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暗躍編25話 決着の形

「いやぁぁああッ!?」


 俺にぶん投げられたエスは半泣きになりながら空中をもんどりうち、敵二人の方へと飛ばされていく。

 エメダスティが剣を構えて迎え撃とうとするが、これに気付いたエスも覚悟を決めたようで、魔法で体勢を整えると攻撃の姿勢をとった。

 エスは四肢に炎を灯し、エメダスティに熱と打撃のラッシュを叩き込む腹づもりのようだ。


「しょうがない、いくよエメ公ッ!」

「来なよ、アナちゃん!」


 激しい撃ち合いが始まる。

 しかしそれは互角では無く、初撃に投げ飛ばされた時の落下加速度を攻撃に上乗せしたエスの方がやや優勢である。

 エスの踵落(かかとお)としを剣で受け止めようとしたエメダスティだったが、エスが絶妙に蹴りの角度を変えて剣の腹を叩いた為に体勢を大きく崩した。

 エスの着地後も体勢の乱れはかなり尾を引き、結局エメダスティは防戦一方になっている。


 そんな彼を助けようと動いたのはマイシィだった。

 彼女の周りに冷気が収束する。

 詠唱は無いが、確実に氷魔法の予備動作だ。

 ──だが、俺がそうはさせない。


「“氷結(ロック)”」


 俺は彼女が集めていた冷気を強奪して、逆にマイシィを氷の牢獄へと誘った。

 マイシィが攻撃の為に集めた冷気を、マイシィの拘束のために利用したのだ。

 彼女は頭の天辺からつま先に至るまで透明な氷に包まれ、呼吸もできず、体温も奪われ、苦しいだろうに苦悶(くもん)の表情すら浮かべることもできない。

 彼女は文字通り“氷漬け”となったのだ。


 他人の作り出した魔法力場の制御を奪うのは、どこか精神魔法の鍛錬に似ていた。

 つまり俺の得意分野だ。

 故に、マイシィ程度の魔法力では天と地がひっくり返ろうとも俺には敵わない。

 ここまでの攻防で疲労が蓄積し、力場制御が甘くなっている今ならなおさらである。


「マイ……シィ……!」


 エスの連撃を受けながらエメダスティは歯噛みする。

 良いね。もっと悔しそうな顔を見せておくれよエメ君♡

 君のその表情は何故だか俺の嗜虐心(しぎゃくしん)を高揚させるんだよ。


 俺はマイシィの氷像をそっとひと撫ですると、優しく微笑んだ。


 ──子供の頃から彼女の事が好きだった。

 その好意は恋愛には決して結びつくような類の感情ではなかったけど、彼女の隣にいられることが何より嬉しく、愉しかった。

 ……ああ、マイシィはやっぱり綺麗だな。人形みたいだ。

 このまま凍らせておけば、部屋に飾ることもできるかな。

 永久に俺のお人形さんとして──。


 俺は頭を振って(よこしま)な考えを(すみ)へ追いやる。

 見惚(みと)れている場合ではなかった。

 俺には今すぐにやるべきことが一つあるのだ。


「エス、俺はクシリトのとこに行ってくる。この場は頼んだぞ」

「ういーすッ」


 岩塊を飛ばされてから数分、不気味なほどにクシリトは動きを全く見せていない。

 いくらか攻撃のチャンスがあったはずなのに、爆発後の煙の中から出てくる気配すらない。


 きっと馴染(なじ)まぬ義眼での戦闘により、気力体力共に限界に達したのだ。

 そんな状態であのような大技を使うのだから、身動きが取れなくなって然るべきなのだ。

 考えてみれば簡単な帰結。

 俺は悠々とトドメを刺しに行けばいい。


 燃え盛る森の中、煙の奥へと歩みを進める。

 念の為に俺の周りに力場を張って、新鮮な酸素に体を包んでおこう。


 しかし前が見えないな。

 どこに潜んでいる、クシリト・ノール。

 俺は黒く、白く煙る世界の中を掻き分けるようにして進み、やがて窪地(くぼち)(うずくま)っている人影を発見した。


 男は大きく(えぐ)れた大地の底の方でじっと動かず煙をやり過ごそうとしている。

 煙は上へ上へと昇っていくし、一酸化炭素中毒の危険性もあるから、低い位置で待機するのは間違った行動ではないだろう。

 一方で二酸化炭素は窪地に溜まっていくだろうから、早く脱出するに越したことはないのだけど。


「この抉れた地形は、さっきの岩石魔法の名残か」


 この辺りの地盤を持ち上げて投げ飛ばしたんだろう。


「そうだとも。よく生き残ったな、カンナ」


 クシリトは俺の方を見上げて笑った。


 予想通り、彼は満身創痍(まんしんそうい)だった。

 体中の皮膚が()り切れ、焼け(ただ)れ、特に背中は骨が見えてしまうそうなほどに表皮が大きく(めく)れあがっている。

 きっと爆発からマイシィを守った時に負った傷だろう。

 額の義眼からはおびただしい量の出血をしていて、意識も朦朧(もうろう)としている様子。

 わざわざ(とど)めを刺さなくとも、放っておけば死んでいたかもしれないな、これは。


「どうやって……あの岩塊を避けたんだい。威力もタイミングも完璧、だと思ったんだが」

「ハッ! あの程度の攻撃なんか屁でもねぇよ」


 俺は見栄を張ってうそぶいた。

 本当はガチで焦ったけどさ。

 俺の言葉の真意をどう読み取ったのかはわからないが、クシリトは苦笑した。


「僕の渾身の攻撃をそういわれてしまうと、流石に(へこ)むなぁ」


 クシリトがゆらりと立ち上がる。

 もう体力は限界だろうに、左手前に構え、腰を落とした。

 “魔法は使えなくても拳があるぞ”──そう言っているみたいだった。

 凄いな、一応まだやる気はあるらしい。


「最期に言い残しておくことはあるか」


 俺が問いかけると、クシリトは首を横に振った。

 彼はにやりと笑うと、こう返答する。


「何も。まだ、最期ではないからね」

「ふーん、言うじゃん」


 こうして俺とクシリトの一騎打ちが幕を開けた。


──


 勝負はあっけないものであった。

 全身に傷を負っていたクシリトは、雷魔法を併用する俺の動きに全くついて来れず、ただ一度の接触放電で意識を手放した。


「ハァ……ハァ……」


 だというのに。


「何で、コイツ、笑っていやがる」


 気を失った今も、クシリトの顔にはうっすらと笑みが貼り付いている。

 まるで勝ち誇っているかのように、満足げに眠っているのだ。


 俺は心の奥底から形容しがたいドス黒い感情が沸き上がっているのを感じながら、倒れ伏すクシリトを見下ろしていた。


「……ァ」

「──!」


 まだ、息がある。

 駄目(だめ)だ。コイツは、確実に殺しておかないと。


 その時だった。


 手の甲に、冷たい感触があった。

 慌てて手を引っ込めるが、同じ感触を、今度は首筋で味わう。

 それはポツポツと俺の体を少しずつ濡らしていき、やがて地面を叩きつけるほどの勢いへと変化していった。


 雨だ。

 それも大粒の。


 ここしばらくはまとまった雨は降らないという予報だったと思うが、山火事によって上昇気流でも起きたのだろうか。


「いや、違う。これは……魔法か!?」


 天を(あお)げば、分厚い雨雲。

 しかし、それが覆っているのはこの見晴台(みはらしだい)の真上だけ。

 こんな不自然な雲があるだろうか、いや、無い。


 雨と共に風も強まってきた。

 そしていっとう強い風が吹いた時、火災による煙はすべて吹き流され、雨もピタリとやんだ。

 見上げれば満天の星。

 星々の輝きに負けじと、半月は(おの)が存在を主張する。


 天体たちが作り出す光に照らされて浮かび上がるは現在の戦況と人々のシルエット。


 不格好に倒れ込んだクシリト。

 建屋に寄りかかるようにして体を休めるエメダスティ。

 氷から助け出されるマイシィ。

 拘束される、八號(はちごう)とエス。

 フェタミンはジタバタと暴れていて、生きているのは分かるが、大岩に翼を押さえつけられているので戦闘続行は不可能。


「おいおい、なんだよこれ……」


 いつの間にか、俺は多くの兵士に囲まれていた。

 見覚えのある鎧を着込んだ総勢三十名以上の屈強な男たちだ。

 そこに加え、グレーの戦闘装束に身を包んだ魔闘士の連中も若干名。

 全員が俺に敵意を向けて、臨戦態勢をとっていた。


「海洋級従二位下、ランタンの娘カンナ・ノイド! 貴様には国内の動乱を誘発した罪の嫌疑がかけられている! よって、只今より階位を剥奪し、逮捕する! 良いな!」


 兵士の中で一人だけ(かぶと)飾りを付けている男が高らかに宣告すると、その一声をきっかけに兵士たちが武器を構えてこちらに詰め寄ってきた。

 俺は周囲に電流をスパークさせて威嚇する。

 威嚇に狼狽(うろた)えた兵士たちは、一瞬足を止めるも、しかし一歩も引くことはなかった。

 本気だ。本気で俺を捕まえる気でいる。


 この国において逮捕権を持つ組織は三つある。

 一つは保安隊。武器携行権を持つ警察組織である。

 二つ目は魔闘士。国の組織ではなく国際的な機関だが、当事国の要請によって逮捕権を付与され、犯罪者を取り締まることは日常茶飯事だ。


 そして三つ目。

 それが今、俺の目の前にいる兵士達。


 ──魔法国軍特殊警察局。

 国家叛逆(はんぎゃく)あるいはそれに比類する犯罪を企てた者を問答無用で捕縛、処刑する権限を持つエリート集団である。


 何故、何故だ。どうしてこんな奴らがこんな所に。


「待ってください、誤解なんです! 私は家で休んでいただけなのに、急にこの人達に襲われて──」

「取り繕っても無駄だ、カンナ・ノイド! 既にマムマリア王国のロイン・ケーシィは自供したぞ《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の行ってきた数々の犯罪行為をな!」


 嘘……だろ。

 ロインが捕まった……?

 あいつは、マムマリアの魔闘士協会支部長だぞ。

 魔法国の魔闘士をも動かすことのできる、旧魔法帝国領内では最高の権力を持つ魔闘士なんだぞ!?


 しかも軍に《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の存在が把握されている。

 軍内部に潜ませたメンバーは何をしていたんだ──まさか、二重スパイ、か。


「う、そ……だ。うそだ、うそだうそだ」


 冷静を保とうとしたが、無理だった。

 どう考えても詰みである。

 ロインが捕まり自供をしたということが嘘で、俺の反応を確かめる為のハッタリではないかと考えたが、少なくともロインが《銀の鴉(シルヴァクロウ)》のメンバーであることは割れているというのが事実。

 組織の名前も、その構成員も掌握されているということは、もう取り(つくろ)うことなどできないタイミングに来てしまっていることを暗示していた。


「──うわあああああ!!」


 俺は周囲に向けて無茶苦茶に魔法を放った。

 窮地(きゅうち)に立たされてやけくそになった……訳ではなく、少しでも時間稼ぎをして打開策を練るための行動だ。

 その為には、多少取り乱した様子を見せておくのも悪くないはずだ。


 兵士たちは先程の威嚇の時と同様に、一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻して俺の魔法一つ一つに対処していく。

 俺はそんなこともお構いなしに、全力で魔法行使を続けた。

 少しでも囲いが乱れれば、そこを突いて一気に脱出する。

 (わず)かな可能性を拾い上げるために今は戦うしかない。


 冷静になれば、国のエリート集団相手にそんな闇雲な攻撃が通用するはずもないことはわかる。

 だから俺はきっと、もう平静ではないのだろうな。


「無駄な抵抗はよせ! これ以上罪を増やすつもりか!」

「うるさいうるさいうるさい!」


 俺は半泣きになりながら魔法行使を続けた。

 すると突然、兵士たちの包囲が少し崩れて道が開けた。

 ただそれは、俺がこじ開けたというよりは兵士たちの自発的な行動のように見える。


 何だ……?


 囲いの外から、二人の魔闘士に両脇を固められたボロボロの服の男性がやって来る。

 足が悪いのか、彼は車輪付きの椅子に腰掛けた状態である。

 赤い髪に(わし)のような鼻、(たか)のような鋭さの黄金の目をした大柄の男。


「誰だ、お前は」

「アセット・アミノフ。久しぶりだなカンナ・ノイド。と言っても、俺様がお前と会った時、お前は意識不明で寝込んでいたんだっけな」


 アセット・アミノフ──。

 確か、ストレプト家に所縁(ゆかり)のある優秀な魔闘士であり、記憶違いでなければクローラの亡命に加担した男のはずだ。


 なるほど、見えてきたぞ。

 クシリトが脱獄したのは、マイシィと繋がっていたこいつの手引きがあったからなのか。

 そしておそらく新闘技場の方に潜伏していたのもこの男……。


 ──おい、ちょっと待て。シアノと、ビアンカはどうした。


「お前、アクリスの闘技場にいた二人はどうなっている」


 アセットは苦笑しながら言う。


「さぁな。俺様がここに来た時点であいつらがいないって事は、見捨てられたんじゃないのか? お前」

「殺してはいないんだな」

「はっはっは、コテンパンにやられたぜ。だから俺様は戦闘から離脱して、事前に待機させておいたこいつらを呼びに戻ったんだが……そうか、あいつらも逃げてくれたのか」


 何やら逃げたことが嬉しいような口ぶりだ。

 なんにせよシアノ達が生きている事は朗報であるが、なにぶんこの現状である。

 いくら魔法の天才とはいえ、彼女達二人がいたとしても到底ひっくり返せる状況とは思えない。

 やはり自力で何とかしないと。


「こいつらは一体何なんだいアセットさん。俺はどうして捕まらなきゃいけないんだ」


 俺の問いかけに、アセットは笑って答える。


「はっはっは! お前らの思惑(おもわく)は全部お見通しってことよ。《銀の鴉(シルヴァクロウ)》は魔法国の貴族と繋がり、周辺に強い影響力を持つロイン支部長を味方に引き入れ、裏社会の組織を潰して社会秩序の再編を企てていた……だよなぁ?」

「……」


 返答の義理はない。

 むしろここで口答えしてしまえば、大勢の面々の前で犯罪行為を自供してしまうようなものである。

 黙秘を貫かせてもらおう。


「別に何も言わなくてもいいぜ、こっちは全部わかってるから。社会秩序の再編なんて言うと聞こえはいいが、結局お前ら《銀の鴉(シルヴァクロウ)》がやっていたのは明らかなる犯罪行為。裏組織を直接攻撃し、構成員を殺害したり、都合の悪い存在を病死に見せかけて暗殺したりな。……いくら何でも、手段を選ばなさすぎだ」


 結果的に社会が良くなるのならば、悪い行いではないと思うのだが。

 俺は単に社会にとって不必要な因子を消しただけ。

 俺の望む、安定した未来を手に入れるために。


「お前、(しま)いにはクシリトを罠に()めて処刑しようとしたよな。流石(さすが)に最後の一線を超えてしまったと考えたマイシィ達は、俺様を頼った。罪無き人間を(あざむ)き、命を奪おうとしたのが許せなかったんだろう。俺もそこには思うところもあるが、逮捕命令が下った理由はそこじゃあない」

「……何?」


 アセットは険しい表情になると、俺を指差して言った。


「“《銀の鴉(シルヴァクロウ)》には個人の都合で人を処刑できてしまえる体制が整っている”と、お前は自ら証明してしまった。これは国の秩序に対する重大な挑戦状だ。さらに、魔法国内の特定勢力に利があるように動いているという事実。そのことが国王の逆鱗に触れたのさ」

「国王……国王だと!?」


 予想外の名前に思わず叫んでしまった。

 まさかと思うが、特殊警察局が動いているのは国王の意向か?

 だが俺は、別に国家転覆など考えてもいない。あくまで現体制の維持のために尽力してきたのだ。

 国王に逆らう気など一切なく、むしろ王の為に動いてきたようなものなのに、奴らに目をつけられる(いわ)れはない。


「ならば国王様にはきっと誤解があったのでしょう。確かに俺達は徒党を組んで敵対勢力と戦ってきたけど、国に叛逆する意志など無い!」


 俺は必死だった。

 国家叛逆罪は、外患誘致と同じく問答無用で死刑となる重大な罪。

 犯罪教唆(きょうさ)(なか)ば認めてしまうことになるが、ともかくこの誤解だけは即座に解かねばなるまい。


「誰も叛逆罪だとは言っていないだろう」

「じゃあ、なんで」

「ハーヴェイ・シジャク。……奴は、力を持ち過ぎたのさ」


 ──何故そこでエックスの名が出てくる。


 ──どうしてそれが国王の怒りに結びつく。


 ──なんだって俺が、処刑されないといけない!


「お前は二度、国王の計画を台無しにしたんだ」

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