入学編06話 君への贈り物
はじめてクローラ様にお会いしてから一か月くらいは平和な毎日だった。毎日お勉強をして、友達とランチを食べて、薬湯を片手におしゃべりを楽しんで、徐々に魔法でできることが増えて、お家ではエメ君と陣牌をして。そんな当たり前で幸せな毎日だった。
そういえば罰ゲームで食べたクサハミムシが意外においしかったので、今度カンナちゃんにも食べさせてあげよう。
───なんて考えていた翌日のことだった。
「……え」
朝、学校に到着してロッカーを開けたときに異変に気がついた。見覚えのないお守りが一つ、置かれていたの。
刺繍の入った布の袋、その中に家紋と同じ形をした金属を入れておくのがこの地方でよく見られるお守りのタイプだね。袋を開けてみると、確かにうちの家紋の“星と砂時計”の形の金属が入っていた。
今までもロッカーの扉部分にお手紙が挟み込まれていることはよくあった。だけど、お守りとなると扉の隙間を通せるとは思えない。誰かが鍵を開けて、中に置いたとしか思えなかった。
家紋のお守りということは、ひょっとしてお父様からの贈り物かしら? と考えては見るものの、その場合ならまずはフマル家に送ってくるだろうし、何より手紙を残しておくだろう。
それにやっぱり鍵の問題は解決しない。どうやってこれを入れたんだろう。
「マイシィちゃん、どうかしたの?」
近くにいたエメ君が、私の様子を気にしてくれていた。エメ君はいつも私のそばにいてくれる。本当は大好きなカンナちゃんともっと一緒にいたいはずなのに、なにかと私を優先してくれるんだよね。
ほんの少し前まではカンナちゃんも隣にいることがほとんどだったんだけれど、先輩方の魔法の朝練を見学しに行くようになってからは、朝だけ離ればなれになってしまった。
「ううん、なんでもないよー」
そう言って、ロッカーの扉を閉める私。
「ふぅん? そう……」
エメ君はどこか納得できていない感じで片眉を持ち上げている。ひょっとしたら私の不安が伝わっちゃったのかもしれない。エメ君は私の親戚でもあるけれど、私の護衛でもあるからね。私になにかあったら困るのだ。
毎朝の登校前、エメ君のお父さんはエメ君に必ず言うの。お嬢様が危ない目に合いそうなときはお前が守るんだぞ、ってね。
だから心配はかけないようにしないと。
後から振り返って考えると、この時点で誰かに相談しておけばよかったんだと思う。でも、このときの私はなんでも一人で解決しないとっていう気になってた。
事態はどんどん悪い方向に行ってしまった。ロッカーに入れられていた物は三日おきくらいに、お守り→髪飾り→ぬいぐるみ、と次々に増えていき、気味の悪さも増すばかり。
そうして十日くらいが過ぎた頃。
今日もなにかが入れられているかもしれない、と憂鬱な気分になりながら、恐る恐るロッカーを開けた。
「!? ───ひィッ!」
思わず、声が出た。
私のロッカーの中身はぐちゃぐちゃだった。
前日までに入れられていたぬいぐるみも髪飾りも、お守りの袋も全部引き裂かれていた。それら以外の私物も、一部がだめにされていた。
勉強用具一式が無事だったのは、良かった。それさえ無事なら学校生活に差し支えることはないから、カンナちゃんには心配をかけずに済む。
……でもね。
「マイシィちゃん!? ど、どうかし───ってなにこれ!」
エメ君には、気づかれてしまった。
「こ、これはひどい……なんで、こんなことに」
私は答える代わりに、エメ君の腕を掴んだ。
ちょっぴり驚いた表情のエメ君に、私は無理やりの笑顔で言ったんだ。
「カンナちゃんには、言わないでね」
私は、カンナちゃんに余計な心配はかけたくないこと、いくつか思い当たるフシがあるので、確認のために協力してほしいことを告げた。
その時のエメ君は細かく首を上下させて同意してくれた。そのうなずき方がなんだかコミカルで、少し元気が出たんだ。
その後。
エメ君の協力の下、私のファンクラブを名乗る先輩方を一名ずつ呼び出して、質問をさせていただいた。美食研究家を目指しているこの私の手料理を振る舞ったおかげか、先輩方には嘘をつくこともなく質問にはちゃんと答えていただけたよ。
「───次に、こちらのミツスイムシのソテーはいかがです? 虫の中ではいちばん甘くておいしいんですよー? 今はまだ幼虫しかとれない時期ですけど、成虫になると身が淡白になって───」
「や、やめてッ! 虫はッ……ていうか生きてるし! ソテーされてないし! う、うわあああ」
こんな具合で舌つづみをうった先輩方は、こちらが質問したこと以上に、色々なことをペラペラと話していただけるのです。
そしてわかったことは。
「クローラ様のお付きの人が?」
「ああ、そうなんだ。最近、マイシィちゃんのロッカーの近くでよく見かけるんだよ。見張っているというかなんというか、何してるのかわからないけどな。あ、あと昆虫料理のレシピ教えてもらえる?」
いつもクローラ様のそばにいる、長身の男の人。あの人が関わっていそうだ、ということがわかってきた。クローラ様と同じく復権派の貴族。しかも、なんだかクローラ様以上に差別意識や聞き分けのなさが目立つ人物だ。
そんな人物が関わっているとなると、いよいよカンナちゃんには相談できないかな。カンナちゃんに対する想いももちろんあるのだけれど、単純に地方貴族の人間が割り込んでくると、余計にこじれておかしなことになりそうだと思ったからだね。
それからエメ君。ロッカーの片づけを手伝ってもらったり、男の人たちを問い詰めるのに協力をしてもらったりしたのはありがたい。少しでも悩みを話せる人がいて本当に良かったと思う。
でも、これ以上は話に立ち入らせない方がいいよね。貴族ですらなく平民なのだから。
ああもう!
なんか、こんな考えになっちゃうなんて、私まで差別主義者みたいじゃない。私はカンナちゃんのことも、エメ君のことも大好きなのに。本当は職業だとか生まれだとか、家の格がどうだとか区別なんてしたくないのに。自分が……嫌になるよ。
***
そうして、気が付けば十弐ノ月に変わっていた。一年もあと一か月で終わりを迎え、また暖かい季節がやってくる。本当だったら、年末のお祭りはどこに行こうかとか、何を食べようかなんて一生懸命考えていたりするのだけれど、私の心は浮かない。
あ、そっか。
十弐ノ月になったのだから、私は誕生月を迎えている。もう十一歳なんだ。
昔からちょっと大人びてるよね、なんて言われ続けてきたけど、この一年は全然成長した気がしないや。
カンナちゃんは私よりも大人っぽくて、魔法学校に入ってからもどんどん成長してる。私がカンナちゃんを追い抜けたのは身長くらいだなー。その身長ですらエメ君には負けちゃう。あまり男の子と比べるものではないのかもしれないけどね。
「ああん! もうっ! なんかくやしい!」
「え? え? なんて?」
「だってさー、十一歳になったのに私良いこと無いんだもん!」
昼休みのカフェテリアで、私はテーブルへ飛び込むような姿勢で突っ伏して、お友達のアロエちゃんに愚痴っていた。
以前は仲良し四人組でガールズトークに花を咲かせる場だったのだけれど、今は二人きり。
カンナちゃんはご飯を食べ終わったらさっさとどこかに行ってしまうし、リリカちゃんは……アレだ、色恋に狂っているのだ。
私は目だけを動かして、カフェの一角を見た。
小春日和の暖かな日光が角度をもって差し込んで、二人の男女を切り取るように照らす。そうやって映し出された光景は、周囲の空間とはまたちがった空気感を作り出している。
頑張って詩的に表現しようとしたけど難しいや。
例えるなら、そうだなぁ。二人の周りだけ光の玉が浮かんでいる感じ? 二人の周りだけお花が宙にたくさん浮いている感じ? まあ、そんな感じだ。
「ターウりん♪」
「なーあに♫」
「あーん☆」
見なかったことにしよう。
はああ、と大きくため息をついた。このまま溶けてしまいたい。
そう思って、私は机の上で完全に脱力し、
「 た ー こ ー の ー ま ー ね ー 」
壊れた。
「ぶはッ! マイシィちゃん何それウケるんだけど!」
アロエちゃんがブラウンのおさげ髪をぶんぶん揺らしながら、お腹を抱えて笑っている。
あー、なんかどーでもいいやー。
「どうしたのマイシィちゃん。そんなへんてこなポーズして」
瞬間、飛び起きた。
この無駄に素敵な声を、私が聞き間違えるはずがない。私が幼いころより憧れ、恋焦がれたあの人の声を、この私が忘れることは決してないのだ。
首が折れるんじゃないかという勢いで、声の主の方へと振り返った。そこには眉間にしわを寄せながらひきつった笑みを浮かべる、アッシュ色の髪の男性の姿があった。
「に、ニコ兄……あ、じゃ、なくっ、ニコル先輩」
ニコル・ノイド先輩。
美しい髪の色、とがった耳から流れるように滑らかなシルエットを描く顎のライン。それら全てをぶち壊す鋭すぎる目つきが特徴の、いちおうは私の幼馴染の一人である男の人。カンナちゃんのお兄さんでもある。
ちなみに、背丈と肉付きはそこそこ。どこまで行っても普通。そんな感じだ。
「今日はカンナと一緒じゃないんだ?」
「カンナちゃんならご飯の後、カイン先輩のところに行きましたよ。上級魔法のこととか知りたいんだって」
「……あいつ、俺のがカインよりも先輩なんだから、俺に聞けばいいのに」
「兄妹だと聞きづらいんじゃないかなぁ」
カンナちゃんはお兄さんのことを嫌っているわけではない。むしろ仲の良い方だと思うのだけれど、身内だからこそ意見が食い違ったりするとケンカになってしまうこともよくあるのだ。お互いがお互いをからかうことを生きがいにしている感もあるし。
「それで、先輩はどうしてここへ?」
私が尋ねると、ニコル先輩は手の中にあるものを見つめながら答えた。
「ああ。あいつ、今朝忘れ物してったから昼休み中に渡そうと思ってさ。これなんだけど、今月……あ……しまっ」
先輩が手にしていたのは、貝殻をあしらったペンダント。私の髪飾りと似たデザインで、小さな星と砂時計を模したパーツがくっついていた。
先輩は慌てて後ろ手に隠したが、私ははっきりと見てしまった。明らかに私を意識して作らせたものだとわかる。
「───何も見てないことにはできないか?」
私はにっこり笑って答えた。
「無理ですよぉ、ばっちり見ちゃいましたもん!」
「だよなぁ」
ニコル先輩がおっしゃるには、というか言わなくてもなんとなく察しはついているのだけれど、そのペンダントはカンナちゃんから私への贈り物だったらしい。誕生月を迎えた私に対する、ささやかなお祝い。
私たちは十二という特別な数字を大切にしていて、本来は十二歳の誕生月に盛大なお祝いをするのが習わしだ。それ以外の誕生月は年齢が上がる以外の特別なイベントはない。
でもカンナちゃんは、毎年誕生月の子に何かしらの贈り物をするのが好きな子だった。私の髪飾りも、去年カンナちゃんがくれたものだ。
「悪いんだけどさ、カンナからこれ渡されても、初めて見た感じで頼むよ。あいつに怒られんの嫌だからさぁ」
そう言うニコル先輩に口をはさんだのはおさげ髪の女の子、アロエちゃんだった。
「せんぱーい、カンナちゃんはそれをわざと忘れていったんじゃないですか?」
「はあ? なんでそんなこと」
「それ、どこにあったんですか?」
「俺の机の上だけど……いやまさかな」
わざわざ兄の机の上に物を置いていく妹がどこの世界にいるのだろう。絶対にわざとだ。そうに決まっている。
「ウチおもうんですけど、それってぇ、先輩に『渡せ』ってことじゃないですか? だってほら───」
アロエちゃんが指を刺した先は、カフェテリアの大きな窓の外。
中庭に見知った人影が二つ、あった。片方は白っぽい銀髪の女の子、もう片方は黒髪の男性だ。
カンナちゃんと、カイン先輩だった。
中庭からカフェテリアの中の様子を見ようとしているけれど、光の反射で見づらいのか、手で一生懸命影を作ろうとしていた。
「すっごい見てるじゃん」
「がっつり見てますね」
「しっかり見てますよねー」
ニコル先輩は頭を数回ポリポリと掻くと、ちょっと悩んでから、気恥ずかしそうにペンダントを差し出してきた。カンナちゃんの“さぷらいず”プレゼント。好きな人から贈り物を手渡しされる、この状況こそが贈り物。
「あ、ありがとうございます。大切にしますね!」
「お、おう……」
頬を掻く先輩。ちょっと顔が赤くなってる?
少しでも私のことを意識してくれてると良いなぁ。
***
家に帰って。
ベッドに横たわってペンダントを掲げた。
そして冷静になって気が付いた。
私の好きな人、バレバレってことじゃん。
誰にも言ってないのに、なんで!?
【世界観補足】
ここでは今後本編中で明かされることのないであろう、転生後世界に関する情報をお出しします。
■誕生日ではなく誕生月である理由■
母親の胎内から出てきた日、はこの世界の人はさほど重要視していません。受胎した日を「生命が宿った」として神聖視しているからです。しかし正確な受胎日が分からないことがあるほか、受胎日を示すということは性行為をした日を他人に教えるというこっぱずかしいことになるため、その子を身ごもった月=誕生月を大事にするようになったのです。なお、誕生月の一日をもって、年齢が一つ上がります。
■十二が特別な数字である理由■
ダイノス魔法国では、十二という数字は約数が多く、計算に非常に便利であることから「神に与えられた数字」と捉えられています。そのため十二歳を迎えた子供は神の祝福を受けるべく盛大な誕生月会が開かれます。その後も二十四歳、三十六歳……と誕生会を開く歳は十二年ごとに現れます。




