入学編07話 誕生月大作戦
砂漠地帯だとか極端な熱帯、寒帯はどうだか知らないが、世界にはおおまかに四つの季節があると言われている。
暖かな日差しの下、植物が芽吹き、新緑に色づく春。
激しい雨の後、熱気に包まれ蒸し暑くなる夏。
暑さの中に時折寒さが混じり、紅葉鮮やかな秋。
凍てつく空気の中、雪が降り積もることもある冬。
四つの季節が順に巡って一年になり、また次のサイクルへと移っていくのだ。季節が一巡するのにかかる日数は三百六十六日、これを三十日づつ十二に区切って一年とする。
……え? 六日余るって?
計算が早いね、さてはお主算術が得意じゃな?
一年の終わり、次の春を迎えるための一週間を迎ノ週という。
この六日間は世界中の至る所でお祭りが行われる。戦争だって休止する。
昔、この風習を逆手にとって迎ノ週に他国を侵略したある国は、その後、近隣諸国からタコ殴りにされて滅んだとかそうでないとか。
迎ノ週に人を傷つけると、そのしっぺ返しが何倍にもなって返ってくるというジンクスが生まれたのはこの時だと言われている。
さて、本題に移ろう。
世界歴九九八四年 十弐ノ月のはじめ。
ここ最近、私の朝は忙しい。それは魔法学校の学生にとっての一大イベント、魔闘大会が迎ノ週に行われるからだ。
魔闘大会への参加資格はその年のはじめまでに十二歳を迎えていることだが、実力的に勝ち残ることができるのは上級生のみなので、実質七年生や八年生のための行事と言える。
十一歳の私には当然参加資格はない。それでも私が忙しくしているのは、上級生の朝練が増えて、魔法を見学させてもらえるようになったからだ。
魔闘大会の学生の部は学生達にとって人生がかかっているため、熱の入りようが大人達のそれと比べて遥かに激しい。自ずと戦闘そのものも白熱することになるため、見せ物としても大人気である。
そこで十ノ月を過ぎたあたりから、自主練を始める生徒の率が跳ね上がる。最上級生である八年生はもちろん、参加資格のない一・二年生も練習に加わる者が一定数いる。加わると言ってもろくな魔法が使えないのでほぼ見学だ。
というわけで。
修練場には早朝だというのに数多くの生徒が集まっており、魔法の練習を行っていた。 生徒たちの八割以上が既に成長期を終え、大人の体つきをしている上級生たちだ。
その中にポツンと、一回りほど体の小さな生徒が練習に励んでいた。彼よりもさらに二回りも体の小さな私は、彼の姿を見つけると、思わず駆け出していた。
「カイン先輩!」
カインは私の声に反応して振り向くと、掌の上で維持していた炎魔法の勢いを緩めた。
緩めるだけで、消さない。魔法の持続時間をいかに伸ばせるのかがカインの課題なのだ。
「……ああ、カンナか」
見た目からは想像もできない、少しハスキーで落ち着いたトーンの渋い声。数か月前までは声変わりもしていない高い声だったのが、僅かな期間にここまで変化してしまうのは男体の不思議だ。
「おはようございます、先輩!」
「……お前に先輩って言われると、なんかむず痒いんだよ」
そう言ってカインは人差し指で鼻の下をこすった。照れているときの、彼の癖だ。
そんなカインを一言で表すとすれば、アンバランス、だ。
その歳に不相応なほど落ち着いた物言い。幼い印象を残す顔立ちの割に大人びた渋い声。
彼の顔立ちもどこか中性的で、顔だけ切り取れば男女どちらかわからなくなるレベル。長いまつ毛、少し厚みのあり柔らかそうな唇、つぶらな瞳のすぐ下にあるホクロが、女性的な印象を強めている要因だろう。
本人にとってはそれがコンプレックスでもあり、前髪だけが異様に長く、顔を隠している。
黒い髪の毛は、前髪以外はほとんど短く刈り上げられている。鍛冶屋の生まれであり、火を使う仕事ゆえに引火の危険を減らすため、髪を伸ばすのは本来NGなのだ。子供の頃、彼の家に遊びに行くと、だいたい髪の長さの事で父親とケンカしていた。
そう、カインは私の幼馴染である。付き合い自体はマイシィより若干長いかもしれない。初等学校時代はマイシィも含めた3人でよく遊んだものだ。
彼は今、魔法学校の四年生。
普通ならば魔闘大会に出場しても勝つ見込みがないので辞退する年齢だが、魔法の腕に覚えのある彼は、自分の実力でどこまで勝ち上がれるのか試すのだと息巻いていた。
「……で? お前は何しに来た」
「もちろん、魔法の練習と見学だよ。先輩たちの魔法を間近で見られる機会は多くないからね」
すると、カインはふんと鼻を鳴らして言った。
「……それは知ってる。だが、俺に話しかけたのは何か用があったからじゃないのか?」
私はにやりと笑って答える。
「さすがカイン、察しが良いね。ところで、今日が十弐ノ月の初日だって気づいてる?」
カインは何かにピンときたようで、左上に顎を掲げて少し考えた後、
「……マイシィの誕生月か」
と言った。本当に察しが良い。
「ふふ、せいかーい」
「……ったく、毎年のように誕生月を祝うのはお前くらいだよ」
「だって、特別な日が十二年に一回だけなんて勿体ないと思うからさ」
この世に生を受けるというのは、それだけで奇跡なのだ。だからこそ毎年その生を祝い、生を感謝することのどこが悪いのか、いや悪くない(反語)。
カインは今まで継続させていた炎魔法を一度消して、私の方に向き直った。こちらの話を真剣に聞く姿勢になったようだ。
もっとも、私の話というのはそこまで大げさなことではない。
「実は、マイシィに渡すものはもう決まってるんだ」
「……なんだ、去年みたいに一緒に選んでくれということではないのか」
あれ? なんだか少し寂しそう。表情はあまり変わらないのだが、声の調子で気分が垣間見える。
「そうなんだよ。むしろ、あげるのは物じゃなくてシチュエーションというか」
「……? よくわからないが、まあいい。……それで、俺は何をすればいい」
本当に呑み込みが早くて助かる。
──
─
というわけで、無事にミッションは完了し、“ニコ兄からマイシィにペンダントを手渡しさせよう大作戦”は大成功を収めた。
カインに何をしてもらったのかというと、朝の授業が始まる前に兄に接触し、ペンダントを持ってきてくれたのかを確認後、昼休みにカフェテリアで渡すことを提案するという作戦の根本にかかわる任務だ。
さらに私は昼食後にカインを理由にしてカフェテリアを離脱。中庭でカインと合流する手はずを整えた。
そのままカフェテリアにいても良かったのだが、兄の事だ。どうせ考えもなしに堂々とペンダントを私に差し出してくるに違いない。
普通、誰へのプレゼントか知っていれば、その本人からはわからないように隠して渡すだろう。しかし、兄にはそんな気遣いはおそらくできない。
いつものように無駄に素敵な声で、
「おーい、机の上にこれ忘れてったぞー! マイシィちゃんに渡すんだろ? 忘れちゃダメじゃないかー」
と、マイシィ本人の前でやるに決まっているのだ。
想像してみよう。目の前で友人がその兄からペンダントを貰う⇒そのまま自分に手渡す。
こんなことされて喜ぶ人がいるだろうか。いや、いない!(反語ォ!)
そう言うわけでカフェ離脱の言い訳にもっとも使いやすいカインに協力を申し出たのは大正解だった。
途中から兄も意図に気づいてくれたみたいだしね。とはいっても堂々とペンダントを目の前に出す下りまでは本当にやってくれたから、離脱しておいて良かったと本気で思ったよ。
風はまだまだ冷たいが、陽光が暖かく気持ちいい中庭。
私はカインの方へ向き直って礼を言った。
「本当にありがとう。おかげで面白い見世物になりました!」
「……見世物って、お前な」
カインはあきれ顔である。
でもカインだって真剣に見てたじゃん?
あの兄が照れて顔を真っ赤にしてるとこ、笑いを堪えながら見てたじゃん?
いやあのね、マイシィの事を想って今回のプランを考えたのは本当だよ。
しかし、私は兄の事を最高のおもちゃだと思っているのだ。だからこそマイシィを喜ばせつつ兄の反応を見られる作戦を考えたのだ。思いついた時には自分が天才かと思った。
「……どうでもいいが、カンナお前、あいつらにも礼を言うべきじゃないのか?」
カインは首をくいと傾げて、中庭の隅を指し示した。
この明るい中庭において、唯一日が照っていない校舎脇の一画に、彼らはいた。
人数にして五十名強。全員が男子生徒。
事情を知っている人間から見ると、二十人弱の集団が三十名以上の集団に抑え込まれている状態だとわかるだろう。
主な構成員は二年生から四年生。時折一年生や上級生も交じっている、バラエティに富んだその集団の名は。
「ああ、カンナファンクラブの連中ね」
ちなみに取り囲まれているのはマイシィファンクラブである。
彼らがいると今回の計画はうまくいかない可能性もあった。ペンダントを渡そうとしているのがマイシィの想い人だと知ったら、彼らは雰囲気をぶち壊しにカフェテリアに殴り込むかもしれない。
「離せ~! マイシィちゃんの所に行かせろ!」
「俺たちのマイシィちゃんが! 妙な男のものになってしまう!」
「おおおおおっ! 解放しろ!!」
実際そうやって叫んでいるのが遠くから聞こえてくる。
何なら校舎の壁面に反響しまくって中庭に響き渡っている。カオスだ。
まあ、そんなマイシィファンクラブを抑えてくれたのが私の下僕ことカンナファンクラブだ。
今度“下僕の会”と名前を変えさせようかな。役に立つ連中だと今回の事ではっきりわかったから、“親衛隊”と呼んであげると喜ぶかもしれない。気持ち悪い。
「後でお礼に握手会でも開いてあげることにするよ」
「……そんなのでご褒美になるのか」
甘い。カインは甘い。
奴らはこの私の罵りでさえご褒美と受け取る連中だぞ。
握手会なんてありがたがって涙を流すに決まっているじゃないか。気持ち悪い。手洗いは必須だね。
「……さて、俺はそろそろ教室に戻るよ。……さっきから連中の視線が痛いし」
言われてみれば、確かにカインへの敵意を含んだ視線が多い気がする。カインは幼馴染で大切な私の師匠だというのに。あとでお説教しておかなければ。
かというカインも連中の方を睨み返していた。
顔が女性っぽいせいで全然怖くないのだけれど、やはり同様に敵意が込められている気がした。
「私もマイシィたちの所に行くよ。このお礼はいつか必ずさせてね」
「……ああ、楽しみにしている」
「カインは来月が誕生月だね。考えとこうかなー、サプライズ」
「……本人に言ったらダメだろう」
てへ、と可愛く舌を出しておいた。
カインは、鼻の下を人差し指でこすっていた。可愛い。
***
この時までは、こんな平和な日常がずっと続いていくと思っていたんだよ。
翌日にあんなことさえ起らなければ。




