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暗躍編06話 Canna met Xyrito

「がっはっは! マイシィよ、父は……父は今、猛烈に感動しているぞッ! うおおおっ! 立派になってからに……ウォォォォ!」

「ちょ、お父様うるさい」


 マイシィの父親、キナーゼ・ストレプトが娘の晴れ姿に大号泣を始めた頃、結婚披露パーティの会場内では別のざわめきが起こっていた。


 下級貴族を中心に来客達がにわかに色めき立ったかと思えば、雲間から差し込む光が(ごと)く人垣がばらけ、マイシィへと続く一本道が形成される。

 その道を行くのは三人の男たちであった。


「おいおい、あの二人、国王派のトップじゃないか」

「ほう。流石(さすが)はストレプトのご令嬢。来客のレベルも段違いですね」


 パーティの参加者がヒソヒソと耳打ちで話し始めるのも無理はない。

 現れたのは旧・国王派を形成する二大貴族の当主達だったのだ。

 いくら鉄道馬車が通じているとはいえ、王都からわざわざ中央貴族が披露宴に来るなんて、誰が想像しただろう。


「こ、これはグリフィン様にハーヴェイ様! え、ええ遠路遥々お越しいただき、ま、誠にご足労を──」

「頭を下げずとも良い良い。ランタン殿、この度はご子息の晴れの日に心よりの祝いを言わせていただきたい」

「ははっ。ありがたきお言葉……!」


 光沢のあるエメラルドグリーンの下地にに金の刺繍(ししゅう)を施された華やかな礼装、黄金の髪をオールバックにした見目麗しい男性はベイカー家当主グリフィン・ベイカー。

 日本人的感覚からすると四十代前半と言った風貌(ふうぼう)だが、この世界の人間は成人以降見た目の変化が緩やかになるため、実年齢は八十を軽く超えているだろうな。


 もう一方の大貴族、恰幅の良いわがままボディを白い礼服で包み、自慢の口髭をピンと伸ばしている男がシジャク家当主ハーヴェイ・シジャクである。

 グリフィンと同じく金髪碧眼だが、ハーヴェイの方が色素が濃く、ややライトブラウンに見えないでもない感じ。

 何を隠そう我が《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の資金提供者にして大参謀の、コードネーム“エックス”その人である。


 だが二人に追随(ついずい)して歩くもう一人の男性が誰なのか、俺にはわからなかった。

 彼はグレーの礼服を着ていてもはっきりとわかるほど筋肉質かつ高身長であり、ハリウッドの戦争映画に出てきそうな、彫りの深い顔立ちの、脂の乗った黒髪短髪のイケメンであった。


 どこかで見た覚えがあるような……?

 名前を忘れていると言うことは俺にとって重要な人物でないということだろうか。


 彼ら三人はマイシィや兄の元に歩み寄ると、それぞれが二言三言挨拶を交わしているようだった。

 流石に遠すぎて何を話しているのかはわからないが、グレーの服の男は他の二人から紹介されるような立場の人間であるらしい。

 最初にグリフィンとハーヴェイ(エックス)が男性を示しつつ何かを話し、その後になってマイシィ達が男性にお辞儀をしていたので間違い無いだろう。


「アロエ、あの男に見覚えはあるか」


 念のため、隣にいたアロエに確認してみるが、彼女は首を振って否定した。


「貴族の偉い人じゃないの?」

「それは無いと思う」


 俺はかつて、ロキのフルネームを言えずに余計なトラブルになったことがあったし、エックスが派閥トップの大貴族ハーヴェイ・シジャクだと知らずに使役し、後になって気まずい思いをした経験もあった。

 だからせめて貴族の名門だけは頭に叩き込んでおこうと、顔と名前を覚えるのが苦手な俺にとっては苦行と言えるほどに懸命に勉強したのだ。

 結果として、地方貴族や知名度の無い若年層以外は大体の人間を言い当てることが出来るようになった。


 そんな俺が記憶していない人間。

 ということは、グレーの服の男は少なくとも中央貴族では無い。

 もしかすると海外の要人か、あるいは貴族ですら無い地方の有力者か。


「──?」


 ふと、男と目があった気がする。

 なんだろう、やはり既視感がある。

 俺はあの男と、どこかで出会っている……?


「どしたん、カンナ」


 アロエが俺の様子を不審に思ったのか、声をかけてきた。


「いいや、なんでもない。少し、あの男が気になるだけだ」

「ふーん、カンナってああ言う男がタイプだったんだ」

「馬鹿いえ。俺が愛した男は後にも先にも一人だけだし、そもそもそう言う話じゃないから」


 俺は心のどこかに引っ掛かるものを取り払えないでいるままに、それを誤魔化(ごまか)すかのように料理に手を伸ばすのだった。


──


「ふぉふぉふぉ、カンナ・ノイド女史にアロエ・ノイド女史。この度は兄上のご成婚、誠に愛でたく存じ上げますぞ」

「あらご機嫌ようハーヴェイ様。本日はお越しいただき恐悦至極に存じますわ」

「うち……じゃなかった。わ、私のような者の名前まで覚えていただき、誠に光栄でございます」


 エックスの方から話しかけてきたのは、彼が一通りの貴族連中に挨拶回りを終えたタイミングであった。

 俺とアロエは会場の隅に隠れるようにして食事に勤しんでいたため、挨拶が最後に回されたのだろう。


 アロエは、エックスとは面識もあるし、普段は普通に話すことができる。

 だが今日は組織の存在を知らないグリフィンの手前、二大貴族として対応しなければいけないために緊張でガチガチになってしまっている。

 今のアロエにはあまり発言させないようにした方が相手にも失礼は無いし、なによりアロエの緊張を和らげることができるだろう。

 そのためには、俺自身が話を回していくしか無い。

 順番を待っているグリフィンから声がかかる前に、俺から彼へ挨拶をすることにしよう。


「それに、グリフィン様もお久しゅうございます。中々ご挨拶に伺えず申し訳ございません」

「いや、カンナ嬢も研究が忙しかろう。無理はせず、たまに顔を見せてくれるだけで構わんよ」

「はっ。(ねぎら)いのお言葉、感謝いたします」


 俺は魔法の研究のために海外の研究施設への出張が多く、魔法国内にいたとしても地方の研究者達との面会の予定が立て込んでいて王都に(とど)まることは少ない……という設定になっている。

 実際に魔法の研究はしているのだが、海外へ行くのはもっぱらイブ達海外亡命組に稽古をつけてもらうためであり、国内を駆け回っているのも《銀の鴉(シルヴァクロウ)》の各支部を回るためだ。

 当然その事を把握しているのは組織のメンバーの上位の者だけであり、無関係の人間には、俺は熱心な研究者として映っている。


「して、そちらの殿方は?」


 俺は二人の後ろに控えているグレーの服の“ハリウッド俳優”風の男性の正体を知るべく質問をぶつけてみた。

 何もしなくても紹介してくれたかもしれないが、いち早くコイツの素性が知りたい。

 俺の中のアラートが、要警戒という信号を鳴らしているのだ。


「ふぉふぉ、こちらの方はグリフィン殿の知人である上級魔闘士のクシリト・ノール殿ですな。なんでも、旧帝国領の三カ国を巡って犯罪抑止の活動をしているとか」


 エックスがそう言うと、クシリトという男は貴族式の礼の仕草をした。

 多少不慣れな感じが見て取れるが、随分(ずいぶん)と様になっている。

 きっと出身は平民格で、仕事上魔法国貴族との繋がりが強く、作法は後から身に付けたといった感じか。


「こんにちは、上級魔闘士クシリト・ノールです。お初にお目にかかります──いや、お初でも無いのかな」


 クシリトが思わせぶりな台詞を言うので、俺はゴクリと唾を飲んだ。

 流石の俺でも上級魔闘士と会ったことを忘れるなんて考えづらいが、残念なことにまるで思い出せない。

 ただ記憶の片隅にコイツの姿がチラつくのは確かなのだ。


「失礼ですが、どこかでお会いしたことはありましたか?」


 思い切って、本人に直接尋ねてみることにした。


「十年ほど前に船上にて、あなたとマイシィさんに会っているのですよ。先程マイシィさんにも尋ねてみたので間違いでは無いはずです」

「私とマイシィ、ですか? 十年前でマイシィと共に船というと……」


 俺は遠い日の記憶を手繰(たぐ)る。

 マイシィと船に乗ったことは二度しかなく、それはどちらも修学旅行の時の移動手段としてだ。

 思い出されるのは帰りの船。

 帝国派の襲撃を警戒して、変装しつつ船に乗ったあの時。


 ──あの時、確かに誰かに声を掛けられた気がする。

 それで誰かの手紙を渡されたような……そうだ、帝国派からの手紙だ。


「もしかして、その時お子様を連れていらっしゃいましたか」


 言いながら思い出してきた。

 帝国派からの手紙を渡してきた男性、彼もまた筋肉質でアクション俳優みたいだと思った記憶がある。

 男性は家族連れで、小さな赤子のような子供を連れていなかったか。


「よく覚えているね! そうそう、家族での旅行中だったから、当時二歳だったかな、次女を抱いて船に乗ったんだよ」

「ああ、やっぱり。素敵な家族だなと思って見ていたので覚えていましたよ」


 嘘だ。

 筋肉質な腕で抱かれて見たいな、と思っていたはずだ。


「ふぉふぉふぉ、いやはやマイシィ女史もそうですが、クシリト殿と偶然出会っていたというのは運命的ですな」

「本当だな。そうなると、クシリトが私と知り合ったのもまた運命の導きだったのかもしれんな」


 貴族二人組は口々に運命的な巡り合わせだと感心している。

 確かに運命的だが、これは見方によっては皮肉なものだ。


 ──まさかこのタイミングで現れた魔闘士というのが、あの時の男だったとはな。


 俺は内心でほくそ笑んだのと同時に、男に対する警戒レベルを数段階引き上げた。

 十数年前に船の中で出逢ったのは偶然に他ならないが、今この場にコイツがいることはきっと偶然じゃないのだ。

 偶然に偶然が重なるようなことが、そうそうあってたまるか。


 この男──俺の組織を追っているとかいう魔闘士ではないのか。


「ふふ、世間というのは狭いものですね。あの時私にお手紙を渡してくださった殿方と、こうして再び巡り会うなんて」

「ふぉふぉ。お手紙、ですか」


 エックスが訝しげな視線を俺に向け、同時に俺はクシリトの表情筋がわずかに強張るのを目視した。

 エックスにアイコンタクトを送る。

 “しばらく俺に話を合わせろ”と。


「そうなのです。あの時私は帝国派に狙われるような立場でした。修学旅行の最中だったのですが、帝国派から逃げるように地元へ帰るところでした。その折に、クシリトさんから手紙を受け取ったのです」

「おや、その当時はお二人は面識がなかったはずでは?」


 ナイスな返しだぞエックス。

 これでクシリトは手紙の出所について話さなければならなくなる。

 それも、国王派貴族の代表二人の前で。


「帝国派の方からの手紙を預かっていた、でしたっけ? クシリトさん」


 帝国派。

 国王派にとっては敵対する勢力との繋がりを匂わせたら、彼はどう反応するだろう。

 

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