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復讐編24話 死線を搔い潜った先に

 ビアンカ達と別れた私は船内をひたすら駆け回り、沢山の亡者達に襲われ、幾度となく死神を退(しりぞ)けた。

 そうして船の先頭付近に辿り着くと、私は貴賓室(きひんしつ)の壁の穴から中に侵入した。


 貴賓室では麻衣呼(まいこ)がソファに腰掛けたままひたすらに死神を放ち続けていたが、私が部屋に入ってきたのを見るや否や立ち上がり、諸手(もろて)を広げて歓迎した。


「あらあら奏夜(そうや)さん、やっと戦う気になってくれたのね!」


 だが私は麻衣呼には目もくれず、自分の持ち物である手提(てさ)げカバンを拾い上げた。


「わり。ちょっと忘れ物取りに来ただけ」

「……うそ、でしょう? この状況で?」


 こんな状況だからこれが必要になったんだがな。

 中身は見られていないようなので助かった。


「じゃ!」


 私は再び貴賓室を飛び出す。

 麻衣呼がそれを追って外に出てくるが、どうやら彼女には素早く動き回る能力はないらしい。

 部屋の入り口付近、ちょうど大階段をあがった位置で魔法をひたすらに放って来るだけだ。


 私はこれらを軽くいなしながら、船の後部に向かって駆けた。

 魔法力場で足場を形成し、空中を走る感覚で一階ホールに降りることなく、かといって二階廊下に回り込むでもなく、文字通り一直線に船の最後部まで走り抜けたのだ。


 背後で麻衣呼が何やら叫んでいるが、全部無視して機械室まで降りる。


 機械室の扉を開けると、中にいた船員達は皆驚いた様子で一斉に私の方を見た。

 彼らはどうやらホールで起きている惨事に気付いていないらしい。


「だ、駄目ですよ。お客様は立ち入らないように……」

「それどころじゃねーの。それよか、あんたらこの部屋から出てってくれない? ここは我々が占拠したー、なんつって」

「ハァ!? あんた、何言って──」


 刹那(せつな)、私は氷の刃を彼の喉元に押し当てた。

 突然剣が出てきたことに(おおの)いた彼は、臭気のする液体を股間から(したた)らせながら、身動きが取れなくなっていた。

 昔、イブに同じことをやられたときは私もビビったが、流石(さすが)に失禁はしなかったぞ、小心者め。


「いーから、出てけよ」

「は、はひィ!」


 私の圧に負けた一人が逃げ出すと、船員達はこぞって一目散に出口に殺到した。

 どうせすぐに全員死んでしまうのに、逃げれば助かると思っているのが滑稽(こっけい)で笑える。


 ああ……この、上から人間の運命を俯瞰(ふかん)する感覚、久しぶりだな。

 前世での、バスジャック以来か。


 前回は正体を伏せなければいけなかったが、今回は顔がバレても魔法の力でねじ伏せることができる。

 それに、情報化の進んでいない世界では、潜伏しながら生活するのも容易だろう。

 死なない限りはなんとかなる。

 なんて素晴らしい世界!


「ぎゃああああ!」

 

 機械室の外で悲鳴が上がる。

 先ほどの船員達もホールの惨状を目の当たりにし、巻き込まれたに違いない。

 ご愁傷様ですこと。


「さあ、私はこいつを仕掛けないと」


 私は手提げから大量の魔石を取り出した。

 魔法力場に(かざ)したあと、時間差で効果が発動するよう術式を刻んだ特別仕様。

 “力を込めれば即発動”が基本である魔石というヤツを改造するのは意外と大変だったんだぞ。


「船内の至る所に仕掛けるつもりだったけど、この感じだと機械室にまとめて設置した方が効率が良さそうだな」


 折角(せっかく)電気分解装置から水素と酸素が供給されているんだ。

 これを利用しない手は無い。


「ふんふ〜ん♪ これをぉ、こーやってぇ」


 魔石を酸素排出口の近くにセットして、より燃えやすいようにと、キャンプファイアーの木組みの要領で組み上げる。

 余った二つの魔石に風魔法をセットし、吹き上がった炎が水素タンクへと向かうように風を起こすようにした。


「ふっふっふ、発動!」


 私が力を込めると、一つの魔石がぽうと光り始めた。

 それに連鎖するように、組み上げられた他の魔石も淡く光り始める。

 現時点をもって、これを止めることはできなくなった。

 カウントダウンの始まりだ。


「よし、この場を離れて脱出──」


 ……しようと出口を見た時、そこにいたのは黒髪の女だった。

 どこかスルガに似て、ニタニタとした笑い顔を貼り付けた、日本人風の女だ。


「楽しそうなことをしているのね、奏夜さん」

「静岡……麻衣呼……!」


 まずいな。

 こんな狭い空間で戦いになったら、間違いなく作戦が失敗してしまう。

 魔石が崩されてうまく装置が作動しなくても負け。

 戦いの最中に水素に火がついても負け、だ。

 特に後者は自分も死んでしまうのでゲームオーバーもいいところだ。


 ……ふと思ったんだが、黒の魔女の言う“皆殺しにされた家族”って言うのがニクスオット家のことだとしたら。

 その場合、私が死んでしまったとしても、テロさえ成功してしまえば“家族を皆殺しにした”ことになり、歴史は揺らがないんじゃないだろうか。

 生き残る可能性がある奴の中で、一番魔女っぽいのはシアノか。

 11次元の世界で見た魔女の顔とは違っているが、そもそも、あの世界で見た姿が真実とは限らないもんな。

 と、言うことは勝ち確でもなんでもない。

 今まさに“詰み”を迎えている可能性すらある。


 考えろ、考えろ。

 この場をやり過ごして船外へ逃れるにはどうするか。


 目の前の麻衣呼を短時間で倒すことができれば全てがうまくいくような気がするが、そうすると私と全力での戦闘を望む麻衣呼の願いを叶えてしまうことになる。

 それは(しゃく)だ。したくない。


 かと言って放置もできない。

 おそらく起爆装置を見られた。

 ここでヤツを止めないと、ニクスオットから生き残りが生まれてしまう。

 黒の魔女の可能性が、増してしまう。


「ふふふふ、もう、貴女の都合良くはいかないわよ! 貴女は私と戦うしかない。戦って、次元の扉を開くのよ! ふふふ……ははは、あははは!」


 こうなったら次元の扉など開かないことを期待して、ふつーに麻衣呼と戦うしかない。

 思惑(おもわく)(はま)った気がして大変不愉快だけど仕方がない。


「……雷雲よ、渦を巻いて、その体に電荷を──」


 私が呪文を唱え始めたその時。

 一人の男が流れを変えることになった。


 麻衣呼の後ろから、青い髪の少年が走ってくるのが見える。

 少年は肩口から血を流しながら、必死の形相で私たちのいる機械室へと飛び込もうとしていた。

 彼のさらに背後では、ニクスオットの当主が少年を(かば)うようにして仁王立ちになり、亡者達の攻撃を一身に受け止めているのが僅かに垣間(かいま)見えた。


 私は確信する。

 ──勝った!


「スルガぁあぁぁああ!! 全ての元凶はマイコ・ニクスオットだ! いや、マイコは既にマイコじゃなかった! 魔女に、操られていたんだ!!」


 少年の足が止まる。

 彼はたぶん、母親に(すが)りつこうとしていたのだ。

 それが一転、黒幕は彼女だと叫ぶ声が聞こえて、思わず立ち止まってしまったのだろう。


「は、母上……が? どういうことだ……」

「す、スルガ。これは、あのね」


 麻衣呼は何やら取り繕おうと弁明の言葉を考えている。

 が、無駄だ。

 彼女の周りには黒い(もや)の死神が展開されている。

 誰がどう見たって、アレを操っているのは麻衣呼だとわかる。

 そして、アレに触れればどうなるかをスルガは戦闘の中で知ってしまっている。


「スルガ、マイコの頭頂眼を破壊しろ! それで魔女の影響は和らぐはずだ!」

「わ、わかった!」


 スルガは即座に風魔法を展開した。

 “殺せ”と言われても尻込みしてしまうだろうから、あえて部位破壊を命じたのだ。

 彼はすっかりその気になって、母親を救う気で母親を殺すのだ。


「や、やめなさいスルガ……貴方では次元の扉が開かな」

「魔女め、母上を返せ!! ──発禍凌嵐!!」

「や、やめろおおおおおお!!」


 スルガを中心に渦を巻くように放たれた風の束が、麻衣呼の身体を飲み込む。

 見た目以上に威力が低いのか、皮膚が薄く切り裂かれる程度だが、効果範囲が広い。

 麻衣呼の全身から紅い花が咲いたように血液が振りまかれる。

 彼女は防御しようと四肢をバタつかせるが、うまくいかず、逆に四肢を投げ出したような姿勢で宙に固定されてしまった。


「収……束ッ!」


 次の瞬間、嵐のような暴風は一点にエネルギーを集中し、麻衣呼の額を狙い撃ちにした。

 風で動きを封じた上で弱点を狙い撃ちにする魔法なのかもしれない。

 強大な風のエネルギーを受けた麻衣呼の頭頂眼は、あっけなくひび割れて砕け散った。


「ああッ……ああああああああッ!! わ、私の眼が……私の夢があああ!」

 

 瞬間、私は動いた。

 全身の筋肉に電荷をかけて筋力を底上げし、バネのように跳ねて麻衣呼に肉薄する。

 体を(ひね)る。

 貫手(ぬきて)の形に(そろ)えた指を、魔法力場で覆い、強化する。


「終わりだ、麻衣呼ぉぉッ!!」


 麻衣呼は振り向きざまに、私に向かって叫んだ。


『そうやぁぁぁあああ!! お前ぇぇええッ! 絶対に許──』


 私の貫手が麻衣呼の胸部を貫いた。

 心臓を狙ったつもりが、麻衣呼が動いたことで少し右側にズレてしまったが、それでも肋骨を打ち折って彼女の体内を大きく抉った。

 肺を大きく損傷したためか、麻衣呼はもう、叫ぶことすらできない。


 まだだ。

 まだ終わらないぞ。


放電(スパァァァク)!!」


 麻衣呼の体内から、直接電撃を流し込む。

 私は麻衣呼との直接戦闘は避ける計画を立てていたが、もしも万が一、直接(ほふ)ることがあるならば、とどめは雷魔法と決めていたのだ。

 ロキの教えてくれた大切な技で、(かたき)を取るのだ、と。


「うわあああああああっ!」


 がむしゃらに電撃を見舞う。

 これで最期だ、私の恨みの深さを思い知れ。


「母上!! やめろカンナ・ノイドォォ!!」


 スルガが駆けてくるがもう遅い。

 マイコは既に絶命している。

 今もまだ電流を流し続けているのは、単なる死体蹴りだ。

 八つ当たりだ。


「……お前も死ねよ、スルガ・ニクスオット」


 私は彼の体内の魔石を発動させた。

 彼の肺に突き刺さった魔晶に私の魔法力場が干渉し、スイッチが入る。


炉心溶融(レッドゾーン)


 スルガは胸を抑え、うずくまった。

 間も無く口や鼻から煙が溢れ出し、肉の焦げた匂いが周囲に立ち込める。


 内部から体を焼いたのだ。

 彼には意識がまだあるものの、もはやその心肺は機能していない。

 地獄の苦しみだろうが、それはお前が燃やした宿の犠牲者達の怨念だとでも思っておくれよ。

 知らんけど。


 スルガは朦朧(もうろう)とした意識の中、私を睨みつけていたが、やがて身体中の皮膚が(めく)れ上がるように縮み、体の至る所から煙を立ち昇らせながら倒れ込んだ。

 掃除完了、と言ったところか。


 私が機械室を出ると、そこでは未だにニクスオットの当主殿が亡者相手に死闘を演じているところだった。

 一度死神にやられたら、術者本人がいなくなっても効果は残るのか。

 つくづく触れなくて良かったと思う。


 当主殿は、襲ってきている亡者が親族の成れの果てだからか、反撃に躊躇(ちゅうちょ)している様子。

 苦し紛れに魔法を放つも、どこか精彩を欠く攻撃にしかならない。


 だが、彼にはもっと周りを見てほしい。

 お前以外のニクスオットは、もう誰も残っていない。

 ホールで食いちぎられて死んでいるか、亡者となって当主に襲い掛かっているか、だ。

 これを仕掛けたのが当主の妻なのだから笑えるよな。


「貴様、イブリンでは……ない、のか」


 当主殿は私の顔を見るなり、目を見開いて驚いていた。

 同時に焦燥(しょうそう)と憎悪とが瞳に込められる。


 私は脚部延長の為の金属フレームを脱ぎ捨てて、ここに来てようやく自分の足で飛空艇に降り立った。

 そしてドレスの端をつまみ上げ、右手を胸に当てて膝を折る。

 なにせ、目の前にいるのは魔法国の四大貴族の長、失礼があってはいけないのだ。


「お初にお目にかかります、当主テトラ・ロード・ニクスオット様。ハドロス領マイア地区長ランタン・ノイドが長女、カンナ・ノイドと申します。以後お見知り置きを」


 (うやうや)しく礼をする私に、当主殿は何故かお怒りのご様子で絶叫あそばされる。


「貴様こんな時にッ、ふざけているのか! この事態はなんだ、貴様の仕業か!」


 別にふざけているつもりはないのだけど。

 最初で最後のご挨拶くらいしっかりしなければと思っただけだ。


「いいえ。これはマイコ様の所業ですよ、当主様。貴方の奥方が、無差別に攻撃をした結果です」


 私の方にも亡者の何体かが襲い掛かってくるが、容赦なく魔法で叩き潰す。


「マイコは、どうしている」

「すみません当主様。私が殺してしまいました」

「なん、だと」

 

 私はもう一度頭を下げると、当主に向かって言った。


「スルガ様も、先にあの世でお待ちですよ。貴方様もすぐに送って差し上げたいのですが、私は少々急ぎますのでこれにて失礼」


 私は呆気(あっけ)に取られている当主を放置して、先刻脱ぎ捨てた脚部の金属フレームを浮遊させた。

 熱を加えて加熱すると、金属が融点に達し、ドロドロに溶け始める。

 その状態であれば形を形成し直すことも可能だ。

 私は二つの金属塊を一つに(まと)めて、螺旋状の溝を持つ円錐の形に仕立て直した。


螺旋刃(ツイストドリル)!!」


 即席のドリルを、船の床に突き立てた。

 回転する円錐が床面と激しく擦れあって火花を散らす。

 その回転エネルギーが頂点に達した時、遂に船の底に穴が開く。

 刹那、負圧が生じ、船内から船外へ向けて吸い出されるような風が吹いた。


「あはは、ごきげんようご当主様。帝国派、なかなかスリリングな連中だったよ!」


 私は床の大穴から空へ躍り出た。

 ある程度重力に任せ、落下していく。

 飛空艇から距離が開いたのを目視してから、魔法を使って落下速度にブレーキをかけた。


 遥か頭上にだんだんと小さくなっていく飛空艇。

 それが大きな爆炎と共に墜落を始めたのは、私が飛び降りてから十秒も経たない時であった。


 思っていたよりもギリギリで脱出したことを知って、今更ながらに動悸が激しくなる。

 助かったから良いのだけど。


 飛空艇は想像よりも高高度を飛んでいたらしい。

 魔法で重力加速度を減衰させ続けるのは困難が極まるほどの高さだ。

 やはり、準備しておいて良かった。


 私は妊婦のふりをするために服の中に詰め込んでいた天幕を展開した。

 球状に膨らんだそれは、要はパラシュートの代わりである。


 空気抵抗を受けて安全な速度域まで落下の勢いが低下する。

 湖面に着水する瞬間に再び魔法力場を展開し、衝突のダメージを限りなくゼロに近づけた。


「──ぷはっ」


 水中に投げ出された身体をひと()きで水面まで浮上させる。

 遠くに、燃え盛りながら落下していく飛空艇が見える。

 さようなら、帝国派の皆さん。

 皆さんには、“事故死”していただきました。南無。


 かくして私の復讐は、多少計画との相違はあれど無事に完了したのだった。

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