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暗躍編08話 蟻地獄

「じゃあやはり、あいつが何やら嗅ぎ回っているという魔闘士なんだな」

「ふぉふぉふぉ、そのようですな。いかがしましょう、カナデ様」


 俺は窓の外を眺めながら考える。


 奴は《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の情報を知り、十一年前の飛空艇事故と結びつけて国王派に探りを入れている存在。

 むしろ、“真っ先に俺を疑い、俺と接触を図るためにマイシィのパーティに飛び入り参加までしてきた”と考えたほうがいいだろう。

 実際には特定のターゲットではなく漠然と“国王派”にコンタクトを試みた結果かもしれないが、既に自分が疑われていると考え、先手を打ったほうが安全だ。


 いや、しかし──。


「まさかいきなり俺の所に来るとは思っていなかったけど、おおむね計画通りだな」

「ふぉふぉ。ですな」


 俺は従者の人造人間(ホムンクルス)からミルクを受け取ると、少しだけ口に含んで、ゆっくりと味わうように舌を動かした。

 鼻腔を突き抜ける濃厚な乳の匂い。

 香りと甘さを堪能しつつ飲み干すと、俺は舌なめずりをした。


「さて、ここからどう調理してやるかな。ふふふ」


 近頃、俺の周囲を嗅ぎ回っている人間がいることは知っていた。

 だから各所に餌を撒き、反応した人間を(あぶ)り出したのだ。

 ()()にまんまとひっかかったのが、クシリト・ノールである。


「上級魔闘士か……なぁ、俺が正面からぶつかったら勝てると思うか?」


 俺はエックスの背後にいる小さな人影に呼びかけた。

 白いワンピースに白い帽子、翠色のショートヘアーの少女──否、見た目は少年とも少女ともつかない子供だが、実のところ俺よりもずっと年上の女性だ。


 彼女の名はビアンカ・カリーム。

 我が恋人の仇にして《銀の鴉(シルヴァクロウ)》における戦闘指導員である。

 彼女は普段エイヴィス共和国にて娘のシアノと共に暮らしているが、今回の相手に対抗すべく魔法国に密入国してもらっているのだ。


「お前なら魔闘士と戦ったことくらいあるだろ? 上級魔闘士ってのは、どれくらい強いんだ」

「そうだネ……中には技術特化で戦闘力の高くない魔闘士もいるケド、一般的なレベルで言うと“イブでも勝てない”と言ったら想像ができるかナ?」

「──オーケー、直接戦闘は避けたほうがいいと理解できたよ」


 今の俺の強さは、雑魚相手なら無双、ビアンカよりも(わず)かに上、体術込みならシアノと同格かやや優位といった感じだ。

 一般的な感覚では十分すぎるくらいの戦闘力だが、身の回りの怪物達と比較するとどうも見劣りするように思う。

 魔法訓練において、イブが相手の時は、善戦はするものの勝つことは絶対に無理。

 実際に試すことはできないが、ロキにも力及ばずかもしれない。

 相手の技を真似ることや独自研究の魔法による奇襲が俺の切り札となるわけだが、上級魔闘士にはそれすら通用するかもわからない。


「じゃあやっぱりプランBが妥当だな」

「プランBは成功確率がやや下がりますが」

「戦って死ぬよりはマシだろう」


 俺は再び窓の外を眺めた。


 マイア地区の小高い丘の上にある我が別荘からは、平野の様子がよく見て取れる。

 流石(さすが)はかつて見晴台(みはらしだい)と呼ばれていた場所なだけはあり、眺望(ちょうぼう)は最高だ。

 やや樹木に(さえぎ)られているが、目を凝らせば実家や、アクリス地区の魔法学校も見通すことが出来る。


 ここは──かつて雪の降り積る日に、俺とロキが戦った場所だ。

 それが今や《銀の鴉(シルヴァクロウ)》のハドロス領内における重要な拠点の一つと言える。

 実は丘をくり抜くようにして地下迷宮の如き隠し部屋が準備され、上手く道を辿れば下界に通じている秘密の出入り口に通じているのだ。

 ゆくゆくは地下トンネルにて別拠点と連絡するなどさせたいと考えているが、流石(さすが)に技術や資金が足りない。

 今は密会にしか使えないけど、こうして中央貴族であるエックスや記録上死んだことになっているビアンカが人目につかない場所から出入りしているくらいなので、現状でも十分に活用はできていると思う。


 なんだか、今のところ順調すぎて怖いくらいだ。


 それは前世での失敗を(かて)にして、今世では綿密に準備をし、ミスの無いように立ち振る舞ったからかもしれない。

 やや向こう見ずになって危険を冒したのは、あの飛空艇の一件くらいなものだ。

 自分自身で動くと致命的なミスをするというジンクスも、あの時は発動しなかったから助かった。


 が、今後はなるべく人任せに生きていこう。

 だからプランBが最適なのだ。

 人を使ってヤツを誘き寄せ、戦闘を行わせ、破滅へ導くというこの作戦が。


「ちょうど、ハドロスの近くでコソコソと活動しているギャングがおるようだとエスから連絡があったところでしてな。ふぉふぉふぉ!」

「……ギャングか。少しインパクトが弱いな。餌でも与えようか」

「餌……ですか」

「武器をやって、組織を肥大化させるんだ。いや、実際には武器をやるフリでも構わない。ギャングが調子付いてくれればそれで目的は達成だ」

「仰せのままに、カナデ様」


 もしかするとギャングが勢い付いた結果、地元住民に要らぬ被害を与えてしまうかもしれないが、知ったことか。

 我々《銀の鴉(シルヴァクロウ)》は悪の秘密結社ではないが、正義の味方でもないのだ。

 ただひたすらに自分達の利益のため、邪魔者を排除するだけの地下組織なんだ。


「当て馬には、あいつを使おう。ほら、王都で俺の正体に勘付いていたアイツ」

「ひょっとして、カイン・コーカスですか」

「そうそう。それなりに動けていつ死んでも嬉しい存在なんて、めっちゃ有能な人材じゃん?」


 俺が嬉しそうに話すと、何故かエックスとビアンカは大きなため息をついた。

 何でそんなに(あき)れているのだろう。


 良いか? この世の中、命は大切に扱わないといけないんだぞ。

 一つ一つに魂が宿っていて、かけがえのないものなんだ。

 だからこそ“死んでも良い命”というのが貴重なんじゃないか。

 それを理解していたから復権派の連中は人造人間(ホムンクルス)を多用していたのだろうし、何よりそれが味方サイドにいるというのは奇跡だ。

 普通は、死んでも良いと思える存在は敵に回るものなのだ。


「あやつはカナデ様の幼馴染(おさななじみ)だと調べがついております。本当に、使い捨てて良いのですか」


 幼馴染……そうだ、思い出した。

 アイツは昔、マイシィを傷つけて無理矢理自分のものにしようと画策したんだった。


「なおのこと、使い捨てがいいよ。俺はアイツに恨みがあるんだ。……アイツがマイシィを殺してくれなかったせいで、俺は色々と苦労する羽目(はめ)になっているのだから」

「か、カナデ様が阻止したのでは……?」


 む。そうだっけか。


「別に使い捨てるのは構わないケド、そんな事をして足がついたりしないのカ?」

「それは大丈夫だ。人殺して十年以上も刑務所にぶち込まれていたヤツだろ。成り行きでどこかの地下組織に居たって不思議じゃない男さ」


 俺とアイツの接点は、とうの昔に無くなっているんだ。

 例え事情を聞かれようとも無関係と言い張れば通用するだろう。

 その時には、もうアイツはこの世にいないのだし。


「というわけで作戦決行だな。エックス、手配を頼む」

「御意。ふぉふぉふぉ!」


 ふふ、これが上手くいけばあとは目の上のたんこぶ、マイシィ・ノイド・ストレプトとその一派どうにかするだけだ。

 幸い奴らは飛空艇事故が私の仕掛けたものだと勘付いているものの、きっとまだ《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の存在すら知らない。

 その(すき)を突いてじわじわと追い詰めていくのがいいだろう。


 故に、今は対クシリト・ノールに全力を注ぐ。

 動けば動くほど、深みにはまって抜け出せなくなる、蟻地獄のような状況に奴を叩き落としてやるのだ。

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