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魔女編23話 友達だからこそ

 夕方。俺は所用を終え、隠れ家に向かって飛行していた。


 今日一日の動きを思い返してみるが、なかなかに上出来(じょうでき)であったと思う。

 セシルと喧嘩して接吻(キッス)で魅了し、アルカに会って魔女の情報を植え付けた。

 昨日エリスと会話できなかったのが悔やまれるが、弟や妹と接点を持ったことで状況は良い方向に向かったはずだ。

 エリスについてはまた後日コンタクトを試みてみよう。


 スラムを遥か眼下に収め、町外れの高台にある寺院跡に降り立つ。

 最奥部(さいおうぶ)にある保管庫の扉まで歩いて行こうとした時、折れた柱の影に人が立っているのが見えた。


 (あご)のラインが美しい人だった。

 西洋の人形を想起させるような、赤い髪の麗人だった。

 彼女はその鮮やかな髪の色とは対照的な白を基調としたワンピース姿で、まるで俺の帰りを待っていたかのようにこちらに歩み寄ってくる。

 彼女のグレーの瞳が悲しげに揺れた。


「どうしてここが分かったんだ、マイシィ」


 俺は彼女に話しかけた。

 質問の答えなど、本当は分かっている。

 どうせアディに聞いたのだろう。


 ところがマイシィはふっと微笑(ほほえ)みながらこう告げた。


「アディーネに聞いたとか考えてるんだろうけど、違うよ。カンナちゃんなら、こういうところを拠点にするだろうなって目星をつけていたんだ」

「……嘘、だろ」


 いくら王都で偶然(?)の再会をしたとはいえ、その状況だけで潜伏先を推測できるものか。

 より多くの情報を集めないと無理だろう、普通は。


 俺が眉間(みけん)(しわ)を寄せたまま口をぽかんと開けていると、マイシィは舌を出した。


「嘘。本当はアディーネを尾行したんだよ」

「……それも胡散臭(うさんくさ)いがな」


 アディの体は瞬発力を増強させた人造人間(ホムンクルス)のそれだ。

 気配(けはい)を悟られずにあの速力に着いていくなど並外れた技能がなきゃ無理だ。

 と、なれば残された可能性は一つ。

 アディがわざと尾行させたのだ。


 まあ良いや。考えていても仕方がない。

 居場所が割れてしまったのは事実だから、俺はさっさと移動するだけさ。


「待って、カンナちゃん」


 俺は(きびす)を返して立ち去ろうとしたが、背後からの声に、思わず足を止めた。

 もう一度振り返ってマイシィを見れば、彼女は優しく、そして相も変わらずに悲しげに微笑んでいる。

 そこに敵意は感じられない。

 俺は話を聞くことにした。


「なんだよ」

「私達、明日の便で魔法国へ帰るから」

「そうか。さみし──」


 寂しくなる、のか、俺は。

 俺とマイシィは幼馴染(おさななじみ)だけど敵同士で、今回だってたまたま出会っただけで長い時間言葉を交わしたわけでもない。

 それなのに、俺は寂しさを覚えているのか。


「……なんでもない。ああ、そうだ。どうせ帰るならアロエに手紙を渡してほしい。あ、あと金も。ここの隠れ家に蓄えがあるんだ」

「もう、カンナちゃんは本当にアロエちゃんが大事なんだね」


 何を今更になって当たり前のことを。


 きっかけは、そうだ、マイシィに対する嫌がらせの犯人捜し。

 あの時は確か、マイシィの事がなんとなく好きだった気がするけど、あれから十年以上も俺を支えてくれたのはアロエだ。

 俺が辛い時も、犯罪者になったとしても、ずっと(そば)にいてくれたのはあいつなんだ。


「その愛情を少しでもエメ君に……ううん、何でもない」

「エメダスティか。俺は別にあいつのことは嫌いじゃなかったよ」


 もしかすると過去改変が成功した先の未来では、俺はあいつと付き合っているのかもしれない。


 ──そうだ、いっそ俺を中心としたハーレムでも築いてみようか。

 ロキとアロエを正式な配偶者として、エメダスティやマイシィ、アディにソラン……男女比で言えば女に偏っている気もしなくはないが、そんな感じの集団を(はべ)らせて悠々自適な生活を送るのだ。

 自由奔放とも言う。


「……カンナちゃんが変な妄想してる時のカオしてる」

「ほぁ? し、してねーよ」

「ふふ、どうだか」


 お、なんだか久しぶりにマイシィの笑顔を見た気がする。

 見晴台(みはらしだい)の戦い、いや、飛空艇事故……そうじゃない。

 ロキが死んだ後くらいからは、マイシィは俺の前で笑うことが無かったような。

 どこか俺に遠慮しているというか、“病み”を感じるというか。


「そういえば、エイヴィス共和国で食ったクマの肉は割とイケたぞ。マイシィも今度食べに行ってみなよ」

「ざんねーん、あの辺の野生動物は一通り試食済みなのだ」

「なにおぅ。じゃあ、“夜闇のドラゴン”の肉は?」

「ああ! “夜闇”は美味しいよね。発電器官なんか特にプルプルでさぁ」

「……お前すげぇな」


 マイシィは腰に手を当て、ポーズを決めると、白い歯を見せた。


「美食研究家ですから!」

「寄食研究家の間違いだろ」


 気が付けば俺の頬も緩んでいた。

 そんな俺の顔を見て、マイシィも笑う。

 ただし今度は、再びその瞳に悲しみの色を浮かべていた。


──


「ねえカンナちゃん。ニコルに聞いたよ? 女の子を助けるために人を殺したんだって?」

「殺しておけばこれ以上の被害は出ないだろ。実に合理的だと思うがな」


 寺院跡の瓦礫(がれき)に腰かけながら、俺とマイシィは話し込んでいる。

 学生時代に時が戻ったみたいだが、内容はあの頃より物騒だ。


「後処理のことも考えなよ、ニコルとニコちん、あの後大変だったみたいだからさ」


 あの時は部屋を出ていくアルカを追いかけて、俺も現場をすぐに立ち去ったからな。

 結局兄達がどうなったかなんて気にもしていなかった。


 どうやら、表で倒れていた見張り連中に気が付いた保安隊員が、応援を呼んで部屋に突入、女は保護され兄達も身柄を拘束されたらしい。

 すぐに俺の仕業だと判明したから解放はされたが、旅行期間中、彼らはずっと保安隊員に行動を見張られていたようだ。

 つーか俺の罪状が増えちまったよ。

 ニコニコンビも誤魔化しといてくれればいいのに。


「二人には、あー、ごめんって伝えといてくれ」

「軽ッ」


 マイシィは盛大に溜息を()いて、でも、それ以上は何も追及してこなかった。

 人道のためとはいえ、人殺しは人殺し。

 マイシィの性格ならもっと責めてくると思ったんだけどな。


「ほんと、カンナちゃんの倫理観ってどうなっているんだか」

「んー? 人とズレてはいるのは自覚しているけど、間違ったことはやっていないと思うぞ」

「──クシリトさんを(おとしい)れた件も?」


 お、踏み込んできたな。

 そいつは俺達の確執を決定づけた一件じゃないか。


「俺は自分の守りたい物の為に全力を尽くしたまでさ。上級魔闘士になんて勝てるはずないんだから、非道な手を使ってでも無力化する必要があったんだ」

「非道であることは、理解してるんだね」

「当たり前だ。俺の(おこな)いによって傷ついた奴がいたことも、当然分かってるよ」


 少なくともクシリトの家族の運命はあの事件によってねじ曲がったんだろう。

 (メイサ)は暴行を受けて死に、長女(エリス)は病がちな体を売って、長男(セシル)は仕事もせずに暴力三昧(ざんまい)次女(アルカ)も傷害事件を起こし、その後は復讐に取り憑かれた。


 ……だが、それは俺の守りたい物とは無関係な事象だ。

 自分の世界と、他人の世界。

 天秤(てんびん)にかけるまでも無い。


「それでも俺は、いざという時には他人の命を犠牲にしてでも身内の利益を優先するよ。それが今の俺だ。この世界での、俺の行動指針だ」

「──この世界、か」


 マイシィは暗くなりかけた空を見上げていた。

 俺もつられて天を(あお)ぐ。


 一番星だか二番星だかが、いくつかうっすらと輝いているのが見える。

 寄り添いあうように並んでいるあの星々は、まるで俺とマイシィみたいだ。

 とても近そうに見えるのに、本当は二つの星は何万光年と離れた場所にあるのだ。

 たまたま地球から見た二つの星の角度が似ていただけ。

 連星(れんせい)でも伴星(ばんせい)でも何でもない。本当は果てしなく遠い隣人だ。


「カンナちゃんはきっと、この先何度生まれ変わっても同じような生き方をすると思う。今回がそうであるように」


 何か、やけに含みのある言い方だな。

 今回というのはどのあたりを指し示すのか。


「俺はそうは思わない。生まれ変わったら、案外まっとうに生きているかもしれないぜ」

「そうだと良いけど」


 俺はマイシィの横顔を見た。

 俺の大好きだった、人形みたいな綺麗な顔。

 今は随分(ずいぶん)と大人びて、強い意志を感じるその顔。


「もし生まれ変わって、外道に堕ちずに生きることが出来たなら……その時はマイシィ、また友達になってくれるか?」


 マイシィは俺の方は見ないまま、薄く口角を持ち上げる。

 そのまま眼を閉じて、言い聞かせるように呟いた。


「私は今でも、カンナちゃんのことは友達だと思っているよ。友達が道を踏み外したなら、全力で叱ってあげるのも友達の役目だと思ってる。だから、私は……私達はずっと戦ってきたんだよ」

「ああ、そうか。ありがとう、マイシィ」



 そして、ごめんなさい。

 何故なら俺は、もう一度だけ外道に堕ちなければならない。

 罪も無いノール家の人達を、もう一度絶望の(ふち)に叩き込まなければならないからだ。

 上手く行くかもわからないような時間修正の為に、俺は……。


 ──俺達はその後も星空を見上げながら言葉を交わした。

 他愛も無い会話を徒然(つれづれ)なるままに。


 そうして日が完全に落ちた頃、俺たちは別れた。

 俺は去りゆく背中を最後まで見届けることもせず、マイシィに背を向けるように立って、空の彼方を見つめ続けていた。


 先程まで空の中で一際光って見えた一番星と二番星は、遅れて輝き出した星屑の中に紛れて、今はどこへ行ったのか分からなくなってしまった。

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