魔女編05話 国渡りの攻防
「灼き焦がせ!“収束焼夷弾”!!」
俺の手から放たれた炎塊は空中で炸裂し、より小さな炎弾となって地表に降り注ぐ。
俺はそのような炎塊をいくつも生成すると、敵に向けて連射した。
敵陣はまさに、火の雨が降り注ぐ地獄のような環境である。
「怯むな! 飛行部隊、行けェ!」
炎を掻い潜るようにして、五、六人の男女が上空の俺に向かって高速で迫って来る。
彼らはマムマリア軍に協力する魔闘士で、背中にコウモリの羽のようなデザインの飛行デバイスを装備していた。
空中戦に対応するための装置であり、風魔法を効率よく利用するために開発されたらしい。
加速の際には羽を閉じて抵抗を減らし、滞空や滑空の際には羽を展開して魔法発動の気力消費を抑える仕組みだ。
聞けば非常時用のパラシュートまで備えているという。
「技術が……発展しすぎだろう、《魔法世界》!」
俺は叫びながら、とある魔闘士の繰り出した氷の刃を、相手と同じく氷魔法を使って受け止める。
クロウの飛行スピードを上回る速度をもって他の魔闘士達を置き去りにし、俺に迫るなり真っ先に攻撃してきたこの男は、俺のよく知る上級魔闘士その人だった。
「技術の発達は君のおかげでもあるんだがな、銀の魔女さんよ!」
「ぐッ……クシリト・ノール!」
風でヤツを吹き飛ばそうとするも、相手の魔法力の方がずっと強力。
奴は魔法力場を自身の後方に展開して竜巻のような気流を発生させると、より一層俺への剣にインパクトを乗せてきた。
「君が作ったんだよ、この流れは! 君を追い詰めているこの発明は、《銀の鴉》が出資していた技術者達の成果物なんだから!」
「はッ! 良いことしてんじゃん俺。だったら……少しは見逃せよクソ野郎!」
鍔迫り合いでは圧倒的に俺のほうが不利だ。
女の体では多少鍛えたところですぐに限界値が来てしまうのだ。
もっとも、クシリトの筋力には並の男でも敵わないと思うけどな。
このまま押し込まれる……そう考えた時、機転を利かせたのはクロウだった。
彼は身を翻すようにして軸をずらし、クシリトのプレッシャーを受け流した。
ナイス判断。
俺はクロウの背を撫でると、より高高度に向かって上昇するよう彼に命じた。
これ以上高い場所に行くと流石に酸素濃度が薄くなりすぎて体に不調をきたしそうだが、今はそうも言っていられない。
敵の襲撃から逃れるには、この手段しかない。
「いっけええええ!!」
背後にクシリトや他の魔闘士達の殺気を感じながら、俺達は雲間に向かって垂直に上昇していくのだった。
***
話は魔闘士達との戦闘開始から数時間前に遡る。
エイヴィス半島の先端付近に辿り着いたのが夕刻を少し過ぎた頃。
岩場の陰にクロウを休ませると、俺自身は近くにある都市ヒランドゥへと向かった。
そこで鉱石を換金して銅貨を手に入れ(かなり買い叩かれたが)、酒場で一杯だけイェールを煽り、民宿でシャワーを借りてからクロウの元へ戻った。
クロウの翼に包まれながら三時間ほど仮眠を取る。
世界が完全に寝静まったのを確認すると、俺達はエイヴィス共和国を不法出国した。
いや、そもそもが不法入国なんだけどさ。
海峡を越えるのに一時間も掛からないから、何もトラブルは起きないと高を括っていたのだけど、そういう時に限って問題は起きてしまうもの。
海峡の中間地点を少し越えてマムマリア王国の領空に入ったあたりで、俺達は突然攻撃を受けたのだ。
「避けろ、クロウ!」
俺が言い終わる前に、危険を察知したクロウが大きく旋回する。
刹那、俺達のいた場所を、黒く塗られた矢が掠め通って行った。
速い。弓から放たれただけにしては勢いが良すぎる。
これは大型の弩か何かに魔法の効果も加えて貫通力を底上げした代物に違いない。
眼下に目をやると、ようやく状況が見えてきた。
黒く塗装した小舟が何艘も浮かんでおり、そこからマムマリア軍が俺達に向けて対空砲火を浴びせかけているのだ。
あー、これは……バレているな。
俺達の動向が分かっていたからこそ待ち伏せていたとしか思えない。
一体どうして俺たちがマムマリアに入ろうとしていることが知られてしまったのだろう。
はっはっは、心当たりしか無くてわかんないや。
「止まれカンナ・ノイド!! 貴様を入国させるわけにはいかぬ!!」
「撃て、撃てぇぇい!」
海上から、そう叫ぶ声が聞こえてきた。
《銀の鴉》が魔法国において争乱を引き起こしたことは近隣国には知れ渡っているから、彼らが俺を国に入れないよう防衛に徹するのもわからなくはない。
が、とうに解散した組織のことでとやかく言われるのも良い気分ではないのだ。
「──逃げるぞ、クロウ!」
俺達は敵軍の攻撃を躱しつつ、時折牽制のための魔法攻撃を加えながら陸地へと急いだ。
こちらから魔法を使う時には最大限に手心を加えてやる。
決して殺してはならない。
死者を出せば無用なヘイトを溜めるだけで、利益を産まないからだ。
ところが、奴らは俺とは違って殺る気満々であった。
途中からなんとなく察したが、これは俺を食い止めるための作戦でも、捕らえるための作戦でもなく、殺すために組まれた布陣だった。
敵からの攻撃を避けるように動いていった俺達は、気がつくと敵の陣の目の前にいた。
マムマリア北端の岬にずらりと並べられた対空砲、重弩、魔法部隊……どう考えたって気合が入りすぎである。
「要するにアレかぁ? 海上からの攻撃は、俺をここに誘導するための布石ってことね」
弩の発射角度やタイミングをうまく揃えて敵を導く。
マムマリア兵の練度は相当なものだ。
俺が攻撃を避けきれずに海中に没したならそれはそれで良いわけだし、上手く策に嵌れば最大戦力で迎え打てる。
おーけー、そっちがその気ならこっちだって手加減はしなくて良いよな。
やれる限りのことはやってやろうじゃないか。
……そうだ、良いことを思いついた。
たった一人を相手に軍が破れ、死者も多数出たなんて事態になれば、たちまち軍の信用はガタ落ち。
王国政府としても責任は免れないだろう。
“カンナ・ノイドに手を出せば国の権威が失墜する”という噂が広まってくれれば万々歳、俺の平穏は約束されたも同然だ。
なんだ、はじめから我慢する必要なんて無かったんじゃないか。
「やるぞ、クロウ。──食事の時間だ!」
意気揚々と敵陣に突っ込んでいく俺。
王国軍に魔闘士が加わっており、合同作戦であることを知るのはこの後間もなくであった。
──
─
いや、勝てるわけないんだよなぁ。
俺の実力はせいぜい中級魔闘士をタイマンで倒せるくらい。
クロウの力も加われば上級魔闘士にも匹敵するだろうけど、その上級を含む魔闘士部隊と一国の軍隊が連携しているのだから、これは逃げる以外に選択肢はない。
俺はクシリトに追われつつ、回り込むようにして飛んできた他の魔闘士の相手もしなければならなかった。
高度は既に限界間近。
かといって降下すれば今度は王国軍の放火の射程に入ってしまう。
「しつ……こいんだよ、お前! そんなに俺が好きかよストーカー野郎!」
「娘より年下の女性を好きになることはない!」
真面目に返事をするな、こん畜生。
俺がクシリトの相手に集中していると、右前方の雲の中から女の声が響いた。
そうだった。
俺の相手は何人もいるのだ。
「落ちな、カンナ・ノイド! “火炎裂弾”!」
雲間から姿を現した女の魔闘士が、炎の斬撃を放った。
風と炎の複合技か。
俺はタイミングを合わせて、魔法力場を練って作り上げた見えざる腕──魔法腕で斬撃の横っ腹を弾き、技の角度を変化させた。
受け止めるんじゃない、流すのを意識しろ。
最小限の力でいなさなければ、先に気力が尽きるのは俺の方だ。
そうして弾かれた炎の斬撃は、後方のクシリトの方へ。
ただ弾くのでは芸が無い。
敵の攻撃を別の敵にぶつけてやるのが最も効率的だ。
俺は、技を使った際のノックバックで速力を落とした女魔闘士に、お返しの氷弾をぶち込んだ。
着弾を確信すると同時にクシリトの様子を伺う。
炎の斬撃は、果たして彼に届いたのか──。
「甘い!」
彼は体の向きを空中で半回転させ、攻撃を躱す。
そのまま背面飛行のような形態になり、スピードを増してクロウの腹側へと潜り込んできた。
やはり、一筋縄ではいかないか……!
「“天空昇雷”!」
「──やべっ!」
クシリトはクロウの下から上空に向かって電撃を放った。
空中戦において、最も反動が少なく速度を殺さずに済む魔法系統が雷なのだ。
そして電熱が空気中を走り抜ける速度は、光には遠く及ばないまでも、人間が視認した瞬間には目標物へ到達しているほどに速い。
光魔法と違い、威力を高めるための予備動作もほとんど必要なく、事実上最速かつ最強の魔法だ。
「ッ──!!」
体にドンという衝撃。
筋肉が硬直し、呼吸すらできなくなるほどのインパクトが体を通り抜けた。
痛みじゃない。衝撃だ。
痛覚すら麻痺して、何もできなくなるのが雷魔法の怖い所。
そして衝撃が抜け切った後になって、全身が焼き付いたような、鋭くも鈍い痛みが襲ってくる。
実はクロウには電流が効かない。
“夜闇のドラゴン”はとある生態のために、鱗が電流を通しやすくなっている。
では何故感電しないのかというと、電流が体表を伝ってしまうために内部まで通電しないからだ。
逆に言えば、クシリトの雷魔法の大部分はクロウに触れている俺に直撃してしまうのだ。
威力は随分と減衰されるものの、これはキツイ。
「カハッ……ッ!」
苦しい。
電撃を食らった一瞬、呼吸を止められた。
たかがコンマ数秒だが侮れない、
ただでさえ少なくなっていた体内の残存酸素量が危険域にまで迫っていたからだ。
呼吸を再開しても、得られる酸素はごく僅か。
雷による肉体ダメージよりも、酸欠の方がヤバい……!
「降下だ、クロウ」
たまらず降下を指示する俺。
クロウは直下のクシリトを避けるように旋回しつつ、高度を少し下げた。
そんな俺達を、敵が逃すはずもない。
雲の中に突入した俺達は、そこで待ち構えていた魔闘士達から一斉攻撃を受ける事になった。
四方八方からありとあらゆる属性の魔法が飛んでくる。
特に、雲の内部は水や氷の宝庫。
鋭くとがった氷の棘が、次々にクロウの鱗に傷をつけていく。
避けても避けても次の魔法があらぬ角度から迫って来るので埒が明かない。
「クロウ、ここは頼んだ」
「ガアアアッ!」
俺はクロウの鞍に取り付けたストッパーを解除して、空中へ身を躍らせた。
クロウを残したまま、風魔法を使い、雲を抜けて一気に降下する。
王国軍の陣地がすぐ真下に見える。
俺の姿を視認した敵軍は、一斉に砲身をこちらへ向けた。
「魔法腕、展開」
俺は見えざる腕を一杯に展開し、それを翼代わりにして落下速度に制動をかけた。
見えざる翼──魔法翼といったところか。
「ッテェえええ!」
指揮官らしき坊主頭の男の掛け声により、王国軍は砲撃を開始した。
実際には指令の声よりも先に矢の方が届いたわけだけども、そんな音速を凌駕する矢や砲弾を俺は何とか回避しつつ、時には弾き返しながら敵陣の上を飛び回った。
刹那、背後で稲光がした。
遅れて、空気の爆ぜる音が大音量で鳴り響く。
眼下の兵士達も、突然の雷鳴に怯み、攻撃の手を一瞬緩める。
二度三度の発光の後、やがてゴロゴロと余韻を残しながら音は消える。
同時に、魔闘士達の気配も消失した。
ただ、一人を残して。
「カンナ・ノイドぉぉおおお!!」
天の彼方から、クシリトが追って来る。
雲への突入を避け、風で雲を払いながら重力加速度を上回る勢いで突っ込んでくる。
それと同時に雲の中から複数体の表面の焼け焦げた何かが落下してきた。
人体に通電した際に残る、独特な火傷の跡が目立つ、肉の塊。
それらを視認したクシリトは、酷く顔を歪ませた。
「お前ら……っ」
それは、彼の仲間の変わり果てた姿。
こんがりとローストされた魔闘士肉の出来上がりだ。
結局、魔闘士で生き残ったのは一人だけ。
おそらく、他の魔闘士連中は知らなかったのだ。
“夜闇のドラゴン”はブレスを吐けない代わりに、電気を用いるのだということを。
雲の中は非常に通電しやすく、電流から逃げ延びる方法が無いということを。
「あははは、無知は罪だよな! 勉強しておけよな、うちのドラゴンが電撃使いだってことをさ!」
「くっ」
まあ、知らないのも無理はない。
ドラゴンの存在自体、《異常進化の世界》よりもたらされたイレギュラーなもの。
名前は知られていても、種ごとの特徴まで把握している者は数少ない。
普通は有名な“赤き鱗のドラゴン”のような火炎ブレスを警戒してしまい、水場での戦闘を選んでしまう。
そこが盲点なんだ。
「貴様、よくも僕の仲間を!」
おいおいクシリト。それは悪役に対する主人公の台詞だぜ。
まるで俺が悪者みたいじゃないか。
言葉は選んでおくれよ敵役。
クシリトは炎を纏うようにしながら、魔法翼を展開する俺に向かって突進してくる。
彼の両腕には、氷でできた刃が既に形成されていた。
氷の先端からは電気エネルギーがスパークしているのが見える。
彼は今、三系統の魔法を当時に行使しているのだ。
「来い!! クロウ!!」
いくらクシリトが強いとはいえ、ドラゴンは空中戦のエキスパートだ。
俺の呼びかけに呼応したクロウは、雲の中から飛び出るや否や、間もなくクシリトに追い付いた。
クリシトは背後からのドラゴンの急襲に対応しようと振り返るが、その一手が仇となる。
クロウはクシリトに近接すると、軽く吠えながらその身を一回り大きく膨らませた。
体内の発電器官による放電攻撃。
接触スレスレで回避したクシリトだったが、電熱の効果範囲へ逃れるには時間が足りず、手足をピンと伸ばした状態で真っ逆さまに敵陣へ落ちていった。
「ナイスぅ!」
俺はクロウにしがみついて鞍のストッパーを付け直すと、再び上昇するように命じた。
国王軍の対空砲火は、まだ続いているのだ。
──しかし、もう状況は終わった。
チェックメイトだ、マムマリア王国軍。
俺は腕を突き出し、魔法の得意な者でなければ視認すら出来ない、純粋な魔法力場を敵軍目がけて射出した。
それが俺の禁術のトリガーとなる。
「“昏睡夢魔”──“炉心溶融”!!」
俺が技名を叫ぶと、瞬間、眼下の軍隊のうち約四分の一が崩れ落ちた。
彼らは俺の仕込んだ魔法によって、体の内側から熱に焼かれたのだ。
口や鼻から真っ黒な煙を吐き出しながら倒れ伏す、数多の兵士達。
肺や心臓は燃えてしまっても、脳はまだ生きているだろうから、死にゆく者達にとっては地獄の苦しみのはずだ。
種明かしをすれば、俺はことあるごとに空中から敵陣へ魔晶粉末を散布していて、雲間を飛び出た際には既に仕込みを終えていた状態だったのさ。
あとはスイッチを入れるだけの簡単なお仕事。
運悪く粉末を吸ってしまった皆様、ご愁傷さまでした。では、また来世。
「あははは! ここまで綺麗に決まると気持ちが良いよねぇ! いやー、良いものを見させてもらったよ、マムマリア王国軍!」
俺はクロウを駆って戦場を離脱した。
未だに弩を放って来る強気な兵士もいるにはいるが、敵軍の多くは先ほどの一撃で戦意を喪失している。
今ならば逃げ切ることは容易だろう。
だが、それでもきっと、まだまだクシリトは追いかけてくる。
あいつはあれしきで死ぬような男じゃない。
奴が体勢を立て直す前に、出来るだけ遠くに行って身を隠さなければ。
俺達は左手に朝日の気配を感じながら、まだ暗い空の向こうへと飛び急いだ。




