暗躍編03話 “帝国派は何故滅んだのか”
「じゃあ、カンナ・ノイドさんに話を聞くことができれば、事故の真相に近づくことができるのね。……って、個人的にはあなたを事件と関わらせたくないのだけど」
妻の言う通りカンナ・ノイドに接触さえできれば僕の疑問は全て氷解する可能性すらある。
だがそれは同時に家族を危険に晒してしまうかもしれないということでもあるのだ。
すごくモヤモヤするのだけど、家族第一で動くならば、当事者への接触は可能な限り避けたほうがいいだろう。
「気持ちはわかるよメイサ。だけど」
しかし、状況からの推測は行うべきだ。
仮説の段階まで推測できたらあとはノータッチ、というスタンスを貫くのであれば危険は少ないはず。
何も知らないことの方が、僕は怖い。
「……僕たちが“何と関わるべきではないか”を予測する為にも、事故の謎はある程度調べる必要があると思うんだ」
例の事故が本当は誰かの策謀だったとして、それが万が一僕達の身近にいる人物によるものだったら。
僕らは知らず知らずのうちに第二、第三の飛空艇事故を生み出してしまうかもしれない。
あるいは、次は僕たち自身が標的にされてしまうかもしれない。
事前にどういう勢力が怪しいのかを察知できれば、徐々に距離を置くことだってできるだろう。
自己防衛のために情報はある程度集めるべきなのだ。
「……わかったわよ。でも、本当に危ないことはやめてよ」
「ああ、わかっているよ。それで、話の続きなんだけどね」
「まだ途中だったのね」
僕は関係のありそうな人物の名前を挙げただけで、まだ核心には触れていない。
ここで話を終えてしまったら、カンナ・ノイドが黒幕みたいに誤解されてしまいそうだ。
もちろんその可能性はゼロではないと思うのだけど、地方貴族のいち令嬢にそこまでの実行力があるとは思えない。
もっと大きな繋がりを疑うべきだ。
「例の事故で、最も恩恵を受けた者は誰かを考えるとヒントになる。派閥抗争を激化させた帝国派消えて得をした人物」
陰謀論めいた事象を考える時、または確たる証拠が無い事件を扱う時には利害関係の整理をするのが真相解明への糸口となる。
「待って。ひょっとして、魔法国の国王派?」
首肯。
魔法国の貴族の中で最も穏健だと思われていた国王派。
しかし、政局を荒らして国内の混乱を招いた帝国派という厄介者を、最も強く排除したいと願うのはこの勢力のはずだ。
実際、政争の中で復権派も勢力を減退させた為、現在の魔法国は国王派で占められている状況だ。
利害で言えば完全に利益を獲得した立場にある。
そして、カンナは国王派の筆頭格であるストレプト家と深い親交があるらしい。
その事実に至り、ストレプトの面々を調べてみて僕は驚いた。
ストレプト本家の長女が、あの時船の中でカンナと一緒にいた少女によく似ているのだ。
名前はマイシィ・ストレプト。
カンナとは同級生で幼馴染という間柄のようだ。
調べたところ、あの日は帝国派の活動が活発化していたのを受け、彼女らの修学旅行が中断されたタイミングであったらしい。
暗殺に怯え、変装したうえで帰路についていたのだろうと推測できる。
ところがスルガ・ニクスオットは彼女らの帰還ルートを絞り込んでいた。
完璧にスケジュールを把握していたのかは分からないが、少なくとも海路で王都を離れることは予測していたと思う。
変装されるのも織り込み済みであったから、瞳の色をヒントにするよう僕に言ったのだ。
「僕が思うに、あの時の手紙はスルガからカンナへ何かしらの圧力を掛ける内容だったんじゃないかな。それにストレプト家が巻き込まれたか、あるいは国王派が状況を利用したかで事故が誘発されたのだと思う」
「じゃあ、今の魔法国が平和なのは、国王派が暗躍したからだというのね」
「その通りだよ、メイサ」
その可能性が非常に高いと考えられる。
が、僕はもう一つ可能性があると考察しているんだ。
「それ以外に考えられることとしては、マムマリア王国やエイヴィス共和国が関与した可能性かな。帝国派はかつての魔道帝国レプティリアの復活を目論んでいただろう。つまり、分裂前の領土である三カ国全てにおいて脅威だったわけだ。外患を排除するのに国境を超えた陰謀が働いていても不思議じゃない」
僕がそう言うと、妻の表情が見るからに曇った。
もしこの説が正しいとするならば、今僕たちの生活しているマムマリアも陰謀に加担したことになるからだ。
僕は今、主にマムマリア王国からの依頼を受け持つことで安定した生活基盤を手に入れている。
万が一この国が暗殺や粛清といった悪事に手を染めているのだとすれば、その安定もいずれ土台から崩れる可能性が出てくるのだ。
「国としてやっていくには、こうした裏の活動も進めていく必要があるとは思うんだけどね。やっぱり怖いよ」
僕はそう言うと、カッファを口に含んだ。
程よく冷めて、飲みやすい温度になっていた。
一方の妻は心配そうな眼差しで僕を見つめている。
「……あなた、大丈夫なの?」
そう言って目を伏せた妻を見て、僕は椅子から立ち上がって彼女の元へと歩み寄る。
膝をついて側に座ると、僕は彼女の震える手をとって、下から見上げるように彼女の目を見つめた。
「正直、ニクスオットから手紙を受け取ったのは不味かったと思う。敵側の何かに関与したと思われたかもしれない。でも、この十年何も無かったんだ。もしも処罰されることがあるのならば、とうにやられているはず。だからきっと大丈夫さ」
僕は妻にそう告げて、すっと立ち上がる。
再び書斎の机に向かい、しかし座ることはせずに、机に両手をついて資料を眺めた。
「だけど、このことを理由にされ、将来的に不利益を被るかもしれない。だから僕は今のうちにことの真相を確かめて、本当に信頼できる存在が何なのかを確かめたいんだ。家族を守るために、ね」
妻は椅子から腰を浮かせると、溜息混じりに僕の腕を軽く小突いた。
「もう、そんな格好をつけたこと言って。本当は単に事件が気になるだけでしょう?」
僕は妻の方へ顔を向けると、ちょいと舌を出してやる。
なんでかって、妻の言うことは図星だったからである。
「何年夫婦をやっていると思っているのよ」
「はっはっは、そうだね」
彼女の言う通り、夫婦生活は何十年と続いている。
今さらカッコつけなくても本心など全部筒抜けてしまう。
裏を返せば、僕の好奇心の裏側にしっかりと家族への想いが刻まれていると言うことも理解してくれているはずなんだ。
全て分かっているが、不安は拭えない故に冗談めかして小突いたのだ。
僕にだってその程度のことはわかる。
メイサと過ごしてきた時間はそれほどに長いのだから。
「安心して。無茶はしないつもりだ」
「頼むわね、クシリト」
彼女は僕の名前を呼ぶと、そっと身を寄せてきた。
子供が出来てから名前で呼ばれることは少なくなってきたけど、妻がわざわざ僕の名を呼ぶときは、大抵が甘えたいときだ。
そういったところは、何年経とうと可愛らしく、愛おしく思う。
僕は妻の肩を抱くようにして少しさすってやったあと、ぐっと背伸びをしてから首を鳴らした。
そろそろ、本業に取り掛からないと。
先日討伐したモンスターについてのレポートをまとめて提出するのだ。
発見から依頼までの経緯、討伐にあたっての準備から完了までの経過、そしてモンスターから採取できた素材についての報告。
これらを全てまとめ上げねばならない。
「そろそろ息抜きは終わりにしないと」
僕がそう言うと、妻は優しく微笑んだ。
「そ。じゃあ私は夕飯の支度をしておくから、三十分後くらいに一階に降りてきてね」
「ああ、分かったよ」
僕が妻の頬にキスをすると、彼女は嬉しそうに笑みをこぼしつつ、お返しにと僕の頬にも口付けて、それから書斎のドアへと向かっていった。
僕は彼女の後ろ姿を見送ると再び机に向かった。
が、はたと手が止まる。
うーむ、やはり事件のことが気になってしまい、レポートの執筆に集中できない。
一旦、先程妻に話した飛空艇事故の仮説を文章にまとめておくことにしようと決めて、僕は表紙に何も書かれていない一冊のノートを取り出した。
“帝国派は何故滅んだのか”。
ノートの左端に小さく副題をつけて、僕は事件のあらましと、それにまつわる個人的な考察をつらつらと書き殴っていったのだった。




