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暗躍編18話 見晴台の戦いⅠ

 ハドロス領の見晴台(みはらしだい)に建てられた俺の別荘に来客があったのは、日没後。

 ビアンカ達に闘技場建設現場のコンテナへ様子を探りに行かせてからしばらく経ってのことだった。

 呼び鈴が鳴ったので窓の外の様子を伺うと、そこに居たのは我が幼馴染(おさななじみ)の二人。

 応接間に通すよう使用人に指示をして、俺は自室へと向かった。


 旧友との再会だ。

 それなりの身なりで出迎えてあげないとな。

 貴族令嬢らしくドレスを身に(まと)う。

 着替えに時間がかかってしまったが、まあ、待たせておけば良いだろう。


 十数分後に応接間へ向かうと、客人の二人は椅子の傍に棒立ちになっていた。

 座って待っていればいいのに。

 俺が部屋に入ってきたのを見て、彼らは僅かに身構える。


「やあ二人とも、よく来てくれたな。ささ、座って座って」


 俺が両手を広げながらソファに導こうとすると、目の前にいる赤髪の少女は、その仏頂面をより一層険しい表情へと変えた。


「よくもまあそんな白々しい態度が取れるよね、カンナちゃん」

「義理の妹に対してその態度は冷たすぎるんじゃ無いかな──マイシィ」


 俺がマイシィの(もと)へ歩み寄ろうとすると、彼女の前に一歩踏み出てきた大きな影に(さえぎ)られる。

 マイシィの騎士であるエメダスティが行手を(はば)んだのだ。


「……なんだよエメダスティ。何で、そんなに警戒してるんだ」

「敵の本拠地に乗り込んでいるのだから、そりゃあ警戒もするさ」

「敵、ねぇ」

 

 今日の二人の格好は凄く地味だ。

 マイシィの服装は余計な装飾の一切無い黒のチュニックにスリットの入った白いスカート。

 靴も、ヒールの低いゴム底のブーツである。

 なんというか、作業靴っぽい。


 エメダスティも騎士としての礼服ではなくて、もっとカジュアルな緑のジャケットにカーキ色のパンツ姿である。

 腰に帯びた剣にしても儀礼用の物ではなく、本物の刀剣である。

 なんていうか“いつでも戦闘できますよ”って感じ。


 なんだ、紺のドレスでバチバチにキメている俺が馬鹿みたいじゃないか。

 もっとも、ドレスの下には戦闘衣であるラバースーツを着込んでいるのだけれども。

 準備に時間がかかった理由はこれだ。


「私達は絶対にあなたを捕まえる。今日は、その為に来たんだよ」


 俺は、肩を(すく)めた。


「捕まえるって、一体何故。昔の事故の事、まだ疑っているのか?」

「疑っているも何も、あれが全ての始まりでしょう? 《銀の鴉(シルヴァクロウ)》のカナデさん?」


 俺は眉をピクリと動かした。

 なるべく無表情でいようと心がけていたのだけど、流石(さすが)に組織名や俺の偽名までピンポイントで言い当てられてしまってはな。


 コイツら予想以上によく調べてやがる。

 それとも、クシリト・ノールと接触したことで得た知見だろうか。

 だが少なくともクシリトを拘置所から連れ出した時点では何かしらの情報を掴んでいたとみて間違いないだろう。

 つくづく自分の見通しの甘さに嫌気が差す。

 マイシィ達の諜報能力を完全に見くびっていた──いや、もしかすると心のどこかに(いま)だに親友でありたいという気持ちが残っていて、だからこそ目が曇ってしまったのかもしれない。


俺は自嘲気味に笑いながら、言った。


「はは、よく調べてるじゃん」


 俺の笑いを挑発と捉えたのか、マイシィは肩を大きく震わせた。


「──ッ!! もう、隠す気も無いっての!?」


 マイシィの怒りと相反して、俺は落ち着いた態度で彼女らに臨む。

 ここまで踏み込んできた相手に敬意を表し、堂々と宣言をしてやるのだ。


「当然。お前達が確信をもって話をしていることくらい理解できたよ。そう、俺がカナデだ」


 俺は応接間のソファに腰を下ろした。

 背もたれに肘をかけ、脚を組んだ姿勢でマイシィ達に不敵な笑みを投げかける。

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度の俺と、青筋を立てて怒っている二人。

 果たして、追い詰められているのはどちらだろうね。


「私達はね、《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の存在を知った後も、しばらく見守ることに決めてたんだよ。カンナちゃんがやっていることは犯罪行為。でも、結果的に悪い組織がいなくなって、治安も徐々に良くなった。違法薬物の代わりに薬湯が売れるようになってマイアの人達の収入も安定した……全部、良い方向に向かっていたから黙っていたんだ。きっと、カンナちゃんは地元のためにあえて汚れ役をやっているんだって、いつか捕まることはあっても、覚悟のうえで修羅の道を歩んでいるんだって、そう思っていたから!」


 マイシィが早口でまくし立てる。

 なんていうか、余裕の無さが(あふ)れ出ているようだ。


「……で?」

「カンナちゃんは少し前にクシリトさんを罠に()めたよね。悪いことは悪いと、正義を貫こうとしていた人を、あんたは罪人に仕立て上げたんだ。──やっとわかったよ。結局あんたは自分の事しか考えていないって」


 どうやら彼女ははじめ、俺がダークヒーローか何かの真似事(まねごと)をしていると思って静観していたらしい。

 その俺がヒーローらしからぬ策略によって、正義の体現者であるクシリトを嵌めたことでようやく目が覚めたのだ。


 だが、そもそも俺は他者の利益のためになど動いていない。

 自ら罪を背負って正義のために社会の闇に切り込むなんてことを、この俺がやるはずがない。

 他人の為に俺自身が不利益を(こうむ)るなんて嫌に決まっているじゃないか。

 俺が苦労して組織を整えたのも、裏組織を潰しているのも初めから全部自分の為だ。


 俺が……正確に言えば俺とその仲間達が平和に過ごしていくには、敵対勢力をすべて排除するのが最も手っ取り早い。

 帝国派が滅び、復権派も勢力を減衰させている昨今、俺達の敵対勢力はマフィアやヤクザみたいな裏で動く人間達だ。

 そいつらを消し去った結果、たまたま治安が良くなっただけのこと。


 他人の幸福? あえての汚れ役?

 はっ、馬鹿馬鹿しい。

 勘違いの果てに勝手にブチ切れられたんじゃたまったものではないよ。


「エメ君」

「ああ」


 エメダスティが腰の(さや)から剣を抜き放つ。


 白銀の刀身。

 柄の部分に魔石が埋め込まれているのが特徴的な、いわゆる魔法剣だ。

 魔石に刻まれた術式が斬撃に属性を帯びさせるのだ。

 しかし、属性に頼りきりの武器というわけではなく、刃先まで丁寧に磨かれて切れ味を研ぎ澄ましてあるのが刀身が弾く光の加減ではっきりと分かる。


 魔法剣の鋭い切っ先を俺に突き付けながら、エメダスティは言った。


「カンナちゃん、僕は君を捕まえる。そして君の犯した罪を世間に公表して、クシリトさんの悪名を取り払う。それが僕に課せられた責任だ。子供の頃から君の近くにいたのに、君が再び悪の道に()ちていくことを止めることが出来なかった僕が、成し遂げなければならない責務なんだ」

「ふーん。でも、結局お前一人じゃ俺には勝てないから、二人がかりで攻めてきたわけか。しかも本来守るべきマイシィお嬢様を矢面に立たせて。──あはははッ! お前もとんだ卑怯者じゃないか、エメダスティ!」


 エメダスティは剣先をさらに数センチばかり俺の方へ突き出しながら、吠えた。


「卑怯だってなんだっていいよ! 君が目的達成のためならば手段を選ばなかったように、僕も君を止めるためならばなんだってする! そう、決めたんだ!」


 魔法剣が赤く発光して炎を()びる。

 エメダスティは剣を上段に構え、灼熱(しゃくねつ)の刃が天井を突く勢いで上を向く。

 これは威嚇ではない。

 彼の殺気が、本気の一撃であることを物語っていた。


 エメダスティの咆哮。

 上段から、俺目がけて渾身の一撃が振り下ろされる。


 が、俺は静かにその名を呼んだ。


「エス」


 俺の目の前をかすめ通る黒い影。

 刹那(せつな)のタイミングで、エメダスティの腕は下から襲い掛かってきた衝撃に弾かれた。

 予期せぬ方向からの打突に驚いたのか、エメダスティは魔法剣の柄から指を放してしまう。

 剣は下からのインパクトそのままの勢いで回転しながら、天井のはりへと突き刺さった。


「──ッ!?」


 黒い影は更なる動きを見せ、エメダスティの胸部のあたりに拳を叩き込んだ。

 彼の体は後方へ大きく弾き飛ばされ、一人掛けのソファや戸棚をなぎ倒していった。


 おいおい、部屋がめちゃくちゃだよ。

 それに、先ほど天井に刺さった剣の残火が梁に燃え移ろうとしているじゃないか。

 俺はやれやれと内心で嘆息しながら、指から水弾を発射して屋敷が火災になるのを食いとめた。


「ふしゅぅぅぅ」


 黒い影が息を吐く音と、消化された天井から発する音が重なる。


 黒い影の正体は、小柄で筋肉質な女だ。

 彼女は地下空間に身を潜め、俺の合図とともに床下の隠し扉からこの場に乱入した。

 そしてエメダスティの前腕を下から蹴り上げ、さらに胸部への突きをもって敵をぶっ飛ばしたのである。


 彼女は魔法の不得意な魔法使い。

 体術にそのポテンシャルのすべてをつぎ込んだ格闘少女(少女って歳でもないけど)。

 “エス”ことアナ・スティロイドである。


 俺はこの屋敷に敵が来ることも想定して動いていたんだ。

 今働いている使用人達も、実は全員、戦闘特化型の人造人間(ホムンクルス)に換えてある。

 そんな敵陣のど真ん中にノコノコとやって来るなんて、マイシィ達が哀れに見える。


「君は、アナ・スティロイドか。クッ、そんなところに隠れる場所があっただなんて」

「ふっふっふ。見たかッ、アタシの奇襲攻撃ッ!」


 拳を前に突き出した決めポーズのまま、こちらを振り返ってキラキラした目で見つめてくるエス。

 あーはいはい。後で()めてやるから、今は敵に集中しなさい。


「アナちゃん……《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の伝令役なんでしょう。もしかして、学生の頃からずっとそうなの?」


 エスは転校後の一年間だけ俺達とクラスメイトの関係だった。

 当然、マイシィ達とも面識はある。


「アタシは昔から、カナデ様の忠実な僕だよッ! 組織の名前だってアタシが決めたんだからッ!」


 いや、それは違う。

 俺が適当に思い浮かんだ言葉を(つぶや)いたら、勝手に“採用ッ!”と言って皆に触れ回ったんだ。


「知ってるッ? シルヴァって言うのは銀っていう意味で、クロウって言うのは──」

「知っているよアナちゃん。クロウは鴉って意味だろう」


 エメダスティが床に手をついて起き上がる。

 彼はエスの方を睨みつけるようにしながら、口元を腕で拭った。

 口の端を切ってしまったらしく、血が滲んでいる。良い気味だ。


「カンナちゃんが魔法に用いる言語だからね。僕も良く知っているよ」


 確かに、俺は自らの魔法に英語で技名を付けていた。

 俺は技名をトリガーにして即座にイメージを構築できるよう、繰り返し訓練をしていた。

 その訓練にはマイシィやエメダスティも付き合っていたことがあるから、英単語のいくつかは知っていてもおかしく無い。


 そう考えると、《銀の鴉(シルヴァクロウ)》という名を許してしまったのは失策だったな。

 マイシィ達にとっては組織名こそが俺の関与を決定づける証拠になったわけだ。


 俺は苦々しく歯噛みするが、後悔をしていても仕方がない。

 決着を付けるべき時は、来るべくして来たのだ。


「さて……役者も揃ったことだし、そろそろ始めようか。──殺し合いを、な」


 俺の言葉にマイシィ達もにわかに緊張感を増したようだ。

 彼女らの顔が強張(こわば)り、四肢に力が入る。


 俺は身動きのとりやすいよう、ドレスの袖やスカートを引き裂いた。

 肩を回して屈伸運動をすると、(ほほ)をぴしゃりと叩いて気合を入れる。


「うっし、やるか」


 俺が魔法力場を展開しつつ殺気を溢れさせると、一転、エメダスティが不敵な笑みを見せた。

 なんだ……?

 彼の態度からは何か奥の手を隠している様子が伺える。

 不穏な空気。

 俺は敵に飛び掛かろうとしていたエスを、一旦(いったん)手で制した。

 奴の一挙一動に警戒しないと。


「カンナちゃん」

「なんだよエメダスティ」


 壁に寄りかかるようにして立ち上がったエメダスティは、歪んだ微笑みを維持したまま、こう続けた。


「一体いつから、ここに来たのが僕達だけだと錯覚していたのかな」

「──は?」


 エメダスティが光魔法を用いて、ストロボの如く手掌(しゅしょう)を激しく明滅させた。

 目眩(めくらま)しか──いや、違う。

 これは、何かの合図に違いない。


 この状況で信号を受け取る相手、それは、考えうる中で一人以外ありえない。


「エス! 来るぞ、あいつだ!」


 直後。応接間の窓ガラスが内側に大きく飛び散る。

 窓を突き破って、屋外から何者かが侵入してきたのだ。


 現れたその男の、額の頭頂眼が蒼く発光している。

 それが義眼である事を感じさせない、もの凄い魔法力場を伴った破壊の権化。


 彼は上級魔闘士。

 世界でも数十人程度しかいないと言われる、魔法使いとしての最上位の存在である。


「クシリト・ノール……!」

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