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魔女編26話 約束の場所へ//約束の日に

「はああああァァ!」


 クシリトの、あらゆる属性魔法による猛攻。

 一撃一撃が致死レベルの威力を秘めた攻撃が俺に襲い掛かる。

 俺は魔法翼、魔法力場を足場にした跳躍、風魔法を組み合わせてこれらの攻撃を(かわ)し続けているが、恐ろしいことにクシリト自身もじりじりと俺との距離を詰めてきていた。

 奴の遠距離魔法を(さば)き続けるだけでは、いずれ肉弾戦を仕掛けられる危険性が高い。

 作戦上も、相性的にも近接戦闘だけは絶対に避けなければ。


 俺は敵の魔法に対し、回避できるものは可能な限り回避し、受ける際も、なるべく“止める”ではなく“流す”ように心掛けた。

 向こうの魔法消費を狙っているのに、俺がバテては意味が無いからな。

 ついでにちまちまと反撃の魔法を放つことで、クシリトの急接近を(はば)む。

 正直言って、どちらの気力が先に尽きてもおかしくない状況だ。


 そこで、俺はクシリトとの位置関係を微妙に調節し、敵に対して優位な座標を取り続けることにする。

 効果は歴然だった。


「カンナ貴様、太陽を背に……!」


 そう、高度を高く保つことはデメリットだけでは無い。

 太陽を利用することで相手の目を(くら)ませて、魔法の命中精度を(いちじる)しく下げることも可能なのさ。

 これも戦争映画だかゲームだかで仕入れた知識。

 前世で何気なく取り入れた戦術が、こんなところで活きてくるのは不思議な感じだ。


 さて。

 高高度に陣取ることには、もう一つ利点がある。


「今度はこっちからも行くぞ!」


 俺は高濃度の魔晶を練り上げ、地上に向けて技の構えを取った。


「……おいおい、本気かい」


 クシリトが苦笑と共に(つぶや)く。


 俺達の直下には多くの人間が生活している廃材と瓦礫(がれき)の街がある。

 俺の位置から魔法を放てば、戦いとは無関係な人々を巻き込むことは必至。

 だが、俺にとってはスラムの連中がどうなろうと知らぬこと。

 上空から地上に向けて魔法を行使したところで心は痛まないのだ。


「“焼夷弾(ナパーム)”!!」


 俺は敵の攻撃を避けつつ、炎弾を下方へ発射する。

 狙いをつける必要は無い。

 むしろ、狙いをつけない方が良い。

 一般人への被害を防ぐために、クシリトの方から当たりに来てくれるのだから。


 それこそが高高度に位置取る利点。

 スラムの連中を人質にすることで、クシリトに余計な気力消費を促すのさ。


「!? ……なッ!」


 ところが、俺の目論見(もくろみ)は外れることになる。

 クシリトは魔法を止めようとせず、明後日の方向に()れた攻撃については完全無視を決め込んだのだ。

 彼はブレることなく真っ直ぐに、俺の方へ突撃を敢行して来る。


 案の定、地面へ着弾した俺の焼夷弾はバラックへ燃え移った。

 一瞬で街は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化す。

 火だるまになった労働者達が慌てた様子で家から逃げ出してくる。

 中には炎熱に耐え切れず、そのまま動かなくなった者も。


 俺は思わず叫んだ。


「お前、スラムの奴らを見殺しにする気か!」

「何を言う、カンナ。お前の放った攻撃だろう、お前の責任だ!」


 こいつ……まさか街への被害を俺に押し付けるために?

 自分の攻撃で街に被害をもたらすわけにはいかないが、俺由来の魔法ならわざわざ防ぐ必要もないってか。

 一般人に犠牲者が出ても、心が痛まないというのか?

 仮にも上級を名乗る魔闘士だろう、お前は!


「君のことだ、どうせ僕が倒れるまで街を攻撃するつもりだったんだろう。それじゃあ駄目なんだ。僕は心に決めたのさ。何を犠牲にしても──君を殺すと!」


 ……ああ、そうか。

 この男はとうの昔に壊れていたんだ。

 俺を遠因として妻を殺されてから、クシリトは目的達成のためならば犠牲をも(いと)わないような物の考え方をするようになってしまったのかもしれない。


 これじゃあまるでロキを殺された時の俺じゃないか。

 かつての俺がそうであったように、今のクシリトは復讐の鬼と化しているんだ。

 あの頃とは立場が逆転しているが、運命が俺に襲い掛かってきているのを感じる。


 クシリトは恐るべき速さで俺に肉薄してきた。

 空中戦は既に十分以上にもなっているというのに、彼の飛行能力は全く衰えていないように感じる。

 今は飛行用のユニットを身に着けていないのにも関わらず、だ。


「“雷光鞭”」

「チッ」


 クシリトの、電気を発しながらの回転蹴り。

 漏れだした余剰エネルギーが光の筋を空中に描き出す。

 触れるどころか、近づくだけで電圧差により感電してしまいそうだ。


 俺は大袈裟(おおげさ)なくらいに距離を取って、高度を下げた。

 今となっては高高度の戦いの方が俺に不利だと感じたからだ。

 クシリトには別の方法で魔法力を使い果たしてもらわないと。


 俺は思い切ってスラムの中へと降り立った。

 逃げ惑う人の群れを縫うようにして炎に包まれる街の中を走る。

 こうなれば、文字通り、(けむ)に巻いてやろう。


「それは悪手だぞ、カンナ・ノイド」


 建物の死角からクシリトが飛び出してくる。

 街を包む炎をそのまま攻撃に取り入れ、炎の貫手(ぬきて)を繰り出してきた。

 俺は上体を逸らしてこれを回避し、勢いを殺さないようスライディングの体勢を取りつつクシリトの脚を切りつけた。

 氷のナイフに、麻痺毒を(まと)わせて。


「“麻痺毒(パラライズ)”!」

「これは──毒の魔法、か」


 クシリトの膝がガクンと落ちる。

 俺はその隙にバラック小屋を魔法腕でぶち抜き、建屋内へと身を滑り込ませた。

 あの土壇場(どたんば)で生成できた毒など大した効果が無い。

 クシリトはすぐにでも追って来るだろう。


 ──あの場所へ行けば、なんとかなるかも。


 俺はやけくそに、しかしどこか冷静な思考で目的地を定めた。

 今のクシリトを止められそうなものは、其処にしかない。


「魔法翼、展開!」


 俺は建物や人混みの中をホバリングするように進んだ。

 邪魔な通行人は問答無用で殴り飛ばし、進路上の障害物は全てを破壊した。

 それでも背後にクシリトの殺気を感じる。

 全然距離を離すことが出来ていないのだ。


「カンナァァアア!!」


 クシリトの絶叫を間近に聞く。

 俺は魔法翼を全力で羽ばたかせると、高度数十メートルまで一気に上昇し、叫んだ。


『万象一切を灰塵と為せ──!』


 用いたのは、日本語。それは前世で俺が好きだった漫画の台詞(せりふ)

 しかし、今の俺にとって必要な魔法のイメージを練るのに最も優れた補助言語だった。


「あああああああ!!」


 俺は全身全霊の力を込めて、スラム街全体を炎の海に変えた。

 もう、何人死のうが知った事か。

 どのみちスラムでの火災が俺のせいにされるのであれば、規模を広げたって結果は一緒だ。


「“火災旋風”!」


 炎熱によって巻き上がった上昇気流が渦を巻く。

 俺は出来上がった竜巻の流れを利用して加速し、煉獄(れんごく)と化した街を脱出した。

 向かうは南の川原だ。

 毎朝の日課で通い続けている場所だ。


 あの付近には──きっとまだ、セシルがいる。

 彼ならば父親を止めることができるのではないだろうか。


 この際だから黒の魔女の話や複製体の計画について打ち明けてしまおう。

 彼はクシリトに対する重要な交渉カードとなる。

 いやはや、セシルを誘惑しておいて本当に良かった。


 問題は……セシル自身が父親に恨みを抱いている点だな。

 だが、彼に賭けるしかない。

 信じるしか、ない。


 ◇ ◇ ◇


 ボクは鳴り響く轟音(ごうおん)に叩き起こされた。

 寝起きの頭だったけど、地上にて何かが起きているらしいことはなんとなく理解する。


 簡易ベッドにされている木箱から起き上がると、ボクは自分が何も身に着けていないことに気が付いた。

 そうだ、昨日の夜はカンナちゃんとエッチなことを……。

 昨夜の情事を思い出すと、途端に体が熱くなる。

 心ごと彼女と繋がった気分になって、これほどの幸せがあるのかと感動したくらいなんだ。

 忘れられるわけがない、忘れたくもない。


「こんな、体なのに。たくさん愛してくれた」


 ボクのせいでボロボロにしてしまった、かつてはとても美しかったはずの醜い身体。

 それでもカンナちゃんは綺麗だといって()めてくれた。

 嬉しくて嬉しくて、何度も泣いてしまったっけ。


「……キミのものなのに、ごめんね」


 ボクは胸に手を当てて呟いた。


 ──あれ、その、カンナちゃんはどこへ行った?

 地下室にまで響いてくる地鳴りのようなものは、まさか。


「今、戦っているの?」


 ボクは急いで衣服を身に着ける。

 昨日着ていたものだけど仕方がない。

 慌てていたせいで多少着衣に手間取ってしまったけど、まだ間に合うだろうか。


 ボクは部屋の扉を開け、上階に向かって足を踏み出す。

 と、その際にひらりと何かが床に落ちた。

 視界の端で、それを捉える。


「あ」


 それは一枚の古ぼけた写真だった。

 ボクが肌身離さず大切に持ち続けていた物。


 良かった、写真が落ちるのを捉えたのが左側の視界で。

 ボクは右目が悪いから、物の輪郭を捉えることが難しいんだ。

 ましてやこんな薄明りの中。

 大切な宝物を落としたのに気付かなかったら、ボクはどれほど後悔しただろう。


「行ってくるよ、マイシィ」


 ボクは写真の中の彼女に話しかける。

 そして、真ん中に写っている銀の髪の少女を指でなぞるようにしながら言った。


「今行くからね、カンナちゃん」


 今日がきっと、彼女との約束を果たす日になる。

 確信めいた何かを、この借り物の胸がはっきりと感じ取っていた。

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