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暗躍編12話 煉獄髑髏

 リリカを助けるためにカインの前に姿を(さら)してしまった。

 彼が《謎の勢力》の放った刺客であるならば、これは失態以外の何物でもない。

 ギャングの拠点を攻撃した彼を追跡すれば敵の正体が掴めたはずなのに、その機会をみすみす棒に振ったのだからな。


 でも僕は後悔していない。

 一人の女性を救うことが出来た、それだけで十分じゃないか。


 何ならもう少し早く助けてあげるべきだった。

 恐怖を、痛みを与える前に、何かしらの救いの手を差し伸べてあげるべきだった。

 僕が悔やんでいるのは、その一点だけだ。


「カイン、で合っていたかな。君を暴行の現行犯で逮捕する」

「……カインというのはその女が勝手に呼んでいる名だろう? それに、俺が攻撃したのは無法者。正義の味方だよ、俺は」

「資格無き者が力を振るえば犯罪だよ、カイン・コーカス」


 僕がフルネームを呼んだ瞬間、カインが(わず)かに身動いだ。

 自らの動揺に気が付き、慌てて平静を(よそお)うがもう遅い。

 奴は、やはりカイン・コーカスだ。


「この子はリリカ・プレガバリンだろう。彼女からヒントを貰えたから、思い出すことができたよ。君は二十年近く前に殺人事件を起こして逮捕された経歴があるよね。一応頭に入れておいてよかった」


 国王派周辺を探るにあたり、カンナ、マイシィの交友関係や過去の経歴を漁っていた時に見かけた、魔法学校内の襲撃事件と送迎馬車の御者(ぎょしゃ)殺害事件。

 その犯人が当時十四歳だったカイン・コーカスだ。

 彼は事件後に収監され、未成年刑務所へと送られたと記録されている。

 それ以降の彼の経歴は追っていないが、通常であれば殺人事件の場合、十数年の服役後に釈放される。

 故に彼がこの場にいる事自体におかしな点はない。


 しかし……記憶違いでなければ、事件の際にカインはカンナ・ノイドと戦闘行動をおこなっていたはず。

 という事は、彼と敵対しているカンナやマイシィはやはり《謎の勢力》とは無関係──?


「念のため聞くけど、誰かに命令されてやってるのかい? それとも単独犯?」

「……さあね」

「そうだよね。言うわけないか」


 ならば実力行使しかあるまい。

 悪いが一瞬でカタをつけさせてもらおう。


「──ッ!」


 こちらの闘気を敏感に察したのか、カインは大きく飛び退()いた。

 同時に手甲より激しい炎を噴出させる。

 見事な精度の炎魔法だ。

 常人であれば瞬時に黒焦げにされてしまっただろう。


 常人なら、ね。


「フンッ!」


 僕が右腕で空間を薙ぎ払うと、瞬時に炎が消失する。

 仮面をしたカインの表情は読み取れないが、きっと驚いているのだろうな。


 しかし理屈は簡単なのだ。

 炎魔法とは原初の魔法の一つで、空間に漂う魔晶が高濃度になると可燃性を帯びる性質を使っているのだ。

 だから、炎魔法を散らすには魔晶を拡散させてしまえば良いのだ。

 実は氷魔法を発動させる際の機序と同じ理屈なのだが、普通の学校では習わないから知らないだろうな。


「チィッ!」


 舌打ちするカインに、僕は地面を強く蹴って大きく肉薄する。

 急に眼前に現れた僕を避けようと、カインは慌てた様子で体の側面から炎塊を発射した。

 攻撃と同時に、反作用で僕を回避しようとしたのだろう。


 判断力、炎の扱い、体術、どれをとっても申し分ない。

 磨きようによってはもっと光る人材になったろうに。

 誠に残念。


 更に、今回は相手が悪かったな。


「僕に炎は効かないよ、カイン君」


 もっとも、大半の属性魔法は僕には効かないのだけどね。


 僕は炎塊をステップ回避すると、工場内全体に魔法で風を送り込んだ。

 ただの風ではない。魔晶を散らす効果を付与した風魔法だ。


 現時点をもって頭頂眼による魔法力場の発生はしばらく不可能となった。

 今回みたいに屋内での戦闘には非常に有効な策である。

 散らされた魔晶が空気中に再び攪拌(かくはん)されてくるのに、およそ五分といったところ。

 ここから先は、体術のみの戦闘だ。


 カインは魔法の不発を知るや、逃げから攻めに姿勢を転じた。

 こちらの突進に合わせ、カウンター気味に腕を突き出してくる。

 彼の腕部装甲は尖っている部分があり、当たれば体に風穴を開けられてしまうだろう。


 そんな刺突をラッシュのように畳みかけてくる。

 僕はひとまず回避に専念し、タイミングを伺うことにした。

 カインを覆う分厚い装甲を撃ち抜くのは困難だから、関節部分に一撃を決めたい。

 あるいはその重さを利用して、大地に叩きつけるか。


 ──ここだッ!


 僕は刺突攻撃をミリ単位の体の動きで避けるとともに、すれ違いざま、カインの腕に手を添えて慣性力を受け流し、そのまま彼の体を投げ飛ばした。

 地面へ叩きつけられる直前、カインは体を捻って両手両足を地面に突き、反転、こちらに襲い掛かってきた。

 今度は左に旋回しながらの回し蹴り。

 装甲の重量も相まって、かなり重そうな一撃だ。

 僕は即座に受け流すのを諦めて素直に回避することにした。


 ──瞬間。


「チェイアアアッ!」


 蹴りの起動がいきなり変わった。

 横回転から縦方向への直線的な軌道へと変化し、僕を真っすぐに撃ち抜かんと迫って来る。


 やむなく両腕をクロスしてガード。

 衝撃を和らげるために膝の動きでで勢いを殺しつつ、左方向に体を滑り込ませた。

 今度は僕が回転するような形で、装甲の薄そうなカインの首元付近を足で狙う。


 これはうまくヒットしたのだけど、ダメージは軽微で、すぐに体勢を立て直したカインは再び僕めがけて横蹴りを放ってきた。

 後ろに飛び退き、しばしの(にら)み合い。

 両者動きがピタリと静止し、お互いの(すき)を伺う。


「なるほどね、体術にも自信ありというわけだ」

「……ふん」


 これは僕の見立てが甘かったと言わざるを得ない。

 カインがここまでの使い手だったとはお見逸(みそ)れしたよ。

 と、なれば僕も奥の手を使わざるを得ないかな。


「……そ、それは」


 僕が懐から取り出したそれを見て、カインが悔しげに(つぶや)いた。


 僕が手にしていたのは、魔法銃ヤクソジン・スクナビコナⅡ型。

 小型ながらも大出力の魔法を放つのに適した魔法武具だ。

 欠点は発射後の軌道のブレが大きい事だが、多少ブレても問題ないほどの高出力で放てば良いだけの事さ。


「ごめんね、ズルしちゃって。でもこうやって大気中の魔晶を散らされることもあるから、今後は魔石を携帯することをお(すす)めするよ」

「……お前、“今後”が無いことをわかって言っているだろう!?」

「ご名答」


 僕はためらわずに引き金を引いた。

 銃に組み込まれた魔晶の塊──魔石が僕の頭頂眼の代わりに大出力の炎魔法を形成、カインへと放たれる。

 高速で迫る炎を避けきれず、カインは炎に巻かれて倒れ伏した。


「……まだ、だァ!!」


 カインは全身に(まと)っていた金属装甲をパージして生身を晒した。

 赤熱する装甲から離れたことで、熱によるダメージから逃れたのだ。

 手足の長さは普通の成人男性と同じほどに短くなったが、こちらの姿の方がより身軽に動けるだろう。


 果たしてカインのとった行動は。


「お、おい待て!」


 ──逃げ、だった。


 僕に背中を見せる形で、カインは敗走を試みた。

 しかしそんなことを僕が許すはずもない。


 先ほどよりは出力を落とした火の弾丸を放つ。

 それらはカインの両足に命中し、熱さのあまりに彼はもう一度地面と仲良しするのだった。


「ぐああああッ!?」


 熱でたんぱく質が硬化したために、彼はもう十分に動くことが出来ないだろう。

 一丁上がりだ。

 僕は魔法銃の銃口から立ち上る煙を息で吹き飛ばしつつ、銃を懐にしまってカインの元へと歩いて行った。


「終わりだな、カイン・コーカス。大人しく捕まってくれ」

「……クッ」


 こうして僕は、カイン及びギャングチーム《煉獄髑髏》の面々を全員捕まえたのだった。


──


「よしっ、これで大丈夫だな」


 僕はギャング達やカインに縄をかけ、頭部に頭頂眼の働きを阻害するための拘束布を巻いた。

 ヨーザイの腕は、とりあえず切断面同士を密着させた状態で治癒魔法を(ほどこ)し、血の巡りだけでも正常化させた。

 病院に搬送されたら改めて切り離し、正しい角度で筋繊維を繋ぎ直してもらえばいい。


「リリカさん、ごめんね、後回しになってしまって」

「いいえ、大丈夫です。助けていただいてありがとうございました」


 僕はリリカに治癒魔法をかけながら、軽く事情を聴くことにした。


「君がここに連れてこられた経緯を聞いても良いかな」


 なんとなく、タンクトップの男の話から状況はわかっているが、被害者側の主張も聞いておきたかった。


「あたしは、夫と水族館に出かけていたんです。そしたら──」


 彼女は涙ぐみながら、詳しい状況を話してくれた。


 タンクトップの男は“一緒にいた男は逃げた”と言っていたが、それはどうも誇張らしい。

 実際にはリリカを守ろうと必死で抵抗したが、タンクトップの男に蹴り飛ばされて海へ落下したようだ。

 幸い港付近の波は穏やかだったのでその時点では大事には至らなかったそうだが、夫が必死に岸壁にしがみついている隙に、リリカは連れ去られてしまったようだ。


「それは辛い思いをしたね。もうすぐ保安隊が迎えに来るから、そうしたら旦那さんにも会えるよ」

「はい」


 僕はリリカを慰めるためにそんなことを言ったが、実際は旦那さんの事は少々心配だった。

 たとえ水族館沿いの港とはいえ、夜の海に投げ出されて、しかも周りに人のいない状況で、無事に岸に上がれただろうか。

 間違いなく怪我を負っているだろうから、今頃病院かもしれない。


「待っていてね。もう少しの辛抱だ」


 僕は慰めるつもりで、彼女の頭にぽんと手を乗せた。

 瞬間、僅かにリリカの体が強張(こわば)った気がするが、僕は特段気にすることもなく治癒を続けるのだった。


 ──それから三十分ほど経過した。


 リリカの治癒がある程度終わると、工場の外がだんだんと騒がしくなってきた。

 戦闘後に使い魔を(つか)わして呼んでおいた保安隊がようやく到着したのだろう。


「ふう、これで一件落着かな。リリカさん、お疲れ様でした」

「はい。お疲れ様でした。……そしてクシリトさん、ごめんなさい」

「謝るほどの事でもないさ。すぐに助けられなくて僕の方こそごめん」


 僕が頭を下げると、それでもリリカは首を横に振って


「いいえ。ごめんなさいで合ってますよ、クシリトさん」


 と言う。


 ──なんだ? 何故だか、彼女の言動にとてつもない違和感を覚える。

 被害者であるにも関わらず、頑なに謝罪の意を示すリリカ。

 それだけであれば別に普通の事かもしれない。

 ただ、言語化できない微妙な引っかかりが、もやもやが、彼女の言葉の裏に隠れているような気がする。


「……もしかすると、屯所で詳しく話を聞かなければならないかもね」


 僕はそう呟くと、工場の入り口付近に目をやった。

 積みあがった資材の山に阻まれているために姿をはっきりと見ることはできないが、今まさに保安隊員たちが突入を試みているような状況だった。

 ちらほらと、魔闘士の戦闘服を着た者も混じっている。いやに大袈裟(おおげさ)な所帯。


 しかしどうして入り口付近で(たむろ)っているのだろう。

 もう戦闘行動は終了しているのだから、さっさと入って来ればいいのに。


 その、矢先の出来事だった。


「レッドゾーン」


 リリカが、静かに呟いた。


 瞬間。嫌な予感がした僕は、振り向きざまに()()()()()()()()()

 彼女の手の中にあった赤い魔石が、光を放ちつつ床に落ち、ガラスのように砕け散った。


 ……今、リリカが何かをした。

 一瞬だけ魔法力場が形成され、大気が大きく震えたんだ。


 答えは、間もなく判明した。


「あ゛ッ……あああッ……ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 突然、カインが叫び声をあげて、苦しそうにもがき始めた。


 否。カインだけじゃない。

 ギャングチーム全員が(うめ)き声を上げ、縛られているにもかかわらず必死の形相でもがき苦しんでいた。


「ばかなッ──どうしで、おでまで……お゛オおおおあああああッ、がだでざまアアアア!!」


 タンクトップの男が何か意味のありそうな言葉を話そうとしているが、それすらもやがて絶叫へと変わり、かき消される。

 気が付けば一連の事件の当事者たちが、軒並(のきな)苦悶(くもん)の表情を浮かべているという異様な光景が広がっていた。


「お、おい! どうしたんだ、一体何が起きている!?」


 僕が叫んだ次の瞬間。


「「ああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 彼らの胸のあたりが黒く炭化をはじめ、一斉に煙を吹き始めた。

 中には火に包まれる者も。

 僕は慌てて水魔法で消火を試みたのだけど、彼らの症状の進行は収まることが無い。


 あまりの熱により皮膚がどろりと溶け落ち、肉や骨が露出する者。

 ぶすぶすと煙を吹きつつ全身が真っ黒になるまで炭化する者。

 炎を上げて燃え、その姿を確認することすら難しい者。


 まさしく煉獄(れんごく)

 彼らのチーム名そのままの地獄絵図が広がっていた。


「リリカ!! 貴様、何をした!!」


 僕はリリカに駆け寄ると胸ぐらをつかみ上げて威圧した。

 それと同時に、僕の背中を寒いものが走り抜ける。


 リリカの瞳は完全に生気を失っていた。

 彼女は覇気の無い、ぎょろりとした目を僕に向けると、にたりと笑う。


「だから先に謝ったじゃないですか」


 僕は思わずリリカから手を離し、数歩後ずさった。

 僕の手は震えている。

 震えを止めようと肩を抱くが、意味を成さず、全身の震えが止まらない状態になった。

 頭を抱える。

 なんだ、僕は今、何を相手にしているんだ……?


「上級魔闘士クシリト・ノール!!」


 背後から声をかけられ、振り向くと、そこには今しがた突入してきたであろう保安隊員たち、それに何度か一緒に仕事をしたことのある魔闘士たちがこちらを取り囲むようにして立っていた。


 彼らの中に、見知った顔を見つける。


「かい……ちょ……」


 マムマリアにいるはずの、ロイン・ケーシィ支部長が、どうしてか目の前に立っていた。

 神妙な面持ちの彼に(すが)り付こうと、僕はふらつく足取りで工場の出入り口へ向かう。


 が、数歩踏み出したところで保安隊員たちに取り囲まれ、身柄を拘束された。


 何故?


 どうして?


 何だって僕は、彼らに拘束されているんだ──。


「なっ……放してくれ、僕は、僕は!」


 自分でも既に何が言いたいのか、全く分からないくらいに気が動転していた。

 ただただ保安隊員を振りほどこうと渾身の力で暴れようと試みた。


「暴れるな! 大人しくしろ、犯罪者め!」

「……は?」


 なに、を、言っているんだ。

 僕は任務で、この場所に……。


「会長……会長、なんとか言ってくださいよ。どうして僕が拘束されるのですか。どうして!」


 会長は、悲しげな表情をして僕を見下ろしていた。

 彼ならば、彼ならば状況を分かっているはず。

 《謎の勢力》を追って、その手掛かりになるかもと、このギャングの拠点の調査をしていたことを。


 しかし彼は僕の期待を裏切り、その長い髭を撫でつけながら、よく通る大きな声でこう言った。


「この男を、一般人に対する暴行、及び殺人容疑で逮捕せよ! こやつは、大罪人だ!!」

「──!?」


 世界歴一〇〇〇一年 七ノ月の二日。

 こうして僕は捕縛され──数日の後に死刑が確定することになった。

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