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暗躍編13話 ∵

「そうか。クシリトは無事に捕まったか」

『はい。見事にカナデ様の思惑(おもわく)通りに事が運びましたな』


 王都にあるエックスの邸宅で、俺は魔闘士協会の内通者と電話をしていた。

 彼に与えていた仕事は、《銀の鴉(シルヴァクロウ)》あるいは帝国派飛空艇事故を独自に調査する魔闘士を(あぶ)り出し、排除することだ。

 そんな彼から不穏因子について相談を受けたのが今年の初め。

 普段なら彼自身の権限で魔闘士を閑職(かんしょく)に追いやることなど造作もないことなのだが、今回は若干(じゃっかん)事情が違った。

 故にこの俺が計画を立てて敵を追い詰めるという方向にシフトしたわけだ。


「お前の所の魔闘士で、例の事故について調べている奴はもういないんだよな?」

『ええ。奴で最後です。いや、上級魔闘士ともなると秘密裏に消すのも難しくて骨が折れましたが、流石(さすが)はカナデ様。私としても、これでヤツを堂々と処罰することが出来ます』

「はは、お前の働きの賜物(たまもの)だよ。感謝しているぞ、()()()()()()


 あはは、クシリトの奴も協会内に間者がいる事には薄々勘付いていたみたいだが、それがまさか自分の信頼している“会長”さんだとは思うまいよ。

 投獄された今でも、ロインの側近あたりを疑っているかもしれないと思うと、滑稽(こっけい)すぎて笑えてくる。


『して、リリカ・プレガバリンの扱いはいかに?』

「証言台に立ってもらう必要があるからしばらく生かしておくように。引き続き旦那には洗脳を続けるよう言ってくれ」

『承知しました。それでは、定期連絡は三日後に』

「ああ、頼む」


 俺は受話器を置き、電信室を出ると、その足でエックスの寝所へと向かう。

 たまには奴にも“サービス”をしてやらねばなるまい。

 今回、裏からの根回しも任せっきりだったしな。


──


 さて、ここらで一連の出来事についてネタバラシをしていこうか。


 魔闘士協会の内通者はロイン・ケーシィ支部長。

 ギャングの内通者はセキメドとかいう若者だ。


 そして、魔法学校の同級生、リリカ・プレガバリンもまた事件のキーマンの一人である。

 彼女は日頃より暴力とドラッグで人格を破壊され、今では夫の言う通りに動く優秀なマリオネット。

 可哀想に、いつも“自慢の旦那様”と呼んでいるこの夫こそが俺の手先として動いてくれている人物なのだ。


 ロイン支部長より「飛空艇事故を探っている上級魔闘士」の存在を聞かされたのが一ノ月。

 俺は、適切なタイミングで《銀の鴉(シルヴァクロウ)》が行っていた裏組織潰しの情報を当人にリークするよう指示。

 これにより相手の出方を探るつもりだった。


 六ノ月。

 マイシィと兄の結婚披露パーティにクシリトが現れたのを受け、急遽(きゅうきょ)プランを軌道修正。

 イグアードのギャングチームに武器提供をすると共に、内通者をギャング内に潜り込ませた。


 そして半月が経った七ノ月初頭、ついに奴が動いたとの情報が入る。

 事前に打ち合せていた通り、リリカの旦那はギャングの内通者にリリカを引き渡し、拉致事件を演出。

 さらに、《銀の鴉(シルヴァクロウ)》より刺客を送り込み、ギャングと交戦するように指示をした。

 ──リリカがその刺客に見殺しにされかけたという話を聞いた時はゾッとしたが、結果オーライである。


 リリカには保安隊突入の寸前に、我が魔法“炉心溶融(レッドゾーン)”の効果圏内より術式の起動スイッチを押してもらった形だ。

 これで内通者や刺客もろとも排除し、ただ一人の証人としてリリカが残る。


 何を証明するのか。

 それはもちろん、上級魔闘士クシリト・ノールの行ってきた数々の悪行である。


 ──ああ、何ということでしょう!

 上級魔闘士クシリトは、己が絶大な力を持っているのを良いことに、各地の裏組織の人間を殺して遊びまわるような極悪人だったのです!

 しかも今回は未遂とはいえ婦女暴行にまで手を染めてしまっていたのです!

 幸いにも彼女は助け出されましたが、そこで見た光景はトラウマ級の惨事。

 彼女の眼前で、多くの若者たちがクシリトによって燃やされてしまったのです!

 心を閉ざしてしまうレベルの体験をしたにも関わらず、女性は勇気を持って証言台に立ちます。

 そして言うのです、“私はクシリトによる殺害行為を見ました”と──。


「ふふふ、あはは──んんっ」


 俺は口元を手で押さえて、こみ上げてくる笑いを(こら)えようとした。

 それでも、どうやったって口元は緩むし、肩が震えてきてしまう。

 上手くいっているときほど警戒しなければいけないとはわかっているものの、嬉しさというのは抑えの効かないものだな。


「クククク……」


 結果、喉の奥から絞り出すような笑い方になってしまうのだった。

 これではまるで、悪の親玉のような笑い方ではないか。

 俺は決して悪人ではないというのに。


──


「おおーい、エックス! 久々に俺様が直々にサービスを──」


 俺は長い廊下の先にあるエックスの部屋に着くや否や、興奮のあまりにノックをすることも忘れ、部屋の扉を大きく開け放った。

 が、室内の光景を目にした俺は、瞬時に自分のやらかしに気が付くのだった。


「あっちゃー……お楽しみの最中だったか」


 部屋のベッドの上で、使用人の女性が制服のままエックスの上に(またが)っていた。

 足首にショーツが引っかかっているので、つまりスカートの中はそういう状態なのだろう。

 耳まで真っ赤に染まるほどに二人はすっかり上気していて、もう少しでフィニッシュという感じだったのかもしれないな。


 ベッドの二人は俺の登場に目を丸くしながら、ピタリと動きを止めていた。

 いきなりの事態にどうすればよいのか分からないのだろう。


「あー、いいよ。続けて続けて。大丈夫、奥さんには黙っておくからさ」


 そう言って、俺はそっと扉を閉めた。

 戸の閉まる直前にエックスが何やら言いかけていたようだが完全に無視。


 廊下に出てやれやれと溜息を()く。

 しかし次の瞬間には室内から嬌声が漏れ聞こえてきて、より一層大きな溜息を吐くことになった。

 まったくエックスの奴め、昼間から(さか)りやがって。

 せっかく俺が秘伝の肩もみ&ふくらはぎマッサージで(ねぎら)ってやろうと思っていたのにさ。


 俺は大股で廊下を進み、そのままの勢いで階段を下ると一階の客間に向かった。

 そこには所用が終わるまで待たせているアロエと、彼女と談笑をしているエックスの妻がいるはずだ。


 客間は半吹き抜けみたいな構造になっていて、特に間仕切りはない。

 東階段の踊り場を曲がれば、開けた空間があって、客間を見通すことが出来る。

 それは同時に向こうからも階段が丸見えということでもあるから、俺が踊り場を過ぎた段階で、俺の存在に気が付いたアロエが手を振って声をかけてきた。


「お疲れ様、カンナ。こっち来て一緒にカッファを飲もうよ」

「俺はミルクが良い」

「何言ってるの、ベティさんの知り合いが贈って来てくれた最高級のカッファ豆で()れてくれた逸品(いっぴん)だよ。折角(せっかく)だから(いただ)きなよ」


 それ、アレだろ。

 動物が食ったカッファ豆が腸内酵素の作用で発酵して独特の風味を持った、って奴。

 要は動物のう●こじゃないか。


「お前、その豆の正体を知っているのによく飲めるな」

「マイシィの友達やってたら慣れるでしょ」


 そう言って“最高級の”カッファを口に運ぶアロエ。

 確かにあいつの寄食習慣に付き合わされていれば大抵のものは口に入れても平気になるのは間違いない。

 だが、排泄物は違うだろう、排泄物は。

 歯磨きするまでキスは禁止だな、これは。


「そうそうベティさん」

「なにかしら?」


 俺はエックスの妻であるベティ・シジャクに声をかけた。

 緩くウェーブのかかったアッシュブラウンの髪、やや童顔でふくよかな見た目の、柔和な印象が強い淑女である。

 彼女と俺は年の頃はあまり変わらないが、どうやら俺とエックスが出会った頃には既に許嫁(いいなずけ)の関係となっており、飛空艇事件後まもなく籍を入れていたらしい。

 そんな彼女は俺とエックスが一時肉体関係にあった──といっても本番行為は一切していないのだが──ことを承知しつつも、それを受け入れてくれる懐の大きな人物であった。


 ただし、それは俺がエックスに妻がいたことを知らなかったからであり、“婚姻の事実を知りながら不倫をした者には容赦しない”というのが彼女のスタンスだ。


「三階で、ハーヴェイが使用人とあんなことやこんなことを……」


 瞬間湯沸かし器のように、見る見るうちにベティの表情が変わっていくのが分かる。

 怒りのあまり真っ赤に染まった彼女の顔は、気が付けば鬼の形相(ぎょうそう)になっていた。


「教えてくださってありがとうね、カンナさん」


 そう言って頭を下げたベティは、一段飛ばしで階段を駆け上がっていくのだった──。


「……カンナって意地悪だよね」

「んー? なんのことかなー、って、今更だろ」

「ふふ、ウケる」


 アロエはカッファを(すす)る。

 一口飲むごとに恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべる彼女は、見るからに幸せそうだ。


「……どうしたの? そんなに見つめて」

「いや、なんか、幸せだなって」


 何を隠そう、幸せなアロエを眺めているこの瞬間、俺自身も幸せを感じているのだ。


「ずっと、この幸せが続くといいね」


 アロエはそう言って、客間に飾られた花瓶を見た。

 色とりどりの花が、美を競うように咲き誇っている。

 近づけばいい香りが漂ってきそうだ。


 俺はアロエの腰かけているソファの真横に立つと、アロエの髪を撫でてやった。

 アロエは、頭を俺の体に預けるようにしてもたれかかる。

 少し、くすぐったい。


「ずっと、このまま……」


 そう、ずっとこのままが良い。

 花のように色褪せていくのは御免(ごめん)だ。


 だからこそ、俺はこの数年ずっと頑張ってきた。

 そのために敵対するものや都合の悪いものを排除し続けてきたんだ。

 今まで危ない橋だって何度も渡ったし、今回の事も不確定要素が多くて正直怖かった。


 でも、やり遂げた。

 俺は幸せを守り抜くことが出来たんだ。


 あと少し。

 あと少しで全部終わる。


 残された不安要因は、マイシィとその一派だけだ。

 奴らが飛空艇事故の真相に辿り着いた時、きっとすべてが終わる。

 何とかしなくては。


 何とかして、マイシィ一派を排除しなければ。

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