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魔女編17話 殺人鬼ごときが

「ちょ、なんだてめぇら──ブハァッ!?」


 女の悲鳴を聞きつけた俺は、外に突っ立っていた見張り役と(おぼ)しき三人組の男を雷魔法で一瞬で戦闘不能にして、建物内に侵入した。

 兄達も後に続くようにして部屋の中へ。


 そこは放棄された売春小屋。

 十年ほど前までヤクザだかマフィアだかのシノギの一つとして経営されていたであろう場所だ。

 古ぼけたアパートのような外観で、ベッドがギリギリ一台収まるほどの小部屋がずらりと並ぶ。

 訪れた男性客は部屋の入り口に立つ少女達を吟味(ぎんみ)して、受付に金を払い、部屋に入ると欲望を撒き散らすのだ。


 だが、《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の活動期に王都レオの裏産業は滅び去った。

 元締めとなっていた裏組織を俺達が潰したからだ。


 この小屋も当時の騒乱の中で放棄されたものの一つのように思う。

 少なくともここ数年で正規の使い方をされた形跡はない。

 俺が小屋の扉を開けて侵入すると、そこは部屋同士を仕切る壁は乱雑に崩されて、大きな部屋のように改造されていた。

 どうも裏組織のいなくなった後は地元の半グレ集団の溜まり場と化していたようだ。


「誰だてめぇら!」


 中にいた男達が俺達を(にら)む。


 彼らは今、まさに三人の女性を乱暴している真っ最中であった。

 ベッドを二つ横並びにくっつけただけの簡易ダブルベッドをゴツい男達が取り囲み、暴れる女性らを押さえつけながら衣服を脱がしにかかっている。

 無理に引っ張るものだから、所々がビリビリに破れてしまっていた。

 

 あーあ。女性達の中の一人は見るからに未成年だな。

 年端(としは)もいかない少女は、突如現れた俺達にも怯えたような視線を向けていた。

 連中の仲間だと思ったらしい。


 辺りを見回してみれば、なるほど、ガラの悪そうなクズどもだ。

 若者中心のギャングチームという感じでもなく、構成員は中年男性が多い。

 ヤンキー上がり、もしくはヤクザ崩れか。


「た、たすけ……」


 女の一人が俺達に救いを求めて手を伸ばした。

 アッシュの髪の彼女は顔や太腿に大きなアザが出来、唇が切れて血が(にじ)んでいる状態だ。

 ここに連れて来られる前にも酷い暴行を受けていたのかもしれない。


「黙れこのアマ!」


 すかさず彼女を一人の男が平手で(はた)く。

 小突(こづ)くというレベルをとうに超えて、本気のビンタである。

 助けを訴えてきたアッシュ髪の女性は鼻血を噴き出し、白目を()いて仰向(あおむ)けに倒れた。

 おいおい、脳震盪(のうしんとう)でも起こしたんじゃないか。


 そんな中、残るもう一人の女性は男たちに対し必死の抵抗を試みている様子であった。

 彼女は長い黒髪を振り乱しながら全身をばたつかせていて、男達の渾身の力で押さえ込まれている。

 目隠しに猿轡(さるぐつわ)……一人だけやけに厳重な束縛だ。

 作業用ロープで拘束された両手首は皮膚が擦り切れて非常に痛々しい。


「ンだよてめぇら、表の奴らはどうした!」


 男が数人、肩を張って外股(そとまた)気味に威張り歩きしながら俺の方へ寄って来た。

 接近するなりわざとらしくタバコの煙を吐きかけてきたため、魔法力場でそれを(はば)んだ。


「見張りなら全員倒したよ」

「あン? マジかよ役に立たねーなあいつら」


 俺は片眉を上げて鼻で笑って見せた。

 肩を(すく)め、諸手(もろて)を天井に向けて、挑発する。


「ほんとショボいよな。表の連中、たった一人の女相手に一瞬でダウンだぜ。どーせお前ら全員そんな感じのレベルなんじゃないの?」

「ンだとゴルァ」


 俺の目の前にいた天辺禿(てっぺんはげ)の男が安い挑発に乗ってきた。

 彼は大股で俺との距離を詰めると、俺の胸倉に向かって剛毛で覆われた腕を伸ばす。

 はぁ……買ったばかりの服なのに、また襟口を掴み上げられるのか──などと内心で溜息を漏らす俺だったが、男の手は横から伸びて来たニコルによって弾かれた。


「カンナに触るんじゃねえよハゲオヤジ」


 ニコルはまるで俺を守るように腕で制しつつ前に出る。

 強さで言えば俺よりも数段階格が落ち、多分この空間の中でも最弱に近いと思われるくせに、一丁前にガードしてくれるところ、男気があって大変よろしい。

 嫌いじゃないぜ。“俺の世界”に含まれていなかったのが不思議なくらいだ。


 そんなニコルに触発されてか、ノイド家のニコルも負けじと前に出た。

 氷の魔法を起動して、微小な棘を空中に展開すると、男達に向かって凄んだ。


「その娘達を離せ、下衆(げす)ども」

「あぁ?」

「彼女らを解放しろと言っている」


 叫んでいるわけでもないのに、威圧感が半端ない。

 うちの兄はそんじょそこらのチンピラとは眼力が違うのだ。

 なにせ全てのイケメン要素を目つきの悪さだけで全崩壊させてしまうほどなのだから。


 しかし、カッコいいところあるじゃんニコニコンビ。

 正直見直した。

 男たるもの、所帯を持つと、女性への庇護(ひご)意識が目覚めるものなのかねぇ。


 だが、兄の要求を男達は嘲笑(あざわら)った。

 魔法力はともかくとして、体つきだけを見れば相手方の野郎どもの方が全体的に筋肉量が多いから、兄達は見くびられてしまったのだろう。

 奴らは女達を解放するどころか、こちらを挑発するようにほくそ笑んでくる。

 猿轡をした黒髪女の尻を持ち上げ、屹立(きつりつ)したものを挿入するフリまで見せるような奴もいる始末。

 俺も相当なクズだが、こいつらを人間とは認めたくないと本気で思った。


 前世で自分のしたことを考えるとある意味では同族嫌悪かもしれないが、少なくとも俺は理不尽に性暴力を振るうよう命じたことは無い。

 改めて思う。

 《銀の鴉(シルヴァクロウ)》がもう少し長く活動できていたらってさ。


「おい、お前ら」


 その声が聞こえた瞬間、男達の緊張感が増したように感じた。

 俺達の前に立ち塞がっている天辺禿らも、女達を乱暴していた連中も、皆が等しく表情を固くする。

 なんだ……?

 それほどまでに影響力のある存在がいるのか?


「そいつら……さっさと片付けろ」

「はいすぐに!」


 声の主は、ほっそりと痩せた中年男性だった。

 内蔵がやられているのか、不健康そうな肌の黒さ。

 そして濡れているような光沢を持つ、癖のある黒い長髪。


 痩身(そうしん)長髪の男の指図(さしず)に、女達を囲っていた男達ですら手を止める。

 各々が武器を持ち出し、ジリジリと距離を詰めて来た。


 こいつがこの連中のまとめ役か?

 彼は暴行には参加せず、一つ奥のベッドに腰掛けたままタバコを吹かしている。

 鋭い眼光を妙にギラギラさせて、仲間の狂乱を醜悪な笑みを浮かべながら眺めていた。


 こういう眼差しを、俺は何度か見たことがあった。

 これは人殺しの目だ。殺すことに愉悦(ゆえつ)を見出している殺人鬼の目だ。

 なるほど、この男の目的は、仲間達が好き勝手にした成れの果てを殺害すること。

 ボロボロになるまで痛めつけ、なおも生きようと懇願(こんがん)する少女達の命を容赦(ようしゃ)なく刈り取ることに快楽を見出しているのだ。

 故に彼女たちの性を奪うことに興味は無く、生を奪う瞬間を今か今かと待ちわびている。そんな感じ。


 はぁ、舐められたものだ。

 たかが……たかが殺人鬼ごときにこの俺が殺せるはずが無いだろうが。


「ニコ兄、ニコちん」


 俺は脂汗を滴らせている同郷人達に声をかけた。

 ニコ兄はある程度覚悟を決めているようだが、ニコルなんかは手が震えてしまっている。

 彼らの正義感は買ってやるが、実際に戦わせるわけにはいかない。


「二人共下がってくれ。ここは俺一人で十分だ」


 んー、良いね!

 いつか言ってみたかったんだよ、漫画やゲームみたいなこの台詞(せりふ)

 “ここは任せて先へ行け”も言ってみたいけど、その後死んでしまいそうなキャラのイメージがあるからやめておこう。


「は、はァ? だけど、この人数ではお前……」

「大丈夫だよ、ニコちん。今の()はそこらの魔闘士よりも強いんだから」


 心配するニコルに、俺はにこりと微笑んで見せた。

 自分的には幼い頃の無邪気なカンナちゃんスマイルを再現したつもりだ。

 彼は少し赤くなりながら素直に道を開けてくれた。

 うん、聞き分けが良くて助かるね。

 妻がいる身でこれだけちょろいと不安材料ではあるけれども。


「ハハッ、なんだお前。あんだけイキッといて結局女に戦わせるのかよ! とんだチキン野郎じゃねえか」


 ニコルを馬鹿にしてゲラゲラと笑い始める男達。

 自分達がこれからどんな目に遭うのかまるで理解できていないのだろう。可哀想なことだ。


 ただ一人、まとめ役の痩身長髪だけは、俺の(まと)う気配が変化したのを察知したようだった。

 同類を()ぎ分けるセンサーのようなものが働いたのだろう。

 仲間達が俺を取り囲む中、奴は音を立てないように慎重に立ち上がると、じりじりと後退していく。


 ──おーい野郎ども。お前さん達のリーダーもまた“とんだチキン野郎”だぞ。

 だが、それが正解なんだ。

 逃げること、退(しりぞ)くことがいつも悪い選択ということはない。

 絶対的な強者を前に撤退を判断できるかどうかもまた能力の内なのさ。


「魔法腕、展開」


 俺は大気に満ちた魔晶に働きかけて魔法力場を練り上げると、肉眼では見えない腕状の構造体を作り出した。

 魔法腕を視覚として認識できるのは、普段から頭頂眼を使い慣れている者だけだ。

 この場において魔法腕を認識しているのは、おそらく俺と兄、そして相手型のリーダーだけだろう。


 俺はクズどもに微笑(ほほえ)みかけた。


「それじゃ、バイバイおじさん達。来世では真面目に生きるんだよ♪」

「おい待てカンナ! やめろぉぉおおッ!」


 兄が慌てた様子で叫んだのを完全に聞こえない振りをして、俺は目的意識のままに行動する。

 兄は妹が何をするか気づいていたのだろうな。

 だけどもう遅いよお兄ちゃん。

 俺の殺人を止めるためのターニングポイントなど、十九年も前に通り過ぎているのだから。


──


 こうして、俺達は静けさの中に立ち尽くした。


 周囲に転がるのは人型の有機物だ。

 ほんの数秒前までは人間だった物体だ。


 顔は正面を向いたままで床に倒れ伏す男達。

 よく見れば、彼らの頭部は横方向に一回転し、背中を回って再び正面へと向けられたことがわかる。

 もしかすると今でも意識を保っている者がいるかもしれないが、どのみち首の神経を()じ切られた状態ではなんの反応も出来ないだろう。


「カンナ……お前ってやつは」


 兄は眉間(みけん)に物凄い(しわ)を作りながら、目を泳がせていた。


「女の子助けるのに一番手っ取り早い方法はこれだろ。中途半端に取り逃がせば、新たな被害者が出ただろうし」

「そうだとしても、命を奪うのを即決するなんて」

「これが今の俺だよ、ニコ兄」


 俺は人道意識など、とっくに捨ててしまった。

 いや、むしろ人道のことを考えるならクズどもは殺すのが正解だろう。

 うん。だから、俺は何も悪くない。


「……さて、事情聴取のお時間だよ♡ お・じ・さ・ま」


 俺はたった一人だけ生かしておいた、痩身の男に向けて満面の笑みを向けた。

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