛生的には大問題だろう。

 ひょっとすると感染症とかになるかもしれないが、知らん。

 それよりも現状を何とかすることを最優先で考えるのさ。


「エリス、今助けてやるからな」


 私は治癒が苦手だ。

 だから、基本的には治癒魔法を使う時は治癒に集中しないとイメージが乱れてしまう。

 それでもやるしかないんだ。

 魔法力場で止血しながら、治癒魔法を使って傷を塞ぎながら、血液を掻き集めながら、失った血液を差し戻すための繊細な作業をこなす。


 ──よし、やるぞ!


 私はエリスの右手を手に取ると、うっすらと透けて見える青い血管に小さな穴を開けた。

 これは静脈だから、穴が開いたところで即座に大量出血とはならない。

 もちろんそれなりに血が溢れるが、私はすぐに指で傷口を塞いだ。

 そして、血溜まりの血液を、慎重に穴の中へと差し込んでいく。

 少しずつだが静脈内へと吸い込まれていくのが分かる。

 本当に少しずつだけど、エリスの中へ血液が戻っていく。


「顔色は……駄目(だめ)だ、まだ戻らない」


 エリスの顔面は蒼白(そうはく)のまま、なかなか赤みが帰ってこない。

 輸血のスピードが遅すぎるのだ。

 このままだと脳が酸欠になってしまう危険性がある。


 それに、心配なのはエリスの心臓だ。

 余命宣告されるほど弱り切っている彼女の鼓動が止まってしまう前に、全ての作業をやり切らなければならない。


「エリス……少し痛いけど、我慢しろよ」


 私は先ほどと同じように、静脈に穴を開けて血液を流し込む作業を進めた。


 ──追加で、()()()()

 これだけの滴下があれば、きっと間に合うだろう。


 が、ここから先は私のイメージ力と気力が持つかどうかの勝負。

 なんとしても命だけは救って見せる。


 それが、私の贖罪(しょくざい)なのだ。




  だから、



   どうか。

 




──



「こ、これはどういうことだ……カンナ・ノイド」

「よう、一足遅かったな。クシリト・ノール」


 部屋に入って来たクシリトに()は椅子に腰掛けた状態で応対した。

 彼から見るとちょうど逆光となるような位置取りで、椅子の上に血塗(ちまみ)れの俺が足を組んで座っている感じか。

 切断されて短くなった、ソーセージみたいな脚だけど。


「うそ……なん、で……こんな」


 クシリトの背後に隠れるような位置にアルカもいる。

 彼女は廊下から部屋の惨状を覗き込むなり、放心状態となってその場にへたり込んでしまった。

 無理もない。

 ……部屋の中は噴き上がったエリスの鮮血で全てが真っ赤に染まっているのだから。


 床の上には倒れ伏して動かないエリスの死体。

 元の肌の色もわからないくらいに血で汚された、数分前まで元気に活動していた生命体の残滓(ざんし)


 そして、ベッドの上には布団の上から深々と包丁が突き立てられたセシルの死体。

 当然、布団には真紅の液体が染み込んでいて、その下がどうなっているのかは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


「き、貴様がやったのか……貴様が、子供達を!」


 下唇を噛み締めるクシリトは、顎に向かって血の(しずく)(こぼ)す。

 怒りのあまりに目が充血していっているのがわかる。

 あるいは、その心に宿すのは哀しみか。それとも、憎悪(ぞうお)か。

 ──否。その、(すべ)てだろう。


「なんつーかさ、魔が差しちゃったっていうか? エリスを犯してやろうと思ったら拒否しやがるからさ。いつも店で股開いてんのに純情ぶりやがって。ムカついたから、殺しちゃった☆ セシルもさ、何かもうめんどくさくなっちゃってさ、どうせ死に損ないなんだし、トドメを刺してあげたほうが楽かなって。俺ってば優しいでしょ♪」

「ふざけるなよ……お前はどれだけクズなんだ」

「自分の息子を殺しかけといてよく言うよ」


 俺は嘆息(たんそく)しながら肩を(すく)めた。


「お……お前には人の心が無いのか? 人間の血は流れていないのか!!」


 俺はニヤリと笑った。

 先端が無くなって短くなってしまった脚をわざとらしく組み直し、舌を出す。


「さあ? 心臓でも抉り出して確かめてみたら?」

「き、さま」


 クシリトが歯噛みした。

 握り拳にした両手が震え、今にも飛び掛かってきそうな雰囲気(ふんいき)だ。

 それでも俺への攻撃を(こら)えているのは、きっと背後にアルカがいるからだ。

 残されたたった一人の娘まで失うわけにはいかないから、威圧するだけで動かずにいるのだ。


「おん? どうした、俺が憎くないのか? それとも──アルカも殺されないとやる気を出せないのかなぁ♡」

「おお……ッ、おあああああァァァ!!」 


 刹那(せつな)、クシリトは鬼の形相(ぎょうそう)で掴みかかって来た。

 魔法を使うでもなく、魔法力場で体術を強化するでもなく、肉体の力に頼り切って無骨に殴り掛かる。

 それもこれも、奴の頭頂眼はもう使えないからだ。

 先の戦いで無茶をした結果、奴は一生、魔法とは無縁の生活を強いられるはずなんだ。


 昔戦った時も、クシリトは同じように頭頂眼の機能不全に苦しんでいたな。

 あれは慣れない義眼を酷使した結果だったが、今回は義眼によって負荷が増大した脳が、限界値を迎えてしまったのが原因だ。

 脳の中の魔法を使う回路がぶっ壊れてしまったんだ。


 だから、奴は肉弾戦しか選べない。

 魔法使い相手に素手で挑んでくるところ、いつぞやのセシルみたいだ。

 だけどそんな状態ではどう足掻(あが)いても俺に勝つことなどできない。

 申し訳ないが、俺の勝ち確定状態だ。


 それでもクシリトは突進をやめない。

 鍛え上げられた肉体で、渾身(こんしん)のタックルをかまして来た。

 俺はそれを甘んじて受け入れる。

 奴に突き飛ばされる勢いを利用して、そのまま窓をぶち破って外に脱出した。


「逃げる気か、カンナ!」


 クシリトも俺を追って外に出た。

 少し前の戦闘行為において彼もまた戦闘続行が不可能な状態に(おちい)ったはずだけど、筋力に任せて追い(すが)って来る。

 絶望と怒りに(くも)った眼で、俺を射抜いてくる。


 ──良いぞ、そのままこっちへ来い。

 俺を仕留めて見せろ、クシリト・ノール!


「お父さん……駄目、行かないで……ソイツに、悪魔に殺されちゃう」


 家の中に残されたアルカが、か細い声で叫ぼうとしていた。

 しかし、その声はクシリトには届かない。

 消えそうなくらいに弱々しい声を拾い上げたのは、俺の地獄耳の方だった。


 クシリトは娘の言葉に耳を貸さず……否、全く耳に入らない様子で俺に組み付いてきた。

 俺を地面に押し倒し、顔を殴る。殴る。殴る。

 三発もらったところで俺はクシリトの腕を掴んで止めた。

 殺す気でかかってくる奴のパンチは想像以上に痛かった。

 だから──。


「女の顔を殴るなんて、よくもやってくれたな」


 俺は魔法腕でクシリトを拘束すると、その腹に同じく三発の殴打を加えた。

 魔法腕を使っているとはいえ、脚が無いために踏ん張りが効かず、少し中途半端な威力になってしまった気がする。

 が、お返しはきっちりとさせていただいたぜ。


 俺は続けてクシリトの四肢を氷漬けにし、地面に仰向けに貼り付けた。

 魔法の使えぬ彼にはこれ以上どうすることもできない。

 氷を溶かして脱することも、拘束されたまま反撃に転じることも。


 俺は彼の腰の上に馬乗りになって、自らの脚部も氷で固定した。

 これで一方的にクシリトを痛めつけることが出来るというもの。

 どうやって調理してやろうかと思案していると、背後から俺を糾弾する声が聞こえた。


「わ、私はアンタのことを……信じようと思っていたのに、酷い……酷いよカンナ!」

「うっせーぞアルカ」


 家の窓から身を乗り出すようにしていたアルカに、俺は魔法腕を伸ばした。

 彼女の首根っこを掴んで外へと引き()り出す。


 その際、窓枠のガラスの破片に服が裂かれて、アルカは切り傷を負うと共にその素肌の一部を露出させた。

 白くて綺麗な肌だ。

 どうせなら全部ひん()いてやるかと思い立ち、俺はアルカを全裸にした。

 どこかで見覚えのある、彫刻のような美しき裸体。

 記憶と違うのは黒い紋様がその身に刻まれていないことだが、たいした差異ではない。


 俺は彼女の身体を家の外壁に押しつけ、十字架に(はりつけ)にされたような格好で氷漬けにした。

 彼女には、父親が殺される姿を、特等席で見てもらわなければならない。

 全身が氷で固定された彼女には、首を傾けて目を背けることすらもう出来ないのだ。


「そこで黙って見てろ」


 そう言いつけた俺だったが、アルカは言うことを聞かず、ひたすらに叫び続ける。


「あああッ! お前、殺してやる──いつか絶対に殺してやるわ、カンナ・ノイドぉお!」


 完全に氷に覆われて動けないはずなのに、全身全霊をもって暴れようとするアルカ。

 妙な暴れ方をするものだから、体の一部が鬱血(うっけつ)し、黒ずみ始める。

 よくよく観察してみれば、私がよくやるように体に電流を流して筋肉を無理矢理に働かせようとしているのがわかる。

 だが不慣れな上にそもそもの魔法力が人並み程度なので、皮下で出血をしてしまっているのだ。


 ……黒の魔女の身体の紋様は、ああして出来たものなのか。

 混沌(こんとん)の世界でニヤリと笑う黒の魔女。

 その(いしずえ)がまさに今、築かれようとしている気がして感慨深く思う。


 アルカは目を見開いて血涙を流し、口から血反吐(へど)を吐きながらもなおも抵抗を続けている。

 魔法力の暴発が凄まじく、皮膚が(ただ)れて氷の隙間から煙が噴き出すほどだ。

 恐るべき執念だが、力量不足。

 自力で拘束を解くことはできまいよ。


 俺は背後で喚くアルカを無視することに決め込み、騎乗位の体勢で、下になっているクシリトへと向き直った。

 彼は娘とは対照的に、先程の怒りはどこへやら、妙に落ち着いていた。


 瞳を見ればわかる。

 これは諦めと(なげ)きの色だ。


「……頼みがある、カンナ」

「なんですか、クシリトさん?」

「アルカだけは……助けてやってくれないか」


 俺は即答した。





「ふっ、当たり前だよ。私はもう、誰も殺さないって決めたんだから」


「……なに?」


 クシリトは怪訝(けげん)そうな顔になる。

 当然だろう。息子と娘の命を奪っておいて、今更何を言うのかと(いぶか)しむのは自然な感情だ。


「ねえ、クシリトさん。エリスの血液型を教えてくれよ」

「何を言って」

「いいから。子供の頃から病弱だったら、一度くらい検査したことはあるだろう」


 クシリトは渋々と言った感じで答えた。


「エリスは顕正(けんせい)Ⅲ型だが」


 どうしてそんなことを聞くのかと、クシリトはそう言いかけて口を(つぐ)んだ。

 きっと私の顔を見たからだ。

 望みの答えが聞けて、私は────どこか安心したような気分になって、にこりと微笑(ほほえ)んだんだ。

 

「カンナ、お前、笑って……」

「良かった。これでみんなが救われる。黒も魔女も、きっと理解してくれる」

「な、何を」


 私は左腕に雷を宿し、空中で激しくスパークさせた。

 その腕を、アルカにもハッキリ見えるように高く(かか)げる。

 私は指を貫手(ぬきて)の形に揃え、(ひじ)を引いて構えた。


「さあ、終わりだクシリト! 天国の奥さんに会ったら最敬礼で詫びろ。“僕のせいで、家族は全滅しました”ってさァ!!」


 私はわざと大声でそう叫んだ。

 彼女にもこの声が届くように。


 黒の魔女(アルカ・ノール)に派手に見せつけてやるのさ。

 クシリトが──父親が死ぬ姿を。

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