暗躍編16話 最強の偵察部隊
「お久しぶりです、カンナ姉様」
「おおー、シアノ。久しぶりだな。船旅ご苦労様。ビアンカも、わざわざすまない」
俺は王都の屋敷にシアノとビアンカの二人を招き入れ、客間へと案内した。
二人は亡命中の身であるため、ここまでは裏ルートでの密航である。
また、屋敷に入る際も、下水道を経由して書斎の床下に抜けるという秘密の地下通路から来てもらうことになっていた。
ちなみに下水の行き着く先の川辺に住んでいるホームレスは《銀の鴉》の構成員だし、下水の清掃業者も俺の配下。
どうだい、万全だろう?
身を隠しながら移動するために、二人とも黒基調の迷彩柄のジャケットとズボンを身に付けている。
もちろん手荷物には着替えが入っているのだろうが、今の姿は何というか、似合わない格好である。
「先に着替えるか?」
シアノはかぶりを振った。
「いいえ、さっさと話を進めましょう姉様。わらわは姉様と同じ空間にいるだけでイライラしてきますので」
「あーそう」
「コラ、シアノ。カンナには一族を殺された恨みがあるとはいえ、態度が悪すぎるヨ。コイツが自己中心的向こう見ずクソ野郎だからといっても、人と応対するときはマナーを守らないとネ」
「つくづく親子だな、お前ら……」
出会ってから十年くらい経ったが、ビアンカはほとんど見た目が変わっていない。
髪が伸びた事が変化といえば変化だが、些細なものだ。
子供の見た目で成長が止まってしまったという状況は、帝国派が無くなったところで改善されるはずも無いのだ。
一方のシアノはかなり大人っぽく成長した。
ぱっと見の印象は変わらないのだが、一つ一つのパーツが年相応にアップデートされた感じだ。
が、性格面では一番の変貌を遂げた存在とも言える。
遺伝子状の母ビアンカの側で暮らすようになったからか、かつての無機質な雰囲気は影も形も見当たらない。
逆に、ニクスオットによる感情抑圧状態から解放された今現在の姿が、本来の彼女の性格なのだろう。
「で? 姉様はわらわ達に何をさせたいのですか。言っておきますけど、そう易々と人に使われる程、わらわ達は安い存在では無いんですからね」
シアノは椅子に腰掛けながら、不貞腐れた表情で悪態をついた。
最近のシアノは、会うたびにこんな感じなのだ。
「わかっているさ。だからこそ二人を呼んだんだ。お前らになら、いや、お前達しか頼れないと思ったから来てもらったんだよ」
「──わらわ達にしか出来ない事?」
「そうさ。最重要任務だな」
俺がそう言うと、シアノは一瞬だけ表情筋を緩め、興味のベクトルを俺の方へと向ける。
しかし間もなく彼女はハッとして不機嫌そうなカオに戻した。
「ふーん。そこまで言うのでしたら、一応聞いてあげないことも無いですけど」
つっけんどんな態度ではあるものの、どこか本気じゃ無いというか、じゃれ合いのような甘ったるい感情が見え隠れしている。
なんだかんだ言って、シアノは何かを任せてもらえることが嬉しいのだ。
今のシアノは、まるで思春期に入りたての子供のような不安定な精神状態になっている。
更に、自らの感情を露にすることが恥ずかしいことのように感じてしまっているらしい。
帝国派が滅するまで自我を抑制されていたことの反動。
おそらく彼女の精神年齢は実年齢より十歳ほど若いものと推測される。
「ま、簡単に言うと偵察だな」
「偵察任務? その程度ならわざわざあたし達に頼らなくても良いのではないカナ」
「相手が強すぎるんだよ。万が一のときに対処できるのはお前たちしか居ないと思ったんだ」
俺は事のあらましを彼女らに語った。
正確に言うと、騙った。
ビアンカ達は、《銀の鴉》が裏組織の拠点を壊滅させている事実を一部承知している。
一方、クシリトを罠にかけて逮捕させた一連の出来事は知らないのだ。
俺は、“組織のマフィア潰しに便乗して殺人欲求を満たしていたクシリトという上級魔道士と抗争になり、部下の命を犠牲にしつつも何とかクシリトの捕縛まで漕ぎ着けた”……という架空の物語を聞かせた。
クシリトを悪人にでっち上げた以外はほぼ事実の繋ぎ合わせであるため、矛盾なく相手を騙せるストーリー構成だ。
“そのクシリトが一ヶ月前に脱獄。彼には協力組織がバックにいて、どういうわけか《銀の鴉》の存在を突き止め、俺の事を狙っている”……と、ここまで一気に話して聞かせた。
「つまり、わらわ達が偵察する場所にクシリトが潜んでいる可能性があるってことですか」
「その通りだ。よく分かったなシアノ」
「……へへ」
頬を少し赤らめた照れ笑い。
先刻までの悪態はどこへやら、少し褒めただけで尻尾を振り出すシアノである。
少し間をおいて、彼女は自分のニヤけ面に気がつくと、咳払いを一回挟み、
「ま、まあこのくらいの推測など、誰にでも出来る事ですけどね。姉様はいちいち褒めなくても良いのですよ」
と、見栄を張るのだった。
そんな娘の様子を見て、ビアンカが大きく溜息を吐いていた。
この調子では将来が不安にもなるというものだ。
シアノは今年で二十三歳。
貴族としてはそろそろ結婚していても不思議でない歳だ。
仮初めの名前を名乗り、貴族格を失った今ではそれほど結婚を急ぐこともないのだろうけど、そろそろ言い寄ってくる男性が現れても不思議ではない。
しかし精神年齢が十代のままなので、このままでは悪い男に引っ掛かってしまいそうだ。
仮に、家事や仕事を全部女に押し付ける割にやたら褒めちぎるのが上手なクズニートがいたとして、そんな男の手に堕ちてしまったりしたら大変だ。
安易な褒め言葉で調子に乗っているうちに、都合の良いように扱われてしまうのがオチだろう。
「苦労するな、ビアンカ」
「全くだヨ。……それで、話の続きを頼むヨ」
「ああ、そうだな」
ここ一ヶ月ほど、あらゆるツテを使ってクシリトの居場所を探った。
魔法国内に点在しているストレプト家の別邸が怪しいと踏んでいたところ、にわかに浮上したのは意外な場所だった。
ハドロス領アクリス地区にある新王立闘技場建築現場をマイシィやエメダスティが頻繁に訪れているというのだ。
長雨期間により工事がストップしているその場所に出入りするなど怪しさしかない。
しかも、エス曰く、深夜に何かコンテナのようなものを搬入していたという。
「この場所を調査したいんだ。多分、罠だろうけど」
「どうしてそう言えるんダ」
俺は鼻で笑った。
「あからさますぎるんだよ。マイシィはそんなに馬鹿じゃない。普段出入りしない場所に出向くなんて、調べてくれと言っているようなものじゃないか。──だけど、馬鹿じゃないと言うことは、俺の考えを読み取って、あえてコンテナを本命にしている可能性もあると言うことなんだよ」
そしてそのさらに裏をかいて……なんて考えていたらキリがない。
つまりどのみち一度は偵察に行かねばならないのだ。
もしもその場にクシリトがいた場合はいきなり本気のバトルが発生してしまうわけで、生半可な人間に頼むわけにはいかない。
魔法力だけならトップクラスであるシアノと、それなりに実戦経験を積んだビアンカの組み合わせはまさにうってつけだ。
「コンテナの様子を見に行って、どうすればいいのですか?」
「本命のクシリトがいた場合はこれを無力化、それ以外は何があったとしても一時撤退だ」
「しかし、そのクシリトというのは上級魔闘士だろウ? 我々でも勝てるかどうかわからないヨ」
「大丈夫だ。奴は逮捕された際に頭頂眼を潰されている。仮に今、義眼を移植していたとしても体に馴染むまでには半年はかかるから、戦闘力は半減……高く見積もっても全力時の七割って所だろうな」
逆に言えば義眼が体に馴染むまでにクシリトを何とかしないと、俺にとってはとんでもなく不都合な事態に陥る。
タイムリミットは確実に存在するのだ。
「と、いうわけで頼む! 今から一緒にハドロス領へ向かってくれないか。見返りを望むなら極力なんとかしよう」
「見返りも何も、あたし達は生活費のほとんどを出してもらっている身だしネ……断れないのを解っていて頼んでいるのだろウ?」
「……バレた?」
俺は舌を出してウインクした。
そう、見返りは既に提供しているのである。
追加で何かを要求してくるほど彼女らが図々しい性格でないことも承知している。
オブラートに包まず言えば、俺は彼女らに”つべこべ言わずに無償で働け”と言っているわけだ。
彼女らの生活支援をしたのだって、いざという時のための先行投資に過ぎなかった。
いやー、役に立って良かった。
いや、役に立つ状況が来ないほうが良かったのか。
「カンナ姉様はそういうところ小賢しいですよね。わらわはこうはなりたくないです」
「辛辣だなぁ」
「……もっと頼ってくれても良いんですからね(ぼそっ)」
「(ツンデレ!?)」
兎にも角にもやる事は決まった。
いざ行かん、ハドロスの地へ。
願わくば、これ以上問題が起きない事を。




