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魔女編07話 本音の先は

 火を囲み、出会ったばかりの見知らぬ少女と一緒に死にたてほやほやのクロウの肉を食べる。

 相棒の肉を食らうなど、我ながら常人には理解されない行動をとっているとは思うが、少女が平然と受け入れたのは意外であった。

 ぶっちゃけ彼女にとっては今日初めて出会った一頭のドラゴンに過ぎないから、食材として提供されても別に平気なのかもな。


 褐色肌の彼女は狼の仮面を頭のサイドにずらし、無心に肉を頬張(ほおば)っている。

 紅色の瞳。何を考えているか分からない。

 頬が膨らむくらいに大きくかじりついてもぐもぐと咀嚼(そしゃく)する様は何とも可愛らしいものの、とにかく表情らしい表情を見せない娘だった。


 コイツは一体何者なのだろう。

 情報屋と自称していたが、だとしても俺の前に登場するタイミングが完璧すぎやしないだろうか。

 まるで戦闘終わりにここに着陸するのを計っていたかのようだ。


「お前、名前は?」

「アディーネ・ローラット。アディって呼んで欲しい」

「そうか、アディ。お前の目的はなんだ」


 俺がそう尋ねると、アディは肉を食う手を止めて俺の顔をチラリと見た。

 彼女は俺を一瞥(いちべつ)してから間もなく肉の方へ顔を戻し、一口頬張りながら言った。


「キミを相手に商売をすること。きっと良いお客様になりそう」


 正直今の俺は金も無いコネもない、力はそこそこあるけれど最強ではない。

 自分で言うのも何だが、顧客にするには少々不都合な点が多すぎるのだ。

 やはり何か裏の意図があると思える。


「本当にそれだけか?」


 俺は尋ねる。


「それ以上は情報料を貰うの」

「ふーん。じゃあ、地獄行きのチケットで良いか?」

「……」


 アディは口で肉を(くわ)えながら両手を()げた。

 降参のサイン。

 その最中でも口だけはもごもごと咀嚼を続けているのだから、食欲は相当なものだな。

 彼女は口に含んだ肉片を嚥下(えんげ)すると、俺を見つめながらこう言った。


(のど)につっかえた。お水ちょうだい」


 俺は「自分で水魔法を使えば良いだろう」と(あき)れながらに告げる。


 すると彼女は今気が付いたかのようにぽんと手を打ち鳴らし、空気中に水の玉を作り出すなり大口を開けてそれを飲み干した。

 フザケているのかと小一時間問い詰めたくなる衝動に駆られるが、ここは抑えないと。


「ぷは。おいしい。水も、空気も、お肉も」

「そうかい。で、お前の本当の狙いは何だ。返答によってはお前を殺す」


 今度は脅し文句を付け加えた。

 俺はやると言ったらやる女だ。

 敵に追われて窮地(きゅうち)に追い込まれている現状、相手の出方次第ではマジで殺さなければな。


 アディは岩に腰かけたまま、俺に向かってやや前のめりになって答える。

 表情は、相変わらずの無感情。 


「キミと友達になること」

「なんだって」

「ボク、キミのファンなの。キミがたった一人で《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の仲間を処刑場から救い出したあの時、ボクはすぐ近くで見てた。すごく、カッコよかったの」

「そりゃどーもだな」


 これがアディの本心なのかどうか、表情が無いから全く判別が出来ない。

 正直、もっとビジネスライクで来て貰ったほうが()(がた)かった。

 損得(そんとく)で動く人間なら、その動向は推測しやすいからな。

 逆に信頼もできるというものだ。


「なんか、納得がいっていないみたい」

「初対面の奴にいきなり友達になりたいなんて言われて、“じゃあ今日から友達ね”なんて打ち解ける奴は間抜けだよ。そいつが自分に害をもたらす存在でないという保証は無いんだ」


 もっと狭いコミュニティの中における付き合いならば、初対面でも友人となることは容易だろう。

 一方で、この広い広い世界に揉まれながら生きていくには、疑心を忘れてはならないのだ。

 相手を疑って、疑った先に信頼があるのならば、それは生涯の友になろう。

 しかし、疑いもせずに無条件で友情を受け入れるタイプの奴は……残念だが、詐欺師(さぎし)の良いカモだぜ。

 前世で友人を(だま)して会社を乗っ取った俺が言うのだから間違いないよ。


「と、いうわけで俺はお前を信用しない。おーけー?」

「ん。それでも良いけど、困ったの。ひょっとしてボクはここで殺されてしまうのかな」


 そういう割には平然と肉を頬張っているのだから、分からない。

 俺が与えたのは前脚の肉だが、それをぺろりと平らげたアディは“おいしかった”と小さく(つぶや)いて目を(つむ)った。

 肉の味を思い出しながら脳内で反芻(はんすう)しているのだろうか。


 クロウには良い物を沢山与えてきたからな。

 これで肉がマズいとか抜かす(やから)がいたら、それこそ俺はそいつをぶっ殺してしまうかもしれない。


「こんなところで殺さねえよ。お前を見定めるのはもう少し後だ。情報屋なんだろう? 利用価値があるのか確かめさせてもらうぞ」

「そっか、よかった」


 無表情のまま安堵(あんど)の言葉を述べるアディ。

 心なしか、紅色の瞳が揺れている気がした。


──


 アディに遅れること五分弱。

 俺も食事を終えて、後片付けを始めた。


 保存食にするために燻製(くんせい)にしていた肉を袋に入れる。

 まだ少し生っぽいが、夜寝る時にどこかで干しておこう。


 クロウの遺体の残りは荼毘(だび)に伏し、穴を掘って埋葬することに決めた。

 一気に燃やすと煙で敵に位置が特定されそうなので、面倒だが小分けにして少しずつ焼いていく。

 アディは、終始無言で俺の作業を見つめていた。

 これにはとてつもない時間ががかり、結局昼食でもクロウの肉を食らうことになった。


 俺がクロウの処理をしている間にアディは街に買い出しに行っていたようで、昼食の時にはパンを持っていた。

 毒が盛られているんじゃないかとか色々と警戒しつつも、結局は有り難く頂く。

 久々の穀物は、それはそれは美味(おい)しかった。


 クロウの遺灰を穴の底に投げ入れる。

 アディは手を合わせて神に祈りを捧げた。あるいは、クロウの魂に、かな。

 彼女の姿は、どことなく、“ご馳走様(ちそうさま)”のポーズに見えた。


 俺はそういう儀式めいたものに興味はないけれど、昔どこかで聞いた食人の文化を思い出した。

 死した者の血肉は、食を通じて生きている者の体へ受け継がれるのだ。

 きっとクロウの魂も少しは俺の中で生き続けてくれるだろう。


 ──そうして、日も傾きかけた夕刻。

 俺は思いの(ほか)長居してしまったこの森を出立することにした。


 アディは仮面を付け直して俺に向き直り、尋ねてくる。


「キミはこれからどうするの」


 どうしよう。

 何も考えていなかった。

 クロウがいるならばマムマリアのさらに南を目指して移動し、王都レオのスラムあたりに潜伏しようと思っていたが、今は足が無い。


「……さあな。クロウもいなくなったことだし、のんびりと登山でも楽しむとするかな」


 なんて言い方で誤魔化(ごまか)しているが、敵に見つからないよう人目を避けたければ、山道を選ぶしかないのだ。

 マムマリア王国は島の中央を南北に山脈が走っており、その峰々を縦走すれば理論上は島の北端から南端まで移動ができる。

 魔法のおかげで登山テクも特に要求されないから、敵に見つかりにくいという意味では街道を行くよりは遥かに安全だ。


 だが、仮面の少女は俺の言葉を聞くなり、無言で(てのひら)を差し向けてきた。


「……なんだよ」

「情報料」


 じょうほうりょう……?

 ああ、そう言えばコイツは情報屋だったな。

 急にビジネスを展開し始めやがる。


 何故(なぜ)に今──と、しばし逡巡(しゅんじゅん)して、はたと思い至る。

 これって、大事な局面じゃないか?


「クロウの干し肉で良いか」

「ちょっと迷うけど、駄目(だめ)


 あ、迷うんだ。

 だが却下されたため、仕方なく俺はポーチから光竜石の一番大きいのをアディに渡した。

 はじめ、街の位置を聞こうとしたときには“高すぎる”と拒否された奴だ。


「ん」


 今度は素直に受け取るアディ。

 つまり、これから話す情報はそれだけ貴重だということだ。

 彼女は自分のポンチョの内側に鉱石をしまうと、ポツポツと話し始めた。


「ボクの“眼”からの情報によると、中央山脈には今、王国軍の山岳部隊が多数配置されているらしいの。加えて東の街道には岬の砦の残存兵やクシリト・ノール上級魔闘士が網を広げている。西の街道は比較的手薄」


 やはり東の街道が最も厳重に警戒されている。

 しかし山脈ルートにも部隊を配置されているとなると、無計画に山に向かうことは出来ない。

 西が手薄という話だが……。


「西の街道へは山脈を(また)がないといけないから、どのみち王国兵に見つかる、ってか」

「ん。その通りなの」


 王国軍もなかなかに考えていやがるな。

 だが、この布陣では、まるで俺が島の東側に逃げ込むのを知っていたかのようじゃないか。

 そうでもなければ、わざわざ西を手薄にする意味が無い。


「……アディ。お前何かしたろ」


 俺が殺意を向けて(にら)みつけるも、仮面の少女は微動だにしない。

 きっと仮面の下の表情も、一ミリだって動いてはいまい。


「ボクは情報屋。報酬さえもらえれば、どんな相手にも情報を渡すの」

「てめぇ……!」


 俺はアディに詰め寄り、彼女の胸ぐらをつかんだ。

 勢いのままに狼の仮面を引き()がし、紅色の綺麗な瞳の奥を覗き込むようにして威圧した。

 そして──。


 ……気付いた。

 気付いてしまった。

 彼女の秘密に、二つほど。


「お前、右目……視えてないのか」


 彼女の右目は瞳孔が開きっぱなしで、たとえ光を感知していたとしても酷くぼやけて物体を捉えることは難しいはずだ。


「そう。右目は使い物にならない。でも、安心して。昔から、片目が見えない事には慣れているの」

「それに、お前の目の奥……」

「気付いたの?」


 開きっぱなしの瞳孔の、さらに奥。

 うっすらと透けて見えるのは脳と神経を繋ぐ生体プラグ。

 まるで眼球だけ後からはめ込んだような……否、脳を後から移植して神経を繋ぎ合わせたような痕跡が見て取れるのだ。


人造人間(ホムンクルス)なのか、お前」


 アディは胸ぐらを掴んだままの俺の手を優しく押し払うと、地面に落ちた狼の面を拾い上げた。

 切れてしまった仮面の留め具を表情もなく見つめながら、彼女は言う。


「そう。ボクは人造人間(ホムンクルス)。キミと同じ、“完成された”人造人間(ホムンクルス)なの。でも、右目だけは何度やっても神経が繋がらなかった、ある意味で“不完全な”人造人間(ホムンクルス)


 表情が無いのも、人造人間(ホムンクルス)だからなのか。

 いや、一瞬だけ目に感情が灯った瞬間があったから、これは出自に関係のない彼女の個性なのかもしれない。


「ああ、あと、おっぱいももう少し大きくしてもらえば良かったと後悔している不完全な人造人間(ホムンクルス)

「──その辺はどうでもいいわ!」

「アディちゃんジョーク」


 能面みたいに動かない顔で冗談とか、どう反応すれば良いか分からないからやめれ。

 しかし、ジョークを交えることすらできるなんて、確かに彼女は俺と同じような存在なのだろう。

 普通とは一線を画した完成度の個体だ。


 俺はやれやれと肩を(すく)めてから、アディに改めて問い直すことにした。

 今ならば、彼女もありのままを話してくれる気がする。


「お前の目的はなんだ、アディ」


 彼女はしばらく俺の顔をじっと見つめて、やがてはっきりとした口調で言った。


「ボクと一緒に来て欲しい、カンナ・ノイド。そして──」


 ようやく聞けた彼女の本音。

 瞬間、不覚にも俺は……彼女に惚れてしまうことになる。

 アロエという最愛の人がありながら、ロキという最愛の人がありながら、俺は、堕ちた。


「キミに、殺してほしい人がいるんだ」


 アディはそう言って、微笑(ほほえ)んだ。

 その恐ろしくも柔らかな笑みに、俺の心は釘付けになったのだ。

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