暗躍編21話 新闘技場の戦いⅠ
カンナ達が見晴台での戦いを始めたのと同時刻。
私達のいる新闘技場建設現場では激しい魔法戦が繰り広げられていた。
「おいおいおい、地形が変わっちまうぜ、こりゃあ」
「うるさい! どっかに、いっちゃえ!!」
シアノが地面の一部を持ち上げてアセットにぶつけていく。
周囲の固体を操作する、岩石魔法の技術である。
ここは山を削ってできた平地であり、地面は土ではなく、硬い岩盤が露出した状態であるから岩石魔法の素材には困らない。
シアノは魔動車ほどの大きさの岩石を、かれこれ十分近くもがむしゃらに放ち続けている。
おかげで工事によって平たくされた土地が台無しだ。
地形が変わってしまうほどの無茶苦茶な魔法行使。
私らには直接関係はないけども、作業員の方は気の毒に思う。
「らああああぁぁぁッ!」
「く、そッ。なんなんだよこの魔法力はよォ!」
シアノの攻撃を避け続けるアセットにも、流石に疲れが見え隠れしていた。
「ったくよォ。これだけ魔法を使わせているのにまだ気力が持つってんだから、いよいよ化け物だよな、お前も」
「黙れ。母様を、わらわの母様をよくも!!」
ここまでシアノが怒り狂っているのは、母である私があっさりとアセットに敗北したからだ。
アセットが立て続けに放った光線を避けきれず、右わき腹に食らってしまったのだ。
今のシアノにとって、私は残された唯一の家族。
家族を傷つけられたことで彼女の怒りのボルテージは上限に達したらしい。
シアノの岩石魔法により岩盤が持ち上がって遮蔽物が出来ていたので、私はその影に隠れるようにして治癒を開始した。
だが、いかんせん出血が酷い。
表面上の傷は塞がったものの、ふらついて立ち上がるどころではなくなってしまった。
私は帝国派の元で幼少期より戦いに身を投じてきたが、いくら戦闘慣れしているとはいえ、十年というブランクは長過ぎた。
元々平和を知らない人間が戦いとは無縁の幸せを謳歌していた訳だから、逆に普通よりもいっとう腕が鈍ってしまったとしても当然と言えばその通りだった。
「ソラン。あたしは生きてるカラ、とりあえず落ち着いてクレ」
「うるさいッ! 母様は黙ってッ!」
負傷した当事者なのに怒られた。
我が娘ながら理不尽である。
ちなみにソランと言うのはシアノの偽名。いや、新たな名前と言った方が適切か。
私はアセットに正体がバレてしまったから今更偽名を用いても意味は薄いが、シアノは今のところ正体を隠匿し続けているから真名は伏せるべきだ。
いずれ看破されるかもしれないが、今は“ビアンカの娘、ソラン”と思わせておいた方が都合が良いだろう。
「ソラン、よく見てミロ。アセットは避ける時に一切の魔法を使っていナイ。体力が削れているようにも見えない。このままではお前の気力が尽きるほうが早いゾ」
「むう」
シアノはニクスオット家の歴史の中でも極めて高い魔法力を持つ反面、体術が苦手だ。
基本的に、彼女のとる戦法は大出力の魔法を乱射するだけのシンプルなもの。
言ってしまえば移動砲台に過ぎないわけだ。
雑魚を一掃する分には全くもって問題無いが、達人レベルともなれば見切るのはたやすい。
マムマリア王国にてカンナと稽古をしていた時も、すばしっこい彼女の動きに翻弄されていた印象がある。
実戦の前に体術も仕込んでおくべきだったと、私は少し後悔している。
「“光閃銃”」
「──ふん!」
アセットが本日何度目になるか分からない光線の魔法を発動させた。
光の粒子を一方向へ束ねたようなその技は、触れるだけで火傷では済まないダメージを負う程の熱量を秘めている。
先程私も身をもって体験したところだ。
敵の技の発動タイミングに、寸分の狂い無くシアノの光反射膜が合わせられ、光の筋は明後日の方向へと弾かれる。
流石は我が娘。
相手の殺意に敏感に反応する術は持ち合わせているのだ。
可能ならば相手の方向に向けて跳ね返したいところだが、咄嗟の反応としては悪くない。
素早い動きの苦手なシアノがただの動かぬマトにならずに済んでいるのは、この防御センスがあるからなのだ。
しかし、ジリ貧。
いずれ追い詰められるのは目に見えている。
まったく、母親の私が手をこまねいていてどうするんだ。
傷の応急処置も済んだことだし、きっちりと援護をしないと。
私はケースから異界植物の種を取り出した。
豆のような形状をしたその実は、発芽すると相当な硬さの岩盤でも難なく掘り返して茎や根を成長させるのだ。
「行ってこい、“旋刃蔦”」
私は豆に魔法力場を当てて活性化させる。
双葉が発芽したのを確認し、敵に向かって放り投げた。
豆から螺旋状の刃のような鋭い根が伸び、硬い岩盤を容易に貫いていく。
続いて双葉の間から根と同じような掘削構造を持った茎が横方向に這い出てきた。
茎も根と同様に地面の下へ潜っていく。
いわゆる地下茎というやつだ。
これで一旦双葉だけが地上に露出した形になるが、匍匐した地下茎から地上用の茎が枝分かれしていき、次々に地中から立ち上ってくる。
「うげ、なんじゃこりゃあ!」
鋭い棘に覆われた旋刃蔦の地上茎が鞭のようにしなり、アセットに襲い掛かった。
私の魔法によって活性化された植物体は、私の魔法力場によって操作出来るのだ。
異界の植物の持つ凶暴性を最大限に活かして戦うのが私のスタイルだ。
「今だ! ソラン、奴の脚を止めろ!」
「わかりました、母様!」
シアノは地面に転がっている岩塊や砂礫を、あろうことか全部持ち上げた。
先程までシアノ自身が岩盤から切り離し、投擲していたものの残骸である。
岩石魔法の良いところは、一度攻撃に用いた岩塊を何度でも再利用出来るところだ。
土壌から岩をほじくり返す作業は、次の攻撃の蓄積でもあるわけだ。
そうやって約十分の間に蓄積した大小合わせて百……いや礫を合わせれば千以上は優に超えそうなほど膨大な数の岩が一気に空中へと舞い上がり、アセットを狙う。
シアノが発声と共に気合を入れ直すと、浮遊していた岩石達は一斉に敵を目掛けて集中豪雨のごとく降り注ぐ。
「マジかよ!?」
アセットは瞬時に自らの魔法力場を展開し、ある程度の岩石の操作権を収奪した。
しかしシアノの操る岩石と相殺できるほどの量ではない。
やはり魔法力においてはシアノの方に軍配が上がるようだ。
それに、彼は地中から異界植物が襲ってくるという状況にもあくせくしている様子だ。
上からは岩石の弾丸、下からは植物の茎。
同時に襲い来るこれらの連撃を捌き切るには、三次元的な感覚とスタミナを要求される。
やはり一対二の状況では我々に分があるに思う。
「この程度の攻撃で、俺様を止められると思うなよ」
アセットはそう言うと炎を身に纏う。
次の瞬間、炎の効果範囲を一気に広げて、植物魔法を無効化しようとしてきた。
敵の思惑通り、旋刃蔦の茎や棘は炎に巻かれて灰になっていく。
──今だ!
私は風魔法で体を浮かせ、暴風を纏った状態で敵に向かって一直線に飛んだ。
炎を空気圧で吹き飛ばしながら、アセットに迫る。
植物が焼かれたのなら、今度は横方向からの肉弾戦闘を加えてやるのだ。
それに、これは私が狙っていた状況でもある。
植物の侵食を食い止めるのには炎が有効。
一方、炎魔法の弱点は、自らの出した火炎によって視界が遮られることだ。
これを利用しない手は無い。
敵からすれば、炎のカーテンという死角の向こうから私が現れたように見えるはずだ。
「ぐあっ!」
私の横薙ぎのの蹴りを、左腕でガードするアセット。
完全に死角からの急襲が決まったと思ったのだけど、敵の反応速度もまた一級だ。
「チィ、まだ動けたのか、ビアンカ・カリーム!!」
「あれくらいでくたばるほど鈍ってはいないヨ!!」
私は両腕を風で包む。
シアノの岩石魔法でできた無数の砂礫を巻き込み、小さな竜巻を作り出す。
こいつは謂わば空気の螺旋刃。
見た目以上の攻撃力を誇るこの一撃を、目の前の敵に叩き込むのだ。
そして同時に、上から降り注ぐように続いていたシアノの岩石爆撃が止まる。
先刻宙に浮かせた岩石の在庫を使い果たしたのだ。
だが、シアノの攻撃はこれで終わりではない。
落ちて転がった瓦礫もまた、次の弾丸に変わる。今度は下からの突き上げだ。
下に落ちた岩石は再び上空へ舞い上がり、再度雨の様に降り注ぐ。
石が砕けて砂になるまで無限に続く暴力だ。
私とシアノは息をピッタリ合わせながら、親子でのコンビネーションを繰り出し続けた。
アセットはシアノの岩石攻撃に気を配りつつ私と近接戦闘を行わなければならず、まさに悪戦苦闘の様相だ。
初めは上手に凌いでいた彼だったが、攻防が長引くほどに徐々に精彩を欠いてくる。
決して油断はしていないが、私達はかなり優位に立ち回れていると思う。
「チィ──ッ」
私の攻撃を受け止めたアセットの腕から血飛沫が上がった。
風に巻き込まれた砂礫に斬り裂かれ、細かい切り傷が幾筋も出来上がる。
そのうち幾つかは動脈まで達したようで、鮮やかな赤色の飛沫が視界に眩しく映った。
さて、ここらでダメ押しといこうか。
私は攻撃のモーションの最中、掌に握り込んでいた異界植物の種を活性化させ、腕を旋回する風の中にこっそりと紛れ込ませた。
その種には細かい毛がびっしりと生えており、人間の衣服に張り付くような性質を帯びている。
活性状態のこいつが発芽すると、人間の体液を栄養にしながら急速に成長するのだ。
ロキト・プロヴェニアを死に追いやった植物魔法、その名も“吸血樹”。
種を付着させられた人間は、もれなくその命を植物に食い尽くされることになるのである。
私は先ほどと同じ様に、風の螺旋刃をアセットにぶち込んだ。
向こうも風の魔法を使って攻撃を弾こうと必死な抵抗を見せ、一時鍔迫り合いの様な状態になる。
そのまま立ち止まっていてはシアノの岩石爆撃の餌食になる危険性があるためか、アセットは体の軸をずらして私の側面に回り込む様な動きを見せた後、バックステップで距離を取った。
よし。アセットが動いた瞬間を狙って、吸血樹の種を付着させることに成功した。
自然な動きの中で罠を仕込む訓練を、子供の時分からやらされてきた甲斐があった。
あとは発芽を待つだけ。
そうすれば全てが終わる。
──しかし。
「……腕に何かをくっつけたな、ビアンカ」
「!!」
アセットは気が付いていた。
いや、まさかとは思うがあえて隙を見せることで私がトラップを仕掛けるよう仕向けたのか?
だとすれば、私はまんまと引っ掛かった愚か者だ。
「──チッ、このぉぉッ!」
「よっと!」
アセットは私の左フックを華麗に避けると、シアノの岩石突き上げを踏み台にして大きく跳躍をした。
敵の攻撃をも利用するなんて、彼は非常に冷静で狡猾だ。
見た目通りの脳筋野郎では無かったのか。
アセットは風を纏い、自身の座標を空中に固定する。
彼は腕に付いていた発芽直前の種子をひょいと摘み上げ、火をつけて処分した。
「ロキトのヤツの死因について聞いていたからな。お前が何か暗器のようなものを使うとは予測していたんだよ。甘かったな、ビアンカ。……いや、甘くなった、が正解かな」
「ナニ?」
「かつてのお前は仲間の命も平気で使い潰すようなやつだった。だけど今はどうだ。お前、あの子をずっと庇っているよな。娘、だったか」
私は人造人間の管理統括を任されていたから、かつての仲間というのは人造人間達のことだろう。
確かにロキト・プロヴェニアとの戦いに際しては何体もの人造人間を失ったが、そのことで心を痛めたりはしなかった。
だって、所詮は人工の命。使い潰して当然だと今でも思っている。
そもそも、娘の命と天秤にかけるまでもないんだよ。
人造人間と娘の命を同列に語られることすら不愉快なのに、それを私の変化だと考えているアセットに文句の一つでも言ってやらねば気が済まない気分である。
「何が言いたいんダ、アセット・アミノフ。私が弱くなったとデモ?」
「ああ。弱くなったとも。少なくとも、弱点を晒して戦っているのは事実だろう」
アセットは手のひらを上に向け、小さな光の球を作り出した。
その光はどんどんと膨れ上がっていき、アセットの身の丈をはるかに超える大きさまで育ったのちに、今度は凝縮を始めた。
ただの脈動する光魔法のようだが、魔法力場の濃密さを感じ取っている私には理解できる。
あの光は恐るべき熱量を秘めている──いわば、小さな太陽なのだ。
これは間違いなくアセットの切り札。
とんでもない大技が飛び出してくるような、嫌な予感がする。
アセットはニヤリと悪い顔を浮かべながら、光球を支える腕をシアノの方へと向けた。
……まずい!!
あれは、魔法力場で散らしたとしても防ぎきれないほどの熱を内包しており、たとえ水や氷を用いたとしても、一切を無視して対象を灰燼と化すだろう。
即座に効果範囲から遠ざかるしかないが……シアノは、魔法行使を連続して行っていた影響で、既に息が上がっていた。
「これが、お前の弱点だ……ビアンカ!!」




